ようこそ、オクトーバーフェストへ!
「ああ、話になんねぇなァ、このクソ発明家!」
「それはこちらの台詞だ、この石頭のクソじじい!」
旧型の洗濯機やレトロなゲーム機、受話器のような大きさの携帯電話に、随分前にテレビで放映されていたアニメのプラモデル。
中には何に使うのか分からないようなものまで、大なり小なり、所狭しと置かれたジャンク品に囲まれたジャンクショップの店内で、カウンターを挟んで六十代後半くらいの店主と、若い客が唾を飛ばしながら睨みあっている。
その後ろでは2人の子供が半目になってその様子を眺めていた。
「ねぇ、イギー。これ、いつまでつづくのかしら?」
「知らねぇ。早めに終わるといいよな、ルーナ」
イギーと呼ばれた少年は、ルーナと呼んだ少女にそう言って、ちらりと壁に掛けられた時計を見る。
ゼンマイ式の仕掛け時計だ。
長針と短針は、そろそろ十二時を指そうかというくらいである。
「ハッ! お高くとまった発明家様とやらなら、必要なモンも全部てめぇで作ってみやがれ!」
「ケッ! どっちがだ! 改造してあそこのプラモデルみたいにしてやろうか!」
時折「ピー」とかそういう音で伏せられる放送禁止用語も混ざった罵詈雑言に「良くもまぁあんなにすらすら浮かんで来るなぁ」と思いながら、子供達は肩をすくめた。
かれこれ三十分くらい、こんなやりとりを聞いているのだ。
いい加減辟易してきたし、お腹もすいて来た。
「今日の昼飯、何?」
「新しいもの新しいものに飛びつきやがって、だからてめぇらはいつまで経っても頭の中がガキなんだよ!」
「ジャンク品と一緒で頭ン中までレトロな考えしかないとは実に悲しい事だな! ハッハァ!」
「昨日の残りのカレーでカレーパン」
喧噪の中、仕掛け時計の針が十二時の時を告げる。
ゴーン、ゴーンと、腹に響く音が聞こえ、カチリと開いた文字盤からは、小さな人形達が楽しげにダンスを踊っていた。
「このクソ発明家が!」
「このクソジャンク屋が!」
――――事の始まりは、今から一時間程前に遡る。
「大通りの外れの路地、大通りの外れの路地……」
空気清浄施設で機械を点検した翌日、マイエンはジャンクショップを探して、オクトーバーフェストの大通りを訪れていた。
寝過ぎた為か、太陽はすっかり高い位置に昇っている。
大通りの人の流れも、昨日とは比べて多くなっていた。
マイエンは口に手をあてて欠伸をしながら、きょろきょろと辺りを見回していた。
施設の警備員に聞いたところによると、ジャンクショップはこの大通りの外れの、路地を少し入った場所にあるらしい。
「……そう言えば、大通りの外れってどっちの外れだろう」
歩きながら、マイエンはふとそんな事を思って足を止めた。
そう言えば、大通りの外れとしか聞いていない。
マイエンは進行方向をじっと見つめた。
そして次に、今まで歩いてきた方向を振り返り、見つめる。
ちょうど今は真ん中くらいである。
「……ちゃんと聞いておくべきだったか」
大通りの外れと教えて貰った時に、何となく分かったような気になって、軽く「ハイハイ」と答えたあの時の自分のいい加減さを、マイエンは後悔した。
しかも、もう少し歩いた先で気が付けば諦めようもあるのだが、マイエンが気づいたのはちょうど真ん中くらいである。
確率は二分の一だ。
ここで選択を失敗したら、ダメージは疲労も含めて二倍である。
ツッと額から汗が一筋流れ落ちる。
マイエンは眉間に皺を寄せて腕を組み、どちらへ行くべきか考えていると、目の前に小さな影が2つ並んだ。
「あっやっぱり、昨日のお姉さんだ!」
「こんにちはー!」
元気の良い声に顔を上げると、見覚えのある2人の少年少女が立っていた。
一人は金髪の少年だ。歳は十代半ばというくらいだろうか。
キャスケット帽子をかぶった短い金髪に、金色の目。元気そうな顔立ちで、オーバーオールを着ている。
もう一人はおさげの少女だ。こちらも、歳は十代半ば。
おさげの赤髪に、金色の目。そばかすと愛嬌のある顔立ちで、ふわりとしたスカートを履いている。
マイエンは少し目を張ると、組んでいた腕を解いた。
「昨日のカエルの」と言うと、2人は嬉しそうに笑う。
「へへへー。あっ俺、イグニスタ・クラン! 皆からはイギーって呼ばれてる」
「あたしはルーナ・ルーラ。改めて、はじめまして!」
「マイエン・サジェだ。よろしく」
「昨日は本当にありがとうございました! あのぬいぐるみ、リリの宝物だったんだー」
「そうか。それは良かった」
宝物、と聞いて、マイエンは少し表情を緩めた。
ホシガエルのぬいぐるみは、ブームに合わせ、大分前に作られたものだ。
それを今も持っていると言う事は、大事に扱っていたのだろう。
物を大事に扱う人間が、マイエンは好きだった。
何となくほっこりとした気持ちになっていると、イギーと名乗った少年が目を首を傾げた。
「マイエンさん、もしかして最近ヴァイツェンに来た人?」
「つい先日な。移住してきた」
「えっ物ず」
「そうなんですか! ここ、あんまり人が来ないから、びっくりしちゃって!」
物好き、と言いかけたイギーの口を手で塞いで、ルーナが誤魔化すようににこりと笑った。
パワーバランスが分かった気がして、マイエンは苦笑した。
マイエンは「大丈夫だ」と言わんばかりに軽く手を振ると、昨日、子供達の口からオルヴァルのジャンクショップ、という言葉が聞こえてきた事を思い出して、尋ねた。
「物好きで構わないよ。ところで君達、オルヴァルのジャンクショップという場所を知っているかい?」
「知ってる知ってる。良かったらお礼に案内するよ」
「助かる。よろしく頼むよ」
これで悩まなくて済むと、マイエンはほっと息を吐いた。
そうして、3人はオルヴァルのジャンクショップに向かって歩き出した。
大通りの外れから、路地に少し入った場所。
教わったその言葉通り、大通りから路地に入って三分ほど歩いた先に『オルヴァルのジャンクショップ』と書かれた看板が見えた。
建物と建物の隙間に、ひょいと挟まったような小さな店である。
窓越しに店内を覗くと、ジャンク品が所狭しと置かれているのが見えた。
「お邪魔しまーす! こんにちはーオルヴァルさーん!」
元気よく挨拶をして中へ入るイギーについて、マイエン達は店の中へ入る。
窓の外から見えた雰囲気とは一転して、店内はジャンク品がきちんと整頓されていた。
マイエンも職業柄、何度かジャンクショップを訪れた事はあるが、どこも物が乱雑に置かれていた為、ジャンクショップはごちゃごちゃした所と漠然とした印象を持っていた。
ジャンクショップというよりは、ちょっと毛色の変わったアンティークショップと言ってもおかしくはないだろう。
感心して辺りをきょろきょろ見回していると、奥から不機嫌そうな声が響いた。
「また冷やかしか、イグニスタ」
マイエンが顔を向けると、カウンター越しに、眼鏡を掛けた一人の老人がこちらを見ていた。
歳は六十代後半。緩くウェーブがかかった白髪と、同じ色の口髭をした男性だ。緑色の目は気難しそうに細められている。
古びた焦げ茶のジャケットを羽織っており、胸ポケットにはタバコのケースが入っていた。
「こんにちは、オルヴァルさん。いつもイギーがお世話になっています」
「ああ、ルーナか。よく来たな」
「オルヴァルさん、俺に対する扱いとルーナに対する扱い違くね?」
「レディに優しくするのは当たり前だろうが」
「やだ、オルヴァルさんったら! うふふ」
「……レディ?」
イギーは首を傾げたが、ルーナにじろりと睨まれて目を逸らした。
「そうじゃなくて、今日はお客さんを連れて来たんだよ」
「客?」
イギーの言葉にオルヴァルは2人の後ろに立っていたマイエンを見た。
マイエンは軽く会釈をして一歩前に出て2人の隣に並ぶ。
「初めまして、マイエン・サジェと言います。探したいものがありまして」
「オルヴァル・ランドだ。姉さん、見ねぇ顔だな」
「はい。先日、こちらの星に移住して来まして」
「へぇ。若い奴が来てくれるのは嬉しいもんだ」
客と聞いて、オルヴァルから先程の不機嫌そうな雰囲気は消えた。
これなら話もしやすそうだと、マイエンはポケットから欲しいものをリストアップしたメモを取り出し、オルヴァルに見せる。
「古いタイプの部品だな」
「揃いますか?」
「これと、これは店にある。残りは知り合いの店に問い合わせてみよう」
「助かります」
オルヴァルはガリガリ発注書に部品の名前を書いていく。
それを待つ間、マイエンはその場からぐるりと店内を見回した。
ここには、ひと昔もふた昔も前の道具が販売されている。
確かにここにあるものは古いと言われるだろう。だが、これは人の歴史の一部なのだ。
ここにジャンク品として並んだものがあったからこそ、今使われている道具がある。
人が悩み、考え、作りだした、かけがえのないものだと、マイエンは考えていた。
「そう言えば、マイエンさんって、何してる人なの?」
ジャンクショップの雰囲気を堪能しているマイエンに、イギーがそう尋ねてきた。
マイエンはあごに手をあてて「うーん」と唸って少し考えた後に、ほんの少し濁すような声色でそれに答えた。
「まぁ、一応、発明家……」
「発明家!」
「えっすごい! どんなものを作ったんですか!?」
マイエンの言葉にイギーとルーナの声が跳ねた。
だが、そんな2人は正反対に、ガタッとオルヴァルは立ち上がって、信じられないものを見るような目でマイエンを見た。
「……発明家だと?」
先程までの雰囲気とは一転して、顔も声も強張っている。
マイエンが首を傾げ、何かを言おうとするよりも早く、
「帰ってくれ」
「え?」
「お前に売るようなものはない。帰れ!」
取りつく島もなくそう言われ、マイエンは困惑してカウンターに手をついた。
「どういう事です? 何か不都合でも――」
「不都合も何も、発明家なんぞに売るようなものはないと言ったんだ!」
「はァ!?」
オルヴァルの言葉に目を剥いて、マイエンは絶句した。
イギーとルーナも、豹変したオルヴァルの様子にぎょっとして、カウンターに張り付く。
「急にどうしたんだよオルヴァルさん!? お客さんだよ!? 久しぶりの! あとレディには優しくじゃないの!?」
「そうですよ、ほら、さっきまでは売ってくれるって言ったじゃないですか」
「どうしたもこうしたもない。発明家なんぞが作る、わけのわからないヘンテコな発明に、使わせる品物はないといったんだ!」
吐き捨てるように言ったオルヴァルの言葉に、マイエンの頭で何かが『ぶちっ』と音を立てて切れた。
「ハッ! 黙って聞いてりゃあ、随分な言い様じゃないか。この店に並んでいるのは、その発明家達が作ったものばかりだが? それも分からないのか? それとも老眼が進んで見えないのか?」
鼻で笑ってマイエンは言い放った。
そのあまりの口の悪さに、イギーとルーナは呆然としてマイエンを見た。
「ま、マイエン……さん……?」
「本性を現したな、腐れ発明家が!」
「本性? 違うな。本気で取り繕うつもりなら、私は最後まで取り繕ってやるさ!」
カーッと一気に真っ赤になったオルヴァルも、ダン、と勢いよくカウンターを叩く。
お互いに身を乗り出すと、至近距離でバチバチと睨み合う。
「ちょ、ちょー! 何してんの!? いい大人なんだから落ち着こうよ!?」
「そ、そうよ! 落ち着いて下さい、2人とも!?」
「違うなイギー。大人はな、決して譲れねぇ戦いってモンがあるんだよ」
「そうだルーナ。そしてその戦いは、決して背を向けてはならんのだよ」
「格好良さそうな事言ってるけど全然格好良くないからね!?」
何とか止めようと二人の間で両手を降るイギーとルーナだったが、マイエンとオルヴァルは物ともしない。
ただひたすら、自分の『敵』を睨みつけるだけだ。
『上等だ!!』
譲れない戦いと言う名前の、実に低レベルな喧嘩は、ここから開始された。
時計が十二時半を過ぎた頃、だんだんと足を踏みしめながら、マイエンは大通りを歩いていた。
不機嫌極まりない顔だが、腕にはオルヴァルと店名が印刷された紙袋を抱えている。
イギーとルーナのおかげで、何とか取り寄せ自体は頼めたので目的は果たした事になるのだが、マイエンの目は据わっていた。
その後ろにはイギーとルーナが歩いている。
2人の手には、待たせたお詫びだと言って、マイエンが屋台で買って渡したハンバーガーが握られていた。
渡した際に「いいですいいです」と遠慮していたが、お腹の方は正直で、半ば押し付けられる形で受け取ったハンバーガーを美味しそうに食べていた。
「オルヴァルさん頑固だからねぇ」
「マイエンさん、ほら、スマイルスマイル! 怒っていると血圧上がるよ! そうだ、ほら! 町とか、まだ細かい場所、分からないでしょ? 案内しちゃうよ!」
「町の案内はその内頼みたいが、とにもかくにもええい、あのクソ親父! 何が発明家なんぞだ! しかも紅茶を馬鹿にしくさって!」
キーッ!と地団駄を踏むマイエンに、イギーとルーナは貰ったハンバーガーをもぐもぐと食べながら苦笑した。
ちなみに紅茶というのは、喧嘩の中で飛び交った言葉の一つだ。
マイエンは紅茶派で、オルヴァルはコーヒー派である。凄くどうでも良い。
通りすがりの人々は、その様子をやや遠巻きに眺めて歩いて行った。
このままだと越してきたてなのに変な噂が立ちそうだ。
大人気ないという事は――オルヴァルを含めて――良く分かったが、悪い人ではないと思う。
何より、オルヴァルの様子も普段とは違っていた。一体どうしたのだろう。
手の中のハンバーガーを見ながらルーナが考えていると、ぽんと手を打ったイギーがルーナに耳打ちする。
ルーナは目を丸くした後、楽しそうに笑って頷いた。
「マイエンさん!」
「あ?」
イギーとルーナはマイエンの名前を呼んで、ぱたぱたと目の前に走った。
そうして、そのまま、ばっと両手を広げた。
「ようこそ、オクトーバーフェストへ!」
虚をつかれてマイエンは少し目を張った。
イギーとルーナの口元にはハンバーガーのケチャップがついていた。
それを見て毒気を抜かれ、ようやく落ち着いたらしいマイエンは、肩をすくめて「ああ」と頷き、苦笑するのだった。




