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短編集

あかつき堂へようこそ

作者: 赤オニ

 春の心地よい風が、私の少し茶色が混ざった髪を揺らす。短く切り揃えた髪は、小さい頃からずっと一緒で、誰よりも好きだった幼馴染みに、彼女ができた時にバッサリと、未練と共に断ち切った。



 それまでは、腰につきそうなほどの、ロングヘアだったので、それはもう周りにたいへん驚かれた。



 私が幼馴染みのことを好きだと知っていた友達は、ケーキ屋さんに行って、色んな種類のケーキを買ってきて、家でスイーツパーティーをした。



 失恋の悲しみやら友情の嬉しさやらで、泣き笑いで食べたケーキは甘じょっぱかった。



 時が流れるのは早いもので、高校生だった私も今や大学2年生。



 すっかり失恋の傷も癒え……た、とは言いづらい。と言うのも、何せ幼馴染みなだけに、我が家と幼馴染みの家は隣同士。



 当然、彼女が遊びに来るのも嫌でもわかってしまうわけで……。



 若干傷を引きずりつつ、まあまあ大学生ライフを楽しんでいた。



 今日は、図書館でゆっくり本でも読もうかと思い、図書館へ向かっている。



 道中、今まで見かけたことのない店が建っていることに気が付く。好奇心が刺激され、ふらりと店内へ足を踏み入れた。



 中に入ると、思ってたより狭くない。こじんまりとした外観に比べると、広いと思った。



 店内をぐるりと見渡して、どうやらここは古本屋だと言うことがわかる。



 ホコリを被り、乱雑に積まれた本の一冊を手に取って、そっとホコリを払って表紙を見る。



 綺麗な絵が描かれている。絵の具で描いてあるのかな? これは……花? 



 ピンクに黄色、オレンジ。色が薄れて見づらいけど、微かに花だとわかる。開いてみると、花の絵が描かれたページの隣に、説明文が書かれていた。



 どうやらこの本は、花の図鑑のようだ。花言葉や、生えている場所、歴史等が軽く書いてある。



 夢中になって読んでいると、一瞬身体がふわりと浮いた感覚がした。エレベーターに乗った時みたいな。



 はっと我に返って店内を見渡すが、特に変わった様子はない。



「何だったのかな……」



 気配がないので、てっきり誰もいないのだと思いそう呟くと、突然下から声があがった。



「わあ! 大変です! てんちょー、てんちょー、お店に人の子がいます!」



 私の周りをぐるぐると慌ただしく回りながら走るのは、6、7歳ぐらいの女の子。女の子の頭には、三角の耳が2つ、ワンピースのスカートの下から覗かせているのは、ふわふわのしっぽ。



 コスプレにしてはリアリティが高い。耳なんて、女の子が慌てるのに合わせてピコピコと可愛らしく動いてるし。



 女の子の声に、店の奥からバタバタと足音が聞こえたかと思うと、小さな身体に対して、大きい大人用エプロンをつけた10歳前後の男の子が私に詰め寄る。



「な、ん、で、人間のガキが俺の店に入ってるんだよ!?」



 女の子が呼んだ「店長」は、この男の子で間違いないらしい。おまけに、10歳前後の子供にガキ呼ばわりされた。



 入ってくる情報に、脳が追い付かない。



 何? 何なの。もしかして、一見さんは入っちゃいけない店だったとか? それにしたって、言い方がおかしくない? 



 女の子は私のことを「人の子」とか変わった呼び方をしていたし、男の子は「人間のガキ」呼ばわり。



 詰め寄る男の子には、よく見ると牙が生えている。額には角が。その姿は、大人用エプロンさえつけてなければ、恐ろしい鬼そのものだ。



 背筋が冷えた。身体が震えて、冷や汗が吹き出る。



 震えているいる私を庇うように、女の子がパタパタと、ふわふわのしっぽを上下に振って割り込んでくる。



「てんちょー、ぼくが悪いんです! ぼくがちゃんと、店番してなかったから、間違えて入ってきちゃったんだと思います!」



 立っていられなくて、私はとうとうその場に座り込む。



 女の子だと思ってた子が実は男の子だったとか、そう言うのはどうでもよくて、本能が店長と呼ばれる男の子に恐怖していた。



 ふわふわしっぽの男の子の言葉に、店長の男の子は舌打ちをして、「どうすんだよ」と誰に言うでもなく、悪態をついた。







 湯気を立てていた温かいお茶が、冷めきる頃。ようやく身体の震えがおさまり、私はすっかり冷たくなったお茶で喉を潤した。



 ふぅ、と息をつく。



 震えながら、何とか聞いた店長なる男の子が言うには、ここは(あやかし)が住まう世界で、人間の住む世界とは違うんだとか。



 この古本屋、「あかつき堂」は鬼である男の子、鬼月(きづき)が店長をしているれっきとした店。ふわふわしっぽの男の子は茜と言って、化け狐。バイトらしい。



 子供のように見えても、鬼月は100歳をとうに越え、茜でも50年以上は生きているそうな。



 基本的には妖の世界で店を構えている「あかつき堂」だが、稀に人間の世界に移り住んだ妖のために、店ごと移動する。



 本来、人間には見えないはずの店が、私には見えてしまった。



 そして、鬼月と茜に気づかれないまま、私ごと店は妖の世界に戻ってきてしまった、と。



 ちなみに、店ごと世界を行き来するのはやっぱり相当大変らしく、次人間の世界へ行くとしたら何10年、もしくは何100年後ーー。



 鬼月に、厳しい顔でそう言われた時点で、諦めがついた。



 妖の世界に来ました、帰れるのは早くても数10年後、おまけに妖の世界に人間がいることが知られたら、即喰われます。



 これだけ言われたら、諦めるしかない。すぐに帰れる方法を探そうにも、私が人間だとバレた時点でアウト。



 私の両親は数年前に事故で亡くなっている。兄弟はいない。幸い? 恋人もいない。大好きな友達はいたけど。



 まあまあ楽しかった大学生ライフとも、おさらば。



 鬼月は、元の世界に帰ることを諦めた私に驚き、そして、ほんの少しだけ同情するように私を見た。



 自分でも驚くぐらい、すんなりと諦めがついた。なぜだろう。不思議に思いつつも、さてこれからどうやって生活しよう、と現実が重くのし掛かる。



 異世界でもお金はいるし、食べ物や住む場所は必要だ。



 難しい顔で考え込んでいたようで、鬼月が罰の悪そうな顔をして「店の2階に住め」と小さな声で言った。



「えっ、いいの? てか、2階なんてあったっけ」



 首をかしげる私に、ついてこいと手招きしたので鬼月の後をついていくと、天井から階段がおりてくる。のぼると、屋根裏部屋のような、小さな部屋がそこにはあった。



「お前……名前は」

「そう言えば、まだ私は名乗ってなかったね。縁って言うの」

「縁、か。縁をこちらに連れてきてしまったのは、俺らの不手際だ。出来る限りのことはやる」



 ぶっきらぼうに、でも優しさが感じられる言葉だった。



「ありがとう、鬼月」



 思わず、笑みがこぼれた。鬼月は、照れくさいのか、頬を掻く。



 お客さんがきたので、鬼月は階段をおりて行った。階段の収納は、部屋の中からできるようで、見つからないように、階段は俺がおりたら仕舞えと言われた。



「あと、こっちの世界の食べ物、飲み物には一切口をつけるなよ。人間として生きられなくなるからな」



 はーい、と素直に返事をしてから階段を仕舞う。それから、思い出す。鬼月がいない時、茜くんに出されたお茶を、ガッツリ飲み干していたことに。



 1人でプチパニックを起こし、今すぐ部屋で吐こうか迷ったところで、様子見に茜くんが部屋を訪れたので、泣きつき、鬼月が飛んできた。



「茜が知らなかったとは言え……何から何まで謝りきれん」



 お通夜状態の鬼月と茜くんとは対照的に、私は落ち着いていた。一頻り騒いで、どうせ妖の世界で生きるのなら、人間でなくてもいいかなと思ったのだ。



「気にしないで、私は平気。茜くんのこと、怒らないであげてね」



 それより、なぜ妖の世界の食べ物や飲み物を口にしてはいけないのか聞くと、通常、妖の世界でなら例え人間でも、空腹や喉の渇きを感じないそう。



 何か口にしてしまうと、魂がその世界に定着し、元の世界には帰れなくなるとか。



 なるほど、と納得した。



「ねぇ鬼月。よかったら、私を店で働かせてくれない?」

「危険だぞ。いくら客が少ない店とは言え……」

「お願い! 一度でいいから、本に関わる仕事をしてみたかったの」



 両手を合わせて頭を下げると、ため息混じりに「わかったよ」とのお言葉が。



 次の日から早速エプロンをつけ、人間だとバレないよう鬼月の血を混ぜた墨汁で文字のような模様を書いた面をつけ、初仕事。



 妖の血を混ぜた墨汁を使うことで、人間の匂いが消えるとか。



 鬼月の言っていた通り、確かに店にくるお客さんは少なかったが、どのお客さんも本を丁寧に持ち、会計を済ませると嬉しそうに本の入った袋を手に帰っていく。



 下手したら、ホコリまみれのまま本を積みっぱなしの鬼月(店長)より、お客さんのほうが丁寧だと思った。



 古本屋、「あかつき堂」で働き始めてから1ヶ月が経った。



「おやぁ? 見かけないお嬢さんだ。ふむ、人の子か……これはまた珍しい」



 まっすぐ私のもとへきて、にやりと怪しく笑いながら私の正体を見抜いた青髪の男に、ドキリとする。冷や汗が流れるが、鬼月がずかずかとやってきた。



「暇人はさっさと帰って寝ろ。うちの店員にちょっかい出してんな」

「酷いな、鬼月君。常連なんだからもう少し優しくしておくれよ」

「あっ、水神樣! じゃなかった。銀様、お元気でしたか?」



 鬼月と茜くんとの会話を聞いて、どうやら取って食われるわけではなさそうだ、と少し安心する。



 ……と言うか、茜くんさらっと水神様とかとんでもないこと言わなかった? 空耳かな。



「初めまして。脅かしてすまなかったね、お嬢さん。実は今、水神である僕の花嫁探しをしていてだね……。お嬢さんのような妖力の強い子がきてくれたらそれはもう嬉しーー」

「ふざけんな」

「だっ、ダメですよ! 縁様は大切なお店の一員ですから!」



 鬼月は銀、と言う自称? 水神様のすねに思いきり蹴りを入れて、茜くんは腕を上下に振って抗議する。



 銀さんはすねを蹴られた痛みで悶えつつも、めげない。



「お嬢さん、僕のような美形が夫だと毎日が幸せだと思わないかい。鬼月君や茜君のようなおちびさんじゃなくてね」

「む、それなら僕だって負けません!」



 一瞬辺りが煙に包まれたかと思うと、茜くんが立っていたところには金髪のすらりとした長身のイケメンが。



 ……へ? は? 何、何が起こったの。



「縁様っ、銀様のお嫁さんになったりしませんよね?」



 低くはなっているが、声は確かにあの女の子みたいに可愛らしい茜くんのもの。いつもの耳としっぽはない。横で鬼月が、「化けるのはズルいだろ!」とか怒っている。



 その日は本には用がなかったのか、「茜君、中々侮れないね。鬼月君は負けないよう、頑張ることだねー」と言って軽やかに去っていった。



 だが、その日以降銀さんはちょくちょく「あかつき堂」にくるようになり、よくわからないまま逆ハーに突入するんだけど、それはまた別の話。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 出だしの描写が細やかで、風景が感じられてよかったです。 [一言] もうすこし、古本屋での描写が読みたいなと思いました。また投稿あれば読みたいです。
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