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ドリーミン・コクーン(夢みる卵)  作者: ランプライト
第二章「魂の集う街」
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007「消耗する魂」

ふと我に返ると僕は教会の薬局の前に立っていた。 始めて「みほの」と会った場所だ。 「明晰夢」に入った時に僕が居る場所はまちまちだったが、大抵は眠りから覚めたシーンか、何かしらでぼぉーっと考え事をして我に返ったシーンかのどちらかだ。 一体今僕は何をしていた処なのだろうかと夢の記憶を手繰り寄せる。


そうだ、僕は「みほの」を探していたんだった、


別に彼女の事をストーキングするつもりは無いのだけれど、いや、これは一種のストーキングなのだろうか? 僕が「明晰夢」から離れられないのは彼女に会いたいからに違いないのだ。 どうしてこんなにも彼女に惹かれてしまうのかは自分でも分らないのだけれど、彼女の姿を見かけるだけで、言葉を交わせれば尚、刻を重ねて少しずつ少しずつ互いの本音を晒し合う程に、どんどん僕は彼女の居ない世界など信じられなくなってしまっていた。


僕は心当たりの場所を辿ってトボトボと散策する。 彼女は恐らく城壁に昇る入口か城壁の外が望めそうな高い塔を探索しているに違いなかった。 そして程無く僕は、いつかの猫の集まる廃屋のパティオで彼女を見つけだす。 赤銅色の髪の少女は一人きりでベンチに座って気怠そうに項垂れていた。


みほの:「やあ、君か、」……彼女は僕に気付いて微笑んで見せるが、疲れた表情は隠し切れていない。

宏治:「大丈夫? 何だか辛そうだけど、」


みほの:「一寸ね、今日でとうとう城壁を3周したんだけど、結局何処にも出口は見つからなかった、今反省中、」

宏治:「そうなんだ、」……僕は近づいていって、彼女の隣に腰を下ろす、


宏治:「何処かに秘密の通路でも有るのかな? 何処かの屋敷から通じる地下道とか?」

みほの:「もしかしたらそうかもね、」……だとすると見つけ出すのは至難の業だな、


彼女の呼吸は浅く、まるでインフルエンザに掛かったみたいに辛そうだ、


宏治:「ちょっとごめん、」……僕は恐る恐る彼女の額に掌を当てて診る。 矢張り少しいや結構熱がある。 夢とか魂とかにも病気が有るのかどうかは知らないが、もしかすると落ち込んだ精神状態が直接症状として現れるのかも知れない、


宏治:「今日はもう帰ってベッドで休んだ方が良いんじゃない、」……彼女は黙った侭で、

みほの:「お願い、一寸だけ、此の侭一緒に居てくれない、」……それから泣きそうな顔で僕を見る。 弱気になっているのは見え見えだった。 何度やっても見つけ出せない手掛かり、何時まで経っても現実に戻れない焦り、そして「みほの」の境遇を理解してくれる人間は恐らく此処には僕しか居ないのだ、心細くない訳が無い、


宏治:「いいけど、」

みほの:「ごめん、少しだけ寄っかからせて、」……彼女は僕の肩に靠れ掛かって頭を載せる。 でも座っているだけでも辛そうで、ちゃんと横になって休ませた方が良いのは判りきっている、


宏治:「寮まで送るよ、場所を教えて、」……それなのに「みほの」は僕の服の袖をぎゅっと握った侭、

みほの:「…一人になりたく無い、」……それは声にもならない様な微かな囁きだった、


宏治:「少しの間、我慢して、」……僕は彼女の身体をお姫様抱っこして立ち上がる。 幸いな事に夢の中の彼女の体は思いのほか軽くて、僕の身体は思った以上に鍛えられていて、女の子一人を抱き上げる位造作も無い様だった、


「みほの」はその侭じっと僕に身体を預けて、僕は彼女を抱きかかえた侭ホテルの自分の部屋へと連れて行く。


僕がホテルの屋上のカフェで待っている間に「鶴巻さん」が「みほの」の身体の汗を拭いて新しい寝間着に着替えさせる。 優秀なメイド長は一目見て事情を察してくれたみたいだった。


ホテルの屋上からぐるっと見渡してみても、残念ながら高い城壁の向こう側の景色は望めそうにも無くて、クリーム色の天蓋が息苦しく蓋をしているだけである。 何時だったか「みほの」が「閉じ込められている」と表現していたのが言い得て妙で、だんだん此の街がまるで何か巨大な繭の様な物に包まれた閉ざされた世界の様にも思えて来る。


鶴巻:「今は眠っていらっしゃいます、」……「鶴巻さん」が僕の処に近づいて来た、

鶴巻:「どちらの御嬢様なんですか?」

宏治:「家の素性迄は分らないけど、同じ学校に通う「海老名みほの」さん、僕の大切な友達です、」


鶴巻:「お医者様を手配しますか?」

宏治:「宜しくお願いします、」


鶴巻:「それで、もしも今晩お泊りになられる様でしたら、ベッドの事なのですが、」

宏治:「彼女はあのまま寝かせてあげて下さい、僕は何処か開いているロビーのソファででも寝ます、」


鶴巻:「それは当ホテルとしては困ります、大事なお客様をフロントなんかで寝かせたと知れたら信用問題になりますから。 小さい部屋ですが客室が幾つか空いています、そちらでお休みになって下さい。」

宏治:「有り難うございます。」


鶴巻:「後ほど御嬢様にはお部屋の方に飲み物と何か消化の良い食べ物をお持ちします、町田様はレストランの方で召し上がって下さい。」

宏治:「急に無理を言ってスミマセン、」


その夜、用意してもらったシングルルームの小さな窓から、人気の絶えた市場をふらふらと散歩する猫達の姿を見ていると、


ドアをノックする音:「コンコンコン、」

宏治:「はい、どうぞ、」……其処には少し顔色の良くなった「みほの」が立っていた、


みほの:「ゴメン、迷惑かけちゃったね、」

宏治:「気にしないで、ここ座ったら、」……僕達は二人ベッドに並んで座って、


みほの:「もう大丈夫だから、色々ありがとうね、」……彼女は少し照れた様に俯いて、

宏治:「お医者さんに診てもらったの?」


みほの:「うん、疲れからくる発熱だって、身体が休めって言ってるんだってさ、魂なのに変だよね、」

宏治:「魂だってそりゃ疲れるよ、」


宏治:「君は一人きりでよく頑張ってきたと思うよ、」

みほの:「だって自業自得だから、」……そんな風に、考えているんだ、


みほの:「お母さん、心配してるかな、」……彼女はポツリと、ずっと内側に引っ掛かっていた物を吐露しはじめる、

みほの:「私、親不孝だよね、自分勝手にこんな所に来て、帰れなくなっちゃって、」


みほの:「みんな、もう私の事、忘れちゃったかな、」……彼女は声を殺して泣いていて、時折堪えきれなくなる吃逆が聞こえて来ても、

宏治:「そんな事無いよ、」……僕は聞こえなかった振りをする、


みほの:「私、もうずっと此の侭、元の身体に戻れないのかな、もう家族にも会えないのかな、」……俯いた彼女の膝に、ポタポタと涙が零れても、

宏治:「大丈夫、きっと帰れるから、」……僕は見なかった振りをする、


みほの:「でも、もうどうすれば良いのか、分らないの、」……彼女は細い肩を震わせて、

宏治:「これからは僕も居るから、僕も一緒に考えるから、」……僕は、何も出来ない僕は、彼女の為にならどんな事でもしてあげようと心に誓う、


だって彼女は未だ中学生の子供なのだ、辛く無い訳が、哀しく無い訳が、悔しく無い訳が無いだろう。 疾っくに人生を諦めてしまった僕なんかとは訳が違うのだから、


宏治:「きっと、僕が君を現実の世界に戻してあげるから、」……でもこんな僕にでも、彼女の為にきっと出来る事が有る筈だ、


みほの:「……、」……彼女は黙ったまま、小さくコクリと頷いた、


そしてそれこそが僕が彼女と出会った「理由」で、僕が彼女の傍に居る事を赦される「理由」に違いないのだ、


宏治:「僕、現実の世界の君の家族に会いに行くよ、」

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