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第106話「どうしても腑に落ちない」

 宴の夜が平和に過ぎたのは久々な気がした。

 教会の大聖堂で執り行われたパーティーでさえ(要人)が神器に攫われるという事件が発生し、それからは何処に居ようともマジムの強力な護りが施されるようになったのだ。

 それに比べて今回は獣神やその加護を受ける者が大勢参加しているため、さらに危険が少なかったのだろう。

 昨今まで貧相な暮らしを強いられてきた赤狼たちの用意できる食糧ではきっと足りないだろうということで私たちの買い貯めていた食材を提供しての宴となり、最初は遠慮していた村人も久方振りのお酒が入ると進んで飲み食いするようになり、一気に場の空気が熱くなった。

 お酒は料理用に出しておいたものまでいつの間にか飲まれているというくらいで、赤狼の主婦たちが食事に参加して残りを任された私は、全力で逃げ回りながら調理をする羽目になった。

 それでも特製のチョシーを頬張って満面の笑みを浮かべる幼子を見ると休む気にはならなかった。

 バウが十人いても食べきれなさそうな大量の豪勢な料理を並べたのだが、今までのぶんを取り戻すかのように食らいつく赤狼族を前にしてはスープの一滴も残さないほどになった。

 その後、酔いの軽い若人たちが日課である夜の狩りに出掛けると、私たち幼女守護団のメンバーはひっそりと神殿の裏に集まって小さな宴を催すことになった。


「いやぁ、バウが分身したかと思ったのですよ」

 氷の浮かんだ甘い果汁をひと口含み、虚無の瞳を細めたライライが笑う。気付いたら飴や串焼きを手に持ち食べてばかりのバウが分身……出費的に考えたくない喩えだが、彼の言いたいことはわかった。

 沢山あった食糧が一度の宴で、まさか半分近く無くなったのだから……仲間イチ大食らいである彼を引き合いに出したのだろう。血縁だし。

 それでも大容量の異空間収納には旅を続けるのに充分な食べ物が入っているし、教会にさえ着けば転移魔道具を使ってどこへでも買い出しに行ける。

 小さな宴にはバウは参加せず、彼は既に身内の元で久し振りの家族団欒の時を過ごしているようで、残されたのは食欲が一般的な範疇に収まる者達であった。

「……おいし」

 小さな魚を薄く衣を付けて揚げただけのものをつまんで、思わず声が出た。この世界は相も変わらず、食材のポテンシャルが高い。私はお酒の良さがわからないためライライと同じ果汁を飲みながら、横で無言で飲んでいる仲間に目を向けた。

 疲れたのだろうか、ベルとアンネの組み合わせでさえ静かで、身体を寄せあっているもののいつもよりスキンシップが少なく見える。

 落ち着いた時間を確保できるのが久し振りだったからか、ゆらゆらと揺れる焚き火に照らされたみんなが脱力気味なのが、珍しいように思えた。

 夜の闇にぽつりと浮かんでいるような夢心地でいた私は、火の周りに適当に並べられた肴が全て無くなるより先に眠りについたのだった。


 翌朝、本来ならばすぐに村を発つはずであったのだが、赤狼族はある種の執着をもって恩返しに努め、このままでは恩義に対する返礼が足りず、申し訳なさで食事も喉を通らなくなると頼み込まれて(脅されて)しまい、彼らの元に留まることとなった。

 バウの肉親らの要望も強く、またバウ自身も非常にあたたかい表情を見せていて、そんなときに親族と引き離すようなことはするわけにはいかないので、たとえ脅されていなくとも数泊の延長はしただろう。

 一部の老人やほんの小さな子供たちは獣に近いバウの容姿に少なからず恐れまたは畏れを抱いているようだが、一日遊び狩りを共にし、豪華な食事の並ぶ卓に座ったことで凡その人々は好意的。

 さらに長老のような立場の者の努力もあってか、むしろ救世主として名が高まってすらいるようだ。

 私はそんなバウをからかうように「救世主さま」と呼んで、彼が照れ笑いを見せると幸福感に包まれる。美しい彼の笑顔は世界の宝であることは間違いない。

 そして今日は専ら自由時間となり、私はまず赤狼たちの朝の狩りに参加すべく女神の天弓と女神の短剣をばっちり装備して、集合した狩人たちにまざった。

 彼らは見た目で侮ることもなく嬉しそうに迎えてくれて、この森の生態や特殊な魔物の狩り方などをさらっと教えてくれて、本当に良い人達だなぁと嬉しくなった。

 森に入ると、すぐに班に分かれて獲物を探す。

 呪いの影響下にあった、つまり個々の能力が低かった当時からのやり方だそうで、今の彼らにとっては必要ないかもしれない方法だったが、慣れた陣形では効率が違うものだ。

 獲物を見つけると()()()()()()()一番近い他班がどの方角にいるかを確認し、大きく威嚇・威圧を込めた遠吠えによって獲物の発見を知らせながら味方の方向に追い込むのだ。

 実際どのように動くのか把握しきれていないので、邪魔にならないようにと半ば傍観気味でいると、人々は私を気にした風もなくそれぞれ動き始めて、それを見てわくわくしながらついて行った。

 後で聞いたところによると、加護による能力値の上昇が著しいのか狩りのペースはうんと早くなったようで、私がいる班が三体目を仕留めたときには既に全体でノルマを達成してしまうほどに好調だった。

 かくいう私は逃げ足の早く見つかることが珍しい魔物が出没した際に弓を一度使ったのみであったが、その魔物を手に入れたことは士気の向上に大きく貢献し、また大きな魔物は異空間収納に収め持ち運ぶことで活躍した。

 子供たちが採集した森の恵みを含めて例年以上の収穫があった朝の狩りは、持ち帰られた大量の食糧に嬉し涙を流す村人達の笑顔に包まれて終了した。

 獣人だからか、はたまた加護の恩恵か。昨晩たっぷり飲み食いしたにも関わらず二日酔いもしていない若者たちは宴だなんだと騒ぎ立て、老爺に雷を落とされるほど、皆の喜びようは凄まじかった。


 そのまま数日村に滞在してすっかり打ち解けた頃に、私たちは再び旅に出ると告げた。

 今度は救われたからというだけでなく、友情や仲間意識が芽生えたことで惜しむ声が大きかったが、無理言って村に留めていたことは理解しているらしく、年長になるほどにぐっと気持ちを抑えている様子が見られる。

 逆に以前は警戒していた子供たちがそれぞれ仲良くなった者に群がって泣いたり叫んだり、しがみついたり、体全体で別れを惜しんでいるのは、なかなか込み上げるものがあった。

 魔法が得意な者は幻想的な光景を魅せて少女の夢を広げ、肉体を使った武術が得意な者は模擬戦で少年の憧れとなったのだろう。私には見た目だけは同年代に見える幼女たちが群がっていた。

「僕たち、また来るから、ね」

 バウが、妹だろうか……彼によく似た将来有望な少女の頭を撫でて微笑むと、少女はしゃくりあげながらも「明日、無理でも……二、三日後、は?」と問い返し、その様子を見て私はくすりと笑った。

 ……実際にはヴァッハの許可さえ得られれば転移できるはずなので実現可能ではあるのだが、まだ聞けていないしこの場で訊けば本当にここに来ることになりそうなので口を噤む。

 私は最寄りの教会に着いたあとの予定が一応決まっているので、そちらを優先する。

 結局その後、強さに自信のある男衆が森の出口まで見送りをしてくれて、なかなか賑やかな退陣となった。

 森が終われば馬車を取り出し、毎度のことながら初見の者は蟻馬を見て驚愕し、最後にアルトを呼び出して本物の馬に見えるように魔法をかけてもらうと更に声が上がった。

 私は馬車に乗り込むと羊の姿のアルトとふわふわな黒助を抱き締めて、揺れ始めた車内でにこにこと笑う。仲間の憂いをひとつでも取り払うことのできた今回の遠出は、なかなか気分の良いものだった。

 帰りは一直線に進み、迷わないようにと来るときに訪れた集落に寄ることもしない予定なので、野営回数も減って大幅な時間短縮となるはずである。

 珍しく間食をしていないバウをじっと眺め、そういえば燃費が悪かったのは呪いの影響があったのだと思い直し、これからはこれが普通なのかとしみじみと思う。

 バウの食べっぷりを思い出して小腹が空いた私は、おもむろに取り出したクッキーをひと口齧るのだった。

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