彼女と彼は勉強を始める。
ZTK部に来て、二日目となる。
昔まで放課後の時間は何も部活をせずに遊んでいた。しかし、現在ではシャープペンシルをカリカリと鳴らせながら勉強している。
僕は授業が終わってから駆け込むように職員室へ訪れて、この部室の鍵を取りに行った。
春日野先輩はまだ鍵を取りに来ていなかった為、この部室には僕一人しかいない。
ZTK部の使用している教室は静かで環境として文句の付けどころがない。流石は勉強をするために作った場所だ。
シャープペンシルから出てくる芯の出が悪くなっていたので音を立て続けていたが、コンコンというノック音でその音を鳴り止める。僕はシャープペンシルを机の上に置いた。
「遅くなって申し訳ないわ」
春日野先輩が僕の方へと一礼して部室に入ってくる。
僕も礼儀として礼を返す。
「春日野先輩、お疲れ様です」
「悪かったわね。部室の鍵を取ってきてもらって」
「いえ、大丈夫ですよ」
会話はそこで終わる。
春日野先輩は教室の隅に追いやられている机と椅子を出す。それを僕の目の前に持ってきて鞄の中から教科書などを取り出した。
しかし、今の春日野先輩は教科書より僕の方を気にしているらしく数秒おきにこちらを見てくる。
何だろう。このチラ見は。
「えっと、何ですか」
あまりにも気になるので春日野先輩に聞いてみる。
なんか視線を逸らされた。
「何が?」
僕でも分かるくらいに知らない振りをしている春日野先輩。
「いやいや、僕の方を見つめていましたよね。何か言いたいことでも?」
「それは……」
言いたいけど言えない。そんな風に感じ取れる。
春日野先輩は発言を躊躇っている様に見えたが、ゆっくりと口を動かした。
「柊先生から聞いたのね。その、私の事とか、この部活の事とか」
「ええ、それなりに」
何で僕に言ったのか分からないけど。
「別に今すぐにでも退部しても構わないわ」
僕は「へ?」と首を傾げると春日野先輩も僕の表情を見て首を傾げた。
春日野先輩は確認するように聞いてくる。
「柊先生から聞いたのよね?」
聞きましたけど。
「なんで僕が退部になる流れになるんですか?」
「それは私といることであなたが不幸になる可能性があるからよ」
春日野先輩が言わんとしていることは分かった。
そもそも、この部活は春日野先輩のための部活であり、生徒のために作られたものではない。その中に僕がZTK部にいる。
それ故に起こる教師や生徒の反感を買いかねない。
そして、春日野 遥と対立している三年生もいる。
僕と春日野先輩が一緒にいることが知れたら彼らはきっと仕返しをしてくるだろう。
春日野先輩ではなく、主に僕に。
「僕は退部をしませんよ」
僕は春日野先輩にハッキリと告げる。
「僕は国立の医学部に入りたいんです。春日野先輩の事とか、ZTK部の事とかは関係ありません。差し出がましいかもしれませんが、僕は頭が良くなりたいんです」
僕の目標を達成させるには普通の勉強では無理だ。
だからこそ、僕はここに居る。
「春日野先輩! 僕を国立の医学部に導いてくれるんですよね?」
僕は真剣な眼差しで春日野先輩を見た。
春日野先輩は一瞬だけ目を見開いていたが、次第に顔を下に向け肩を震わせる。
「ふ……ふふ……あはは。あっはははははは!! アホだ。ここに勉強バカがいる!」
春日野先輩は愉快そうに笑う。
こんなに感情を丸出ししている春日野先輩は初めて見た。
春日野先輩は笑いで出た涙を擦りながら、
「いきなり笑ってごめんなさい。でも夢があるっていいわね。私は頭が良くても夢がないもの」
「夢がない?」
柊先生の言葉を思い出す。
――君と春日野 遥を足して二で割ったらちょうど良いぐらいだな。
僕は勉強ができないが、夢がある。
春日野先輩は勉強はできるが、夢がない。
柊先生はその事を言いたかったのだろうか。
いや、考えすぎか。
「そういう訳で僕は部活を辞めませんから」
「分かったわ」
フッと春日野先輩は凛々しく微笑む。日差しの夕焼けが春日野先輩に当たっていることもあり、より一層際立って見えた。
「ZTK部、改めて歓迎するわ三鷹君」
「こちらこそ宜しくお願いします、春日野先輩」
お互いに微笑んで握手を交わす。
今度こそ本物の握手だ。その握手には隠し事のなく本当に歓迎する証明である握手だ。
「三日坊主にはならないで欲しいところだけど」
春日野先輩が呟く。
少しカチンときた。
「そういえば、春日野先輩」
「何かしら」
「柊先生が言っていた借りとは何でしょうか?」
「!?」
僕の思惑通り、春日野先輩は困惑している。
いつか腹が立った時にでも聞こうかなと思っていたことだ。今がその時である。
春日野先輩は肌が白いので、分かりやすく顔が真っ赤に染まる。
「それは答えられないわ」
「えー。僕は知りたいなー」
「三鷹君、あなた性格悪いわね」
鋭い眼光で僕の方に睨んでくる。それ以上言うなと目が言っている。
というか、目がイっている。
僕は視界から春日野先輩を見ないようにするが、見えないプレッシャーが皮膚を介して伝わってきた。
やべえ。怖い。
僕はそれ以上の追求はしないことにしてすぐさま誤魔化した。
「でも、い、今はいいかなーなんて」
「そう」
途端に見えないプレッシャーは消え、僕はホッと胸を撫で下ろす。
気がつくと春日野先輩は勉強の体勢を取っていた。一早く僕が言った事を忘れたいのか英語の参考書を渡してくる。
「じゃあ、勉強を始めるわ。今日は英語からやるわ」
「わ、わかりました」
僕は素直に頷いた。
夕暮れの放課後。
今日も僕は部室で春日野先輩と勉強をしている。
成績最下位の僕がすべきことはもう分かっている。
最下位の脱出。それが最低目標であり、今年果たすべきことは、
学年一位。
まだまだ僕の勉強ライフは終わらない。