■2.心の置き場所
■2.心の置き場所
髪を小さくかき上げる彼女…
「放課後、わたしたち”さんぽ部”は一旦集合する」
「そこに部活の顧問が居れば、行ってきますの挨拶もするでしょう」
「校門を通り、校外へ出る、それから…」
これは部活の勧誘では無かったのだ。
「解散して、そのまま家へ帰るってわけ」
これは悪事への誘いだ。
笑みを浮かべる彼女は、明確な意思を持って、私に、不正に加担せよといっているのだ。
「何それ、幽霊部員じゃなくて、幽霊部。つまりペーパーカンパニーを作るって事?」
「そ、私たちは、押し付けの部活動というものから開放される」
「社会的で健全な部活動に勤しむ女学生という姿を維持しながら、
おうちでマンガもゲームも、好きなだけ楽める」
信じられないほどに不真面目で利己的、
人や、学校を、自分の欲のためにペテンにかけようとしている。
「…そんな人だとは思わなかった。第一、欧紗路さんは陸上を一生懸命やってるじゃない!なんで今更こんなこと」
「一応、この学校は、原則、放課後の寄り道は禁止されてる。
ただし、文具店や塾、図書館などの、アカデミックなかんじの場所は例外的に許可されてるよね」
「自堕落な生徒が、”さんぽ部”なんて申請して通るかしら…私が教師ならNO。
だけどそれが、毎日真剣に陸上競技で汗を流す生徒なら?」
「昨日、さっきあなたにも話した、””さんぽ部”の理念”を、陸上部の顧問の教師に伝えてみたわ。
今は何でもネットの時代だけど、自分の足で…とても感動してくれたわよ」
彼女は、上を向いて、はははと笑った。
「欧紗路さん…」
いつも見下ろしていた、夕焼けに染まる校庭で、しなやかに走る彼女、
胸に、かげおくりのように、か細く焼きついたあの姿、空想した息遣い
それらは彼女の幻影…真実は夕焼けの後の黒い闇…
彼女が一歩こちら側に歩み寄った。暗い影を体に浴びたような錯覚。
「学校に、心の置き場所が無いって言ったよね。橋部さん」
「ええ…」
「”さんぽ部”はあなたにそれを与えるわ…
教師が”私たちがさんぽしていると思っている時間”」
「”学校”に属していながらも、誰の目にも触れられない領域」
「そこが、あなたの心を置く空間」
氷のように冷たい手が、私の手に触れて…
だけど違う、私が触れたいのだ。彼女の幻影の奥の闇へ。
「じゃあ副部長は私ね。よろしく欧紗路さん」
春の夕暮れ、すっかり冷たくなってしまっていた手で、彼女の手を握り返した。
◆つづく