第107話「言えないコト」
何度かライライと御者を交代しつつ最短距離を進み、幼女守護団はあっという間に小規模な町に到着した。関わりのあった一部の町民は私たちを覚えていたらしく、またすぐに来ると言ったのにしばらく戻らないから心配した、と笑いながら背中を叩かれた。
心配させた代わりにと、さすがに買い占めるわけにはいかないが大量の食料品を買っていくと、丁度在庫が余り気味だったとおまけをつけられたり、割引までしれくれた。
その後用事があるといって、トーマと悪魔(但し、従魔・使い魔は常に繋がりがある)だけを伴って最寄りの教会からノウスへひとっ飛びした私は、アルフレッドの仕事がまだ終わっていない時間なので、久し振りに首都を歩き回ることにした。
久し振りに訪れたノウスの都市は相変わらず銀と鈍色で、街全体が要塞のようだった。これで店内に入れば個性に溢れているものだから、きっと街を歩くだけでも退屈しないはずだ。
はじめはアルステラの要望で彼の管理する怪しい傀儡の露天商を見に行き、商品を見せてもらいながらこっそりとメンテナンスをしてもらった。
聞いたところによると、傀儡本体は何十年どころか何百年も放置されていたらしいが、それでも目立つ損傷は関節部のすり減りのみで、他は診る必要もないくらいに完全な状態だったらしい。
新しい関節パーツを取り付けられた傀儡は心做しか嬉しそうに、動作の軽くなった腕を回していた。
そしてそのあとは特に予定もなく、ぶらぶらと露店を冷やかしていった。
食料品は露店で扱うような数量でなく、ちゃんとした店舗でまとめ買いをする予定なので、外の店を見るのは美味しそうな串焼きやスープ、斬新なチョシーを探すことが目的の大半を占める。
強いていえば、私たちは基本的に装飾品をあまり身につけていないので、良さそうな効果が付与されたアクセサリーなんかがあれば買うつもりであった。
アルステラに紹介してもらえば一発で最適な装備が手に入りそうではあるが、宣伝されていない現状をみると売れるものはないのだろう。
自分の影は、よく観察すれば黒いナニカが滲んでいるようだが、それは悪魔が潜んでいるからだ。アルステラはそこから動く気がない。
「アルステラ、せっかくなんだから色んなところを見て回ったらいいんじゃない」
トーマに顔を向けて影に話しかける。だが、頑なに出ていこうとしないので、私はすぐに諦めて露店の物色を再開した。
そして、明らかに人通りのない路地を見つけ、面白半分で入り込んだ私たち。
そこは建造物の拡張によって狭くなり使用されなくなったのであろう、殆どの道にある程度の広さが確立されているこの都では稀にしか見られないものだ。
特に幼い容姿である私だけでなくそこそこ体格の良いトーマが通ることのできるものは珍しく、剣を振るえない狭い路地を彼は嫌がっていたが、無理矢理に連れ込んだ。
路地でもだいたい碁盤の目のような配置であるため一本道を進めばどこかの通りに出ると踏んでいたが、しかし。
私がたどり着いたのは行き止まりと、そこにある異色な扉であった。
他の街でなら難なく受け入れられただろう木製の扉は、ここまで鉄の扉ばかりだったおかげで異物のように思えた。
看板のようなものはあり、どこか見覚えのある鬼灯のランプに照らされていたが、生憎管理が行き届いていなかったようで色落ちしている。
店だというのは確定だろうが、営業中かはわからない。不気味に思いながらも手を伸ばすと、触れるか触れないかの刹那に扉が独りでに開く。
それに驚いて足を止めると、私の脇を通ってアルステラが店内に入ったのが見えた。
「あ、えっ」
私が焦って彼に追い縋ると、振り返ったアルステラは子慣れた所作で私の手を取りエスコートした。屋内に点在する鬼灯のランプが照らす店の床は、虚ろな闇が広がっていた。
息を呑むが、足の裏にはしっかりと床を踏みしめる感覚があり、それがアルステラにエスコートされているからだと気がついたのは、なかなかついてこないトーマを確認した時だった。
トーマは闇……つまり床に手を突っ込んで自身がすり抜けてしまうのを確かめていて、諦めたように半目でこちらを見ていた。
「ちゃんと二人で帰ってこいよな」
気の抜けた声がとんできて、私はこくこくと頷いた。
しばらく導かれるままに歩いていくと、ようやくはっきりと壁や床が視認できる空間に降り立った。
そこはアルステラの店とは打って変わって、深みのある艶の木棚にはひとつひとつ商品が並べられている店。小綺麗な店内にはやはりと言うべきか、鬼灯をモチーフにした照明の数々が並び、照らされる貴重な品々は全て悪魔の触れられる硬貨……銅貨で値段が表記されていた。
知り合いのものか、と問おうとしてアルステラに目を向けると彼は肩を竦めて首を横に振ったので、どうやら知人ではないようだが、俄然興味が湧いてきた。
照明器具を指差しては、
「アルステラ、悪魔のお店は鬼灯のランプが目印なの?」
また、怪しげな仮面を見て、
「私は鑑定できないから、どんなものか教えてほしいな」
なんて質問攻めにしていると、嫌々ながら……といった雰囲気を演じつつも楽しそうに、口元を歪ませながら説明してくれる。もとより商売人である彼はとても宣伝が上手で、いくつかの装飾品類に惹かれている自分がいた。
でも、店員や店長らしき者が見当たらず、ここまで騒いでいるのに出てこない。きっと今は居ないのだろう、しばらく棚を見た後には何を買うこともなく店を出ることにした。
また来ようと決めてトーマの待つ外へと出ると、どこで買ったのか美味しそうなフルーツ飴を持っていて、アルステラと私は「一人分追加」と人差し指を掲げて、トーマに笑われた。
飴やその他の美食に舌鼓を打ったあとは、当初の目的を果たすために軍部の寮舎に向かった。そしてアルフレッドの借りている一角に足を踏み入れると、すぐに出迎えてくれた管理人に案内されて、アルフレッドの執務室についた。
扉は開けっ放しで、中に入るとほとんど処理の終わった書類の山とその手前で軽食を頬張っている隊長と対面することとなる。
「久し振り、アルフレッド隊長」
いかにも真面目な雰囲気で言うと、察したのか察してないのかわからない微妙な表情を浮かべた彼は執務室の扉用の鍵を放り投げて「閉めろ」のジェスチャーをした。
「ついでに防音……遮音結界でもあればいいんだけど」
ぽつりと呟かれた言葉に従うと、満足気に頷かれる。
では……話そう。




