金色の瞳ー3
金色がこの世に生まれて以来20年変わらない状況に始めての変化が起きた。領域に金色以外の子供が入ってきたのだ。入ってきた子供の数は三匹。何れも同年代の中では飛び抜けた力を持ち将来を有望視されていた個体だった。
それでも本来ならば到底領域内に入る事を許されるような実力ではないのだが、黒達の金色に対する配慮により特別に許されたのだ。このまま今まで通りの状況に金色を置いておいては変化のない日常に腐ってしまう。けれど領域の外に出す事は許されない。ならば、とせめて同年代の個体を領域の中へと呼び込む事で金色の日常と認識に変化を起こさせようという狙いだ。
金色は己を弱いと思っている。領域の中にいる銀狼族の中で一番弱いと。それは間違いではない。事実今の金色の実力では領域の中にいる他のどの個体にも勝てない。しかしそれは金色がまだ生まれて20年程しか経っていない子供であり身体が育ちきっていないからだ。銀狼族が成人するのは80歳である。幼い子供である金色が成人した個体の中でもトップを争う実力者達に叶う訳がないのだ。
しかし金色はその事実を知らない。大人と子供という区別があるという事すら教えられていないのだ。金色が知っているのは領域の外に出るには誰よりも強くならなければならない事と、領域の中で誰よりも自分が弱いという事だけだ。
金色は同年代の個体なら普通に誰もが知っている事を何も知らない。教えられていない。親と子、血の繋がった家族の関係。心を交わし語り合う友の存在。森の外に広がる大きな世界。様々な生き物、種族。一人の魔族として本来知るべきこれらの様々な事柄を何一つ金色は知らずに育ってきたのだ。
新たに外から領域内に三匹の仲間が迎えられたという事で金色は抱えていた不満も忘れて興味津々にその三匹を観察していた。しかしどういう事なのか、新しく入ってきた連中は皆小さく非力で弱そうにしか金色には見えない。金色は自分以外の同年代の個体を見た事がなかったので『彼等が子供だから』というごく単純で簡単な答えにすらたどり着けないでいた。
じっと見つめる金色の視線に気付いたのか、三匹のうちの一匹が声をかけてきた。
「あんたがあの『金色』か。おいら達の年代で唯一の名前持ち」
「……? お前には名がないのか?」
不思議そうに言う金色にその個体は何を言ってるんだという顔で、
「そりゃあないさ。おいらだけじゃなく同年代の奴らで名前を与えられた奴なんて一匹もいやしないよ。あんた以外はね」
「? それは何故だ?」
「何故って……子供が名前を与えられる訳ないだろ、弱いんだから」
「? 名前とは、強くなければ与えられないものなのか?」
金色のその疑問に話しかけてきた個体だけではなく他の二匹も唖然とした表情を向けていた。銀狼族の中で名前を持てるのはその力を長に認められた者だけなのだ。強き者にしか名を名乗る事は許されない。それは銀狼族にとって常識なのだ。
「ふん、こいつは傑作だな。時期長、魔王の卵と噂される金色はどんなものかと思えば……単に親の七光りだったとはな!」
「?」
不機嫌そうに残った二匹のうちの一匹が会話に割りこんできたが、金色は何も言い返せない。何を言っているのかが全く理解できないからだ。そんな金色の反応を見て痛い所をつかれて何も言い返せないんだと勘違いしたその個体は更に言い募った。
「貴様は強さに関係なく名前を与えられて長の子供時期長として甘やかされて育てられてきたんだろう! 長が貴様を外に出さないのも貴様の弱さを外に知られたくないからだ!」
勝ち誇ったように言うその個体をどこか他人事のように見ながら金色は言った。
「長の子供だとか時期長とかは何の事だか分からんが……私が弱いというのは事実だ」
金色は極めて当たり前の事実としてそれを認めた。それを見て気をよくしたのか、
「ふん、そうだろうそうだろう! そうやって素直に認めれば幾らかは心証が良くなるだろうと下らぬ事を考えているようだが、そんな小細工はこの俺には通用せんぞ! 覚えておくのだな!」
そういって機嫌良さそうに歩いて行ってしまった。
残った二匹のうちの最後の一匹は怪訝そうな顔を金色に向けていたが、最初に語りかけてきた一匹は険しい表情をしていた。
(ふうむ、こいつは……おいらの勘が正しければ、おいら達はとんでもない化物を目にしているのかもしれねえ)
そしてすぐに彼はその考えが間違いではなかった事を知る事になる。