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第12話「銅貨と狼」

 不審者さんのドヤ顔を見ながら、私は自身の頬がひくひくと引き攣るのを感じた。こんなことがあるなんて、迷宮産の装備品を目の敵にしている鍛冶師さんが見たらぶっ倒れそうだ。油断を誘うという意味でも性能でも、勝ち目がない。

 私は飾り弓を……一見飾り弓に見える摩訶不思議な弓を見つめた。魔力を消費したようにはあまり思えないが、それは私の手に触れた部分だけ妖しく靄がかかったように光を纏う。伝承の勇者やらが持っていた聖剣とかもこのような迷宮産の武器だったのだろうかと思うと、とても心が躍る。

 私は迷いを捨て去って、不審者さんに向き直った。そして飾り弓を持つ手に強く力を込めて、言い放つ。

「買う!値段を教えて」

 すると彼は右手をローブから出して四本指を立てる。弓の性能を思い返した私は金貨四十枚かと思い懐に手を伸ばすが、彼は首を横に振った。……どういう意味だろう。

 理解出来ずにそのまま金貨を取り出した私に、不審者さんは焦りながら言った。

「あなたは金貨の価値をわかってないねぇ!?鉄貨十枚の価値を持つ銅貨、その銅貨百枚の価値を持つ銀貨の、さらに千枚ぶんの価値を持つ硬貨なんだよぉ!?」

「?」

 知ってるがそれがどうかしたか、と首を傾げる私に、不審者さんは詰め寄って言葉を羅列する。もしかして足りなかったのか?でも私は金貨の枚数を見せていない。

「あなたは、どう見ても貴族なのだからぁ……おおよそ、金貨を四枚出そうとか考えてるんだろぉ」

 彼は恨めしそうに私を見つめる。私は金貨四枚では足りないのかなと思い、やはり四十枚で良かったのかと金貨の入った袋を漁る。金貨五十枚を持たされたはずなので、十枚抜き取って袋ごと渡そう。

「やめっ、おい、ちょ、や、やめてくれぇ、金貨だめぇ、金はだめだぁ」

 袋を突きつけると途端に不審者さんは体を離し、体を震わせる。私はそれを見てさらに首を傾げると銀貨の袋を取り出して「こっちがいい?」と笑顔で尋ねた。しかし反応は芳しくなく、むしろ彼は泣きそうになって首を横に振るばかり。

「何がいいの?値段は?」

 急かす私に彼は言った。

「えっと、無料で……」

 私は何の冗談かと思い、彼をキッと睨んだ。貴族だからって偉そうにする気もないしこんな高性能な武器を買い叩く気もない。

 睨まれた不審者さんは泣きそうになりながら両手を合わせて叫んだ。

「そんな睨むなって……どっ、銅貨!銅貨を、四枚!」

 最早どちらが買っているのかもわからない。

 私はあまりに安すぎやしないかと思いそれを伝えようと思ったが、彼の先ほどの様子を思い出してよっぽど金貨と銀貨が嫌いなのだろうと思い、口をつぐむ。

 私はしぶしぶといったように彼に銅貨を四枚手渡すと、適当に銅貨と鉄貨を取り出して加える。銅貨四枚で生活できるのかと心配で、せめてこれくらいはと思っての行動だった。

 された相手はというと、私の心情を汲み取ってかぺこぺこ頭を下げながらもしっかり硬貨を受け取ってくれた。そして、どこからか飾り弓に似たデザインの短剣を取り出して手渡してきた。

「あなたなら、これも使えるよぉ。代金多いから、あげる」

 効果は見ていないが、きっと面白いものだろうな。私は笑顔で受け取って、見ての出口に向かって歩いた。感謝の言葉も忘れない。

「帰るけど……また来るからね?」

 最後にいたずらっぽく告げると、私は踵を返す。余計なお世話をしたかなと恥ずかしさがこみ上げてしまい、振り返ることが出来なかった。




 地下街の出入口でおにい様と合流した後、私は昼ご飯を食べに行く気力も湧かずにだらだらと王都を練り歩き馬宿を目指す。おにい様もぐったりとした様子でのそのそと歩いていた。

 しかしお腹は減るものだ。大通りを歩けば必ずと言っていいほどに美味しそうな匂いが漂ってくる。そして私たちは空腹時にそれを嗅ぎとって我慢できる程の強靭な精神力など持ち合わせていなかった。

 数分後、大通りには沢山の串焼きを持った青年と幼女が歩いていた。魚の練り物やらぶつ切りの肉、はたまた朝採れたばかりの旬の野菜まで、琴線に触れたものは片っ端から購入した結果であった。しかし食べ盛りの二人、それをまだ足りないとでもいうように軽く平らげ今度は別の屋台で挽いた肉と刻んだ野菜を合わせて形作り串を刺して焼いたもの……つくね棒のようなものを買い足した。

「はぐはぐ」

 美しく神秘的な見た目の幼女が必死に肉にかぶりつく様子は背が低いため目立たないが、偶然にも見てしまった民や冒険者は微笑ましいものを見たと幸せな気持ちになったという。

 そしてその幼女……セルカはというと。

「おにい様、これ美味しい!」

 ぴょんぴょん跳びはねて全身で喜びを表現すると、私はおにい様に言った。このつくね棒みたいなやつは何の肉かはわからないが脂が少なくてさっぱりしていて、混ぜこまれた野菜のそれぞれの食感が違うのが楽しい。玉ねぎのような食感の野菜や少し酸味のある野菜が入っていて、爽やかな酸味がいいアクセントになっていた。どうやら味付けは塩だけのようだが、そのシンプルさが良い。

 私は苦笑いするおにい様に気付かずに最後の串を食べ終えると、残った大量の串をまとめて近くのゴミ箱に捨てる。ゴミはゴミ箱へ。これ大事。

 そんなことをして浪費しているうちに、一際広くて人通りが少ない道に出た。ここは馬車が通るような道なので危険だと認定されているから、当然なのかもしれない。ここの通りの二番目に大きな馬宿に、私たちは馬車を預けていた。

 何故二番なのかというと……。

「すみませんお客様、当店は子爵家以上の貴族様の馬車のみ預からせて頂いております。お引き取り下さい」

 と、このような事を言って下級貴族を受け付けない店が一番大きな馬宿だからであった。王都に初めて訪れる調子に乗った下級貴族への第一の洗礼と言われている。どうやら店内でのいざこざが何かあったらしく、それからこのようになったらしい。そうはいってもそのいざこざがあったのは百年ほど前だとかで、今ではただの噂と化している。

 隣合って並んでいる一番と二番の馬宿は、見た目から格が違った。私は絢爛豪華な装飾品で彩られた豪邸よりも優しげな色合いのシックなデザインの建物の方が落ち着くので、二番目で充分である。むしろ一番目の馬宿は前世で貧乏人だった私にとって落ち着けないにも程がある。

 私とおにい様は入店を拒否され憤慨する下級貴族に目を向けることもなく、二番目の馬宿に入っていった。

 それにしても先程の貴族、一度目で納得せず怒りを感じる様子からして新米か新当主だろう。当代かこの当主に教育された次期当主の代で落ちぶれるだろう……と思ってしまった。

 馬宿に入るとこの店…施設の従業員がどこからともなく現れて私たちの家名を聞いてきた。おにい様は口頭で答えながらも一応貴族の紋章を見せた。それを見た私は重大なミスに気付き、思わず声をもらす。

「あっ」

「どうしたんだ?」

 すかさず尋ねてくるおにい様に、私は逡巡ののちに小さな声で言った。

「着替えたときに服を置いてきちゃった…紋章も一緒に」

 それを聞いたおにい様はケラケラ笑うと私の頭をがしがし撫でて俺がいつか取りに行くと宣言する。しかし彼の目尻には笑い過ぎたからか涙が溜まっていて、それに気付くと羞恥心に苛まれた。

 まだ昼を少し過ぎたばかりだが、帰宅を遅らせたら心配させてしまうので、今は取りに行けない。私は顔が熱くなるのを感じながら用意された馬車に乗り込み、御者台に座るおにい様を見つめた。馬車に繋がれている馬は馬宿のオーナーから譲り受けた馬ではなく、事件以前からいる馬車馬だ。譲り受けた黒毛に白いたてがみの颯馬はおにい様の騎馬となったようで、私はその姿を思い浮かべた。

「こんな恥ずかしいミスを無くして、おにい様みたいに頼られる冒険者にならないとなぁ」

 堂々とした背中を見ながら、もっと空気を読める人だったらモテていただろうにと小さく呟いた。




「この子が弓術と短剣術担当の、狩人バウです」

 帰宅早々おとう様に呼び出された私は、雇われた指南役を紹介されていた。装備のことに夢中ですっかり忘れていた。最低でも三人以上になると予想していた私は一人という人数に驚き、それからバウの容姿を見て目を輝かせた。

 何ともわかりやすい名前だが、バウは獣人だった。それも犬か狼のようなふさふさの尻尾と耳のある、高校生くらいの年齢の女の子だったのだ。親しみやすいというのも勿論だが、何よりその年齢と性別に関わらずおとう様に選ばれたことに衝撃を受けた。

 バウは私の近くに来てすん、と鼻を近付けると満足げに微笑み、私に話しかけた。

「ボクは赤狼族のバウ。えっと、よろしくねセルカちゃん」

 ぺこりと慣れなさそうにお辞儀をするバウは、少し低めの声でボーイッシュな雰囲気だ。私が「よろしく」と返すと嬉しそうに尻尾を振った。

 ボクっ娘なのかと感心しながら彼女の容姿を観察すれば、まず初めに頭に生えている立派なケモ耳と臀部に生やした尻尾が目に入った。赤茶で艶のある毛並みが美しい。胸は私に負けず劣らずのまな板で、むしろこれなら私の方が僅かに膨らみはあるので勝利だろうか。

 ささやかな優越感に身を包み、私はやわらかく笑みを浮かべた。ストレートで顎下までのばしてある髪と焦げ茶に焼けた肌、そして深緑の瞳は宝石のように美しくて少し羨ましかったが。

 私は不思議に思ったことをバウの後ろに立っているおとう様を見上げて、訊いた。

「バウ……が弓術と短剣術を教えてくれるのはわかるけど、魔法技術についての指南役はどうなったの?」

 するとおとう様は脱力気味で言う。

「ガロフがいるでしょう、彼ならば仕事などないし……彼ほどの技術者は残念ながら見つかっていないので」

 つまり、ガロフおじい様がお勉強だけでなく魔法の授業もしてくれるということだ。それは私にとって大変喜ばしいことで、身内だと色々と魔力の質が似ていることもあるようなので適任だといえる。何よりもおじい様と一緒にいることの出来る時間が長くなるのが嬉しくて、私は子供らしくはしゃいだ。可愛くてもふもふ尻尾の指南役ってだけでも嬉しいのに、優しくて教えるのがとっても上手で、いっつもすぐに姿を眩ましてしまうおじい様が先生だなんて!

 はしゃぐ私を見ておとう様は狙い通り、と不敵な笑みを浮かべた。完全に草食系の見た目だが、これでも武勲で爵位を手に入れるほどの強者であることを忘れてはいけない。

「じゃあ早速今日の訓練をしたいんだけど、バウ、お願いできる?」

「えっと、う、うん。当主、行ってくるね」

 私はバウを見上げて上目遣いでお願いする。この容姿だし活用できるだけ活用しようと思う。少したじろいだ純粋そうなバウを見て、私は仲良くなりたいなと心の中で呟いた。まだ彼女のことは全然知らないけれど、精神年齢も同じくらいだし仲良くなれたらいいなぁ。

「裏の広い庭でいい?」

「広い……それならいいね!」

 バウは私の質問にあまり深く考えずに頷いた。彼女の腕前は知らないが、直感で出来てしまうタイプのような気がしてきた。

 まだここに慣れていないバウを先導して裏の広い庭へ向かう私は、背に綺麗な飾り弓を持っていたので彼女は小さく首を傾げていた。後々効果を見せたときにどう反応するかが楽しみだ。

Twitterにてセルカ、マジム、不審者さん、バウの絵を公開しました(^ω^)ニコニコ

後ほどカラーも上げると思うので、良ければ見てください

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