若気の至りー4
そして遂に二人は出会う事になる。
「おお、美しいお嬢さん、どうですか? 私とお食事でも」
「ん?」
背中越しに話しかけられた金色が後ろを振り替えると、絶世の美男子がにこやかな笑みを浮かべて立っていた。黒い礼服に身を包み、青い髪をオールバックで纏めた青白い肌をした男だった。
「……背後から話し掛けたのに『美しいお嬢さん』だと分かるのか?」
金色が疑問をぶつけると男は不敵な笑みを浮かべて、
「私にとって女性は皆『美しいお嬢さん』なのですよ」
などとのたまった。
ご機嫌取りに言っているのではなく、どうやら本気で言っているらしかった。成る程、この容姿で相手を選ばず積極的にアプローチするならば確かに引く手あまただろう。
「成る程。噂通りらしいな。やっと会えた」
金色がニヤリと笑うと男もすぐに相手が町で噂になっているもう一つの片割れだという事に気がついたらしく表情を少し変えた。
「という事は……貴方が噂の美女という事ですね。なるほど、確かに美しい。スタイルも抜群だ。この町の男達がこぞって求める訳ですね」
男は口説くというよりも確認の意味を込めてそう呟いた。お互いが噂通りの存在ならば、交渉などもはや不要という事だ。目的は同じなのだから。
「では、いこうか」
金色が顎をしゃくって促すと男は黙って後についてきた。金色は歩きながら相手の容姿を改めて確認する。これ以上ない程に男の造作は整っており、その整った造形はまるで人形のようだ。しかしその瞳に宿る魂が男を単なる人形に留まらせず生きた造形美を醸し出させている。
しかし問題はそこではない。金色にとって相手の容姿はさほど重要ではない。人間の世界では容姿が交わる相手を選ぶ大きな基準の一つとなるらしい。しかし金色は相手を選ぶつもりはない。整った容姿など金色にとっては性交を果たす為の手段の一つでしかない。
問題なのは男の髪の色だ。青色の髪は普通の人間にはあり得ないものだ。それは即ち男が忌み子である可能性を示唆している。「可能性を示唆している」という表現に留まったのはもう一つの可能性があったからだ。
金色自身、銀色の髪と金色の瞳をしている。それは周りから見れば忌み子に見えるという事である。しかし金色は忌み子ではない。魔族なのだから。同じように、男も魔族である可能性がある。別に魔族同士であっても問題はないのだが、もし仮に男の正体が銀狼族を敵対視している種族なら厄介な事になる。そうなったらどうするか。金色はしばし考える。
考えた末に金色は問題ないだろうと判断した。金色が察したように男も金色の正体に気付いている可能性は高い。金色の正体が銀狼族だという事まで見破っているとは思えないが、男が黙っているという事は相手もとりあえず魔族同士に忌避感を抱いてはいないという事だろう。
銀狼族と敵対している種族の代表格と言えば竜族だ。それ以外の種族なら金色の強さで戦って負ける事はまずない。そして竜族はある意味で銀狼族以上に誇りを重要視する種族なので人間の里に変身して潜む事などまずしないだろう。
そういう計算の元に金色は冷静に判断を下し変わらない速度で歩き続ける。当然二人が向かうのはホテルである。歓楽街の一角に立つ建物へと二人は迷わず入っていく。口説き上手という噂の男だったが必要以上に金色に話しかけてくる事はなかった。金色がそういう小細工を好まない事を見破っているのだろう。
戦闘能力は不明だが、相手に空気を合わせる手腕においては文句なしの手練れと言えた。
料金を払いあてがわれた部屋に入ると、まず金色は服を脱ぎ去り全裸になった。ムードもへったくれもないがこれが金色のやり方である。男は例の如く金色に合わせる形で同じように衣服を全て脱ぎ去り全裸になった。
向かい合い見つめ合うと互いの唇を合わせる。時に甘く、時に貪るように、音を立て、唾液を交換し合う。男の手が金色の豊満な双丘に伸びる。口付けを交わしながら男はゆっくりと金色をベッドへ押し倒しながらその胸の弾力を楽しむようにやわやわと揉みしだく。
はぁ、と金色が艶めいた声を上げる。ベッドへ体重をかけながら両足を開きながら男を迎える。男は流れのままに金色へ体重を乗せ全身に舌を這わせていく。
ちゅ、ちゅと各所に口を付ける音と互いの興奮した息遣いだけが部屋に響く。
(上手い、な)
男の技量を差直に認めざるを得なかった。それほどに男は女の身体が喜ぶ場所を、その責め方を熟知していた。金色が相手だから黙って事に及んでいるが普通の女が相手ならばこれに愛の囁きなりリップーサビスが加わるのだろう。初心な女は勿論、その道で鍛えられた遊女ですらこのテクニックに溺れてしまうだろう。
だが金色も負けてはいない。相手が技量で押してくるのなら、こちらは雌の野性の本能で責める。豊満な胸を男の逞しい胸板に押し付け、細い括れた腰をくねらせ、美しい曲線を描く脚を絡ませ、甘い吐息を耳元に送る。ライオンや虎の狩りのような迫力溢れる狩りではなく、暗闇に浮かぶ蜘蛛の巣のように絡み付く魅惑の罠の狩りだ。
その体臭が、吐息が、体温が、見えない糸となり、魅惑の燐粉となり男の理性を溶かしていく。最初は押していたように見えた男だったが、今や二人の力は拮抗していた。別に勝ち負けを決める必要などないのだが、二人は無意識のうちに相手を同類と認識し、その実力を認め、競いだしていた。
それは二人にとって至福の時間だったと言える。別に彼らは相手の容姿や技量に拘りを持っている訳ではない。ただ本能のままに己の性を解放し対となるもう一つの性を追い求め貪っていたに過ぎない。だが、思わぬ形で遭遇した『極上の雄(雌)』はそんな彼等の今までの常識を吹き飛ばしてしまった。
気持ちよかった。性的な意味だけではなく、ほぼ同じ実力を持った者達が競い合い高め合っていく感覚は、彼等のこれまでの生には全くなかった至上の喜びをもたらしていた。
もっと。もっとこの時間を楽しみたい。ずっと、ずっとこの時間を楽しみたい。
二人の想いは全く同じだった。二人の想いと共に行為は先に進んでいき、男は己の雄を金色の雌へとあてがい、二人は一つの存在となった。
その瞬間が二人が最高に高みに上った瞬間であったのは間違いない。しかし次の瞬間唐突にその至福の時間は終わりを告げた。
二人の絶叫によって。