血の繋がりー7
金色は冒険者達のテントから離れ、帰途へついていた。
だが、その足取りは重い。
一見、冒険者の夫婦を金色が助けたように見える。実際金色自身そういう風に見せかけたりもした。だが、真実は違う。
金色は、冒険者達とのそれ以上の戦闘を回避する為に動いたのだ。金色はあれ以上冒険者達と戦いたくなかった。金色は、冒険者達を恐れていたのだ。
確かに、両者の実力差は歴然だった。あのまま彼等の懇願を跳ねのけ、止めを刺す事も簡単だっただろう。
だが……
冒険者達が再び立ち上がり、今度こそ不死者よろしくその身が朽ちても尚襲いかかってくる可能性がないと言い切れるだろうか。彼等を完全に滅ぼしたとしても、今度は亡霊となって向かってくるのではないか。金色をその執念でとりついて呪い殺そうとしてくるのではないのか。
勿論普通に考えたら起こり得ない荒唐無稽な話ではある。しかし人間が金色の全力の一撃に耐えて奮闘出来るという事がまずあり得ない、起こり得ない事なのだ。悪魔との契約、魔術が実在するなど誰が信じるだろうか。しかしそれらは紛れもなく現実に起こった事なのだ。ならば、金色の思い描いた妄想が現実にならないと誰に言い切れるのか。
恐ろしかった。
実力で圧倒的に勝っているのに倒す事の出来ない敵が。
恐ろしかった。
己の命のみならずその魂までも捧げてまで戦う事を選んだ彼等の執念が。
恐ろしかった。
それでも尚勝てないと分かった途端に別の方法にすがり諦めようとしない彼等の精神が。
それは、銀狼族には、魔族には決して持ち得ない力だった。
金色は思う。自分は思いあかっていたのではないか。
人間を、面白い生き物だと思った。彼等の精神力は、魂は、実力で遥かに彼等を上回る魔族を時に凌駕するものなのだと、そう考えていた。
だが……そもそも前提が間違っているのではないのか。魔族が人間よりも強いという前提で今まで考えていたが、それは逆なのではないか。魔族は、人間の足元にも及ばぬつまらぬ弱い生き物なのではないのかと。だから自分はあの冒険者達を激しく恐れ逃げ出したのだと。
そう、金色は逃げた。逃げ出した。人間の彼等から。これが真実だ。彼等の精神力、執念、或いはそれすら超越した何かに戦慄しおののきそして尻尾を巻いて逃げ出したのだ。金色は己の心の中に苦いものが浮かび上がってくるのを止められなかった。
ーー人間は魔族に比べて決して強くはない。だからこそ、思い上がる事はなく己を磨き策を巡らせ目的を叶える為に努力する、成長する。それに比べて魔族は、自らの力に思い上がり、他者を見下し、傲慢に生きるだけの存在だ。だから成長しない。だから、時に脆弱な筈の人間に足元を救われ、時にその力に驚愕する。だからこそーー魔族は人間に惹かれる。
金色は、人間を恐れつつ、同時にどうしようもなく惹かれていた。仮にあの時彼等に恐怖していなかったとしても、金色には彼等の命を奪う事は出来なかったに違いない。
そして、金色の心に焼き付いた一つの映像。
生まれたばかりの泣き叫ぶ赤ん坊。そしてそれを満面の笑みで幸せそうに見詰める二人。
圧倒的実力差のある金色に怯まず向かってきた二人。
彼等を突き動かしていたもの。一族の命運、血の繋がり。我が子への愛。
(血の繋がりとは、人を強くさせるものなのか……我が子への愛情は、限界を超え死力を振り絞らせるものなのか。私も子供を持てば、同じように強くなれるのだろうか。私は、私もーー母親になれるのだろうか)
金色は一人、思索にふけるのだった。