若気の至りー1
それから更に20年が経過した。
金色は60歳となりその身体の大きさは5メートルを越え銀狼族の規格を超越したサイズにまで成長していた。その規格外れの大きさと常識外れの強さのせいで金色はますます恐れられていた。銀狼族の60歳といえば人間で言えば思春期を向かえ青春を謳歌する年代である。
要するに異性を意識し始める時期を金色も迎えていたのだ。
「それじゃあ、今日はこの辺で失礼する」
「またね、姐さん」
例の三匹のうちの傲慢な若者と雌の個体が今日も仲睦まじげに寄り添いながら去っていくのを暗澹たる気分で金色は見届けていた。
「………………」
「まるでこの世の終わりのような顔をしてますねぇ」
砕けた口調で喋る例の個体が金色の様子を見て笑った。
「……私にだって人並み(?)に異性への興味くらいある」
(人並みどころじゃない気がしますがねえ、姐さんの場合)
そうなのだ。時期長だの魔王だの散々恐れられていても金色はまだ60歳のうら若き乙女なのだ。異性に興味を持って当然だ。小さい頃は外に出る事と強くなる事以外に興味は無かったが、領域の外に出た今となっては金色も他の同年代の雌と同じように雄への興味が湧いてきたのだ。
強さが魅力となる銀狼族の価値観から言えば金色は引く手あまたの人気者になってしかるべきなのだが、そのあまりの規格外れの強さのせいで雄から「そういう目」で見られる事はない。
華の乙女(笑)としては落ちこまざるを得ない状況であった。
(何故だ……何故モテない……強いのに……誰よりも強いのに……。私と結ばれれば長にはなれないかも知れないが生まれてくる子は時期長になるだろう。長の親として群れの中で地位を得る事も出来るだろうに)
そこまで考えた時金色はふと疑問に思った。
(そういえば、その理屈で言えば私の産みの親は相当な権力を得ている筈だが……)
銀狼族の一つの特徴として群れの中での地位に執着するというものがある。それは群れを成す野生生物の中では特段珍しいものではない。強い=地位が高い であり、地位が高いほどに群れの中での待遇は良くなっていく為に雄達は群れの中での序列争いに精を出すものだ。
金色程の強さを持つ者を産み出したとなれば群れの中でも最上位の待遇を与えられ何不自由なく暮らしている筈なのだが、金色はそれらしき銀狼族の雌の話を聞いた事がない。
金色には未だにその実感が無いものの父親は現長である黒なのだろう。しかし番の雌は何処にいるのだろうか?
暫く考えていた金色だったがやがて思考は再び「何故モテないのか」に戻り延々とループしていた。
特殊な環境で育ってきた金色に「家族」というモノはよく分からない。よって肉親への情も薄い。
「さっきから変な顔して何を考えてるんですかい?」
「変な顔とは失礼な、私は……」
金色の口が途中で止まる。
ーーそうだ。
こいつに相手をして貰えば良いじゃないか。
怪訝な顔をする件の主を尻目に金色の思考は加速していく。
(こいつは数少ない気心の知れた間柄だ。私を恐れたりはしないし実は三匹の中でもこいつが一番強い。まだ名前は与えられていないが将来的には群れの中でも上位の相当な手練れに成長するだろう。私の伴侶としては相応しいのではないだろうか)
金色の値踏みするような視線を受けて察したのか彼はすげない言葉を返してきた。
「……申し訳ありやせんがあっしは姐さんと番を成す気はありやせんぜ」
「……やはり私のようなデカブツは嫌か」
ガーン、と背後に文字を背負いそうな程に気落ちする金色を見て慌てて弁解し始めた。
「いや、そうじゃなくて……姐さんの背負ってるもんがあっしには重すぎるんでさあ」
「私が、背負ってるモノ?」
「あっしは群れの中での序列も地位にも興味ありやせん。けれど姐さんの伴侶となればそれらと無関係ではいられなくなる」
その言葉で金色にも彼の云いたい事が分かった。金色は、金色の与える影響は大きすぎる。群れの今後の未来を左右する程に。金色の伴侶となれば地位と権力を与えられる代わりに自由を奪われるだろう。金色がそうだったように。それが彼には耐えられないのだろう。
「……そうか、そうだな。確かに。色んなモノにがんじがらめにされるだろうな。私が、そうであるように」
しみじみと言う金色に思う所があったのか、代わりと言ってはなんですが、と金色はある事を彼に教えて貰った。
それが、金色の生に多大な影響を与える事になろうとは誰が予測出来たであろうか。気付いた時には既に後の祭りだったのである。