怒りー1
金色は冒険者達との激闘を終えて銀狼族の住みか、刃の森へと帰ってきた。金色を迎える彼等の視線を感じ、金色は溜め息をつきたくなった。時期長と目される金色だったが彼等は決して金色を歓迎していない事はその視線から伝わってくる。
恐怖、妬み、憎しみ……彼等の視線に込められているのはそういった負の感情であった。特段金色はそれらの感情について思う事はない。無理もない事だと思うからだ。金色もこの歳になれば流石に自分が周りから浮いている規格外の存在である事くらい理解している。ただ、情けないとは思う。誰一人この中で自分とまともに目を合わせようとはしないからだ。
唐突に金色の胸中にあの冒険者達の姿が浮かんでくる。命の恩人と金色を慕い感謝を称えた瞳。臨戦態勢に入ってからは、金色を恐れながらも逃げずに真っ直ぐ見据える瞳。決意を称えた瞳。美しい、と金色は思う。造形ではなくその瞳に込められた魂が。
対して銀狼族の瞳はしばしば黒曜石に例えられる。魔族の中で黒い瞳は珍しく、またその美しさも類い稀なるものだった。
だが、醜い。変化を嫌い、停滞し、他者を排斥する。その瞳に込められた魂は醜く濁っていた。
そんな事を考えていると金色はふと己に向けられる新たな視線の存在に気付いた。先程までの同族達のそれとは違い、鋭く射抜くような研ぎ澄まされた視線。けれど、何の感情も込められてはいない瞳。無感情に、ただこちらを観察する瞳。金色は先程よりも不快な気分にさせられる。
「……何の用だ、風」
金色がそう声をかけると草場の影から一匹の個体が姿を現した。鍛え抜かれた精悍な体。同族達と比べて一回りは大きい強い戦闘力を秘めた体。姿を現したのは銀狼族の重鎮であり金色のお目付け役である二体のうちの1体、風であった。
「いやぁ、バレちゃいましたか。流石は金色、バネぇっすわー」
などと緊張感の欠片もない口調で語りかけてくる。しかしその目は微塵も笑っていない。金色はその瞳の色を見てどうも事態は差し迫ったものであるという事に気付いた。
「長がお呼びっす。至急『領域』まで来るようにと」
用件だけを伝えると風はとっとと姿を消した。表面上はどうあれ彼とつがいになるもう1体、雷を長である黒の命令を忠実に実行するだけの生きた人形、いや狼形である。余計な事は何もしない。金色は改めてこの二匹の瞳に込められた魂の色を思うと、ゾッとするのだ。
どこまでも何もない、暗黒の、閉ざされた瞳。
どういう教育を受けて育てばああなるのか、考えたくもなかった。
金色は、人間の冒険者達との邂逅を経て、自らが大きく変化している事に気付いた。具体的に何がどう変わったのか、と言われると金色もよくは分からない。が、一つだけ確実なのは、銀狼族に失望し嫌うようになった。
金色は住みかに戻ってから自分がどうしようなく不快で嫌な気分にさせられる事に気付いていた。
(………………)
その感情が何なのか、今の金色には分からなかった。
しかしすぐに理解する事になる。
それが、全てを焼き付くし破壊する燃え上がる感情、ーー即ち『怒り』だという事を。