第101話「ハードモード」
「ボクが旅に出たのは他ならない、神殿に住まう仲間たちのための救いを探すためね。……でもそれ以外にも、理由はあったのね」
少し喋りにくそうに突き出した口を開閉するバウは、立派な尾も股の間に挟めていて弱々しく見えた。
神の、しかも自身らと密接な関係にある獣神の呪いというわりに元気そうに見えた赤狼族の面々は、実際には微弱な呪いしかかけられていないという。だが当然、神の報復がそのような生温いもので終わりなはずはなく、一族の呪血の流れる子には一定の確率で呪い子が生まれるのだった。
呪い子は獣に近い本能や習性を持っていたり、または異常な燃費の悪さ、知能の低迷、人間性の欠如……その代わりに強大な力を持つものも、これまでの歴史には存在したという。
それらの特性が現れ始めるのは明確な自我の芽生えと同時期であり、もしそれが一族の者に危害を加える恐れがあったり危険なものであれば、呪い子は幼いままに一生を終えることとなる。
時にはそれから逃亡する者や、自然にかえり魔獣に変貌した者もおり、しかし半数以上の呪い子は危険ではないと判断されると訓練を受けて十五をこえる頃には旅立つことになっていた。
それは忌避されているということもあるが、何より呪いでの弱体化を受けている中でも一番能力が高いのが呪い子で、何かしら優れた能力があり、生還する希望が高いからという理由があった。
バウもその幸運な呪い子で、多少の知覚障害と燃費の悪さを除けば、ヴァッハの狂い目と呼ばれる一種の魔眼と才能が目ざましく、旅立つことは幼少期に決定されていたという。
では何故バウの姿が普通の獣人のものだったのか、という疑問については、すぐに彼が話してくれた。
三代前の呪い子が生還した際に、解呪の魔道具をいくつも持ち帰ったらしく、それらは神の呪いを解除するには至らなかったが、弱めることは出来たのだ。
バウの身につけているものは何か、と聞いたがそれについては黙秘され、私は強く問い質すことはできなかった。
そうしてバウの二代前から『化け物』と怯えられ討伐対象になりかねない危険な旅が終わり、ただの獣人としての救いを求める旅が始まったのだ。
バウは、自身の獣人状態の顔が美しいのを利用して、そして華奢で性別不詳の見た目を理解して、できる限りの努力をした。そして狩人として信用とある程度の能力を手に入れたとき、私……セルカの師匠となった。女性と思われたままなら隙を伺って既成事実を、男性と知られたら情でほだせるように……貴族の地位と情報能力を手に入れるために。
そこまで聞いて、私はぴくりと口の端を痙攣される。距離が近いとは思ったし、トーマが少し警戒している節があるように思えたけれど、この完全幼女体型相手に既成事実なんて……。
それでもバウは大切だし、彼の思い通りかもしれないが共に過ごす仲間として情も移っているし、そもそもマジムがいる限り夜這うのは不可能に近い。赤狼族の不断の努力を知った今では、完全に許すなんて甘いことは言えないけれど、実行してないし情状酌量の余地はあるのでは。
私はトーマの顔色をちらりとうかがい、彼の心底呆れたような表情を目にした。警戒しているわけでもなく、まして殺意や敵意など皆無の、親友がバカをした時に向けるような。
そういえば彼は最初からバウの性別を正しく認識していたようなので、今更知ったところで、バレたうえに話さなくても良いようなことまで告白したバウは心底間抜けに見えたことだろう。
そのままぐるりと仲間全員の顔を見て、誰も悪感情を出していないのを確認すると、私はにんまりと笑う。
「へーーぇ。バウってそんな趣味だったの」
「やっ、それは!」
耳が忙しなく動き、毛に覆われていてもきっと酷く赤面しているのだろうと察せられて、さらに笑みを深めた。そうだ、能天気に、コロコロ表情を変える彼が一番だ。
少し気まずそうなのは自業自得なので、こちらは通常運転といこう。すぅと息を吸って、声を出した。
「ほらとっとと歩く!早く秘宝を持ち帰るよ」
私は立ち止まっていてもしょうがない、とバウの背を押しながら歩きだす。モフモフの毛皮は暖かくて、少しマジムを思い出した。
そうしてバウの本来の姿を知ってから数分後、既にちがいを体感して、私は唸っていた。
彼は明らかに獣人形態のときよりも反応速度や感知能力、そして基礎的なステータスまでもが高くなっていたのだ。それはもちろん、姿を獣人に変える代償として能力制限がかかっていたからなのであろうが……。
それより何より、元々のレベルの差も大きかったため、一気に強くなった彼に、私は瞳を輝かせた。技巧派と思っていたが、その実彼は技巧も筋力も人並み以上であり、戦闘以外についてはあまり際立った頭の良さは見せないが、いざ魔物と対峙すると狩人となる。
今まで使っているところを見たことがなかった強靭な弦をもつ無骨な弓は、限界まで引き絞られてギリギリと音を立てる。赤熱するナイフはそのままだが、これまで見たことのないくらいの魔力を注がれて、心做しか嬉しそうに見える。
しばらく任せて、と微笑みながら言い放ったバウの言葉が単なる自暴自棄ではなかったとわかるには充分すぎる戦闘風景だった。
……まぁ、元々私の師匠が自棄になるなんて思っていないけれど。
とりあえず、リリアに確認してもらった限りでは森の切れ目はなく永遠に続いていたというので、どこかに隠されているであろう入口を探すことになる。道中は熊や猪に襲われたが、魔獣というより普通の動物が多くて苦戦することはない。
邪魔するものはばったばったと薙ぎ倒し、大樹の幹まで足場にして跳び回るバウは、久々の感覚に少しハイになっているようにも感じられた。
そうして森を虱潰しに歩いていると、ふと視界に森の終わりが見えた。立ち並ぶ木々が途絶え、その先には広い平野とそこにポツンと建つ素朴な祠……リリアの言を信じるならば、存在し得ないものであった。
私は思わず仲間を振り返ってはまた祠を見るという動作を何回か繰り返し、とくべつ誰も反応しないことに恐怖に近い違和感を覚えた。どう見たってそこにあるのに、彼らには見えていない?
立ち止まっていると、いよいよ不思議に思ったベルが眉を顰めた。
「どうしたんだ、セルカ。歩かないと出口は見つからないぞ」
その言葉は彼女にソレが見えていないことを示し、私はその原因を考え、彼女らと私の違いは何かを思索した。エルフの血、さらには進化種、そして……
「マジム、来て」
私に呼ばれたマジムはキラキラと粒子を散らしながらその場に降り立った。彼はそのつぶを邪魔そうに手で払い除けると、すぐに視線がある一点に留まり、私の望む台詞を吐いた。
「……あの祠、調べましたか?」
それにトーマたちは頭の上にクエスチョンマークを浮かべて、それぞれ色んな方法を試して祠を視認しようとし始める。その様子を少し眺め、私は神力を仲間全員の瞳に身体強化の要領で注いだ。
途端に変わった視界に、バウは声を上げて驚いていた。そこまで驚くか、と笑えば、彼は続けた。
「こんな所に、あったのね……!」
喜色を滲ませた声で、そこに何があるのかを察する。
「力が漲っていたのは、ここに秘宝があったからね」
彼の翠の瞳は、祠に釘付けになっていた。




