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黒のクラブ  作者: 阿刀田阿子
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■3.獰猛

■3.獰猛


翌日の昼休み、友達とお弁当を食べ、昨日のアイドル番組の話もそこそこに

校庭の端で欧紗路おうしゃじさんと落ち合った。


新しい部の設立には、まだ2つの課題が残っている。


必要なのは、

もう一人の部員と、顧問をしてくれる教師。


まずは、もう一人の部員。つまりは共犯者となる人物。

欧紗路おうしゃじさんのことだから、目星はつけているのだろうと思っていたが

意外な人物の名が、彼女の口から飛び出した。


-------------------


土井どいさん!?」


「そう、その土井どいさん。1-C組 土井どい 布乃ぬのさん」



土井どい 布乃ぬの、その名を知らないものは1年生の間ではいない。

下手をすれば、学校中に、知られた彼女の異名…


 『狂犬きょうけん


入学早々に、暴力事件を、しかも教室内で起こした。

ケンカ相手を、半殺し、いや下手をすれば死んでいたであろう所まで痛めつけ、

そして2週間の停学となった女の子だ。


「そんな人じゃないよ、とても優しい良い人」


欧紗路おうしゃじさんは、よく知った仲の良い友人のことを話すように言った。

すこし嫉妬のような気持ちが首をもたげたのに気づいて、私は、一人で勝手に恥ずかしくなった。


「じゃあ、本当は暴力事件はなかったの?」

「いいえ、ケンカの相手は今も入院中。もうまともに学校に通うことはできないでしょうね」



「だけど、あれはただの事故だった」


---------------------


土井どいさんは両親の都合で、

小学校卒業と同時に隣の県から引っ越ししてきた。


同年代の子に比べると、体の発育が早く、背も高い。

ウェーブがかった髪と、穏やかな表情。

教室にたたずむ姿は、

どことなく小型犬の群れに迷い込んだ大型犬を思い起こさせる。



入学式から間もない頃、

引っ越したばかりで校内には知り合いがいない彼女は、

窓際の席で、いつも一人、本を読んでいた。


その日は雨が降っていた…



「何読んでんだよ、オタク!」


髪を茶髪に染めた少女が、土井どいさんに話しかけてきた。


「えっと、これは、魔法の世界を冒険する本で…」

「きっしょい!アニメの絵描いてるじゃん、マンガじゃねえのこれ!」


何のことは無い、その少女は暴力やいじめ、万引きなどで、

小学生の頃から、たびたび問題を起こしている問題児であった。


「マンガじゃないよ、ライトノベルって言ってね」

「貸せよ!キャハハ!」


少女が、土井どいさんから乱暴に本を奪い取る。

クシャという音がして本のいろいろなところが折れ曲がった。


「あ、ねえ、かえして」


見るからにおとなしい土井どいさんが本を読んでいた姿が、

雨の日、暇をもてあました問題児の少女にとっては、絶好の玩具に思えたのだろう。


頭上に本を持ち上げてヒラヒラと振り回し挑発する少女。

「取り返せたら、返してやるよ」

しかし、少女は、土井どいさんに比べると

体にあまり栄養が足りていないのか、発育が遅く背も低かった。

本は、手を伸ばせば簡単に届く距離。

「ほんと?」

ちょうど、物語は佳境に差し掛かるところ、

次の授業が始まるまでにあと数ページは読みたかった土井どいさんは、

少女に向かって手を伸ばした。



その日は雨、床が少し濡れていた。

少女は足を滑らせ、重心を崩した。


そこに土井どいさんの手、

少女の肩に触れる。


けたたましいガラスの割れる音が教室に響いた。


少し手のひらが、肩と接触しただけではあったが、

華奢な少女と、発育の良い土井どいさんとのウェイト差は明確なものだった。


意図せず壁面に突き飛ばされる形となった少女は

頭を窓ガラス突っ込み、腰を壁で強打。

その痛みと衝撃に、少女は意識を失い、

ガラスの破片が飛び散った床に顔面から倒れこんだ。


きゃあ!なんだ!教室は騒然となる。

見れば少女は、ガラスで頭の血管を傷つけたらしく、流血している。


土井どいさんという人物は、おとなしく穏やかな性格ではあるが、

それと同時に芯が強く冷静でもあった。


ここで慌てても事態は改善しない。

頭からの流血、心臓よりも高い位置に頭部を動かすべきである。

それにガラスの散らばった床に倒れたままというわけにもいかない。


少女を移動させて、どこかに座らせるべきだと、土井どいさんは考えた。


小柄な少女、両脇をかかえて、持ち上げるのはたやすいこと。

どこかに座らせてあげないと。

ぐいと力をこめて少女を持ち上げた。


「痛ッ」


服に隠れていたガラスの破片が、少女を持ち上げた土井どいさんの指に突き刺さる。

思わず手を離した。


土井どいさんの両腕から開放され崩れ落ちる少女の顔面の先には、

割れたガラス窓のフレームがあった。顔面を強打すると同時に

残ったガラスの破片が顔面に突き刺さる。


あまりの激痛に少女は目覚め絶叫した。


「いだい いだい いだい」貧困なボキャブラリーが

これは純然たる苦痛であることを、教室中の生徒の心へと訴えかけた。

顔面からは血が噴出し、床は真っ赤に染まっている。

何人もの生徒が気絶した。

繰り返しになるが、土井どいさんは心優しく、冷静で、芯の強い人物である。

これはいけない、と思った土井どいさんは、教師に助けを求めることにした。

だがここで焦って、廊下を走って、誰かと衝突し、

二次災害でも起きようものなら目も当てられない。


土井どいさんは、呼吸を整え、静かに、職員室へと向かった。


しかし、その理知的な姿は

他の生徒から見れば、

ケンカ相手を半殺しに叩きのめして、

平然とその場を立ち去ったようにしか見えなかった。


そのときだれかが「狂犬かよ…」と言った。それが彼女のあだ名になった。


その後の話だが、

まず土井どいさんの家はそれなりに裕福で、良い弁護士を雇えるということ

かたや少女の家庭は貧しく、ほぼ崩壊していて、両親に前科持ちまでいる始末。


土井どいさんの日ごろの行いの良さから、これを暴力事件と捉えるものは

彼女を知るものには一人もおらず、

小学校時代の教師たちなど、色々な人が擁護してくれたため、

あくまでも、これはただの悲劇的な事故として処理され、

処分は停学2週間となった。


少女は、顔面の骨を骨折、腰の骨にヒビ、片目失明

顔面の神経、筋肉、皮膚は、ボロボロ、まともに口も開けない状態。

転校手続きがされたらしく、二度とこの学校には来ないだろう。


-----------------


“その日あったこと”を話し終えると欧紗路おうしゃじさんはクスクスと笑った。

たぶん彼女は、特に理由が無くても笑うときがあるのだ。

私はよく笑う人だなと思った。


「まるで、その場に居合わせたみたいに良く知ってるね、土井どいさんとは仲いいの?」

「え?話したことも無いけど…」


欧紗路おうしゃじさんは遠いところを見るような顔をした。

そういえば、教室で彼女の方を見たとき、良くこの顔をしていた気がする。


「放課後、1-Cに行ってみましょう」


「でも、さっきの話だと、土井どいさんって、すごく真面目で優しいんだよね」

「楽するために、嘘の部活を作って、誰かを騙すようなことする人かな?」


欧紗路おうしゃじさんは考え込むような真似をしながら言った。

「うーん、でも橋部はしべさんも、そんな人じゃないよね」


-----------------------------



放課後呼び出した“狂犬”は

穏やかで、人懐っこそうな笑みを浮かべながら、「いいよお」と言った。






◆つづく



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