第116話「夜のはなし」
更新予約しないで寝てしまいました……
遅れて申し訳ございません。
楽しいパーティーを終えた後には、許可のない料理に手を出そうとしてその尽くを防がれ豊満な肉体を両腕で抱きしめるようにして涙を流しているおねえさんをもう一度しっかりと叱ってから、神殿へ転移して戻るだけだった。
まあ、騒ぎがあったことで開始時間が遅くなり、その影響で街の散策をする時間もなくなってしまったので当然である。また時間があれば来られるので、気にする必要はないだろう。
結局水中遊歩産の食材にありつけなかったおねえさんは相当それがこたえたようで、ジンにイタズラやちょっかいを出すことはしないと誓っていた。契約魔法を使おうとまでしてきたので、流石にそれは辞退したが彼女の真剣さは伝わった。
教会本部に着いても、アルステラは完全に実体化したままで私とトーマの周囲をちょろちょろ動き回っていた。夜で陽の光も人目も気にする必要もなくなったため包帯を完全に解いた彼は、じんわりと鼓膜を揺らすテノールボイスに相応しいその美貌を晒している。
防犯が見直された本部の中庭は、私が大海神の武器に連れ去られたときよりも華やかで、魔力の光が色とりどりの花弁を照らしているさまは夜の静けさに神秘性を与えていた。
「二人とも、ありがとうねぇ」
料理のことだろう、アルステラの礼が耳に届く。実体化していると声の伝わり方も違うのか、感覚が新鮮だ。
自身の技能を称賛されて悪い気になるわけもなく、トーマと私は反応は違えど嬉しい気持ちになって表情を緩めた。「どういたしまして」と二人の声が重なると、アルステラも笑いだした。
「本当に相性が良いみたいだなあ」
羨むような色も含まれた声だったが悪感情を感じられなくて、おにい様が私のことを甘やかすときのような、家族におくるようなあたたかさが滲むので、そのように思ってくれているということだろうか。
不思議な空間にふわりふわりと浮かぶ光の粒子を目で追いながらアルステラの言葉を聞いていると、ふと改まった台詞が聞こえた。
「……ちょうどいい、マジムを呼んでくれるかい」
目が合うと、彼の瞳から真剣さが伝わってきて先程までの空気が瞬く間に消え去ってしまう。呼べばマジムは直ぐに駆けつけるが、戸惑う私と鋭い表情のトーマとアルステラの組み合わせを見て目を瞬かせた。
そんな大地神が疑問を呈する前に、先手とばかりに悪魔が口を開いた。
「まずは結界。大地神様の最上質なものでここを護ってくれないかなぁ」
「はいはい」
半目になりながらも大人しく従うマジムは、思ったよりアルステラのことを敵対視していないみたい。トーマはまだまだ、たまに態度が刺々しい様子なんかが見られるのだが。
流石に柱の神ということもあってか、神力が溢れて具現化されたドーム状の壁は、視界、音、物理的干渉、魔力的干渉の総てを遮断するものらしく、私たちは異界の花園に囚われたような光景を目にした。
結界に包まれた結果、ソレから発せられる仄明るい光が私たちと共に収まった花々を輝かせ、視界遮断によって純白に塗り潰された壁はそこにあるとわかっていても無限に続く白い空間のように思えた。
それらに見蕩れていると、トーマに耳をつつかれた。
すると、いつの間にか揃えられたガーデンインテリア……ひとつのテーブルとそれを囲むように配置された椅子に座っている二人に気付き、私とトーマもそれに続いて腰を下ろす。
神妙な顔つきで天板を撫でたアルステラは、そのまま流れるように両手を胸の前に持ってきて、ぱち、ぱちと拍手をした。
「おめでとう、セルカちゃん。マジムは安心出来る相手だと確信が得られた」
安心出来る相手…………その言葉から連想されたのは、女神フレイズの使い魔である獣の話。仲間の中に潜んでいるというソレの候補は、大体マジム、バウ、その他従魔たちだったはず。
アルステラが言うにはマジムは晴れて容疑者(??)から外されたようだが、その真意は如何に。私が黙り込んでいる様子から信じていないのを感じたのか、彼は話し続けた。
「生きてきた中で、女神の使い魔にあったことがあるんだよ」
この時点では、マジムの反応はない。
「ソレは確か、神狼族……セルカちゃんの仲間に神狼族はいないから交代した可能性がある。それでも使い魔契約はしっかりされているようだから、二重契約のできない使い魔であるマジムは安全なのさ」
悪魔らしく悪どい笑顔を見せたアルステラだが、神はそんな彼を微笑を浮かべて褒め称えた。
「疑われてたことは心外ですが、仕方ないですよね。無実の立証、ありがとうございます」
悪魔に感謝を述べる神様というなかなか珍しい構図を目の当たりにして、私は当事者であるというのに無言でぼうっと観察してしまった。
結局話したいことはそれだけ?と視線を向けると、アルステラは「それで」と目を細めた。
「バウは、かなり」
語尾を濁されたが、言いたいことは理解できた。認めたくはないが私も多少は怪しんでいたため、改めて自分以外の口から同じ意見を聞くとすとんと納得してしまう。
生まれたばかりの黒助はもちろん、妖精の牧場で育ったはずのアルトにはほとんど疑う余地がないことはわかっていたのだ。
そうなれば、残るのは彼だけなのである。
その晩、偶然目が覚める。
異変があったり誰かが近付いたらマジムが起こしてくれるけれど、今晩のはただ目が覚めただけのようで彼の注意喚起や報告は聞こえなかった。
どうせ些細なことで起きてしまったのだろうが、ついでにお手洗いにでも行こうと考えた私は、宛てがわれた女子部屋にて眠る仲間たちを起こさぬように、盗っ人の気持ちで足音を忍ばせた。
ここは広いので洗面所は至る所にあり、私は一番近い場所へ行ったのだが、そこでふと違和感を覚えた。男子部屋の気配の数に。
バウが、いない?