2話 仕事とカメラと
数日が過ぎた。
楓はあれから、一度も篤光たちと会っていない。
仕事が佳境に入ったため、朝早くに家を出て、夜遅くに帰宅する毎日。
「つくづく、体は頑丈で助かった。」
こちらの世界の楓は、骨格や外側は頑丈にできているらしい。その代り、内臓、主に胃腸はとても弱いらしい。
「すでにほとんどの胃腸炎は経験済みだ。」
誇っていうことじゃねーからなそれ。
そしてその間、俺は何をしていたのかというと・・・
「やっぱり、京都は良いな。」
体を抜けだして旅行をしていた。
どうして体を抜け出しているのか。とか、なんで旅行しているのか。とか。
そういう細かい事情は想像にお任せするとして。
簡単に言えば幽体離脱のようなものだ。とはいえ本来あるべき俺の体はここにはないし、厳密にいうと違うのだが、大体あってるのでその認識でいいだろう。
やってみたらできちゃった。一言で言うならこうだ。
理論も理屈もありゃしない。
そもそも存在が曖昧な俺にとって、理論も理屈も通用などしない。
いろいろ試してみて、他にもわかったことは幾つかあるが、それの説明はまたの機会にしよう。
そんか、誰に言うでもない注釈を加えながらふよふよと空を飛んで戻る途中。なんとなく下を見ていたら知った顔がバイクに乗っていた。
「あれは…」
ど平日の昼間にバイクに乗っている奴など、一人しかいない。
「篤光か」
楓の仕事が忙しくなってから、会う事の無かった弟。今は弟じゃないんだっけ。
時刻はだいたい午後2時ってところか。まだ時間はあるし…
「憑いてこう。」
誤字じゃない。
どうやら、俺が近くにいると対象は所謂《取り憑かれた》のと同じ状態になるらしい。ちなみに楓は別。
「…んおっ!?なんだ?」
真上まで近寄ると、案の定篤光はジャーキングを起こし、速度を落として周りを窺う。上だ、上。
「…なんか肩が重いな…憑かれたか?」
状況に気付けない篤光の肩に手を乗せ、どこに行くともわからないドライブに付き合う。
(…おい!今どこにいるんだよ!?)
走っていると、頭の中に楓の声が聞こえる。
「あー…京都らへん?」
(なんで疑問符ついてんだよ…)
「いや、篤光を途中で見つけてさ、憑いてきてる」
(事故ったらまずいからやめろや!)
「はいはい…っと」
楓に怒られてしまったので、仕方なく手を放す。
(あのなぁ…せめてどこに行くかくらい伝えてけよ。居なくてびっくりしたじゃねーか)
「すまんすまん。秒で帰る」
…わかったことその2。体の外に出ているときのみ、元の体のスペックをフルに使用できる。
「さーて。行きますか」
手近な電柱の上に上り、両足を揃えて装填完了。家の方向(楓の体の気配)を頼りに射角を調整。上空に飛行機がいないか確認、クリア。
「ファイア!!」
掛け声とともに両足を伸ばし、電柱を蹴りつける。
この霊体でのエネルギーは全て自分に跳ね返るので、両足のエネルギーは全て自分の方向へと戻ってくる。
その勢いを生かし、遅れてやってくる衝撃波とともに手を電柱から放す。支えを失った体は衝撃波に吹き飛ばされ、運動エネルギーの波に乗る。
「しまった、ちょっと飛びすぎた!」
予測だと、家から1キロ離れたところに着弾してしまう。それを阻止すべく、近くの電線に手を伸ばす。掴むのではなく手を添え、微妙な減速と方向の微調整を行う。
弾丸のようなスピードで飛ぶ体には、空気抵抗というものがない。
空気抵抗がないので、減速もなくなる。
つまり、下手に威力を乗せた今回は…
「…あっ、これはダメなやつ」
楓の姿が見えてくるも、減速しない勢いそのまま、身体があったら間違いなくお互い死んでいるが、俺は霊体なのでセーフ。だがしかし
「・・・なんつー勢いで飛んできてんだよ・・・」
楓のほうは大層驚いたようで、乗っていた自転車ごと転んでしまっていた。
すまんすまん、減速できないの忘れてたわ。
「まったく・・・で、篤光が京都にいたって本当か?」
ああ。なんか聞いてんじゃないのか?
「いや、何の連絡もないな。というか既読もつかないぞ。」
そういうと楓は携帯の画面を見せてくる。確かにそこに表示されている会話は一週間前の日付が最後になっていた。
ふぅん。まぁあったときにでも聞けばいいんじゃないか?
「そいつは暫く無理そうだな。あしたからまた長丁場の仕事がある。」
最近の楓はいつもこうだ。何に対しても仕事があるからと後回しにする。そんな楓に、俺は怒りを覚えていた。
おい。いつもそうやって仕事ばかりを・・・
「これが『社会人』になるってことなんだ。楽しいことばかり求めて生きられるのは、学生くらいのもんなんだよ。」
楓の、突き放すような言い方は、まるで自分自身に言い聞かせているようにも思えた。
それからまた数週間後。
楓の仕事がひと段落し、二週間に及ぶ休暇をもらった楓は、暇を持て余していた。
「ひ、暇だ・・・」
そんなに暇ならあいつらに声かけてみりゃいいじゃん・・
「既読スルーされてるから暇なんだよ・・・」
そりゃあ、ど平日の昼頃といえばみんな学校だろう。そんな時間に連絡して帰ってくるわけが・・・
「ん、誰だ??」
携帯の画面には、『あそぼー』という文字が表示されている。その差出人は・・・
「あ、篤光だ。」
ここ一か月連絡のなかった篤光だった。
「うぃーっチ!!!」
「しょっぱなからうるせえ。つーか久しぶりだな。」
数分後、楓の前にはやたらと肌が黒い不良が現れた。
「色濃くなってね?何したらそうなるんだよ。」
「いやぁ、本州一周してたらこうなった」
「は?」
成程、京都に行ったんじゃなく、本州を一周してたのか・・・
「そりゃまたどうして?」
「あれ、言ってなかったっけ??俺カメラ始めたんだ」
そういって篤光は背負っていたバッグからカメラを取り出す。
「初めて聞いたしなんでカメラ初めて本州一周するんだよ。」
「いやぁ、念願のマイカメラに昂ぶっちゃって」
そう言いつつ、篤光はバックパックの中から傷一つないカメラを取り出す。よほど大切にしているのか、それは新品同様の輝きをしている。
「んで、本州一回りした感想は?」
「死ぬかと思った。」
でしょうな。
「でもすごいいい写真撮れたぜ。」
篤光の差し出した写真には、風景、人物、建物と様々な物が写されていた。
「ほう、こりゃ綺麗だ。たいしたもんだな」
「だろ?俺才能あんのかもしれない。」
「それはない。と言いたいところだが…あるかもな」
楓が人を素直に褒めるのは珍しいことで、相手が篤光だと大体素直に褒めることはしない。即ちこれは、本心で褒めていることになる。
「そういえばさ、京都らへんで霊に憑かれたかもしれないんだよねー」
ぎくっ
「バイク乗ってる時にさ、急に体が重くなって寒気がしたんよ。なんだったのかねあれ」
ぎくぎくっ
「よくわからんが、とりあえず塩でもかけとけば?」
さして興味なさそうにそういう楓。
「まぁ一瞬だったし、気のせいかもな。で、どこ行く?」
篤光もすぐに話題を変え、今日の目的地へと話題は変わる。
「そうさな、最近行ってないしカラオケでいいんじゃないか?」
「おけおけ、んじゃ行くべか」
その後は、ただカラオケを楽しんだだけなので割愛。
篤光と遊んだ数日後、楓は不思議な夢を見る。
血の繋がりのない筈の親友たちが、一つの家族として生活しているという夢を。
それと同時に、篤光が口にした一言から、新たな物語は始まる。
「俺、カメラの専門学校行くことにした。」
その一言、ただそれだけの一言が、すべての始まりだった。
次回なかむらけZERO
「学校と、夢と。」
「真」実を「写」す。その言葉は、果たして真なるものなのか。