揺らぎの星
パァンッ!
銃口から飛び出たのは軽快な音だった。
続けて、それよりも小さな音でパン!と何かが弾ける音が響く。
マイエンが銃のトリガーを引いた瞬間、思わず目をつぶったピエロは、自分の体に痛みも何もない事に気が付いて、恐る恐る目を開けた。
「さて、これでよしと」
目の前のマイエンはそう呟くとカチリと部屋の電気を点けた。
急に明るくなった事に目が眩みながら、ピエロは自身の体を見て目を張った。
縄でぐるぐるに巻かれた状態に、さらに白い餅のようなものが足から床までべっとりと覆い被さっている。
足を動かそうとしてみたが、びくともしなかった。
「これは……」
「トリモチみたいなもんだ。無理にはがそうとするなよ、色んな意味で剥がれるぞ」
マイエンはピエロの前に置いてあるソファーの背もたれに座り、疲れたように息を吐いた。
そしてニヤリと不敵に笑って見せた。
「撃たれると思ったかい? 悪いが、これでも法は弁えているよ」
「どうして……」
「私は警察官でも、まして自警団員でもない。ただの発明家だ。怪しいだけでは捕まえられない。だけど現行犯なら構わんだろう? お前達の公演期間が終了するまでに行動を起こしてくれれば良し、起こさなかったら別の手を考えれば良し。不法侵入だけでも十分引っ張れるから、引き渡せばお仲間共々、中央の警察が調べてくれるさ。これでも、今ならまだ有名人でね? 多少親身にはなってくれるだろうよ」
旅芸人の一座と話をした時に、マイエンは空描きロボットのメリー・メリーを囮に、彼らをおびき寄せる事を思いついた。
ソースケの発明が奪われたのは数か月程前の話だ。公演に白ウサギのトトを使っている事からも、多少なりともその時の記憶にメリー・メリーが残っているのではとマイエンは考えた。
その結果が目の前のピエロである。
本音を言えば、もう少し抵抗があるかと思っていたので少々拍子抜けでもあったが。
そんな事を思いながらピエロを見下ろしていたマイエンは、ふと、ピエロが包みに入った何かを大事に抱えている事に気が付いた。
あんな包みは家にはなかったなと思いながら首を傾げる。
「何持っているんだ? 武器か?」
「あ、いや、これは……」
ピエロは何か言おうとして、何と言おうかと悩むように、何度も口を開きかけて閉じる。
マイエンが怪訝そうに眉を上げると、ピエロは包みとマイエンを何度か交互に見た後に、意を決してそれをマイエンに差し出した。
手がガタガタと震えている。
マイエンが手を伸ばし、警戒しながらその包みを受け取って、中を覗く。
覗いて、目を大きく見開いた。
「――――」
そこには白ウサギのロボット、トトが入っていた。
マイエンはひったくるようにそれを受け取ると、包みの中からトトを取り出す。
ふわりとした柔らかな毛の感覚に、懐かしさがぶわりと体を駆け抜けて、マイエンは息を呑んだ。
「どういうつもりだ、何故トトが」
「申し訳……申し訳ありませんでした!!」
ピエロは動かせる上半身を必死に折って、頭を下げる。
その様子にマイエンは目を細める。
「撃つつもりなんてなかったんです。あんなに必死に追いかけられるなんて思わなかったんです。追いかけてこられて、思わず、思わず、指が!」
ピエロの言葉を遮るようにマイエンは手のひらを上げ、睨みつけながら口を開く。
「弁解も謝罪も中央で存分にしてくれ。お前達はソースケから、ソースケごと家族を奪った。それが私の真実だ。私はあいつと約束をしたんだよ。必ずトトを取り戻すと。それ以外の事は、法の裁きに任せるさ」
マイエンも相手に対しての怒りも恨みもないわけではない。むしろ、あり過ぎる程だった。
けれどマイエンが友人から頼まれたのは「家族を取り戻して欲しい」という事だった。
ソースケの家族を取り戻せても、ここで手を下してしまえば、ずっと守っていく事は出来ない。
だからマイエンは自分の感情を飲み込んだ。裁かれる者が裁かれるべき場所できちんと裁かれる事が、自分にとっての復讐になるのだから。
「だが、一つだけ腑に落ちない。……何故トトを連れてきた?」
「あなたがあの人を友人だと言ったから。……あの時あの人が言った『家族を返せ』って言葉が、耳からずっと離れなくて」
「…………」
マイエンは一度目を伏せると、項垂れたままのピエロを一瞥し、窓の外を見た。
空の端から明るい金色の光が見え始めている。そろそろ夜明けだ。
「…………ようやく約束が果たせる」
表情を緩めてぽつりと呟くと、ふと、コンコンと窓を叩く音が聞こえた。
見ると、そこには自警団員のミストが立っている。
こんな時間に珍しいなと思いながらマイエンは窓まで歩くと、カチリと鍵を開け、窓を開いた。
「こんばんは、マイエンさん! 見回りをしていたら、何かが爆ぜるような音が聞こえたのですが、何かありましたか?」
「ああ、こんな夜更けまでお疲れ様です。ちょっと不法侵入者を捕まえた所で」
「不法侵入?」
マイエンはミストに見えるように、体をずらした。
部屋の奥には、縄とトリモチで床に縛り付けられているピエロがいる。
ミストは部屋の中を覗きこんで大きく目を張った。
「いや、これは……大変ですね」
「明日……じゃない、今日か。中央に連絡を取って警察を呼ぶつもりなんですが。申し訳ないが、それまで自警団の詰所で預かって貰えますか?」
「ええ、はい、そうですね」
ミストが頷くと同時に、こちらを見たピエロが顔を強張らせて叫んだ。
「そいつは!」
「……それは、ちょっと困りますねー。こいつが捕まったら"我々の事が"バレてしまうでしょう?」
ミストの方を振り向いた瞬間、ミストはマイエンの背中に手を回し引寄せ、鳩尾を拳で打った。
違和感があった。
こんな明け方の時間に、自警団員が見回りをしているはずがないのだ。
けれどマイエンは、ピエロを捕まえた事と、白ウサギのトトを取り戻した安心感と、徹夜や緊張感による疲労で、その事まで気が回らなかった。
ミストが人好きのする笑顔でにこりと笑い掛けるのを見ながら、マイエンは意識を手放した。
カランカランとドアベルの澄んだ音が丘の上に響く。
「あれ? マイエンさん、いないね」
マイエンの家のドアの前に立って家主が出てくるのを待っていたルーナは首を傾げてイギーとクロを見た。
イギーも不思議そうに首を傾げると、窓の方へと回って中を覗き込む。
室内もやはり電気が消えており、人気はなかった。
ルーナの所へ戻って来るとイギーは両手を広げて首を振る。
「いないなぁ」
「うーん、いつもならこの時間に起床するくらいだったと思うんだけど……」
むう、とルーナは口を尖らせた。
昨日イギーと話した通り、2人はクロを連れてマイエンの家に遊びに来たのだ。
だが辿り着いて見れば家には誰もいない。昨日の今日で、気合を入れてクッキーを焼いて来たルーナは、がっかりしたように肩を落とした。
同時に視線も落とすと、クロが何やら熱心に地面の匂いを嗅いでいるのが見えた。
「クロ?」
ルーナが声を掛けると、クロはぐるぐると低く唸り声を上げ、弾かれたように走り出す。
「えっちょっと、クロ!?」
「おい、どうしたんだよ!? 何かあった――――」
そこまで言いかけてイギーはルーナを見た。
もしかしたらマイエンに何かあったのかもしれない。
昨日見た光景が頭の中に浮かんできて、2人は頷きあうとクロを追いかけて走りだした。
「どういうつもりだ! 話し合いで解決すると、カッツェルは言っていただろう!」
怒鳴り声に起こされる形でマイエンは目を覚ました。
頭上高くのはめ殺しの窓から差し込んでくる光を見て、まだ昼間であることを知る。
鳩尾に鈍い痛みを感じて顔を顰めながら体を起こし辺りを見回すと、そこは鉄格子を挟んだ部屋だった。
恐らく自警団の牢屋なのだろう。冷たい石の床は、しらばく使われていなかったのか埃が積もっていた。
鉄格子を挟んだ先には灯りと、上の階へ続く階段が見え、その階段の前にミストを含めて2人の男が立っているのが見える。
「――――あ、良かった。気が付かれましたか、マイエンさん」
動いたマイエンに気が付いてミストが声を掛けてくる。
自分がやっておいて良かったも何もないものだが、ミストは素知らぬ顔で笑った。
それよりもマイエンは、その後ろに立つ見覚えのある人物に目を細めた。
「……なるほど、あんたもグルか。ジャンク屋」
オルヴァル・ランドである。
マイエンに名前を呼ばれ、オルヴァルは気まずそうに目を逸らした。
「こうなってしまった以上、選択肢はないですよマイエンさん。協力するかしないか、良く考えて下さいね」
「自警団が聞いて呆れるよ。……ついでにこの中、埃まみれなんだが」
「う、今度掃除しないと……」
ミストは困ったように顔をかくと「それでは後で」と階段を登って行った。
しかし自警団まで関わっているとなると、これはいよいよ面倒な事になった。
マイエンは流石に自分の見通しの甘さに小さく唸りながら、どうするかと窓を見上げた。
「だから気をつけろと言っただろう」
「そっちには気を付けたんだがね。自警団までは予想外だ。だが、まぁ……あんたもだとは思わなかったよジャンク屋。星の家に行けない理由がこれだったとはな」
軽蔑の色を込めてマイエンが言うとオルヴァルは目を伏せる。
その姿には店でマイエンと喧嘩をした時のような元気の良さはなく、本当に年相応の老人のようだった。
「……俺のかみさんは病気で死んだ。知っているか、発明家。薬すらまともに届かねぇんだぜ、ここは」
苦しげに泣いているような、そんな小さな声だった。
マイエンはオルヴァルを静かに見上げると、静かに首を振った。
「私は私の大事な奴に、顔向けが出来なくなるような事は、死んでもしない」
自分の感情のままに生きようと思うのならば、マイエンはあの時ピエロに向かって、本物の銃を向けていた。
多分きっと、あの銃が本物だったのなら、一時的にはスッキリはしたのだろうとも思う。
けれどそれでは駄目なのだ。
きっとそれをソースケは望まない。そしてソースケがそんな事を望まない奴だとマイエンは良く知っている。
自分の役割はソースケの発明を取り戻し、ソースケやマイエンの両親が出来なかった事を、彼らの代わりに続ける事だとマイエンは思っている。
「あんただって分かっているんだろう? だから私にああ言った。そして関わらせないよう追い返そうとした」
「……そんな綺麗な理由じゃねぇなぁ。俺はただ、あんたに懐いていたイギー達に悲しい思いをさせたくなかっただけだ」
マイエンは町の人間達が交代で、星の家の子供達の様子を見に行っていた事を思い出した。
もしかしたら家族を失ったオルヴァルにとっては、星の家に子供達は自分の子供のようなものだったのかもしれない。
マイエンの頭の中にジャンクショップで楽しそうに笑っていたイギーとルーナの顔が浮かぶ。
「そうか。ありがとうよ」
ふっと口元を上げてマイエンは少しだけ笑った。
オルヴァルは驚いたように目を張って、何か言いたげに口を動かしたが、そのまま背を向けて出て行った。
カツカツと響いた靴音が聞こえなくなると、マイエンは壁に体を預けて丸眼鏡を外して息を吐く。
「……さぁて、どうするかな」
はめ殺しの窓からは橙色の灯りが差しこんでいる。
マイエンはすっかり冷めた手つかずの昼ご飯と並んで、相変わらずはめ殺しの窓を見上げていた。
「……この位の壁なら一気に爆破……いやでもなぁ、下手に使ってしまうと後が困る。それに出た後にどこへ逃げるか……役所はあんまり期待できそうにないしなぁ」
若干不穏な言葉を交えつつ、ぶつぶつと脱出手段を考えていたマイエンの耳に、2つの靴音が聞こえてきた。
一つは重く、一つは軽い。
壁に体を預けたまま顔だけ振り向くと、現れた人物にマイエンは目を丸くした。
「イギー?」
「しー!」
驚いて名前を呼んだマイエンに、イギーは人差し指を立てて「静かに」のポーズを取る。
その後ろには周囲を警戒するように見回すオルヴァルがいた。
「ジャンク屋、あんた子供を何て所に連れて来るんだよ」
「俺じゃない」
「そーそー。俺が勝手に来たんだからオルヴァルさんは関係ないよ」
そう言ってニカッと笑うと、イギーはポケットから細い鉄の棒を取り出して、鉄格子の錠前に手を伸ばした。
呆気にとられるマイエンの前で、イギーはカチャカチャと棒を動かす。
ほんの数秒でガチャリと錠前は外れた。
「よし!」
「よしじゃなくて、どこでそんな技術を身に着けた」
「オルヴァルさんに教わった」
「やっぱりあんたじゃないかジャンク屋」
「ちなみにルーナの方が上手いぞ」
「待てオイ」
半目になってマイエンが言うとオルヴァルは肩をすくめた。
しばらくそうしていたが、お互いふっと噴き出した。
「まぁ俺の子供のようなもんだからな。……会えねぇような事になるのは、ごめんだ」
「最初からそう言えばいいだろうに。ツンデレかこのくそジジイ」
「人を変な名前で呼ぶんじゃねぇよ、このクソ発明家」
「ちょっと2人とも、いつまでそうやってるんだよ。早く出ないとミストさん達戻ってきちゃうんだけど!」
低レベルな言い合いをしていたマイエンとオルヴァルの腕を引っ張ってイギーは言う。
マイエンとオルヴァルは2人揃って「はーい」と言うと、詰所からの脱出を開始した。
自警団の詰所は、ちょうど今、全員が出払っているようだだった。
何でもルーナ達が何か騒ぎを起こしてくれているらしい。
マイエンが大丈夫なのかと心配すると、イギーは笑って「平気平気! 慣れてるから!」と言われて逆の意味で心配になった。
自警団の詰所は地下1階と、地上2階の建物だった。
出入口までは階段を登って2回ほど廊下を曲がった先である。
本当に誰もおらず、建物の中は電気だけが点いた状態で、静かだった。
詰所の部屋はカードキーで開くタイプの鍵が付けられており、歩きがてら確認したがどれも閉まっていた。
途中の部屋が空いていれば、正面玄関からではなく窓からこっそり出た方が見つかる可能性も低いと考えていたのだが、そうは上手く行かなかった。
流石にこのタイプの鍵はイギーには開けられないようだ。
窓も同様に――牢屋に投獄された人物の脱走を阻む為か――上半分しか開かないようにもなっていた。
恐らく後から手を加えたものなのだろうが、こんな所に使う金があったら別の部分に使えばいいのにともマイエンは思った。
牢屋が旧式のままの所を見ると、あまり利用もされてはいないのだろう。
「連れてきた!? 何故そんな事をしたんですかミスト!」
3人が正面玄関近くまで来たときだった。
怒鳴るようなカッツェルの声が聞こえてきて、3人は思わず物陰に身を潜める。
そっと声の先を見ると、建物の外でカッツェルがミストと旅芸人の一座の座長相手に目を吊り上げていた。
「何故も何も、中央にバレたらマズイじゃないですかー。それに、どちらかと言うと、イーゲル一座さんの方に問題があったんですよ?」
「いやはや、面目ない。うちのピエロが、余計な真似を」
何やら揉めているようだった。
どうやらマイエンを連れてきたのはミストの独断だったようだ。
しかし、そんな事はどうでも良いのだ。問題はあの位置に立たれると、正面玄関からの脱出は厳しいという事だった。
マイエン達は気づかれないように、ゆっくりゆっくりと近づきながら脱出のタイミングを計る為、カッツェル達の様子を伺う。
「それはそうですが、納得をして協力して貰わねば意味がないのですよ。これではただの脅迫になってしまう!」
「あなたが理想を掲げるのは結構ですけど、あの様子を見るからにマイエンさんは絶対に首を縦にはふりませんよ? 少々予定は変わりはしましたけど、これはチャンスです。力づくでも制御キーの在り処を聞き出す事が出来れば、より早く行動も起こせる。もう大体の準備は整っているじゃないですか」
「そうそう。それに、この仕事を早くに終える事が出来たら、私達も次の公演に向かう事が出きます。我が一座の新しい花形もお披露目をしたいですから」
そう言って旅芸人の一座の座長は腕に抱えた何かを撫でた。
花形、という言葉に嫌な予感を感じたマイエンは、座長が抱えている何かを目を凝らして見た。
色は、黒。両手で抱えるくらいの大きなものだ。
マイエンには見覚えがあった。
無意識のうちにマイエンは自分の拳を、白くなるくらい強く握りしめていた。
「あいつら、なかなか動かないな……」
「イギー、ジャンク屋」
「あん?」
「私に考えがある。あいつらの動きを止めるから、その隙に逃げろ」
マイエンはカッツェル達を睨みつけたままそう言う。
マイエンの目は怒りの色に燃えていた。
オルヴァルとイギーはぎょっとしながらも、他に方法もないと、頷く。
「そう言えば白ウサギは良かったんですか? あのべとべとしたの外したら、ピエロさん抱えて逃げてしまいましたけど」
「ああ、まぁ、惜しかったですね。あのウサギは一番の人気者でしたから。だが、まぁ、いい。次の稼ぎ頭も手に入れましたから」
それを見てカッツェルが珍しく顔を顰めた。
もともとの予定も崩された上に、これではただの物取りだ。
カッツェルにもカッツェルなりに矜持があり、それ故に、2人の取った行動は受け入れがたいものなのだろう。
「それはマイエンさんのものでしょう」
「ふっふ。あの発明家さんには、もう必要もないものでしょう?」
その言葉にマイエンは立ち上がった。
イギーとオルヴァルもごくりと息を呑んでそれに続く。
「必用ない? 残念だが、そうは行かない。それは私の友人の形見だッ!!」
怒鳴りつけるようにそう言うと、カッツェル達の視線が集まる。
マイエンは構わず、湧き上がる怒りをぶつけるように、パンッと力強く手を打ち鳴らした。
「メリー・メリー! よろしく!」
音と言葉に反応して、メリー・メリーは目を開ける。
そして「にゃあん」と鳴いたかと思うと、座長の腕から飛び出し空中でくるりと一回転した。
「なっ!?」
そして空中で体を伸ばすような動作をしたかと思うと口を開き、ぶわっとキラキラした光の粒を噴き出した。
それは一人の発明家が作りだした科学で出来た星の魔法だ。
「ッ!?」
光の粒は風に乗り、ぶわりとその場に広がった。
反射的にカッツェル達は目を閉じて光の粒を防ぐ。
マイエンはその隙にイギーとオルヴァルの肩を押し、逃げるように促すと、メリー・メリーの真下へ向かって駆け出す。
イギーとオルヴァルは、押された勢いで足を一歩前に踏み出し、マイエンを振り返った。
「マイエンさん!」
マイエンの目はメリー・メリーだけを映していた。
そうして飛び込むような形で落ちてくるメリー・メリーを両手で受け止める。
一度強く抱きしめると、マイエンは足に力を入れて振り返り様にイギーの名を呼ぶ。
「頼む!!」
マイエンはメリー・メリーを思い切り投げた。
イギーはつっかえながらも走り、両手を広げてメリー・メリーを受け止める。
マイエンはニッと笑った。
「行け」
「だけど、マイエンさ――――」
「ジャンク屋!」
「……ッイギー! 早く来い!」
そのままマイエンの所へ駆け寄りかけたイギーの肩をオルヴァルは掴み、強引に走らせる。
悔しげに歯を噛みしめたイギーにマイエンは頷いてみせる。
メリー・メリーを頼む、そう目で言われれ、イギーはぎゅっと目を瞑ってオルヴァルについて走った。
「私のロボットが!」
「誰がお前のだ!」
イギー達を追いかけようと動きかけた座長の顔面を、マイエンは振り向きざまに殴りつけた。
予想外の事だったのか、座長はよろけて地面に倒れ込んだ。
マイエンは座長を睨みつけながら、殴った方の手を痛そうに振ると、カッツェルに向き直る。
カッツェルは困ったような、申し訳なさそうな、それでいてどこか覚悟を決めたような顔でマイエンを見ていた。
マイエンはふっと息を吐くと、軽く両手を広げその青色の目を真っ直ぐに見た。
「――――交渉だ、カッツェル・ベリー」




