第102話「アタマ」
とても短くなりました
バウの様子を見るからに、伝え聞いていた外見と一致していたのだろう。この祠が赤狼族フィスィフィサー一族の秘宝なのだとすれば、見つかったことは良いことである。
それはそうなのだが、しかし。
「……なんでわざわざ普通のヒトには見えないようにしていたのかな」
私が祠の方を睨みつけながら呟くと、それを拾ったバウの目が細められる。力が漲るという発言から、その瞳に映るモノが幻影の類いではないことを証明しているため、尚更その本物が隠されていたという事実に敏感に反応してしまうのだろう。
ぴんと立った狼耳が忙しなく動き接近するものはないか、警戒を顕にするが、彼の爪が何処かへ向けられることはない。
さらさらと軽やかな音を立てる木の葉も、神力の膜を通して浮かび上がる原も、通り過ぎた沢から聞こえる幽かな水音も、どれも淀みなく耳に届いた。
魔物の気配も遠くにあり、まるでこの地を生き物が……木々でさえもが避けているように感じて、私はマジムに視線を送った。
ここは獣神ヴァッハの領域内。世界中どこにいても文字通り神出鬼没である神族なら、直前まで気配を一切感知されることなく現れる可能性がある。それでも柱の神である大地神が見守っていれば、命を失う可能性も下がるだろう。
マジムは深緑の神力を纏いながら段階的に獣の姿へと変化していき、次第にその体躯は見上げるほどにまで肥大化し、そんな姿でも鋭い瞳には理性の輝きが宿っているのを見ると改めて神々しく思えた。
光の粒子を散らしながら頭を下げた彼の背に乗ると、そのままバウを誘い、自身の負担にならない程度に神力を織り交ぜた結界を創り出す。背を叩けば、マジムは祠に向けて悠然と歩みだした。
草原の草は丈が高いが、巨獣の背に乗ればどうともなかった。それどころか視点が上昇したために視野が広がり、草がそよぐ様子が波のように見える。
そんな景色を楽しめる時間も、一歩が大きいのですぐに終焉を迎えた。祠の手前に辿り着いた私とバウは恐る恐る地に足をつけると、それと同時に今度はマジムが濃密な神力を用いて結界を構築し、襲撃に備える。
くれぐれもその結界から出てしまわないようにと細心の注意を払いながら、バウを先頭に、祠に歩み寄った。
すると、どこからともなく感じたことのない神気を感じ、その距離の余りの近さに私だけでなく神力の感知能力が殆ど無いバウまでもが身を硬くした。
しかしそれは敵意がないどころか多少の焦りと懐かしさを滲ませ、びくびくとこちらを窺うように力の塊を引っ込める。何かとは思ったが、正規の神族ほどの存在ではないらしく、ヴァッハでないことだけは確かだった。
そして私の視線が周囲を一巡すると、その源を捉える。
「バウ、これは」
見えていないであろうバウに力の正体を教えようとしたが、それより先に今度は神力ではなく魔力が、私たちの目の前に文字を書き出した。
『おかえりなさい』
『まつ』
『だった』
ぎこちない言葉の使い方であるが、それは私たちに示す…………秘宝が、知能を有していることを。
『せきろう』