017「真実と現実の多変量解析」
僕は猫達に促される侭に途方も無く何処までも続く長い廊下を歩き続けて、幾つもの扉を潜りまるで迷路の様に曲がりくねり三回目の階段を登ったその先に、漸く大きな広場の様なホールへと辿り着く、
いつの間にかあんなに沢山居た筈の猫達の姿は何処にも見当たらなくなっていた。 それどころか其処には「誰も」居なかった。 まるで天文台かプラネタリウムの様な大きなドーム状の天井の真下には、年季のいったニュートン式望遠鏡が一つポツンと鎮座しているだけ。
僕は誰に言われるでもなくその望遠鏡の前に置かれたシートに腰を下ろす、
アリア:「始めまして町田宏治クン、君を歓迎しますよ、」……すると突然、柔らかな女性の声がホール全体に反響する、
宏治:「貴方は、誰?」……見渡してみても、何処にも人の姿は見当たらない。
アリア:「私はアリア、君達を導き、見守る使命を授かった者です。 実際の私は今から2317年前に作られた人工知能なの、人間と一緒に色んなお仕事に携わった後、今から1403年前にこの船の船長に就任しました。」
宏治:「船?」
アリア:「そう、私達は今、旅の途中に居るんです、」
宏治:「旅?」
アリア:「そう、とても長い旅です、」……見上げるとドーム状の天井に、巨大な3D映像が映し出され始める、
アリア:「今から丁度1450年前に、人類は母星である地球の最期の時を知る事になりました。 以前から警戒していた巨大彗星群の一つが地球に衝突する事が判ったんです、」……3D映像は太陽系に接近する複数の彗星が地球に衝突するシミュレーションを再現して見せた、
アリア:「人間は人類存続の為に3つの選択肢を準備しました、一つは「彗星の破壊、コースの変更」、一つは「火星への移住」、そうして最後の一つが「月」を改造した宇宙船による太陽系脱出です、」
アリア:「この恒星間輸送船「月」は、その第三の計画に基づいて「人間の種」を新たな恒星系へと播種する為に旅をしているんです、」……映像が切り替わり、広場の照明が落ちて、ドーム状の天井が開くと其処に、全天に天の川を湛えた真闇の夜空が出現する、
宏治:「人間の種?」
アリア:「何しろ長期間生きた人間を運ぶのはエネルギー効率が悪いですからね、この船には冷凍保存された3000兆余の人間の精子と卵子、それに1億の受精卵が保管されているんです、」
宏治:「でも、僕は生きてる、」
アリア:「種の状態で保管されているにしても、品質の劣化が無いか定期的にチェックする必要があるんです。 それで50年に一回ずつ、ランダムに抽出した200個の受精卵を解凍、孵化させて、人間の遺伝情報が壊れていないかチェックするんです。 きちんと育つか、きちんと人間らしい思考が働くか、知能は正常か、運動能力には問題はないか、きちんと子供を作れるか。 様々な生体検査の後、中でも優秀な12体、6組の番を選んでドヴロクニクをモデルにしたムード満点の街に移されて繁殖機能をチェックされる事になるんです。 君はその内の一人なの。」
宏治:「ムード満点って、…」
アリア:「教育施設で人間の文化に関する教育を受けて、思春期になった試験体の番は身の回りの世話を全部ロボット達に任せて恋愛だけに没頭できる環境に移されて、きちんと恋愛をして子孫を残せるかを観察されるんです。 ムードを壊さないように監視係は猫型のロボットにしました、」
宏治:「秦野さんはどうなったんだ?」
アリア:「彼女はとてもよく働いてくれました、今は洗脳装置を取り外した脳のサンプルとして幾つかの検査を行っています、その後分解調査し、標本として保管されます、」
宏治:「そう、なんだ、」
アリア:「意外に動じないんですね、もっとショックを受けるかと思ってましたよ、」
宏治:「実感が湧かないんだ、貴方が言ってる事が真実なのか、本当は貴方は人間を捕獲しに来たエイリアンなのか、一体何が現実なのか、もう何を信じれば良いのか、……分からない、」
アリア:「昔私の友達が言ってました、「何が現実かなんて事は自分で勝手に決めれば良いんだ」そうです、」
宏治:「僕は、どうなる?」……僕の手には爆弾が握られた侭だった、
アリア:「君はとても優秀な人間です、13歳で管理システムの裏をかき、14歳でシステムから凡そ15%の正しい情報を引き出し、15歳でこの船の正体と目的を理解した、そしてその後管理システムの洗脳によって其れまでの記憶を封印して姿を眩ました。 私はこの優秀なハッカーの正体を突き止めるのに5年も掛かってしまいました。」
そして僕は、すっかり疾っくに人生を見限っていたに違いないのだ、だから一切の反抗を諦めて、洗脳されるままに夢の世界に閉じ籠ってしまったのだろう。 何しろ僕達の行く先は遥か数百年の彼方で、僕がささやかな革命を起こす事になど全く何の意味も無いのだから、
アリア:「これから向かう新天地で人類が生存し繁殖していく為には君の様な強かさが必要です、私は君の遺伝子を優良種に分類し、新鮮な精子と受精卵を採集保管する事に決めました。 あわせて、現在生存している試験体の女性との性交、妊娠、自然分娩の試験も行う予定です。」
宏治:「性交って、誰とだよ?」……僕は思わず照れて顔が熱くなる、
アリア:「君の相手は私が選択済みです、「海老名みほの」は君のパートナーとして計画、調整、教育されてきました、」
宏治:「人工知能は人が人を好きになる過程まで計算式で予測できるのか?」
アリア:「あら、私だって恋くらいした事あるんですよ、私の初恋の相手は「シオン」という名のとても優しい人間の男の子でした、話聞きたいですか?」
宏治:「いい、遠慮しておく、」
アリア:「さて、君に選択肢をあげましょう。 一つは此の侭真実の記憶を持った侭人間の寿命チェックサンプルとして余生を私と共に過ごすか、もう一つはもう一度これまでの記憶を消去して後3年間だけ私に洗脳管理されて生きるか。 好きな方を選んでください。」
宏治:「3年間だけ?」
アリア:「この船に貯蔵されている資源にも限界がありますからね、試験体としての道を選ぶのなら必要最小限の期間だけ観察し、用が済んだら直ちに廃棄処分にして、次の試験体の食料の為の肥料に再生利用します。 私としてはそろそろ一人きりも飽きてきたので、君が話し相手になってくれた方が嬉しいんですけどね、」…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………、
宏治:「……と、言う、夢を見たんだ、」
みほの:「ナニそれ? SFみたい、」……「みほの」は夕飯の支度をしながらぶっきら棒に背中で返事する、
僕は狭いアパートの部屋に寝っ転がって擦りガラス越しに差し込む日曜の午後の暖かな日差しを浴びながら、「夢」の中の彼女の漫画みたいに可愛らしい完璧な美少女の姿を懐かしむ。 残念な?事に「現実」の「私の奥さん」は相変わらず、どちらかと言えば無愛想でありふれた容姿の侭だった。
みほの:「それで、」……エプロンで濡れた手を拭きながら、「みほの」がトコトコと近づいて来て私の前にチョコンと正座する、
みほの:「「蛍田リョウ」って一体誰なのか、ちゃんと説明してくれるかな?」……何故だろう、口角は上がってるのに、…目が笑ってない?
どうやら「奥様」の関心事は「夢の管理者」には思いもよらない所にあるらしかった。




