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第100話「姿形」★

 バウの言葉に狼狽しながらも大人しく抱き上げられていると、表面上は取り繕っていても伝わってくる、トーマの非難するような眼差しに気が付いた。

 彼からは、隠し立てすることがあったのか、と言外にも伝わってきて、その場にいた他の仲間たちは何とも言えない表情で立ち尽くしていて、とても状況が進みそうにない。それを察した相手方が武器を地に放り、口を開いた。

「説明していないのなら、今から話してやってくれよ。了承されなければそれでいいさ」

 一人の若者の……特に上等そうな毛皮を身にまとった男がそう促すと、バウは沈黙を破った彼に軽く頭を下げてから私を離し、咳払いひとつで切り替えたのか改まった態度で言葉を紡ぐ。

「先祖がここに住まうようになったのは、ここが神殿としての役割を果たせない……神がいない時だったね」




 赤狼族は他の獣人や他色の狼人族と大して違いのない、一般的な獣人族であった。天狐族などの特別なものと違って、起源となった動物の特性のみを受け継いできた血筋である。

 かれらも他の種族と同様に、いくつもの村や旅団に分裂しながら拡がり、多様な土地で多様な文化的成長を遂げていった。

 そしてその中でバウの属していた集団は、かつて旅団だったものが()()()()を手にして定住の地を探し始めたという集まりだった。

 ()()()()というのは、登録された血筋のものを護る代わりに自由をある程度縛る……一種の神代魔道具(アーティファクト)。早速ソレに全員を登録し、限られた範囲内で生活出来るような地を探した結果、神のいない状態の神殿とその周囲を囲む沼地、そしてそのさらに外側に広がる豊潤な資源を擁する森林を見つけ、そこに腰を下ろした。

 多少入り組んだ神殿の最奥に安置された神代魔道具は誰に侵されることもなく、神が戻るまでの僅かな期間、その地は安寧の地となった。

 その後、永らく不在であった神の次代の者が帰還した時、与えられた伝統的な神殿を生活空間として加工し、実用的な様相にすっかり変えてしまっていた赤狼族のこの地の住民は、神の怒りに触れた。

 そのまま最奥に安置されていた神代魔道具ごと神殿を手中に収めた獣神は、他の神殿同様に入り組んだ迷路や罠を仕掛けて侵入者を阻み、その結果()()()()()()()()()()()()も出来なくなった赤狼族はこの地に縛られ、他に住処も作らないまま存続していたのだという。




 それを聞いて真っ先に、まず神殿から少し離れた場所に新たな生活拠点を作ることをしなかったのかと不思議に思うが、一面の湖沼と危険な虫や魔物のいる森林を思い浮かべ、断念したのだと察した。

 たとえ神代魔道具の庇護下にあったといえども森は危険で、そのうえ正確な有効範囲も行動可能区域も知らない私の考えは少なくとも当人達よりもズレている。そう易々と「こうすべきだった」と理想論を語るべきではないのだ。

 話を噛み砕き、理想論を呑み込んで、複雑そうな面持ちで私のリアクションを待っているバウを見た。私は安心させるように、

「どうせ奥には行くのだし、その魔道具を外に運ぶくらいなら」

 と笑いかけ、村の空気は幾分か明るくなったのであった。

 村人たちとの和解を済ませば、その後は見た目の威圧感が少ない私とリリアを中心に若い子等の相手を務めつつ、これから行く神殿内部の構造について、先代以前の赤狼族が壊滅しかけながら手にした情報を受け取る。

 多少の改変はあろうが、その情報はとても貴重で有難かった。礼と共に飴を配れば、久方振りまたは生まれて初めてのアメに鼻息を荒くして喜ぶ村人たちは、()()()()()()()()()()()()()()くらいに元気そうで、私は安心した。

 進む先は屋内ということで、陽の位置など関係無く、私達は休憩と最終確認を終えて直ぐに出発することとなった。できるだけ早く行くと告げると、一族の要ともいえる魔道具の奪還を思い描いてか、より一層強く光の差した表情を見せた赤狼たちの期待を裏切らぬように、幼女守護団の猛者共率いて前進した。

 内部ははなから入り組んでいたが、居住空間として整備されている部分とその少し先までは簡単な地図とバウという案内役がいるため、大したトラブルもなく過ぎ去った。

 それから男衆が切り開いてきた罠や獣が襲い来る区域に入ると、罠は肉親の仇と言わんばかりに徹底的に破壊されており進みやすかったが、獣は永遠にスポーンするようになっているのか、絶妙な連携をもって飛びかかってきた。

 それでもかれらが襲撃した面子にはハイエルフやその忠臣である赤鬼、規格外の妖精と炎の申し子、それから魔物を喰らって力を我がものとした狂人、神代魔道具(アーティファクト)で強化された狩人、最後に大地神までいるときた。

 これをただの魔獣風情が殺めようなどというのは、あまりにも滑稽なのである。

 とはいえそれで油断するような者はいない。

 狭く密閉された建造物内なのでベルの活躍は無いが、代わりに前衛の三人……トーマ、アンネ、ライライが力と技でねじ伏せる。能力値の高さ順なので呪いを受けたままのバウは後方支援を担当し治療士の技能の使い所を探しているが、なかなかすることがなく手持ち無沙汰になってか、イカの乾物を咥えていた。

 シンプルな造りの真四角の廊下は狭いことはないが、次々と現れる獣たちはその道を覆い尽くさんばかりの勢いで来るものだから、トーマたちの良い経験値源となっただろう。

 途中までは神殿を侵す赤狼族への当て付けか赤茶や鮮血の毛並みをもつ狼が主として襲ってきていたが、それでは私たちの快進撃を止められないと悟ったのか、地図の途切れる頃には獣の種類も変わってきた。

 獣神の神殿らしく、どれもひと目で()という印象の強い外観をしており、図鑑にも載っていないような出鱈目な魔物まで現れたのは、きっと神が自らの手で私たちに対応しているからだ。

「『まだまだ体力は余ってる』」

 半ば暗示のような天使の声が発動すると落ちかけていた行軍速度が上がり、進むにつれて獣の襲来はまばらになってきて……。

 道の雰囲気が変わってきたと思えば、この神殿を囲っていた大森林と似たような景観の広場に辿り着いていた。咄嗟に振り返るが、元来た道は跡形もなく消え失せていた。

「終わりってわけではなさそうなのです」

 視界の悪い森ということで、ライライは数多の細々とした虫を喚びだして周囲の警戒を任せる。自然の森にしては静かすぎるそこは、()()()に満ちていた。

 体を包んでいた薄い光が霧散したのを知覚したのは、一呼吸も置く前であった。同時にふわりと緩やかに足を絡めとる疲労は、天使の声の効果が解除されたことを意味していた。

 何もかもの状態変化が解除され、ライライがしまっていた触手達も一部隠蔽していた私の体の魔宝石たちも、一斉に表に出る。

 そんな私たちの一団の中で誰よりも注目を浴びていたのは、断末魔のような悲鳴を上げたバウの変化であった。

「うあああああああああああああああああああッッ」

 食い意地以外はお淑やかな彼が上げる()()は、初めて聴くように思える。一般的な獣人の見てくれだった彼のしなやかに伸びる腕がまず、赤茶の獣毛に覆われていった。それだけではおさまらず、性別にしては華奢な体躯がひと回りふた回りと野生的な筋肉で肥大化して、終ぞ全身が毛に覆われた。

 足の関節なんかはほとんど獣のようで、またバウの口元は突き出て肉食獣の牙が生え揃い、彼の名残といえば服装と変化の少ない髪型、そして毛色だけとなる。

 突然の変貌に人間二人は僅かに恐れを表に出し、その他は顔を強ばらせる。これでバウの意識がなければ敵対する羽目になるかもしれないから。

 しかし覚悟を決める前に、目の前の獣は狼狽を隠そうともせずに口を開いた。

「ひ、み、見られたね……こんな、姿…………」

 わなわなも震えるさまはバウらしくないが、口調はまんま彼であるし、何よりインコの鳴き真似と違って知性を感じさせるこの声色は彼のものであった。

「こ、こんな……すべてを無効化にするだなんて……」

 表情と空気のやわらいだこちらをよそに憔悴したまま何かを呟く彼は、相当その見た目にコンプレックスを抱えているのだろう……と私が思っていると、トーマが独りごちた。

「村を出たのは忌み子だからか……」

 その言葉を聞いてようやくバウの反応に合点がいった私は、ほっと息をついた。それくらい、私たちに関係無いのだから。

「バウ!師匠!大丈夫だから落ち着いて!」

 天使の声は発動できないけれど、自然と言葉に魔力が乗る。それくらいに()()()()()()()()としている。

 彼のステータス減少は消え失せ、驚異的な数値が見えた。彼の口が動く。

「ボクの話を、するね」



挿絵(By みてみん)

100話!!

ここまで続いたのは初めてです。

ありがとうございます!

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