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第三話

「……というわけで、出かけますよ」

「は?」


 優希の話を全く聞いていなかった。それでも大人しく、分かったと言えばいいのに、思わず聞き返してしまう。


「冬樹、私の話聞いていませんでしたね?」

「あー……」

「気をつけたほうがいいですよ。冬樹は嘘をつくとき、口に手で覆う癖があります」


 自分させ知らなかった癖を言われた。気まずくなって眼を泳がせるが、癖というのは総じて自分が気づくよりも相手が気づくほうが多いのだと割り切った。


「冬樹は割り切るのも早い……」

「と、とにかく! 何で出かけるんだ」


 誤魔化すために、無理やり話題を元にも戻す。優希は心情の変化さえ見破っているようだった。


「ですから、クリスマスパーティの準備です」

「ああ。もう十二月二十五日か」


 この孤児院では、十二月二十五日にクリスマスパーティが行われる。そのパーティに参加する事は孤児院での規則だった。病気などのどうしようもない理由以外では、欠席は認められない。


「クリスマスパーティの買いだしか?」

「はい」

「……一緒に行けと?」

「それは冬樹の自由ですよ」


 孤児院に住んでいる者は欠席できない。よって、パーティは年齢のバラバラな人たちがそれなりに集まる。買うものの量も少なくは無い。当然、一人の少女が運べる量ではない。ましてや優希は盲目だ。

 

「……出かけるぞ」

「はい」


 ため息交じりに言うと、いつも通りの、でも少し楽しげな声で優希が帰ってきた。






 外は予想通り、非常に寒かった。しかしその中でも、ミニスカートの女性が多々いるのだから分からない。そして、その女性達が寒い寒いといいながら連れの男性に引っ付くのは、理解不能だった。寒いのなら、格好を見直したほうがいい。

 そんな感想を抱きながら買い物を早々に終わらせる。休日というだけあって人通りが多い。冬樹は、こういった場所が好きではなかった。


「優希、帰るぞ」

 

 はぐれないよう、自分のジャンパーの裾を握っている優希に呼びかける。しかしいつもの返事が返ってこなかった。

 いぶかしんで振り返ると、優希はどこか表情の抜け落ちた顔で店をみていた。優希が笑顔を崩すことは珍しい。ましてや表情を欠落させることなど、この10年間、冬樹でさえ数回しか見たことがなかった。何が優希をそうさせるのか興味があって、優希の顔の先にあるものを見てみる。

 何てことのない雑貨屋。店頭では、従業員が大声で商品を売り込んでいる。

 しかし、その店頭に置かれている商品を見て納得した。 


 テディベア・・・・・だ。


 優希は、嫌われていた両親に貰った最初で最後の誕生日プレゼントが、テディベアだった。しかし、そのテディベアはあの事件の際、発狂した母親にずたずたにされたらしい。

 優希にとっては、昔の平和な日々の象徴であり、全てが壊れた悲しみの象徴でもある。

 きっと、あの店から聞こえたテディベアという言葉に反応したのだろう。


「……」


 俺にとって、優希は憎むべき人間だ。だから当然、誕生日やクリスマスにプレゼントをあげた事はない。貰ったことはあるが、使っていいのかわからず結局、部屋のクローゼットに積み上げられている。

 義務なんてないし、義理なんてさらにない。

 しかも、あれは良いことだけを象徴した物ではないのだ。自分があれを贈ることは、嫌味に取られる可能性すらある。冬樹は、優希を憎んではいるが、別に精神的に攻撃したいわけではないのだ。

 優希は相変わらず表情の無い顔でテディベアを見つめ、冬樹はそのそばに立ち尽くしていた。時間が流れ、日の短い冬の空は、すでに赤みが差し始めていた。

 

「おい、優希」

「……はいっ?」


 流石にと思って呼びかけると、優希が驚いて返事をした。呆けていたことに気づいていなかったらしい。


「あ、すいません。いつの間にか、こんなに時間が経っちゃって」

「……」

「すぐ帰りましょう。院長さんが心配してるかもしれません」


 慌てて帰路につこうとする優希は、無理をして笑っているようだった。本人は完璧に笑っているつもりのようだし、たぶん他人から見てもそう映るだろう。

 しかし、十年間共にいた自分が、優希の表情の違いを見極められないわけがない。


「優希」

「なんですか?」

「去年貰った万年筆」

「はい?」

「数日前、手元にペンがなくて間違って使ってしまった」


 何を言ってるのだろうか、といった感じで優希は冬樹を見た。知り尽くされているのではと思っていたが、どうやら全てではないらしい。


「万年筆はどう見積もっても高い」

「別に気にしなくてもいいですよ。安物ですし」

「優希は安物を買わない。少なくとも、誰かにあげる時は」

「……」

 

 優希は反論をしなかった。優希が自分よりも他人を、特に冬樹を大切にすることぐらいは、分かっている。傲慢や驕りと言われるかもしれないが、これだけは間違っていないと思う。


「それで、高価なものを使ってしまったのだから、こちらも高価なものを使わせなければならないと思う」

「……えっと、別に気にしなくてもいいんですが」


 とりあえず、優希の意見は無視した。あげるかあげないかは、あげる側ふゆきが決めることだ。


「そこで、優希は何か欲しい物はあるか?」

「特にないです。ですから、いらな……」

「そうか、ないか。なら俺が決める」

「冬樹、人の話聞いてます?」


 聞いてるけど無視しているんだ、という言葉を心の中で呟いて、優希の手を取った。


「よし、行くぞ」

「はあ。分かりましたよ」


 話をことごとく無視されて諦めたのか、優希は大人しくついてきた。ついてこなくても、連れてくる気ではあったのだが。あれを買うのに一人で行くのは極力避けたい。


「で、何を買ってくださるんですか?」

「……とにかく、黙ってついこい」

「はいはい」


 店頭に並んでいるテディベア。値段を見ると、想像以上に高い。別に買えないわけではないが、何故くまのぬいぐるみがこんなに高いのか理解できない。ついでに、これを買おうとしている自分も理解できなかった。


「これ、ください」

「はいよ。隣の子にあげるのかい?」


 それに答えることはなかった。確かにその通りだが、他人に言うのははばかられる。


「ラッピングは?」

「いりません。袋もいりません」

「飾り気ないねえ。折角、眼つぶらしてまで待たしてるんだから、飾ってやりなよ」


 どうやら、優希の盲目を単純に目をつぶっているだけと捕らえたようだ。優希はあまり、眼が見えないという仕草をしないので、こう捉えられるられることが多い。

 従業員は、渋りながらもテディベアを差し出した。あれほどいらないのと言ったのに、店頭においてあったときはなかったクリスマスカラーのリボンが首に巻かれている。


「冬樹どうしました? というか、何を買ったんですか?」


 冬樹のため息を聞いて、優希が心配した。冬樹が慣れない物を買うとき、優希は必要以上に心配する。何か騙されるとでも思っているのだろうか?


「冬樹?」

「なんでもない。とにかく、これでチャラだ」


 そう言ってテディベアを渡した。いろいろと考えたのだが、結局、受け取る側がどう思おうと勝手だと割り切った。優希の言うとおり、自分は割り切るのが早いのかもしれない。

 優希はしばらく受け取ったものを、触っていた。眼の見えない彼女は、ものを触って形を確かめる。


「これ……」

「さて、今度こそ本当に変えるぞ」


 受け取った物が何なのかに気づいて驚く優希の言葉を、冬樹は強引に遮った。そのまま手を引いて、帰路につこうとする。


「これ、クリスマスプレゼントですよね?」

「クリスマスにあげた物が全てクリスマスプレゼントになるなら、そうだろうな」


 恥ずかしさと心配で、かなり遠まわしな肯定をしてしまった。だが、それを気にすることなく、優希は嬉しそうに笑って、テディベアを胸に抱いた。


「冬樹、ありがとうございます」

「万年筆の礼だ」


 とりあえず、冬樹が心配したような結果には陥らなかったらしい。それに安堵して、緊張をといた。すると、後ろのジャンパーを強く引っ張られた。思わずとまる。

 まだテディベアについて何か言われるのかと思い、慌てた。


「冬樹」


 さっきの嬉しそうな声とは対照的な、静かな声だった。いつもなら気づくはずの声の変化に、しかし平常心を失っていた冬樹は気づかなかった。


「なんだよ。本当に、万年筆の礼だけだからな? それ以外の意味はな……」

「『笑って?』」


 そういわれた瞬間、心臓を鷲づかみにされた気がした。呼吸が止まる。

 その言葉は、あの人に貰った大切な言葉――。


「『ねえ、笑って?』」


 冬樹の変化に気づいていないわけではないはずなのに、優希はその言葉をやめない。十年前のあの日、優希がその言葉を冬樹に伝えたから、優希は一度もその言葉を口にしたことは無かった。冬樹にとって、何より大切な言葉だと理解していたからだ。


「『ねえ……」

「っ! うるさい!」


 さらに続けようとする優希を、冬樹は乱暴に遮った。これ以上は耐えられなかった。


「何が、何が笑えだ!」

「……」

「それは、優希の言葉じゃない! あの人の言葉だ!」

「……冬樹」

「俺は、優希を絶対に許さない!」


 気づけば、走り出してた。孤児院とは逆の方向へ。

 人ごみの中を、無理やり走った。迷惑な顔をされたが、気にならなかった。

 あのまま、優希の目の前にいるよりなら、ずっとましだと思った……。



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