015「崩壊する現実」
宏治:「良かった、生きていたのか。」……彼女は以前と変わらぬ美しい姿で、いや以前にも増して人を魅了する様な妖しい眼差しで、変わり果てた私の姿をじっと見下ろして、
萌:「私は貴方の考えている「蛍田リョウ」では無いわ、」……ぽつりと呟いた、
宏治:「違うって? じゃあ誰?なんだ?」……まさか双子の姉妹だとでも言うのだろうか?
萌:「私は本当の「秦野萌」よ、私が「秦野萌」よ、予想していた事とは言え貴方にそんな風に言われるのはとても悲しい事ね。 …今の貴方が知っている「蛍田リョウ」はこの世界では私の姿を与えられていたけれど、本当の「彼」は背の高い男性よ、それなら貴方も知っているでしょう、」……彼女の台詞は捉え所のないカラザの様でいて、この「物語」の核心を支える頼りなげな手掛りの様にも思われた、
宏治:「君は此処とは違う世界を知っているのか?」……この世界が「物語」だったとすれば、だが、
萌:「城壁と天蓋に囲まれた牢獄の様な街の事を、貴方も覚えているのではなくて?」……彼女は艶めかしく動く指先で私の包帯だらけの身体に触れて、
宏治:「ああ、夢の世界の事か、」……そして、既に機能も感覚も失われた私の男性自身を優しく愛撫する、
それから「秦野萌」は、例の「黒い箱」を取り出すとそれを私の胸の上に置いた。
宏治:「これは一体何なんだ?」
萌:「これは人間の夢を操る機械、本体は脳の中に埋め込まれていて、これは「管理センター」と脳の中の機械を繋ぐWiFiルーターみたいなものよ、」
宏治:「君が「黒い箱」を使って私達を陥れたのか?」
萌:「貴方が、こうして私と会う為に、奴らの「この機械」を利用する事を思いついたのよ、全部、忘れさせられてしまったのでしょうけれど、」
宏治:「何の事を言っているのか解らない、」
萌:「貴方は覚えていないけれど、「城壁の街」に移される前の私達には或る計画が有ったの、」
宏治:「計画?」……それは恐らく「カラオケ屋」の件とは別のものに違いない、でも、
萌:「人間の尊厳を取り戻す事、その為に「奴ら」と戦う事、」……私には一体何が何の事だか解らない、
宏治:「もしかして「前世的」な所で私と君とが何かを計画していたのかも知れないけど、今の私はこんな姿で寝返りする事すら侭ならない、その上末期癌でもう直ぐ死ぬんだ、残念だけど私に出来る事なんてないよ、」
萌:「心配には及ばないわ、この世界の出来事は全て泡沫なのだから、」……彼女はそういうと、私の顔に巻かれた包帯を外して、ボロボロに皮膚の剥がれた私の歯茎に、口づけをした、
宏治:「止めてくれ、」……彼女の綺麗な唇が、私の膿んだ血で汚れてしまうのを見たく無い、
萌:「何も怖がる事は無いわ、私はあの日からずっと貴方の事を愛し続けているのだもの、」……愛?
宏治:「わからない、君が何を言っているのかわからない、一体君と私とがどんな関係だって言うんだ?」
萌:「大丈夫、全部思い出させてあげる、」……彼女は懐からルガーLCPを取り出すと、私の額に銃口を当てる、
宏治:「殺して、くれるのか?」
萌:「貴方は夢の中で「今自分は夢を見ている」と自覚した事は無いかしら、」
宏治:「知ってる、「明晰夢」と言う奴だ、」
萌:「ならば自覚しなさい、これは現実ではなくて、只の夢なのだと、」
宏治:「これは夢? そうだったらどんなに良いだろうな、」
萌:「直ぐにわかるわ、」……そして銃口から放たれた銃弾が、私の頭蓋骨を粉砕した、
それは痛みというよりは、全身が震えるような感覚だった、
何故だろうか? 鼓膜を劈くような銃声が頭蓋骨の中を反響したにもかかわらず、私は未だ死なずに生きていた。 確かに拳銃で撃たれたはずなのに、硝煙の匂いがつーんと鼻をついて目に沁みると言うのに、やっぱり私は生きている? 空砲だったのだろうか? いや、確かに脳髄をグチャグチャにかき混ぜる様な熱い感覚が残っている、恐る恐る目を開けてみると、辺りには飛び散った脳漿がべっとりとベッドのシーツに粘りついていて、
宏治:「何が、どうなっているんだ?」……いつの間にか僕の全身にこびり付いていたしつこい不快感は消えうせていた、
萌:「知ってるでしょ、夢の中で死ぬ事は出来ないのよ、」……僕は彼女に手を引かれて立ち上がり、
病室の隅に置きっぱなしになっていた姿身の中に私は信じられないものを見る、
其処に映っていたのは、逞しく鍛えられた美しい少年の姿、五体満足で爆発事故による傷跡の欠片すら残っていない、
宏治:「まさかこれは夢?なのか?」……それは「明晰夢」の中で見る高校生の自分の姿だった、
萌:「そう、これは夢、これが夢、貴方は今まで「奴ら」に夢を使って幻の人生を見せられてきたのよ、」
次の瞬間、ドアを蹴破って飛び込んでくる二人の警官!
そして警官達の拳銃から問答無用で行き成りぶちかまされる銃弾の雨霰!
まるでワイヤーアクション×バーチャルリアリティなSFXの様に「秦野萌」はその銃弾のことごとくを避けながら一瞬の内に警官との間合いを詰めて、
ルガーを警官の額に押し当てて、銃撃する!
其の侭後ろに吹っ飛ばされて、後頭部から脳漿を撒き散らす警官!
驚いて怯んだもう一人の警官もコンマ数秒の内に同じ運命を辿る!
部屋の中を心地よく棚引く硝煙の香りに、僕は「正気」を取り戻していた、
萌:「行きましょう、」
宏治:「殺したのか?」
萌:「気にする必要はないわ、だってこれは夢なのよ、」
そして廊下に飛び出した僕達の前に待ち構えていたかのように立ちはだかる私服警官たち、その数10名余!
「秦野萌」はポケットから手榴弾を取り出すと、安全ピンを外してそれを、カーリングの様に転がした!
刑事達は一瞬身構えて、
次の瞬間炸裂する手榴弾!
その爆発が、まるで目に見えない壁が其処にあるかのように、「秦野萌」と僕を避けて刑事達の方にだけ弾け飛ぶ!
目の前の爆煙が収まって床に転がる刑事達の姿が露にされる、所が更に廊下の曲がり角からこちらを狙う新たな警察官達! 「秦野萌」はその廊下の曲がり角に向けてソフトボールのピッチングフォームで一気に2個の手榴弾を放り投げる!
そして炸裂!
不思議な事に全ての衝撃は僕達を避けて警察官達だけを行動不能に追いこんでいく!
今度は背後から刑事達が近づいてきて銃撃する! 所がその銃弾は何故だろうか?まるで見えない盾に弾かれる様にして僕達の直前で跳ね返った!
宏治:「どうなってるんだ?」
萌:「こんな事も出来るわよ、」
刑事達はミニUZIを持ち出してきて盲滅法な乱射を開始する!
しかしその全ての銃弾が、僕達に直撃する寸前の空間でまるで鏡に反射する光のように今度は刑事達に向かってはじけ飛ぶ!
銃撃が収まって、自ら放った大量の銃弾に打ち抜かれて次々に絶命する刑事達、
そして今度は窓の外からAH-1ZヴァイパーがM197機関砲をぶちかます!
建物の壁ごとガラスを粉砕する戦闘ヘリ!
処が銃器の威力が上がっても結果は同じで、高速連射されるM53徹甲焼夷弾に建物の壁がぼろぼろに砕き剥がされているにも拘らず、むき出しになった廊下に取り残された「秦野萌」と僕には一発たりともその強力な銃弾は到達していなかった!
続いてヘリからTOW空戦車ミサイル?が発射された!
案の定、空中でぴたりと停止するミサイル!
そして、爆発!
所がその爆発エネルギーの全てがまるで一直線のビームのように収束されて戦闘ヘリに向かって跳ね返った!
そのまま操縦席から後ろのローターごとヘリの胴体を直撃貫通!
呆気なく墜落する戦闘ヘリ!
宏治:「凄い、」
萌:「まだまだ、こんなもんじゃ物足りないんじゃないの? 魔法使いさん、」
見ると病院の入り口を何十台ものパトカーが取り囲み、数え切れない銃口が僕達を狙っている、遠くの建物から複数の狙撃手達によっていつの間にか発射されていた7.62mm NATO弾が、まるで漫画みたいに僕達の目の前でぴたりと止まって、其の侭ぼろぼろと遥か地面に向かって零れ落ちていく、
萌:「貴方、空を飛んだ事はあるかしら?」……彼女は僕の手を取って、
宏治:「え?」……その侭ふわっと、
次の瞬間、僕達の身体は空中高くに停止していた、何の空気抵抗も息苦しさも感じる間もなく、まるで瞬間移動の様に僕達は超高空に停止していて、遥か彼方に豆粒の様に小さくなった首都圏のビル群を見下ろしている、警察隊の銃撃など到底届く筈も無く、
其処へ、GAU-22/Aガトリング砲の銃撃と共に接近してくるF35ライトニングII ステルス戦闘機!
銃弾は其の侭の運動エネルギを180度ベクトル変換されて戦闘機を直撃!
見ると地上から迫るSAM4中距離地対空誘導弾、が、虚しくも僕達の数百メートル手前でミサイルは爆発! その威力の全てが僕達とは別の方向へと弾かれる!
そして、行き成り某国から打ち込まれたSLBM潜水艦発射弾道ミサイル!
僕達の目の前数百mで、その核弾頭が閃光を迸らせる!
刹那、まるでイカの墨のように暗闇が広がって僕達を包み込んだ!
全てを焼き尽くす核爆発が闇に捕獲されて、それは小さな指先大のビー玉に姿を変えて「秦野萌」の掌の上にゆっくりと着地する。
そして今度は、衛星軌道上から発射されるTHEL戦術高エネルギーレーザー! その光線は僕達の直前で屈折!地上の建物を直撃!
更に更に迫り来る空対空ミサイルの雨霰!!
「秦野萌」は掌の上のビー玉を宙に放り投げると、
ビー玉から無数の光線が、集積された核爆発のエネルギーが全ての敵を、……
撃墜した!
萌:「さてと、お遊びはこの位で十分ね、」……僕達はゆっくりと上昇を続け、今や地球の全容がその視界に治まるほどの宇宙空間にまで到達していた、それなのに、少しも息苦しくないのは、
宏治:「本当にこれは夢なんだ、」
萌:「そうよ、言ったでしょう、」
やがて僕達の身体は全ての大気圏を突破して、瞬く間に月面へと接近する。
その月の海「嵐の太陽」の真ん中に、巨大なドーム状の人造建造物が姿を見せる、
宏治:「あれは何なの?」
萌:「あれが私達の閉じ込められている城壁の街の正体よ、」
僕達はゆっくりと月面のドームの上に着陸し、その薄い膜の様な天蓋を通してその下にある街を見る。 確かにそれは僕達が迷い込んだ城壁に囲まれた街に似ている、
宏治:「う、」……その街を見下ろしている内に、
僕の身体が次第に硬直して、動きが鈍くなる。
何だか身体が変だ、そして僕は其の侭膝を付いて倒れこむ。 見る見る内にもう全身が怠くて指先一本動かせそうに無い、
萌:「さあ、そろそろ現実に戻る時間だわ、」……彼女はそう言うと、仰向けに寝転がった僕の唇に、
目覚めのキスをした、




