3話 学校と夢と
夢を見ていた。
俺たち8人が、一つの家族として暮らしているという夢。
それは、俺の書いていた小説のように。
それは、俺の思い描いていた理想のように。
でも、それは夢なのだと、わかってしまう。
だってそこにいるのは、俺ではないから。
俺であって俺でない。
俺の顔をして、俺の声で、笑っているのは。
篤光とカラオケで馬鹿騒ぎしてから、早1週間。
長かったように見えた2週間の休暇はあっという間に過ぎ去り、楓は荒んでいた。
「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ…」
今日が過ぎれば、明日からまた長い工期の仕事が待っている。その事実から目を背けるように、楓はベッドに潜り込み、長いため息を吐く。
ため息ついたところでなにも変わらんだろ。
「わかってるけどさ…はぁぁ…」
時計を見れば、12時を回っている。かれこれ5時間もこの状態でいるため、俺としてもなんとかならないものかと考える。
不意に携帯が振動し、楓が露骨に嫌そうな顔をする。
誰からだ?
「会社の上司だよ…最悪。」
文面を簡潔にまとめると、《明日は6時からだから遅刻しないでね》というところか。
楓は《了解》とだけ返し、さらにため息をつく。
「マジで最悪…」
さて、どうしたものか…
「…ん?未読のLINE?あれ、篤光だ。」
篤光のLINEには、《遊ぼー》とだけ書いてある。
行けば?今日逃したらまたしばらく遊べないし。
「だよなぁ…行くかー」
渋々と行った感じではあるが、どこか嬉しそうに身支度を始める楓。本当に素直じゃないな。
それから十分後、待ち合わせ場所の公園に楓はいた。
「そういえば、あんまりお前の話を聞いてなかったな」
俺の話?
「ああ。よく考えたら異世界から意識だけ飛んできたって、かなりすごいことやらかしてるし、もしかしたら小説のいいネタになるかも」
小説?
「ああ、趣味でな。なんで始めたのかはわすれたけど」
成程な。とはいえ、あんまりおもしろい話はないんだが・・・彩花が地球の公転軌道を大幅にずらしたり、父さんが地面と平行にスピンしてきたり・・・
「・・・十分ぶっ飛んでるじゃねーか・・・」
などと、俺の話をしていると、白髪のヤンキーがこちらに向かってきた。
「やっほい」
「ちょっと待てなんだその頭は」
白髪のヤンキーは、篤光だった。
「いや、学校行くんだし、気合い入れてかないと」
「気合いの入れ方がおかしいだろ。つーかそれ、バイト大丈夫なのかよ」
「帰らされた」
「だろうな!」
あの後いつも通りカラオケに入り、そこそこ歌った後での休憩中。篤光の頭のことに楓が触れてから20分余り、ずっと似たようなやり取りを続けている。その割には、双方終始笑顔で、楓も生き生きしてる。
「それにしても、最近みんな集まらないな」
「まぁ仕方ないよ。みんな学校で忙しいし」
就職戦線はまだ先としても、それぞれの生活サイクルが違うためか、会う頻度は少なく、篤光でさえあまりあっていない。
「みんな生きてんのかねぇ」
「生きてはいるだろ。」
「そりゃそうだけど・・・」
彼らはいつも、そこにいない者の心配をする。
「というか篤光、学校行くって?」
「うん。俺、カメラの学校に行くことにした。」
「もう10月半ばだけど、準備はどうなんだよ」
「準備?あぁ、順調だよ。面接のときに提出する写真も撮ってるし。」
「ほぉ、篤光がそこまで言うとは、こりゃ本気だな。」
「おう、本気だぜ。俺はカメラの世界でトップに立つ」
「そりゃあ楽しみだ。」
気のせいだろうか、楓の顔が一瞬曇ったような気がした。
「んじゃ、また今度な」
「おう、また近いうちに。」
それからしばらくして、お互いに喉が枯れたので解散となった。
「さて、かえって明日の準備でもするかね。」
煙草に火をつけ、帰路に着く楓に、俺は先ほどのことを聞くか迷っていた。
「でも、まさか篤光が学校とはなー」
夢ができたのならいいんじゃないか??
「まぁな。あいつは夢に向かって突き進むだけの力があるからな。俺とは大違いだ」
夢をあきらめて、なんとなく生きている俺とは。
そうか、だから楓はあの時・・・
「おっと、余計な心配は不要だ。俺は俺の生き方がある。これも一つの道さ。」
そういう楓の眼には、すべてをあきらめた者特有の影が差していた。
長い夢を見ていた。
その夢の始まりはいつだっただろう。
小さな時、その夢の断片は確かに心にあった。
小学校。
そこがこの夢の始まり。
きっかけはなんだったろう。
図書室でなんとなく手に取った本だったか、あるいは友人の書いた物語を読んだ時か。
兎にも角にも、俺の世界は、その時大きく変わった。
仕事に追われ、日々すり減っていく楓の心。
その限界は、もう目の前だった。
そしてクリスマスの夜。楓は一つの決意を抱く。
次回なかむらけZERO。
『決意と、離別と』
その決意は安息か、それとも地獄か。