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彼女は勉強ができる、彼は夢がある。  作者: 日光さんDX
7/8

彼は真実を聞かされる。

 笹村家で朝食をした僕はすぐに支度をして皆川高校に向かった。

 今日は日直だった為、早めの登校をして日直日誌をもらわなくてはいけない。日直の仕事は基本的に授業の内容やその日にあった連絡事項を書き記すもので特に早く来る必要はない。けれど、僕はもう一つ用があった。昨日、渡されたZTK部の入部届の件である。僕はその紙切れを手に、ZTK部の顧問である柊先生に用があった。居なかったら、居なかったらでそれまでだが。

 僕は職員室の前に立ち、ゆっくりと深呼吸をする。コンコンとノックをしてドアを開く。


「失礼します。あのー、柊先生はいますか?」


「おう、ここだ。入ってきたまえ」

 僕の声を聞き反応を示したのは柊先生だった。どうやら、職員の中では柊先生だけ来ていたようで辺りは静かである。

 成程。学生指導主任になると勤務時間も違うのか。

 僕は柊先生の席へと近づく。


「それで? 何の用だ?」


「入部届を出しに来ました。このZTK部の顧問って柊先生で良いんですよね?」

 柊先生は僕から入部届を受け取ると肯定の仕草で頷いた。


「ああ。入部するのだな。この部活に入部するからには後悔しないようにやれよ」


「その事なんですが、この部活って何をする部活なんですか?」

 僕の言葉にどこか笑う要素でもあったのか、柊先生はクスッと微笑む。

 半ば少し困ったような表情もしていた。


「君は何をするかも分からない部活に入ろうとしたのか?」


「ええ……」

 僕は補足として入部した方が話がうまく運びやすいなどの説明を言う。ふむふむと柊先生は僕の話を聞いてどうやら納得してくれたらしい。

 しかし、柊先生はどこか呆れ口調になっていた。


「一応これは言うか言わないか迷っていたことだったんだが、君に話しておこう」

 何だろう。部活において隠していた事項があったのだろうか。


「このZTK部というのは春日野 遥の自習部屋だということだ」


「どういうことですか?」


「そのまんまの意味だ」

 柊先生は何かを思い出したようで深く溜息を吐く。

 まるで現在も気掛かりな事が続いているといった言い方だ。春日野 遥先輩の自習室を作るために部活を設立した。それはどう考えても普通ではない。

 僕から何も言わないのを柊先生は話を続けても良いと受け取ったのか構わず進める。


「ウチの高校は進学校だからな。大半の学生は指定校推薦で大学を決めてしまう子が多いんだ。だから、勉強せずに遊んでばかりいた。指定校推薦を取れば受かった気でいる生徒が多かったから、その浮き足気分のテンションで春日野 遥と衝突があったという話さ」


「だから彼女の勉強環境を作る為に部活を作ったということですか?」


「そうだ。何分春日野 遥は優秀だったからね。いや、学業に関しては優秀過ぎた。全国模試で一位を取るぐらいにね。そんな優秀過ぎる彼女を三流大学に進学させたら皆川高校の信用に関わる」

 なぜ急にそのような裏事情を僕に話すのか。

 僕は柊先生の考えが掴めなかった。それに加えて、僕は疑問だったことがある。


「何で僕をZTK部に連れてきたんですか?」

 そもそも、春日野 遥の自習室だったとしてもなぜ僕をその場所に連れて行ったか疑問であった。

 僕は普通の人よりかなりの落ちこぼれ生徒だ。僕の成績を柊先生は把握しているだろう。

 それを知っているなら成績が破滅している僕と全国模試一位の春日野先輩では彼女に迷惑をかけるのは分かっていたはずだ。

 何のために僕を利用しているのか?

 僕は大前提にその事を考えながらきつい一言を覚悟していたが。

 柊先生から発せられる一言は意外なものだった。


「君と春日野 遥がある意味似ていると私はそう判断したからだ」


「それはどういう?」


「何も難しく考えることはない。これもそのまんまの意味さ」

 柊先生は不敵に笑いながらそう告げる。

 僕は何を言っているのだろうと首を傾げた。


「君と春日野 遥を足して二で割ったらちょうど良いぐらいだな」

 柊先生は一人で納得した様子である。

 つまり、どういう事なのだろうか。


「さっきから柊先生が言っている意味が理解できないんですが」


「ああ、すまない。今言った事は忘れてくれると助かる」

 楽しそうにハハッと愉快に笑う柊先生。

 笑うポイントが全く見つからないのだが。

 僕はやれやれと頭を掻いていると、途端、柊先生は真面目な顔になる。


「最後に一つだけ言っておこうか。私は教師として君が医学部に合格して欲しいと心底感じている」

 堂々と僕に言っている割には気持ちが感じられませんが、僕の気のせいですか?


「と同時ではあるが個人的に君は落ちてしまえと思っている」

 訂正。

 この人、僕が医学部に行くことを望んではいないようだ。

 そもそも、落ちてしまえって。あなたは本当に教師か?


「医学部に行きたい人間は多い。だからこそ、行けない人間の方が多いんだ。そして、その人間の中には幼少から英才教育をされてきて、日頃努力を積み重ねている。それでも合格を勝ち取れない人がいるんだ。私の言っている意味分かるな?」


「彼らの努力に対して僕は特に努力することなく生きてきたから不可能ということですか?」


「不可能というのは言い過ぎだ。だが、覚えていてほしいのは彼らの努力を無駄ではないということだ。楽して医学部に入ろうなんてもってのほかだ」

 柊先生は握り拳をつくって僕の胸へと軽く叩く。


「医学部に行きたいと勉強をしている奴より勉強して追いつき、追い抜かなくてはならない。到底、私の教師歴から言わせてもらうならば、かなり困難といえる」

 僕だけではなく、他の人も医学部を志望している者がいる。

 僕は医学部を目指す前まで勉強もせずに遊びまくっていた。

 その結果、僕の成績は最下位。自業自得だ。

 僕は遊んできた時間を勉強でカバーしなくてはならない。

 そんなことは分かっている。

 だけど、僕は。


「それでも僕は自分の夢を諦めたくないですから」

 僕は力強く言うと、柊先生はニヤリと笑う。


「それで良い。君の夢は君のものだ。好きにすれば良い」

 

「はい」


「長話をして済まなかったな。もう行ってもらって構わない」


「わかりました。あと、僕日直なので日誌をもらえますか?」


「そういえば、今日は君だったな。宜しく頼む」

 柊先生は自身の机の中から日誌を取りだし、僕に手渡す。

 僕は日直日誌を受け取ると小さく礼をしてから黙って柊先生に背中を向けた。

 内心、僕は苛ついている。

 柊先生は僕が医学部に受かるわけないと感じているらしい。なぜなのかは会話の流れで伝わってきている。


 ――不可能というのは言い過ぎだ。だが、覚えていてほしいのは彼らの努力を無駄ではないということだ。楽して医学部に入ろうなんてもってのほかだ。


 そんなことは言われなくとも分かる。

 努力が無駄だったならば、誰も努力はしない。

 こっちとしても楽して医学部に入ろうなんて全く思っちゃいないんだ。


「くそ」

 職員室から遠ざかった後に僕は呟く。

 日誌を書き終えて急いで勉強に集中しようと教室に向かった。

 

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