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第121話「納得する者、できない者」

 その後、(ミコト)はそれぞれの用事などのために散らばっていた幼女守護団のメンツを集め、見せしめのように床に額を付けているウィーゼルの元にやってきた。彼女は自らその役を買って出ているので、悪い神ではないのだろうなとは思った。

 私に促されて進んだ先に待ち受けていた光景に度肝を抜かれた仲間たちは、それぞれ表情は違えど言葉を失っている。まだまだ子供だったセルカの心を崩した罪はそれくらいで許されるとは思えなかったけれど。

「ごめんなさい……」

 最後尾に立っていたジンとステラは状況を把握しているために苦笑いを浮かべ、はっきりとした口調で告げられる懺悔を聞いていた。

「あたいは早とちりしてセルカちゃんを必要以上に、理不尽に責めて、彼女のことを大きく傷付けた」

 そこまで聞くと、ベルは()()()()()神が土下座をするものなのかと眉根を寄せてこちらを見てきた。確かにここまでの説明ではただ傷付けられただけに聞こえるだろうが、ウィーゼルはそれを自覚しているのか。

 視線を向けるとウィーゼルもそこに思い至ったのか、口を開こうとしたベルを遮った。

「ここにいるのはセルカちゃんじゃない。セルカちゃんはミコト……過去の現人神に一時的に身体を貸した。あたいの非道い言葉に耐えきれなくって」

 ようやく理解した少年少女らは、一斉に私を見る。……「幼女守護団」という名前のくせにだれも幼女(セルカ)を守れなかった、情けない奴らが。

 私の侮蔑を込めた視線にいち早く反応したのは、貴族出身のベルだった。

「セルカは帰ってくるのか」

 セルカから向けられたことの無いような目に戸惑い気圧されているふうではあるが、流石公爵令嬢だった者だ。殺気の込められていないぬるい睨みが私に向けられた。

 もちろん、私は彼女らに味方する……むしろリーダー代理としてセルカを悲しませないように最高に振る舞ってやるつもりなので、見込みのあるベルには柔らかい笑みを返した。

「帰ってくるよ。回復次第だけど、私が勝手に悪事に手を染めるなんてことも出来ないようにされているしね」

 それにしても、だ。

 一番初めに突っかかってくるだろうと予想していた赤鬼が未だ何のアクションも見せないどころか呆然と立ち尽くしてその目をウィーゼルのつむじに釘付けにしているのは、意外だった。

 何が込められているのかさっぱりわからない碧い瞳が、小刻みに震えているようにすら見えた。動揺し過ぎだといえる。

 その後ベルとの受け答えから()()()()()()()()()()と判断した仲間たちが次々に質問や自己紹介をしていくので、既に知ってはいるものの初見を装って聞き届けた。若干のよそよそしさは仕方ない。

 しかし、それらが終わってからもウィーゼルとトーマは動かなかった。恐らくトーマの雰囲気や纏う気配から今は顔を上げるべきではないと判断しているのだろうが、きっとそれは正しい。

 表情が抜け落ちたようなトーマは、濁った感情を瞳に宿していた。主人(セルカ)に盲信的でもあった彼には、ウィーゼルが憎々しい敵として映っているのかもしれない。

 しばらくその様子を見守っていたが、不意にトーマの視線がこちらに動くと、その時彼は既に瞳に余計な色を浮かべてはいなかった。ただ淡く笑みを見せて、彼は一礼する。

「ミコト……様。セルカ様を守ってくれてありがとう」

 割り切れてはいないようだったがウィーゼルに死んだような目を向けるのもやめ、また私をしっかり受け入れてくれたのはわかる。ただその挨拶には、ひとつ訂正する必要がある。

「あんたのご主人様はセルカだけ。私に様は要らないわ」

 決まった。格好付けて言った台詞がどう作用したのかはわからなかったが、目の前の男は眉間や鼻筋をぐしゃりとしわ寄せて「ああ」と肯定を返した。

「よろしく、ミコト」

 トーマは長い前髪でその表情を隠せているとでも思っているのか、その声はつとめて明るい声音だった。存外にしんみりした空気となってしまったため、私は咳払いをする。

「じゃあ、早速私は鍛錬に励むとするかな。この身体にも慣れなきゃいけないし」

 肩を回して言えば、ようやっと顔を上げたウィーゼルが涙の張った瞳で私を見た。相も変わらず神器・女神の殺意だけは場にそぐわない鋭い気を突き付けてくるが、気にする必要もない。そういう気配を全面に出す奴は三下だ。

「ウィーゼル。あんた、私が鍛えている間にマジムたちを探すことくらいはできるでしょ」

 それだけ言って彼女に背を向けると、彼女の神力がぼやけてそのまま消えた。自身の領域に帰ったのだと察し、私は振り返ることをせずに一番広くて障害物の少ない教会の所有領を目指して歩き出した。


 私が最終的に選んだのは、だだっ広い荒野があるというだけの土地だった。南方の霊山として畏れられる火山付近で、無遠慮に人が立ち入るのを防ぐ目的で教会が保有する領のひとつである。

 私がミコトとして生きていた頃はここも少しは緑があったのだが、何年も見ないうちに荒れ果てたものだ。元から植物が減る兆候はあったものの、荒野化を未然に防ぐことはできなかったのだろう。

 ともかく、ここならどれだけ神力をぶっぱなしても神の土地として見逃してもらえるのは確実だ。何より教会側から許可を貰っているのでどんな目撃情報が出ても「神が不毛の地の魔力循環を手助けした」と半ば事実にも近いことを返すそうだ。

 さて、そこで私はこの体の容量はよくわかっていないので、全力で何かしらの魔法を使おうと考えた。まだクエイク以外を完全に覚えてはいない地面属性は特に、セルカ本人でも能力を把握していないだろう。そのうえガイアの力を取り込んだというので、少しエルフらしさには欠けるが得意属性は地面となる。

 適正の低いものから順に試すとして……。

「まずは、炎か」

 気合を入れる意味合いも込めて呟くと、神力が爆発するような勢いで溢れ出した。ずっとセーブされた状態で扱われていた神力は、意志を持っているかのようにうねる。

「……このからだ、さすがハイエルフというか」

 私は戦慄していた。エルフの血を求めて転生したものの、これは予想以上だった。どう足掻いても()()に過ぎなかった前世の私とは違って、魔力容量が多い。元が人間の神の力くらいなら一呑みにしてしまえるくらいに。

 頭のおかしかった頃の私がこの身体を完全に掌握していれば、どうなっていたことか。想像するだけで肝が冷える。

 ……ただ、これなら早々に目標値に達するのではないか?容量が足りなければどうにもならないが、まだまだ余裕のある器があるのなら、どうにかなりそうだ。神力なんて、容易ではないものの(見本)があれば幾らでも変換できる。

「とりあえずは、魔法だったね」

 込み上げる笑いを抑えつつ、独りごつ。詠唱の必要はなかった。

 轟音が大気を揺らし、もとより渇きひび割れていた地面は瞬きひとつの間に焦土と化した。炎は眼前で暴れ回るようにしているが、それが私に火傷を負わせることはない。

 ベルあたりが見れば、どう思うだろうか。炎属性への特化のために魔道具まで使われた少女には、この()()()()()は苦しいものだろうか。気にしすぎとも言えようが、何が仲間を傷つけるものなのかを把握出来ていないのは難しいものだ。

 結果として少々暴れ馬ではあるが炎魔法をこの威力で扱えることがわかったが、エルフの血を考えると恐ろしくも感じる。風や植物に近しい気をもつ種族なのだから、これ以上の威力が確約されたも同然だ。

「さっさと終わらせよっか」

 燃料であった魔力の供給を断ち切ると、顕現していた強大な火炎はなかったもののように掻き消えた。ただ取り残された熱気が私の肌を撫でていく。

 続けて未開拓の光と闇が、代わる代わる視界を占領していく。相反属性ではあるが操作に異常はない。

 水と風は流石に血筋もあるだろう、体に刻み込まれた本能、勘、何とでも言いようのあるが感覚で扱い方がわかり、才能と呼ばれるものを感じた。植物も卓越した技術と努力を感じることができるが、これはセルカの実力だ。

 そうやって地面属性を抜いた属性をひと通り試した私は、一息ついた。まだここまでの属性魔法は直接この地に及ぼす影響が少ないほうだから、力加減はそこそこ気を配れば良い程度であった。

 地面属性はこれまでセルカが使っていたクエイクでも影響が大きく出ていたので、ガイアの力を思う存分使うことの出来る私が全力を出せばどうなるか……下手すると、現在失踪中の大地神の代理なんかもできるほどになる()()()()()()

「魔力……神力はほーんの少しで……無詠唱で、どう?」

 私は乾いた土を足の爪先で叩いた。極々狭い範囲を指定して完璧なコントロールの下で行使された魔法……のはずだ。しかし私は首を傾げることになる。

「あれ?」

 地面の様子に変化はない。まさか精神が交代したことで発動条件が変わったのかと思い色々動くが特に変化は起こらない。周りの光景に少し拍子抜けして足を前に踏み出した私はそこで何が起きたかに気がついた。

 ふかっ。

 柔らかく耕された大地を踏んだときに使いたくなる効果音が、無意識のうちに脳内で再生されていた。柔らかい。土が、ほぐれていた。堅く乾き切った大地だなんていう説明が頭に浮かんで消えた。

 クエイクって、地割れや地震を引き起こす魔法だよね。…………まさか、範囲が狭過ぎて()()()()()()()()()()()()


 私はすぐにこのことをなかったことにした。

 悪事でもないし目立つことをやらかしたわけではないけれど、百メートル四方の範囲を一瞬にして耕した威力は他に知られるべきではないと判断したからだ。何が怖いって、今回の魔法に使われた神力は小指の爪の先ほどなのだ。

 たった、小指の爪の先……その低コストとあの威力がクエイク以外の地面属性魔法に適応されると思えば、封印せざるをえないのではないか。たとえば普通は敵の半身を蟻地獄に落とす魔法なんかは、一瞬で地底に引きずり込んだり……しそうではないか?

 力を完全に解放し使いこなせるようになってセルカに戻るときは、絶対に注意しておこう。そうでないと、()()()()全力で放った魔法で街がひっくり返る。街ひとつで済むなら、良いのだけれど……。

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