第五話
冬樹は走る外は暗いが、電灯があるからそれほどでもない。何より、ここはそんなに人通りが少なくないので、暗いというイメージを受けなかった。
向かっているのは、橋の近くにある広場。
小学生の中では通称、橋場広場と語呂の悪い名前で呼ばれている。
十年前、冬樹があの人と出会った場所だった。
「優希!」
広場付近で、呼んでみるが返事はない。
ここでは無かったのかと歯噛みする冬樹に、ふと小さな声が聞こえた。
「……ふ、、き?」
「っ!? 優希!」
ほとんど何も聞こえなかったが、確かに優希の声だった。声のした方に駆けていくと、優希が立っていた。
近づけば、五年前のように、服は少し汚れていて、手にいくつか傷があったのが分かった。
「冬樹、大丈夫ですか?」
「何が、大丈夫ですか、だ。大丈夫じゃないのは優希のほうだろ」
五年前と同じように自分より、冬樹を優先させることに苛立ちを覚える。
何故、優希は自分と共にいるのだろう。共に居なければならない理由なんて、もう何にもないのに……。
「優希は馬鹿だ……」
「何故ですか?」
「何で、何で俺なんて探しているんだよ。何で俺と一緒にいようとするんだよ」
「……」
「一人で、進めばよかったじゃないか。何で、俺を待って過去に縛られてるんだよ」
そう。優希一人なら、もっと早くに勧めたはずなのだ。なのに、優希はずっと待っていた。
頭を垂れてそう言う冬樹に、優希は楽しそうに笑って言った。
「馬鹿は冬樹です」
「は?」
「私は、冬樹が思っているような強さなんてない。あの暗闇の中、冬樹に償うという目的があったからこそ、私も生きていられたんですよ?」
「……」
「私は、あなたが居たから生きているんです。あなたが居なければ、進めないんです」
その言葉に涙が溢れた。優希と出会ったあの日泣いてから、泣かないようにしようと思っていた。一生分泣いて、笑う事も泣く事もなく生きていこうと思っていた。
けれど、一生分泣いたと思っていたのに、自分はまだ泣く事ができるらしい。
「冬樹。笑ってください」
泣いている冬樹に、静かに優希はそう言って、顔に触れた。冬樹は、泣きながらも、無理やり笑おうと、ここ十年間動かしていなかった頬の筋肉を使おうとする。しかし、上手く笑えたような気がしなかった。それに、優希が笑った。
「面白い顔です」
「わかるのかよ」
「わかりますよ」
少しむっとして言い返してやると、普通のことのように言い返された。今なら笑えそうな気がするのだけれど、やはり頬の筋肉は上手く笑顔を作ってはくれないようだった。
「冬樹は、まだ笑えないんですね」
少し残念そうに、そして悲しそうに優希は呟いた。
「優希こそ、まだ泣けないんだな」
明るい声音で言われた事に少し驚きながらも、優希は笑って頷いた。十年間、ずっと一緒に居た。ずっと傍で知らず知らずのうちに支えあって生きてきた。
伝い得たい事は、言わなくても伝わったらしい。
「帰ろうか」
「はい」
「もうクリスマスパーティ始まってるな」
「あ……」
「どうした?」
突然、停止した優希に驚いて、冬樹は顔を覗き込むようにして聞いた。覗き込んだ顔は、冬の寒さのせいではない、青さが浮かんでいるような気がする。
「私、クリスマスのケーキ持ったままなんですが……」
「え゛……」
孤児院の院長は、クリスマスケーキがなければクリスマスパーティを始めない主義の人だった。クリスマスケーキに始まり、クリスマスケーキで終わらないと気がすまないらしい。
「どうしましょう。確実に、パーティ始まってませんよ」
「どうしたもこうしたも、とりあえず急いで帰るぞ!」
冬樹は優希の手を掴んで走る。いきなり掴まれ引っ張られたことに驚きながらも、優希も走った。
笑えない俺。
泣けない君。
俺は、目的が無ければ生きていけなくて、君は、誰かに縋らなければ生きていけない。
俺達二人とも、とても弱いんだ。
それでも、二人でなら進めるだろうか。
この暗く悲しい道に、光を見出す事ができるだろうか。
願わくば、来年の聖夜こそ、君と共に泣いて笑えますように――。
読んでいただき、ありがとうございます。
初の恋愛モノです。クリスマスの夜の恋人とかいいよなあと思って書いたものです。結果的に、クリスマスと関係ないものになってしまいましたが……。
稚拙な作品ですが、少しでも楽しんでいただければ幸いです。