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第99話「ヴァッハの狂い目」

 愛神のもとを去った私達は、そのまんま最短距離で教会に向かい、ジンの称賛の言葉を聞き流し、次の神殿への道のりを歩み始めていた。敵対する者が強大である現状、休息よりも味方を得るための行動に時間を費やすことにしているので、仕方の無いことだった。

 とはいえ転移装置のおかげでかなりの時間短縮になっているので、蟻馬に馬車を引かせている間は交代で二人ずつ警戒を完全に解いて弛緩した状態になってもらい、御者を務めるライライとはテイマースキルを持つ私が交代して休憩をとった。

 人里離れた地にばかりある神殿への道程はそこそこ長いため、多少の揺れもあるし完全回復とまではいかないが、全員体調は良好そうに見える。

「ライライ、あと何時間で道が切れるかわかる?」

 私の問いに少し間が空いてから返ってきた答えは、ひと眠りするのにちょうど良いくらいの時間だった。神力に充ちてすこぶる調子の良い私は引き戸を開けて、「少し早いけど代わるよ」と声を掛けると彼の蟻を一匹……司令官役の一匹を借り受けて、馬を操縦し始める。

 ライライのように直接、数多の魔物を従えることはできないが、これくらいなら長時間でも可能なので、今回も問題なく操れる旨を伝えると、彼は安心した様子で馬車内に消えていった。

 御者台は遮光カーテンのような役割の厚い布のおかげで日陰になっていて、真上に位置する太陽は視界の何処にも入らない。疎らにある村村を素通りし、目指すは大樹生い茂る熱帯林。

 そこで待つはずなのは、獣の神ヴァッハ。道程は他の神殿よりも遠いのだが、ここを次の目的地としたのには明確な理由があった。それは私しか知らない、私だけが伝えられた言葉に因る。

『獣に気をつけてくれ』

 これはアルフレッドと和解する前に彼から伝えられた。それを思えば、普通ならボスとして現れるのは海神ウィーゼルではなく獣神ヴァッハが妥当だったのではないか、という思考に陥る。

 一番近場の神殿を訪問しあとは中立を保つ神ならどこからでも良い、という状況になったとき、真っ先に思い浮かんだのが獣神だったのだ。

 アルフレッドには次に向かう神殿も何も伝えていないので、まあ、少し申し訳なさもあるが、自ら暫定敵の陣に飛び込むような真似をするのだし、警戒度は最大まで高まっているので、許してほしい。

 馬車を止めるときになるまで、私はアルフレッドの言葉の意味を考えていた。中立を装った女神派か、獣というのが獣神に関することではないのか、はたまた既に裏では何かが起きているのか……無知なりに考えた結果は、結局警戒するに越したことはないのだけは確かだった。


 馬車を降り休憩もそこそこに、最早慣れ始めた森歩き。地図にもそのまま熱帯林地帯と書き込まれるだけあって視界の悪さはピカイチだが、風に乗って届く獣の声と裏腹にそこには平和な空気が流れていた。

 あるのは自然のうちには必ずある弱肉強食の世界で、無意味な虐殺や崩れた力関係もなく、命のやり取りをするのが動物から魔物に代わっただけで地球の熱帯林とも変わらないように思える。

 エルヘイムの森のような平穏はこの世では珍しいと思っていたが、実際はここまで落ち着いているものなのだろうか。

「セルカちゃん……」

 考え事をしているときに声をかけてきたのは、我が体術の師、バウだった。珍しく手にも口にも食べ物がなく表情もどことなく晴れない様子なのは、身軽で気楽な印象の強い彼には意外なものだ。

 獣人なのだから一般に彼らの信仰対象とされるものに会いに行く道中でこのような暗い表情になるものかと、精神面以外の不調だと予想したが、彼は尻尾を上にぴんと伸ばし、耳を忙しなく動かしながら問いかけた。

「どうしてここを選んだのね?」

「え?」

 予想と随分違う質問内容に、咄嗟に聞き返す。そのあとにしっかりと「獣神に会う用事ができたから」と返答すると、バウは幾らか納得したような顔をして「そうなのね」と軽く笑って会話を切り上げた。

 そのまま後ろに戻っていこうとする彼は明らかにいつもと違うので、私はその終わりかけた会話を強引に繋ぎ止める。

「そうだよ。バウはここに気になることがあるの?」

 口にした後に直接的過ぎたかな、と後悔するも、彼は嫌な顔一つせず、先程までの暗い気分を何処かに投げ捨てたが如くふんわりとやわらかい表情を表に出した。

「……向かっている方向(さき)なのね」

 何がだ、と問う間もなく、彼は続けた。

「故郷の人々、それも、多分、神殿に住み着いた馬鹿達の村ね」

 それを聞いて、私の向かう神殿の方向に彼の故郷があることがまずわかり、その事実と故郷での記憶を照らし合わせた結果、旧友の住まう不思議な建造物が()殿()だったのではないかという憶測が生まれた。

 神殿に住むって、どんなアタマしてるの?と思ったままに目を向けると、バウは心底うんざりしたような顔になって舌を突き出して見せた。

「罰当たりね。だから、村は呪われてる」

 その、私にしか聞こえないような声量で告げられた内容に、どう反応するかと一瞬の逡巡があったのだが、そのうちにバウは体を離して戻っていった。

 つまり、住処が神殿であったというのは憶測でなく……それが原因で呪われた。

 記憶が正しければ、バウのステータスはおかしかった。それも、村を離れて時が経っても消化されない神の呪いなのか……尋ねる勇気は起きなかった。




 バウ・フィスィフィサー

 Lv:25

 ランク:B

 年齢:18

 種族:獣人族(赤狼)

 職業:狩人、治療士

 HP:420/427

 MP:250/250

 筋力:90

 体力:134

 魔力:10

 知力:82

 敏捷力:103

 運:147


 《技》

 弓術:10

 短剣技:10

 解体:10

 特殊魔法(空間:2、魅了:4)


 《固有》

 教育者

 虚弱

 弱体(能力値半減)

 忌目(能力値減少、魔力感知+10)




 虚弱はままあるとして、状態異常でもない弱体、よく分からないけれど悪いもののように思える忌目。入学当初のバウの能力値は私たちよりもレベルが高いものの能力値の差は思ったよりも低く、少しは気にしていた。

 治療士の技能が無いのは当時の記録なので仕方ないであろうが、本来レベルは明確に強さの指標を示すものとして扱われる。進化種はこれに限らないというが、あの日の時点で()だったのだから現在もおよそ同じような能力値減少が付与されているのだろう。

 何故そのような能力減少を伴ってまで神殿に住まおうとするのか私には到底理解できないが、今更、という思いもあるのだろうか。

 ともかく、仲間の受けている呪いをどうにかできる可能性があるのなら、ヴァッハに媚を売ることも兼ねて、神殿外に村を作る手助けだけでもしてあげたいものだ。

 前を向けば草木の深さに私の視界が覆われ、トーマに持ち上げられるところであった。脇に手を差し込まれ猫のように抱え上げられた私は、格好付かない様で奥に目を向ける。

 彼は羊のアルトを召喚するとその上に私を座らせ、先頭を代わって歩き出した。




 そうして、野営を三度(みたび)と集落で一泊した後に、ようやく神殿を視界に収めることができた。そこは森の中に突如として現れた湖沼地帯の中央に君臨する古ぼけた遺跡の様相で、確かに外敵から身を守るのには適している。

 かなり広範囲が水と泥漿、ぬかるんだ大地に所々ある芸術的な造型の岩が、巨大な古代文明の名残りを思わせる……まるで昔もこの地で人が暮らしていたようだった。

 見通しの良い一帯に森からぽっと現れた私たちは目立つようで、神殿の方からちらほらと人影が現れるのは、すぐのことだった。

 それらの人々の一部は木製の槍やよく分からない植物の蔓を用いた不格好な武器を手にしていて、決して友好的ではないのがうかがえる。風魔法で音を拾えば、その武装の理由がわかった。

()()神殿関係者か……?』

『今回のは様子が変よ』

()()()()()()()()()()()()追い出されるわけにはいかん!』

 彼らは神殿からの立ち退き要求を、不当に住居から追い出されるものだと感じているのか、口々に言った。

『何が神だ!』

『日々の暮らしのほうが、ずっと大切だ!』

 咄嗟にそこで魔法を解除するが、それらの言葉はしっかりとマジム……大地神に届いていたようで、彼の眉間に薄らと青筋が立つのが見えた。彼は主神フレイズの使い魔だったこともあり、信仰心が厚い。

 それでも、他の神の領域内で騒動を起こす、あるいは人死にだとか流血沙汰に発展させるのは問題があるのだろう、わりとすぐに行動に移すマジムにしては珍しく、私の前にも出てこなかった。

 ゆっくり歩みを進める私達を見て恐怖やら敵愾心やらを滲ませながら武器を構えた獣人……赤狼族の面々は、皆成人した獣人の平均よりも身体能力が低いのか、これまで見てきたものより動きは遅かった。

 そのぶん、技術……。バウも彼らと同じように、力自慢の獣人らしからぬ技巧派であった。その所以は、呪いか。

「みんな、私が牽制するけど……」

 今度は暴発させない。私は炎と水の魔力でそれぞれ魔法陣を描き、二つを絶妙なバランスで組み合わせる。一瞬で組み合わせたり元から混ぜた状態で描くのはまだできないので、前回の失敗を糧に、ゆっくりと。

「もし失敗したら、魔法でも薬でもいいから眠らせて」

 まず先へ進むために、この泉を避けるようにのびる道は狭過ぎる。それでも全て凍らせれば、進むるだろう?

 無詠唱でも何かをし始めたのはわかったようで、相手が全員臨戦態勢になったのがわかる。此方が攻撃を仕掛けると思っているようだが、直後に放った魔法は地面に吸い込まれ、そのまま湖沼の一帯を氷の平面に仕上げる。

 空間に満ちた獣神の神力のおかげか、一面を氷に包むような魔法を行使したあとでも、僅かな魔力酔いで済んだ。冷気を帯びてキリッとした空気を肺に流し込むと、頭痛を押し込めて踏み出した。

「『あなたたちに提案があるの』」

 天使の声で拡声した私の声は、現実味のない色を帯びている。

「『新しい村が創られれば、ここで呪われて過ごすこともなくなるでしょう?』」

 警戒されているのには気付いたが、それでも敢えて武器も取らず魔力も放出せず、出来る限り刺激しないことを心掛けて動く。そしてそのとき、彼らの一人が声を上げた。

「……フィスィフィサー!奴が来た!奴が戻って来たんだ!!」

 戸惑いと喜色を滲ませた男の声は、その感情は次第に伝播して、人々は武器を手放す。フィスィフィサーとは、バウの家名だろうか。神殿の奥から重そうに四肢を動かして出てきたのは、体長四メートルはありそうな、獣の血の濃い赤狼族だった。

 ベタついた毛並みの尾をずるずると引き摺って、牙ばかりの目立つ口元で乾いた舌が半ば程まで顔を覗かせている。体毛は濃いが骨格は人間のもので、マンビーストでなく獣人だとわかる。

「久しぶりね」

 バウの声色がいつになく澄んでいて、私は口を噤んだ。そのまま進むのは、私の知らない会話だった。

「まだ何にも話してないけど、ちょっと、助けてもらえるかもとは、思ってたね」

 その中でバウは私を振り返り、ひょいと抱き上げるとそのまま熱い抱擁……。

「ボクの一番弟子で、とっても可愛い、この子なら何とかしてくれるかも、ね」

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