第1話「ろりあえず、これでいいのかな?」
不定期更新改め定期更新、趣味&フェチ全開!
そんな作品ですが、楽しんでいただければ幸いです。
サブタイトルに★が付いている話には挿絵やキャライラストがあります。
初めに殺害シーン(転生前の場面)があり、エグすぎるとの声がありました。苦手な方はお気をつけください(;´Д`)
華原雪音は、裕福ではないものの幸せな家庭で暮らしていた。
将来両親の役に立てるようにと幼少期から勉強に励む、誰よりも努力の才能をもつ少女だった。
彼女は長い黒髪をおさげにしていて、前髪はぱっつん。そんな、「いかにも勉強ができる真面目地味子ちゃん」な見た目だった。しかし顔は他と比べ物にならないほどに、華のある造形だった。
大きく潤んだ瞳に長い睫毛、形の良い鼻と可愛らしい唇に、薄く朱に染まった頰。それに加えて白くきめ細やかな肌というのだから、周りの女性は嫉妬する。
そのため人間関係は上手くいったためしがなかったが、雪音は最難関とされていた志望校に難なく合格、新天地で青春の一歩を踏み出した。
そんな雪音は、今、ストーキングされている。
黄昏時、ゆっくりと夜に沈んでいく街の、薄暗い歩道。私は部活の帰りに、一人歩いていた。
人通りのほとんどないその道に響くのは、二つの足音。
「やっぱり、ついてきてる……」
私は誰にも聞こえないように、小声で言った。その間も、私の後ろでは足音が聞こえている。足音は私が止まれば聞こえなくなり、歩くのを再開するとまた聞こえ始めていた。
これは完全にストーカーだ。
私はそう判断して、どう対処すべきか思索する。ストーカーは初めてではなかったが、今回のストーカーはガタイが良い男性で、いつものように撃退できるとは思えない……。
私は鞄の中からさりげなくスプレーを取り出す。ストーカー被害には腐るほど遭っているので、これは常に持ち歩いていた。
しかしその行動が仇となる。雪音が鞄から物を取り出した時、その行動に気付き焦った男が、走り寄ってきたのだ。
私はストーカーが至近距離に迫ってきたところで、勢い良く振り向いて催涙スプレーを噴射した。スプレーの缶から霧状に吐き出された液は、風に漂って私にも少しダメージを与えるが、この際どうでもいい。刺激臭を無視して男を見ると、どうやら液が目に直撃したようで叫びながら悶えていた。
これで逃げるようならカラーボールをぶつけてやるんだけど。
「ゆぅゔぎぃねぇぇぇぇええぇえ」
しかし男は涎や涙、鼻水を垂れ流しながら掴みかかってきた。その手にはロープが握られていて、私は気付いた時には首にロープをかけられていた。
「ゆ、ぎ、ねぇ……いがないで…………」
男は嗚咽交じりに懇願しながら、私の首を締め付ける。痛い、苦しい、痛い痛い痛いいたいいたい。ロープを外そうとしても、爪が首に引っ掻き傷をつけるだけでどうにもならない。苦しい。
「お、俺、ずっと見てた…ゆきね……」
と、目尻に涙を溜めて苦しむ私の正面に移動し、男は言った。狂気に染められたように濁った瞳に射抜かれた。怖い。怖かった。
どうにかしようと考える。幸い、男が話している間は少しロープが緩み、抵抗をやめると息がギリギリ吸えるくらいに緩められるので、まだ時間はある。
周囲を見渡し、男の服装や持っているものを確認し、最後に自分の所持品を思い出す。なにか打開策が必要だった。そして、それは私の手の中にあった。
まだ、手の中には催涙スプレーがある。それも、一回使っただけのものがある。
私は笑顔でブツブツ呟いている男の顔面に、再びスプレーを噴射した。容赦無く、至近距離で、長い間。男が離れるまで、私はずっとスプレーを噴出させていた。
「あひぃっ!あ゛あ゛あ゛ぁ゛!!ゆぎ、ゆぎね゛……!!!!」
私はふらふらと後退りしながら、男が地面に膝から崩れ落ちる様子を見ていた。ここまでやっても、まだ私の名前を繰り返し繰り返し、呼んでいる。地面でのたうち回りながら……。
首に巻きついたままだったロープを鞄に詰め込み、男に背を向けた。もう会うこともないだろうそのストーカーから、今すぐ離れたかった。私は力の入らない足を奮い立たせ、走り出す。はやく、帰ろう。警察に通報するのは、それからだ。
そう思って、数回道を曲がった後に足を止めた。さすがに家まで走りきれるほど体力があるわけではないので。私は深呼吸をして、それから少し早歩きで歩き始めた。
その時だった。私の背中に熱が迸った。
「……っ!?」
私はまさか、と鳥肌を立たせながら思い切り振り向いた。そこには案の定男がいた。その手には先が三つに分かれているアイスピックを持ち、虚ろな目が私の恐怖に歪んだ表情をうつしていた。
アイスピックの先には、少量の血液。遅れてやって来た痛みと絶望は、これまでに感じたことのないほどの死の恐怖を生み出した。
「俺、は、わる、る、悪く、ない……」
男はアイスピックを私に振り下ろす。咄嗟に体が動き致命傷は免れたが、左耳が熱くなり、痛みが襲いかかる。大怪我の経験がほとんどない私は、痛みに耐えきれずに目に涙を溜める。
だけど、逃げる。殺されたくない。
「待って……だめ……ゆきね、あぁ゛あ゛あ゛あ゛あ゛」
男は叫び散らしながら追ってくる。
そして、全力で走ったにも関わらず、体力が回復しきっていなかった私は追いつかれ、地面に張り倒された。
うつ伏せに倒れたせいで鼻を打ったが、私は強引に仰向けになる。それと同時に馬乗りになった男は、引き攣った笑みを浮かべながら顔を近づける。気持ち悪い。
私はせめてもの抵抗として、催涙スプレーを浴びせた。
しかし、残量がほとんど無く、その行動のおかげで私は男の逆鱗に触れてしまったようだ。男は真っ赤に充血した目で、血に濡れたアイスピックを持って、私のお腹を何度も突き刺す。熱い、痛い、熱い痛いいたいいたい!
叫ぼうとする。助けを呼ぶ。殴られる。顔を殴られる。何度も殴られる。泣き出す私を見て、男はアイスピックを振り下ろす。
痛い痛い痛い痛いいたいいたい苦しいくるしい死にたくない。頭の中で叫ぶ。身体中が熱くて、痛くて、動かなくて、泣くしかない。
ボロボロと涙が溢れる。
思考に霞がかかったような感覚がして、ただ恐怖だけが色濃く脳を染め上げる。身体から熱が引いていく。
「俺は悪くない俺は悪くない俺は悪くない俺は悪くない俺はわるくない俺はわるくない俺はわるくないおれはわるくないおれはわるくない……」
私が最期に見たのは、眼球目掛けて振り下ろされるアイスピックの先だった。
それは夢だったのか、私は純白の豪奢な天蓋のついたベッドに寝ていた。白い白い、それは白い。その部屋にあるものは全て、私の着ている服までが、白かった。
それに、なんだか体が軽い。まるで夢のようだ。
ここはどこだろう。
私は不安に思いながらも、頭に焼きついたあの悪夢から逃れられたことに対する安堵の方がよっぽど大きくて、次第に心は凪いだように落ち着いていった。
「……ん?」
そんなとき、話し声に気がつく。
若い男が二人、さほど遠くない場所にいるのだろう。誘拐犯か命の恩人か、どちらにせよストーカー男とは全く違う声だった。
「……っ……!!」
「……!?」
「…………だ」
「……!」
耳を澄ましてみれば、どうやら口論になっているようだった。
でもそんな相手の事情はどうでもいい。それより、はやく今の状況を説明して欲しかった。
私は裸足で床に降り立ち、部屋の唯一の扉に歩み寄る。やはりその向こう側から声が聞こえているようで、次第に口論の内容がわかった。
「無理だと言っているであろう。そのうえに、私の使い魔ともあろう者が色恋にうつつを抜かすなど、あってはならん」
厳格そうな男性の声が、相手をなだめるように響く。
「でも、望まれた能力の一つや二つ、与えてやるくらい……」
そして、次に少し高めの男性の声。澄んだ声だがその言い方からは不満が見え隠れしていた。
それにしても、使い魔やら能力やら、何だか厨二病のような会話内容だ。白で統一された内装に、この会話。危ない人に捕まってしまったのか?と、私は冷や汗をかいた。
そう思いながらも、私は会話の途切れるタイミングを見計らい、少しだけ扉を開けた。
「す、すみません……。ここは、どこでしょうか……」
相手を刺激しないように丁寧な言葉使いを心がけ、私は質問した。
すると彼らの注意は口論を忘れたかのように私に向く。眉間に皺を寄せた白髪の男性と、黄緑の髪と毛並みをもつ半身が獣のような、しかし柔和そうな顔の男性が、私を見た。
どちらも、美形。彼らは育ちの良さそうな所作で礼をした。
私は逃げ出したい衝動に襲われつつも礼を返し、返答を待った。するとすぐに白い男性が口を開く。
「ここは私の作り出した空間である。ここで目を覚まし次第、あなたの魂は別の世界に送られる予定となっていた」
私は信じがたい内容に、一瞬、やはり厨二病かと思った。しかし床を見れば私の足下に影は無く、ごくりと唾を飲み込んだ。
「わかっているかと思うが、あなたは殺されてしまった。犯人は現行犯で逮捕されたらしい」
補足をする、白い男性。私は彼に聞く。
「では、あなたがたは……?」
私の質問に、彼らは顔を見合わせて、答えた。
「私は二つの世界を治める存在だ。神、と呼ばれることがしばしばあるが」
「僕はこのお方、フレイズ様を主人とする使い魔です。雪音様の声を直接聴くことができるなんて、夢みたいです……」
二人目の緑の男性は自己紹介を終えると私に優しく抱きついてきた。反射的に振り払う。
しまった、と思ったものの、白い男性、フレイズは笑っているし、どうやら怒らせてはいないようだった。緑の男性も照れたように笑っている。本当によくわからない人たちだ。
しかし次の瞬間、緑の男性ははっとして表情を歪めた。
「フレイズ様!!まだ話は終わっていませんよ!!雪音様に能力を選ばせてあげるくらい……」
「無理だ」
そしてすぐに再開された口論。どうやら、本当に私のことで争っているようだが……使い魔と神様の口論なんて、結果が見えているように思えた。実際にフレイズは拒絶し続けていて、緑の男性に勝ち目はないと思った。
口論はだんだんと内容が逸れて、普段の態度やら何やらも引き出し始め、私は知りたくもない彼らの実情を知ることになる。いつになったら転生をさせてくれるのだろう。するなら早くしてほしいものだ。
私は呆れからか深いため息を吐き、もう一眠りしようともとの部屋に体を向けた。
するとフレイズはそれに気付くとやっと私の存在を思い出した様子で早口に告げる。口論の延長線上のようで、滅茶苦茶言い方がキツかったが。
「いいか小娘!お前は善行を積んだ故にある程度の家柄に転生させてやる!!だが『雪音』の自我と記憶の発現は遅らせる!くれぐれも道を誤るでない!!」
彼の手のひらが私に向けられた瞬間、身体が羽根のように軽くなった。視界が光に埋め尽くされて、感覚が消えていく。
「あっ!ちょっと、フレイズ様待って!?……雪音様、僕の名前はマジムです!マ、ジ、ム!!絶対に忘れな……」
最後に聞こえた緑の男性の声。
私はマジム、という名前をしっかりと記憶に植えつけて、目を閉じた。そして光に包まれて……
私は誰かと向き合っていた。小さな少女だとわかったが、名前も知らないしシルエットしか確認出来なかった。でも、彼女は私を見ている。
「上書きされたら元のは消える」
彼女は私に怒りを込めて告げた。よくわからないが、ゲームやテキストツールの話だろうか?
「上書きしないで」
私は彼女の声に、思わず頷いた。上書きしないとなれば、私はどうするべきなのだろうと疑問に思えば、それが顔に出ていたようで彼女は考え込んだ。
しばらくすると彼女は私をまじまじと見つめ、言う。
「一緒にいてもいい?」
消えていく少女のシルエットは、焦るように私に手を伸ばしながら言った。少女は今にも、なにかに吸い込まれていくように姿を朧気にしていく。
その手を取り、抱き寄せると少女は消えた。しかしこの光の中にいるのは私だけでないと、温もりが教えてくれた。
誰だろう……。
そんな疑問も、少女と出会った記憶も、光に塗りつぶされていった。
最後にやっと転生…意外と現代編と神様編が長くなりました。
次話から異世界!やりたい放題やらせようと思います!