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旅芸人の一座

 マイエンが星の家に行ってから数日後の夜の事。

 その日、マイエンはリリと一緒に、以前イギー達が案内してくれた食堂、ラインガウ亭へと向かっていた。

 店内は旅芸人の一座の事もあってか、大分賑わっている。


「わあ……!」

「うわ、凄い混んでるなぁ。えーと、どこかに空いている席は……」


 空いている席を探してきょろきょろと辺りを見回していると「おーい」と自分達を呼ぶ声に気が付いた。

 声の方へ顔を向けると、大通りが良く見える窓際の席に座ったカッツェルが、手を振っていた。

 マイエンとリリが席に近づくと、カッツェルはにこりと微笑んだ。


「こんばんは、マイエンさん、リリ。珍しい組み合わせですね」

「こんばんは、カッツェルさん。えと、お泊り、なの。マイエン先生に、修理の仕方とか、教えて貰ってます」

「修理……先生、ですか?」

「ああ、作業をちょっとな。教えてみたら呑み込みが早くてね。と、こんばんは、カッツェルさん」


 挨拶すると、カッツェルは「ご一緒にどうですか」と席を勧めてくれる。

 少し考えたマイエンだったが、どこも満席だった為、お言葉に甘えて相席させて貰う事にした。

 カッツェルが座っている席の窓は開かれており、外からは時折柔らかな風が髪を揺らす。


「なるほど、それで先生と。それは将来が楽しみですね」

「ああ。思いつかないアイデアや発想を出してくれるから、こちらも良い刺激になっているよ」

「えへへへ……」


 カッツェルとマイエンに褒められて、リリは照れたように顔を赤くしてホシガエルのぬいぐるみに顔を隠した。

 あの日、星の家でリリの手際の良さを見ていたマイエンが、イギーとルーナに「リリが良ければ色々教えてみたい」と提案した所、快諾してくれた。

 恐らく話を聞いたリリが「やりたい!」と間髪入れずに答えてくれたのも理由だろう。

 空気清浄装置の修理も終わったので時間を相談にいった所、マイエンの家にある発明を見てみたいとリリが言い出し、それなら色々教えられるし一晩泊まったらどうかという話になった。

 ツヅリオオカミのクロも、遊び相手が出来て嬉しいのかぱたぱたと尻尾を振って周囲をうろうろ歩いていた。

 

 だが、問題は食事である。

 自分の家にあるまともな食事が缶詰と非常食だけだという事に気が付いたマイエンは、外に食べに行く事にしたのだ。

 クロもついて行きたがったが、流石に食事処に連れて行くわけにもいかなかったのでお留守番である。

 出かける間際に聞いた「きゅうん……」という鳴き声に、マイエンは若干の罪悪感を感じた。


「マイエンさんもここに良く来られるのですか?」

「時々な。イギーとルーナに教えて貰ったんだが、ここの料理は美味い」

「美味しいですよね。あ、今日のオススメはトマトスープとハンバーグだそうです」

「ほほう」

「ハンバーグ!」


 カッツェルが自分が食べているものを手で指し、言った。

 マイエンとリリは顔を合わせて「それだ」とばかりに頷くと、店員に声を掛けて注文する。


「しかし、カッツェルさんがいるのも意外だな」

「そうですか? ああ、でも、そうですね。今日は特別なんですよ」

「うん?」

「仕事が一つ落ち着きましたので、休憩がてらに。旅一座の舞台も見たくて。この位置からだと良く見えるんですよ。……内緒なんですけど、実はちょっとだけベリー商会の名前使っちゃったんです」


 人差し指を立てて口の前まで持ってきて、カッツェルはウィンクする。

 悪戯っぽい顔で笑うカッツェルに、マイエンは苦笑した。


「なるほど」

「とは言え、一人では少々寂しかったので。マイエンさんとリリが来てくれて良かったですよ」


 旅芸人の言葉に、リリはワクワクしながら窓の外を見た。

 実の所、星の家の子供達も見たいと言っていたが、なかなか全員の時間が揃わず未だ実現できていないのだ。

 マイエンはマイエンで、近くを通れば多少見えるだろうか程度の考えだったのだが、こちらも作業――主にマイエンの起床時間にも問題があるが――の時間の関係で、見ていないのだ。


 大通りの真ん中では、派手な衣装を着た人々が舞台らしきものを組み立てている。

 恐らくあれが旅芸人の一座なのだろう。ここから見えるだけで5人の姿が確認できた。

 それを見て、マイエンは少し目を細めた。




 マイエンとリリが頼んだハンバーグとトマトスープ、ライ麦パンが運ばれて来たのは、それから少ししてからだった。

 焼きたてのハンバーグは鉄板に乗っており、じゅうじゅうと焼ける音を立てている。

 ふっくらと焼けた身は柔らかそうで、ナイフを入れれば肉汁が溢れそうだった。付け合せの揚げたポテトとサラダも美味しそうだ。

 トマトスープはほかほかと湯気を立てており、コンソメの良い香りが鼻腔をくすぐる。

 マイエンとリリは手を合わせて「いただきます」と言うと、まずはハンバーグを口に入れ、口の中いっぱいに広がる肉汁と旨みに目を輝かせた。

 その動きがそっくりだったのか、カッツェルは「姉妹みたいですね」とくすくす笑った。


 そうしている内に旅芸人の一座も公演の準備を整えたようで、カッとライトをつけ、明るくポップな音楽を鳴らし始める。


「レディースアーンドジェントルメン! ごきげんよう、オクトーバーフェストの皆様! イーゲル一座でございます!」


 そんな口上から始まった舞台は、華やかだった。

 座長の挨拶が終わると、まずは挨拶代わりと、ピエロが大玉に乗って舞台上へと現れた。

 おどけた雰囲気で観客達を笑わせながら、クラブを空中へ投げジャグリング。

 時々落としそうにもなるが、それも演技の一部なのか、危なげな雰囲気でキャッチする様に、観客達は楽しげに拍手を送る。


 次いでは火吹き男だ。

 ラガーの瓶のようなものに入った液体を口に入れ、口から噴き出した瞬間、ぶわりと大きな炎が上がる。

 その炎は舞台に用意されていた火の輪に移り、そこを儚げな踊り子が潜り抜けて、火吹き男と一緒にダンスを披露した。


 その後にも、演奏家や、手品師、またまた現れたピエロなど次々と披露していく。

 食べるのも忘れて、マイエンやリリ、カッツェルも、舞台に釘づけになった。

 そうして、時間が過ぎていく中で、やがて座長が「これが本日の公演の最後で最大の目玉です」と現れる。


「さあさ、それでは皆様お待ちかね! 当一座の花形、舞い降りた白い天使! 可愛らしいピアノ弾き、白ウサギのトト嬢です!」


 座長がにこりと笑って、パンッと手を叩き、広げる。

 それに反応するように、白いウサギがぴょんと跳ね、ピアノの鍵盤の上にふわりと着地した。

 ポロン、と優しい音が食堂に響く。

 その音が見えない波紋のように広がり、音が触れた観客達は口を閉じた。

 辺り静かになると、白ウサギのトトはピアノの鍵盤の上を跳ねまわり――――音楽を奏でだした。


 それは、誰もが一度は耳にした事がある、古い時代のバラードだった。

 友への歌だとも、家族への歌だとも、愛する人への歌だとも言われている。

 包み込むように優しく、切なく、ピアノの音色は聞いている人々の胸を打った。


「動物にここまで芸を仕込めるとは……凄いですね」


 演奏の邪魔にならない程度の小さな声でカッツェルが呟く。

 カッツェルの目にも驚きの色が浮かんでいた。

 リリはホシガエルのぬいぐるみをぎゅうと抱きしめて、窓枠から身を乗り出し、目を輝かせている。


「……あれはロボットだよ」


 白ウサギのトトを見つめたまま、マイエンはぽつりと呟く。

 その言葉に、カッツェルは目を丸くしてマイエンと白ウサギを交互に見る。

 耳の動きや跳ねる姿、鼻の動きや瞬きと、どこを見ても本物に見える。


「凄いですね」

「ああ、凄いよ。あれを作った発明家は」


 舞台の明かりが反射して、眼鏡の向こうの表情は見えない。

 マイエンは静かにそう言うと、じっと白ウサギの演奏を見つめ続けていた。


 最後の一音が鳴り、星空に音が吸い込まれると、反対にわっと歓声が湧いた。

 盛大な拍手を受けながら、座長は恭しく頭を下げると、白ウサギを抱き上げて手を振る。

 カッツェルも、リリも熱のこもった拍手をしていた。

 マイエンだけは静かに、本当に静かに、手を叩く。その口元は、一文字に結ばれたままだった。




 舞台が終わると、片づけを終えた旅芸人の一座が食事を取りにラインガウ亭へと入って来る。

 手を振るカッツェルに気が付くと、一座はマイエン達が座るテーブルにやって来て腰を下ろした。


「今回はありがとうございます。やあ、僕も年甲斐もなくはしゃいでしまいました」

「いえいえ。あのベリー商会さんに声を掛けて頂けるなんて、光栄ですよ」


 にこにこ笑いながら、座長は跳ねた口髭をいじる。

 団員達も各々がやりきった笑顔で笑っていた。


 舞台の間に準備をしていたのか、彼らが席に着くのを見計らって次々と食事がテーブルに運ばれてくる。

 具のたっぷり入ったトマトのスープに、肉詰めされたピーマンのフライ、塩レモンのドレッシングがかかったアボカドのサラダ。

 その他にもお酒のつまみに、カリカリに焼かれた鶏肉の皮や、ベーコンとジャガイモを一緒に炒めたものなど、様々だ。

 仕事の後はお酒が美味いと、何よりも先に手を出したのはお酒だったが。


「僕も今まで色々見てきましたが、特にあの白ウサギ、素晴らしかったです。ロボットなんですよね?」


 カッツェルの言葉に、座長が驚いたように目を張って、嬉しそうに笑った。


「ええ、そうなんですよ。良く分かりましたね。初見で気付かれた方は今までいなかったんです」

「ふふ。僕ではなくて、マイエンさんが気づかれたのですけどね」

「ほう……?」


 座長はマイエンを見る。

 マイエンはその視線に、にこりと笑って答えた。


「私も発明家の端くれなので。いや、良い物を見せて頂きました。……本当・・に」

「ははは。発明家の方にそう言って頂けるとは、光栄です」

「あのウサギさん、ロボットなんですか?」


 リリのワクワクした言葉に座長はにこにこと頷く。

 リリは「ロボット!」とマイエンを見たが、その表情に違和感を感じて、少しだけ目を張った。

 マイエンはそんなリリの様子に気が付かず、リリの頭を撫でる。


「うちにも、空を描くロボットがいるんですよ」

「ほう?」

「私の友人が作ったものなのですがね。黒い猫の形をしたロボットなんです」


 マイエンがそう言うと、表情こそ笑顔のままだが、座長の目が細まる。

 そして一座のピエロが驚いたように目を張った。


――――こいつらだ。


 確信じみたものを感じながら、マイエンは笑みを深める。

 座長が口を開きかけた瞬間、マイエンの言葉に別の意味で食いついたのはカッツェルだった。


「それは一度拝見したいですね! 今度マイエンさんのご自宅にお邪魔しても良いですか?」

「オコトワリシマス」

「即答!?」

「カッツェルさんは別の目的が感じられるので嫌だ」

「いえいえ、ロボットを見せて頂くついでにちょっとお話するだけで、別に野蛮は事はなにもしませんよ?」


 マイエンとカッツケェルの会話を聞いていたリリが、不思議そうに首を傾げた。


「……? お家に遊びに行くのは野蛮なの……?」

「いいや、リリ。カッツェルさんのような人が遊びに来た場合だ。気をつけろ、こんな顔をしていてもオオカミだぞ」

「子供に何て事吹きこむんですか」

「カッツェルさんはツヅリオオカミ……」

「盛大に誤解されている!?」

「尻尾つきの舞台衣装でしたらご用意が出来ますよ」

「いりませんよ!?」


 賑やかになったマイエン達のテーブルの様子に、周りから笑い声が上がる。

 和やかな雰囲気の中で、マイエンは時計を見上げた。

 時計は夜の十一時を回っている。

 先程まで興奮していたリリも、うつらうつらとし始めた。


「……さて、それではそろそろお暇させて貰うか」

「ああ、それでしたら、僕が送っていきます」

「いらん。……と言いたいところだが、リリもいるからな。迷惑じゃなかったら頼むよ、騎士ナイト殿」

「もちろんです」

「カッツェルさんは……オオカミ……」

「そこは忘れて!?」


 頭を抱えながらカッツェルがリリを背負う。

 マイエンはそれを見て苦笑した後、旅芸人の座長の方へ視線を移した。


「カッツェルさんは別だが、ロボットが見たければどうぞ。私の家はあちらの、町外れの丘の上にあるので。歓迎・・しますよ」

「ええ、それではお言葉に甘えて、後ほどお邪魔させて頂こうと思います。遅い時間ですから、どうかお気を付けて」

「ええ、そちらも」


 軽く挨拶をすると、食事代の清算を済ませてマイエン達はラインガウ亭の外へ出た。




 夜道は、星と、テトラの星に照らされていた。

 草葉が風に揺れる音の中で、リリはすっかり眠ってしまってようで、くうくうと寝息を立てている。

 マイエンとカッツェルは隣に並んで、マイエンの家に向かって歩いていた。


「すっかり遅くなってしまいましたね」

「そうだな。おかげで良い物が見れたよ」

「そうですね! あれは素晴らしかったです。今度、星の家の子供皆を連れて行ったら、喜んでくれますかねー」

「ああ、行きたいと話していたからな。連れていってやったら、喜ぶと思うよ」


 にこにこと楽しげに笑うカッツェルに、マイエンは何かを決意したような目になる。

 そして、足を止めて尋ねた。


「カッツェルさんは星の家の子供達は好きかい」

「好きですよ」


 マイエンの問いかけにカッツェルは即答する。

 そして、少し首を傾げて苦笑気味に肩をすくめた。


「そう聞かれちゃいますと、まだまだ信用がないですね、僕」

「――――いいや、信じているよ」


 マイエンの言葉に、カッツェルは少し目を張った。

 言葉同様にマイエンの目は静かな色を宿していた。


「マイエンさん?」

「……さて! 急がないと明日になってしまうな」

「…………そうですね」


 カッツェルは何か言いたげだったが、マイエンがそれ以上話す気がないという事を理解すると、歩き出した。

 もうすぐ、マイエンの家である。

 カッツェルが丘の上を見上げると、マイエンの家がまるで浮かんでいるかのように、星空の――――宇宙の中にあるように錯覚して見えた。

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