楓、異世界に飛ぶ。
「・・・んっ」
朝起きるとき、どんなふうに目覚めるかは人によって違う。
まるでスイッチが入るかのようにパッチリ目覚める人。水面に浮かぶようにゆっくり意識が覚醒する人。
あるいは、意識がしっかりしないまま起き上がる人も中にはいるだろう。
さて、俺こと楓はというと・・・
「・・・どこだここ。」
前者の意識がはっきり目覚めるタイプである。
起き上がり、あたりを見回す。
寝ていたベッドも、家具も、部屋の広ささえ、俺が普段生活している部屋とは違う。
・・・どういうことだ?
ゆっくりと寝る前のことを思い出す。
確か、しょうもないこと彩花とけんかになって、頭をぶん殴られて・・・それからの記憶がない。
記憶がないということは、俺は気絶したのだろう。
そして、病院へと運ばれたはず・・・ならどうして
コンコン
俺が思考に没頭していると、部屋のドアがノックされる。
誰だ?
「楓ー。もう十時だよ。そろそろ起きな」
ドアを開けて入ってきたのは、見知らぬ女の人だった。
「起きてるよ。ママさん」
ママさん・・・?というか今
俺は、勝手に返事をしたのか??
「今日は静也たちと遊びに行くんでしょ?遅刻するよ?」
「一時からだから大丈夫だって。」
俺の混乱を無視するかの如く、俺は勝手に会話する。
一体どうなっている?何が起きているんだ?
いつものように思考を加速させようとするが・・・なぜだろう。まったく加速しない。
「・・・で、さっきから俺の頭ン中で騒いでるお前はなんだ?」
俺の口が、俺に向けて声をかける。
いや、俺にもまったく状況が読めてないんだが。
「俺の声、ってことは、お前も俺ってことか?」
それから俺は、俺に向けていくつか質問した。
その結果、
「なるほど。お前は俺とは別の世界の俺ってことか」
という、なんとも不可解な結論に達した。
「不可解も何も、そうとしか考えられないだろ?俺と静也たちが家族ってのが決め手だ。」
この世界の俺の話だと、この世界ではうちの家族は同い年で、友達らしい。
そして今日。久しぶりに全員がそろって遊ぶ日だというのだ。
「俺たちは家族じゃないからな。それに、それぞれ自分の未來がある。俺だって仕事の都合でそんなに遊べないしな。」
・・・仕事?この世界の俺は仕事をしているのか。
「あたりまえだろ。20にもなってふらふらなんかしてられないっての。」
20・・・?
「お前は違うのか?」
俺はまだ高2だ。
「ふぅん。その辺も多少差異があるのな。高校生なら、今のうち遊んどけよ。大学にしろ就職にしろ、今間通りに遊ぶなんてできないからな。」
楓は憂うようにそういうと、「さて、準備するかな」と着替えを始める。
俺は、楓に質問した。
仕事って、大変か?
「ああ、そりゃな。若いってことはそれだけでなめられる。特に今の世の中、若者は使えないみたいな風潮だ。だからこそ。」
だからこそ・・・?
「そうやって決めつけてふんぞり返る上司どもの鼻っ柱をへし折ってやるのは、最高に気持ちがいい。」
・・・どうやら、その辺は俺と変わらないらしい。
12時半。
「いってきまーす」
楓は家を出て、集合場所だという公園へむかう。
「そういえば、お前んところの俺たちは家族なんだろ?どんな家族構成なんだ?」
俺が長男で篤光が次男。静也が三男で・・・「父親が悠生か。まぁそうだろうな。母親はつっちーか?」
・・・つっちー?
「ああ、恵美ちゃんの名字よ。」
そうだ。長女が晧子。次女が香織。三女が「・・・久米原か」
家族構成を一通り話すと楓は「ふぅん。おおかた想像通りだな」と感想を口にした。
暫く歩くと、おもむろに楓は煙草を取り、吸い出した。
「・・・驚いたか?」
俺が無言でいると、楓は苦笑いして「ストレスでな。煙草でも吸ってないとやってられんのよ」と言い訳を口にする。
「そうだ。先に言っておくが、酒も飲むぞ。」
・・・いらん情報をありがとう。というか本棚の上にあった空き瓶で察しはついてたよ。
「そうか。まぁそうだろうよ。」
それから公園に到着するまで、俺はこちらの俺たちの今の状況を聞いた。
楓の現在の職は、内装の施工管理。平たく言えば現場監督。
忙しく、休日がほとんどないために、遊ぶ時間も限られているとのこと。
「ま、みんなが学生で、俺だけ社会人。時間は合わないわな。」
俺と篤光を除いたほかの六人は、それぞれ大学や専門学校に進んだらしい。
「静也は美容の専門学校。篤光は資格を取るためにバイトしながら勉強中。ほかの連中はそれぞれ大学生だ。」
・・・なんで、大学に行かなかったんだ?
「まぁしいて言えば、家庭の事情、ってやつが半分。俺自身に大学っていう選択肢がなかったのが半分だな。勉強嫌いだし」
家庭の事情。そういった時の一瞬。楓の瞳に影が宿った。
「俺の話はまぁどうでもいいとしてだ。だからこうして、みんなで集まれるってのはなかなかないことなんだ。」
「まったか?」
「だいぶ待ったわ馬鹿野郎。」
公園について暫くして、時計が一時半になったあたりで、最初の一人、篤光が公園にやってきた。
「一時っつってたじゃねーか。全員遅刻って何なんだよ」
「いい加減lineの通知入れとけ。つっちーは急なバイトのヘルプで不参加。静也はもうすぐ。しょーじは髪を乾かしてから。市川は今から家出る。悠生は今起きたってよ」
「久米原は?」
「・・・連絡なしだ」
「また、か・・・」
篤光は報告を済ませると
「楓・・・つっちー来れなくて残念だな」
と、寂しそうにつぶやく。
「まぁな。でもバイトじゃ仕方ねーよ。」
「そうかもしれないけどさ、先に予定あったのにバイトを優先するって・・・」
「つっちーはそういう子だろ。頼まれたら断れない。それにこっちはタイミングが合えば会えるわけだしな。」
「お前のタイミングはいつもあわないけどな。」
「たった一人の社会人だからな。学生とは生活リズムが違うさ。」
「・・・ま、そうだけどな。」
それから楓と篤光は、煙草を吸いながら他愛ない話で盛り上がっていた。内容は他愛なさ過ぎて覚えてない。
PM2:00
「やっと全員集合かよ。」
当初の予定時刻から一時間遅れて、欠席の母さん・・・つっちーと、連絡が取れない彩花・・・久米原を除く6人が、公園にそろった。
・・・なるほど。年齢が違うとはいえ、そっくりだ。
「あれ、くめは?」
晧子・・・市川が質問するも、悠生が「連絡なし。まただ。」と携帯を見せる。
そこには、トーク画面が映し出されており、「既読」マークがついていなかった。
「一体どうしちゃったんだろ・・・」
ため息をつく晧子と、「また何かあったんでしょ」とドライな香織・・・しょーじ。
「いないもんは仕方ない。で、これからどうする?」
楓が仕切りなおす。って行く場所決めてないのかよ・・・
「カラオケでいいんじゃない?」
「賛成」
「悠生ホルモン歌ってよ」
「絶対に断る。」
「じゃ、カラオケで」
適当に、というかその場のノリで、というか。
それでも楽しそうにするみんなを見て、楓は少し寂しそうにする。
・・・どうした?
「・・・べつに。あいつらにはそんなつもりないんだろうけど。」
・・・学生のノリには、もうついていけねーよ。
それは、楓の。おそらくは、本心の言葉。
その言葉を飲み込んで。
楓は少し後ろからついていく。
たった一人、自身の選択とはいえみんなと別の道に進んだ楓。
そんな楓の言葉を。感情を。
俺は心底、馬鹿らしいと思った。
カラオケ内での出来事は割愛。
PM7:00
「ふぅ、楽しかった。」
「声が枯れたわ。」
「この後どうする?」
「悠生次はホルモンね」
「だから絶対に断る」
「今日も黒歴史盛りだくさんだったな。」
カラオケから出て、あてもなく歩く6人。
「とりあえず飲みたい。」
悠生の一言で。
「賛成」
「じゃああそこ行くか。」
「金欠っす」
「貸してやるよ」
「あざーっす!」
「ほんといつもお金ないよね」
「それな」
楓たちは、行きつけの居酒屋へ向かう。
「・・・なぁ」
その道中。やはり後ろを歩いていた楓は俺に話しかける。
「お前の世界でも、こんな感じなのか?」
ん?こんな感じって?
「なんつーか、その場のテンションとか、ノリとかで行先決めるっていうか・・・」
・・・まぁ、父さんがあのまんまの性格してるからな。
「あぁ、納得。」
そのまま歩くこと15分ほど。目的地である居酒屋についた。
それから三時間ほどたって。
PM10:00
個室内は、魔境と化していた。
「だからさー。最近あの子とはどーなのよ」
「どーもこーも、そもそもそういう対象じゃないし。」
「でも高校のとき好きだったんでしょ?」
「あ、焼き鳥ください」
「お前まだ食べるのかよ・・・」
「あ、あと生一つ」
「お前は飲みすぎだ。またぶっ倒れても知らんぞ。」
「で、楓はどうなの?」
「どうって、何が?」
「だからー。そのへんの事情。」
「そのへんって・・・なんもねーよ。」
「つまんないの」
「ないもんはしょーがねーだろうが」
・・・といった具合に、ほろ酔いになった五人はそれぞれ思い思いに話し、食べ、騒いでいる。
・・・どうして混ざらないんだよ
「うーん、混ざるほどネタないし、それに、全員つぶれたらアウトだろ。」
・・・お前がやる必要あんのか?そのポジション。
「仮にも、社会人ですから。」
・・・なんだそれ。
俺の中で怒りがふつふつと湧き上がってくる。
社会人、という言葉を盾に、踏み込まない俺に。
「あ、あとカルピスサワー一つ。」
でも、それは俺が言うべきではないのかもしれない。
「ん?」
不意に、楓の携帯が振動する。画面を開くと、つっちーからのメッセージが表示された。
「おい、つっちーが合流するってよ」
一応皆に伝えるが…誰一人聞いていない。
「…相変わらず酔うと話聞かねぇなぁ」
…いつもこんなんなのか…
PM10:30
「遅れてごめんなさい」
「バイトのヘルプならしゃーない。」
「つっちー会うの久々だなぁ」
楓と、外の空気にあたりたいと言い出した徳光は、駅までつっちーを迎えに来ていた。
「覚悟しといたほうがいい。今のあいつらは混沌としてるから」
「それは…御愁傷様です」
「しかも終わる気配がないからな。つっちー明日は予定あるの?」
「ううん。明日は休みだよ」
「なら大丈夫だね」
何が大丈夫なんだ…?
店の近くまで来ると、悠生の奇声がはっきりと聞こえた。
「近所迷惑とかそんな甘い話じゃねーな…」
案の定、近くを通ったサラリーマンのおじさんが不思議そうに店を見ている。
そりゃ、いきなり「みょおおおおおおおお!!」なんて野太い声が聞こえりゃ、そうもなるか。
「さて、戦場に戻りますか。」
それから楓たちは朝まで宴会を続け、帰る頃には楓とつっちーを除く全員が泥酔してしまった。
…どうすんだこれ
「…さすがに全員潰れるとはな…」
さすがの楓も、この有様には呻くしか無いようだった。
その後は至極簡単。
比較的ましな静也と徳光と手分けして、それぞれを家に送り届け、その後帰宅。
シャワーを浴びてベッドに潜り込み、睡眠をとる。
「2日休みって最高だな。」
寝る直前。楓は俺にそう呟く。
最高も何も、俺にとっては普通だがな。
「いずれ分かる日が来るさ。じゃあ、俺は寝るから、騒ぐなら他所で頼むぜ。」
…他所でって…
俺は、楓が寝静まるのを確認し、意識を落とす。
意識だけだから疲れないと思っていたが、存外そうでもないらしい。
泥に沈むような心地よい感覚を最後に、俺の意識は沈んでいった。