金色の瞳ー2
金色がこの世に生まれて早20年が経過しようとしていた。
「領域」の中枢、巨大な針葉樹に空いた空洞、長とその側近達が住まう住居の中で話し合いが行われていた。
「……どうだ、最近のあれの様子は」
重々しく口を開いたのは銀狼族の長、黒である。彼は特別体が大きい訳でも鋭い牙や爪を持つ訳でもないが、代わりに周囲を威圧する圧倒的な存在感と黒い体毛を持ち合わせていた。
通常銀狼族の体毛はその名の通り銀色である。これは彼等が刃の森の植物を通して体内にミスリル銀を取り込んでいる為である。彼もその例に漏れずミスリル銀を取り込んでいる。しかし、彼が取り込んでいるのは通常のミスリル銀ではない。
ミスリル銀は高い魔力と硬度を併せ持つ非常に希少な鉱物である。その魔力の高さの秘密は大気中に漂う魔力の元『魔』を取り込んでいるからである。元来『魔』というものは知的生命体の負の感情が寄り集まって出来るものである。その濃度が濃くなっていくと『魔』それ自体が呪いとなって周囲に悪影響を及ぼす事になる。その濃度の濃い『魔』を大量に取り込んだ物質は呪いの影響を受けて色が黒くなる。
取り込んだその物体が例えば武器や防具ならば持ち主に災いをもたらす呪いの装備となる訳である。この黒化現象を銀狼族は魔黒化と呼び恐れ忌避していた。黒はそれを逆手に取って魔黒化したミスリル銀を積極的に摂取する事によって己の体を魔黒化したのだ。そしてその呪いの力をある程度操れるようになった。
それこそが彼が銀狼族の長として長年君臨してきた理由である。要するに彼は恐怖政治を引いているのだ。元々恐れられていた銀狼族が死神の使いと呼ばれるようになったのも黒の影響が大きい。そんな訳で彼には同族に対する情など微塵も持ち合わせてはおらず、道具として回りを扱う癖があった。
冒頭の金色の様子を問い掛けたのも彼女(金色は雌である)に対して愛情があるからではなく単に将来役に立つであろう道具が本当に使えるようになるのか思案していただけに過ぎない。
「うーん、そっすねぇ。最近の金色は、けっこうアレっす。ヤバイっすね」
この場の重々しい雰囲気に全く馴染まない軽い声で答えたのは雷と対を成す黒の側近、風である。見かけは雷と全く同じで、彼等を区別する目印は額の傷の有無しかない。彼等は同じ日に生まれた双子なのだ。
「それは、どのようにだ」
「毎日領域の外を眺めて訓練にも身が入っておらず、いくら言って聞かせても上の空といった所です」
と雷が金色の現状を正確に報告した。
「ふむ……」
黙り混んだ黒に風がぺらぺらと己の所感を述べる。
「こりゃあアレですねぇ、限界が来てますねぇ。これ以上領域に閉じ込めて鍛え続けるのは難しいっすねえ。心が折れかかっておりやす。今にもポキッといっちまいそうですよ」
「私もそう思います。監視をつけて一度外に出してやっては」
「それはならん」
黒の一言で二匹は黙り混む。彼等にとって黒の一言は絶対なのだ。逆らう事は許されない。
「だが……手は打たねばなるまい」
二匹は黒の案に耳を傾けた。