怒りー2
キチキチキチキチキチキチ……
虫の鳴き声を思わせるような甲高い音が刃の森に木霊する。これは刃の森に自生する植物や樹林が風で擦れあう音である。鋼のように堅い植物同士が擦れあうとこのような金属音が鳴り響くのである。無数の金属音を響かせながら樹林が風になびく光景は刃の森独特のものだった。
そして、その甲高い金属音がピタリと止まる。
『領域』を前に金色の瞳の獣が立ち止まっていた。金色の出現に呼応するかのように森の木々はその嘶きを止めた。まるで、金色の存在を怖れるように。
金色は、音もなく静かに奥へと進んでいく。「領域」の最深部、現銀狼族の長である黒とその取り巻き達が塒にしている巨大な樹木をくりぬいた大きな空間の中へと。
金色の姿を認めると共に、静寂と、何とも言えない張り詰めた空気が広がっていく。群れの重鎮達は一言も発せず黒を中心に輪を描くように金色を取り囲む位置に陣取っていた。
(フッ……)
思わず笑ってしまいそうになるのを堪えながら金色は無言で相手の出方を待った。暫くして沈黙を破ったのは黒だった。重々しく響き渡る声で黒は金色に問いた。
「言いつけを破り、森の外へ出たそうだな」
「………………」
「しかも、人里のすぐ近くへ」
ざわ……というどよめきが周囲に走る。群れの重鎮達の視線が金色に集まるが本人は何処吹く風といった所である。黒はその場の全身の動揺が収まるのを待って更に言葉を紡ぐ。
「しかも、だ……。監視役の報告によるとお前は人間の冒険者と接触、交戦し……最後は逃げ帰ってきたそうだな……?」
「おお……!」
「何という……!」
今度こそ驚きと落胆の声が周囲から響き渡った。彼等銀狼族にとって人間ごときに遅れを取り逃げ帰るなど恥さらしに他ならない。金色に集中する視線には明らかにそれを咎めるものが多数含まれていた。
「掟を破り森を勝手に抜け出した挙げ句に人間ごときに遅れを取り、尻尾を巻いて逃げ帰る……。前代未聞の不祥事と言わざるを得まい」
黒の発言に後押しされるように次々に金色を批難する声が上がり始める。中には金色を時期長の候補から外すべきでは等と言い出す者までいた。
金色は何の反応も返さずただ黙っているように見えたが、見る者が観ればそうではない事に気付いただろう。その微かな異変違和感は叙々に大きくなっていきそして遂には金色です口から音となって漏れでた。
「く、ククク……くくくくくっ!」
金色、口から漏れでたのは笑いだった。可笑しくて可笑しくて金色は笑いを抑える事が出来なかったのである。
「……何が可笑しい」
黒の問いに金色は笑いながら言い放った。
「いやあ、傑作だと思ってね。人を愚か者腰抜け呼ばわりする癖にその腰抜け相手に大勢でかからなければ面と向かって声も出せない」
「「!!」」
それは明らかにその場の全員に向けられた挑発だった。金色は彼等を見下し馬鹿にする態度を隠そうともしなかった。いや、事実馬鹿馬鹿しくて仕方なかったのだ。
「あんた達は人間を『ごとき』扱いするが、その人間『ごとき』はたった二人で私に死力を尽くして立ち向かってきたよ。そして、どんなに追い詰められても決して勝負を捨てなかった。最後の最後まで……ね。その執念が私を怯えさせた」
金色は堂々と自分が人間相手に怯え逃げ帰ってきた事を認めた。あの姿を見て怯えずにいられる者などあるか、と言外に告げているかのように。
「それに比べてあんた達はなんだ。長の後押しが無ければ私一匹相手に意見一つ言えやしない、臆病者どもの集まりでしかないじゃないか。いつから銀狼族はこんなに腑抜けになっちまったんだ? いや、それとも……最初からか?」
「「「ーーーーーー」」」
それは、言ってはならない言葉だった。銀狼族の誇りを汚す事は彼等の存在を否定する事そのものに他ならない。勿論金色はその事を分かっていてやったのだ。
(その下らないプライドごと、全部蹴散らしてやる)
金色は、もうとっくに彼等と戦う意志を固めていたのだった。




