西の少女―3
ヒルダは、悲鳴を上げながらも、素早く手綱を引き、体を右に大きく倒す。
「グェッ!」
ワイバーンが苦しそうな声をあげながらも、ヒルダの操騎に答え大きく右に旋回しながら失速する。
先ほどまでにヒルダたちが飛んでいた場所に、僚機のブレスが通り過ぎる。
その灼熱の余波を肌に感じるが、何とか回避できた…そう安堵し始めたが、今度はすさまじい勢いで地面が迫ってくる。
ブレスを回避するために失速させたため、墜落しているのだ。
「グギャーー」
ヒルダの乗るワイバーンが、悲鳴をあ上げて体を丸くする。
どうやらワイバーンは、わざと地面で転がって受け身をとるつもりらしい。
しかし、それでは背に乗るヒルダは、ワイバーンと地面に挟まれ無事では済まないだろう。
信頼関係が完全な竜騎士と騎竜なら、竜はそのような判断は下さない。
その場合は、自らの背に乗る騎士も自分も助かる道を模索するものだ。
しかし、ヒルダの乗るワイバーンは、ためらいもなく、自分の体を守るためにヒルダの身を危険にさらす回避行動をとった。
「…分かったわ、あなたは訓練にために陛下よりお借りした大切なワイバーンだから…ちゃんと受け身をとるよ!」
ヒルダは、そう硬い声で言いながら、素早く鐙から足を外し、ワイバーンの背を蹴って跳躍する。
「ふっ」
そして空中で、鋭く息を吸い、全身の魔力を両足に込める。
高速で落下しながら、両足で何度も空気を蹴り、落下速度を殺し、態勢を立て直す。
そして、地面すれすれで一度大きく前転を行ってからしっかりと両足で着地した。
そして、ワイバーンが落ちた方を見ると、彼は轟音を上げながら器用に地面を転がっていた。
しばらく、地面を転がっていたワイバーンだが、転がる勢いが徐々に落ち、完全に止まると、ゆっくりと体を起こし、不満の声を上げながら立ち上がった。
「無事みたいね…よかった…」
ワイバーンは、細かい傷はあるものの大きなケガは無いとみて、ヒルダは安堵のため息を吐いた…。
「どういうつもりでして!ヒルデガルドさんっ!」
彼女は、胸元で両腕を組み、胸を張って見下すようにヒルダを睨めつけながら、そう怒鳴った。
彼女―ローザリンデ=ドラグアトゥビ=フォン=ホルシュタイン―は、先の訓練時にヒルダにブレスを吐きかけそうになったワイバーンの騎手だ。
ヒルダと同い年であり、均整の取れた見事なプロポーションを素晴らしい金色に輝く竜鱗の鎧に包み、その金色の鎧に負けないほどの金属のような光沢のある美しい金髪をしている。
さらに、胸はその金色の鎧からはみ出さんばかりであり、白磁のような美しい肌と整った美貌の持ち主だ。
もっとも、今その美貌は怒りによって真っ赤に染まり、台無しになっていたが…
「どうって…、ローザが指定高度より上で水平飛行に移ったから…」
ローザリンデの剣幕に押されながら、小声で反論する。
「なんですって!わたくしが悪いとおっしゃるのっ!それに、もうローザとは呼ばないでって言っているでしょ!」
その言葉にヒルダは、ひどく悲しい気分になった。
彼女は、ヒルダの幼馴染であった。
ローザリンデの祖父である、バルトルト=エウルツヴァイ=フォン=ホルシュタイン卿は現竜騎士団長であり、ヒルダの祖父の部下であった。
そのため、ヒルダとローザリンデは、幼いころは愛称(ヒルダ、ローザ )で呼び合い仲だった。
しかし、ヒルダの祖父が他界してからは、疎遠になり今ではローザは、ヒルダを目の敵にしていた。
「竜鱗の陣は、全騎竜が同じ高度にいることが最重要ですのよっ!それをあなたは、自らの操騎を優先して一人だけ低い高度まで下がっていたのですわよっ!」
「そ、それは、でも、あの高度では地表にいる敵は射程外になってブレスの効果は期待できないから…」
そう反論するヒルダであったが、ローザのいうことはもっともであり、自分も試験中に気付いていながら、試験の点数を気にして、正しくワイバーンを操ることを優先してしまったことを負い目に感じていたため、徐々に声は小さくなっていた。
しかし、そんなヒルダの心のうちを知らないローザは、ヒルダの反論が気に障りさらに言い募る。
「なぜ素直に自らの比をお認めにならないんですのっ!これだから、”竜に食われた竜騎士”の孫はっ!」
その言葉を聞いた瞬間、ヒルダはカッと頭に血が上るをを感じる。
怒りのあまり視界が赤く染まり、とっさに左手でローザの胸ぐらをつかみ、その顔面を殴り飛ばそうと右腕を大きく振りかぶった。