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彼女は勉強ができる、彼は夢がある。  作者: 日光さんDX
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彼女は過去を知っている。

 ZTK(ゼットティーケー)部。

 それがこの部活の名前らしい。Z(受験)T(対策)K(研究)の略称である。

 酷いネーミングセンスだ。名前を考えたのは柊先生だそうだ。ちなみに顧問も柊先生らしく、なぜ柊先生が僕をここに連れてきたのかという問いは一人で納得した。

 要はめんどくさいから春日野先輩に丸投げした。それが正解だろう。


「試しに何題か解かせたけど、基礎が全く固まってないわね」

 僕が書いた解答用紙を見つめながらぽつりと言った。


「はい……」

 現在、近くの図書館で僕と春日野先輩はノートと学校指定の教科書を取り出して、カリカリと勉学に励んでいる。

 僕は春日野先輩にみっちりと勉強の洗礼を受けていた。試しに英国数理社の五科目の小テストを行った結果、当たり前だが酷い有様である。そのせいで僕の体力と集中力は既に底をついていて、口から魂が半分抜け落ちていた。

 し、しんどい。


「まずは基礎固めね。特に数学。解の公式ってわかる?」


「貝の公式?」

 ホタテの公式やシジミの公式なんぞあるのか?

 数学と海の幸に何の関係が?


「多分だけれどあなたが思っていることと私が言っていることは違うわよ」

 春日野先輩は大きく溜息を吐いた。

 柊先生が何で春日野先輩を選んだか分かった気がする。僕がいくら珍解答を出したとしても彼女は腐らず教え続けている。


「ここの問題はこれを使うの」


「おおっ! これは知ってるぞ。カロ法定理だな」


「加法定理ね。加をカタカナで読む人、初めて見たわ」

 春日野先輩は僕の間違いを冷静に訂正する。

 どんなに僕がふざけた解答を出そうが決して彼女は笑わない。普通の学生なら馬鹿だろと罵るだろう。 なぜ間違ったことに対して怒らないのか? その理由を聞いてみると、


「分からないことは恥ではないわ。最初は誰だって分からないことの方が多いんだもの」

 と返答してきた。

 性格はきつそうに見えたけど良い人だなと思う。むしろ、こんな僕の勉強を見てくれるなんてかなりのお人よしだなと感じた。


「まだまだ行くわよ。もう少し背筋をよくしなさい」


「はい!」




 気がつけば時計は十時になり閉館時間となった。

 僕と春日野先輩は片づけを始め帰る準備をする。参考書や教科書をバックに詰めていると、


「あれ? 敏君?」

 と聞いた覚えのある声が聞こえた。声のある方へ振り向くとそこには白のワンピースを着た一人の女性が僕の姿を凝視している。茶髪のショートヘアに向日葵の形をしたヘアピンをつけて、猫のように目がパッチリした瞳。どこからどう見ても思い当たる人物は一人しかいない。


「さ、さっちゃん!? どうしてここにぃ!」


「ど、どうしてって。私は勉強しにここにいるんだけどね」

 さっちゃんはどう反応していいかわからないのか苦笑いをした。笹村ささむら 沙鳥さとり。僕は彼女の事をさっちゃんと呼んでいる。昔からの幼馴染であり、家が近所であることもあって今でも交流がある。

 年は二つ上で、大学が合格できず現在一浪中。

 その為、気遣って最近は顔を見ることも減ったのだがこんなところで出会うとは思いも寄らなかった。


「お知り合い?」

 隣で片づけを終わらせた春日野先輩は小声で聞いてくる。

 僕は春日野先輩の顔が近くなりすぎていることを意識しながらも、動揺を悟られないように彼女との関係を説明する。


「はい、彼女は笹村 沙鳥。僕の昔からの付き合いなんです。さっちゃん、こちらは僕の高校の先輩である春日野 遥先輩だ」

 僕は上手く中継にまわり、紹介をする。

 お互いに怪訝そうにしていたものの、挨拶を済ませる。


「こんばんは。彼と同じ皆川高校三年の春日野 遥です」


「これはご丁寧にどうも。笹村 沙鳥です。敏君がいつもお世話になっております」

 さっちゃん、その言い方は僕の保護者か何かか?


「では、三鷹君。私はこれで失礼するわ。復習だけは忘れないように」


「え? ちょっと春日野先輩」

 僕の声は聞こえていただろうが構わず歩き去ってしまう。春日野先輩の足音は止まることなく彼女の姿は外の暗闇の中に消えてしまった。


「もう少し話していけばいいのに」


「何か気を遣わせちゃったね。邪魔だったかな」


「いや、大丈夫だけど」


「そっか」

 急な沈黙が僕達を襲った。かれこれさっちゃんと話すのは僕の両親が死んで以来会っていなかった為、何を話していいのか思いつかない。それはさっちゃんも同様のようだ。お互いに「あー」やら「うー」やら話そうと考えつつもなかなか勇気が出ない。春日野先輩が居れば少し紛れたものの、今やこの図書館にいるのは僕とさっちゃんの二人ぐらいのものだ。

 僕から話そうと決心しようとした瞬間、


「はいはい。閉館時間ですよ。お帰り下さい~」

 と図書館の事務員の人が見回りでこっちに来ていた。途端にさっちゃんと目が合う。そこで僕もさっちゃんもクスリと笑った。


「敏君。とりあえず一緒に帰ろうか」


「そうだな。そうするか」




 いつ振りだろう。さっちゃんと一緒に帰るのは。

 すっかり外は暗くなってしまった。僕とさっちゃんは二人肩を揃えて歩いている。一緒に帰ることは珍しくなかったが、今となっては珍しい。

 こうして肩を並べて帰るのは非常に稀なことである。


「敏君と一緒に帰るの久しぶりだね」

 僕が思っていたことを丸ごと読み取ったかのようなセリフを言う。一瞬、エスパーかと思った。


「そうだな。僕もさっちゃんもいろいろあったからな」


「うん……」

 暗い夜の中でチカチカと点滅している電灯が僕達二人を照らしていた。久しぶりの再会ではあるがお互いにお互いを気遣っているせいで何も会話が生まれない。

 僕は数週間前に両親を亡くしている。心の整理もあってさっちゃんとは会う機会があまりなかったのだ。通夜の時もさっちゃんは来てくれたけど、正直全く記憶にない。


「敏君はやっぱり医学部を目指して図書館で勉強を?」


「ああ。そう決めたから」


「そっか。ねえ、敏君……」

 さっちゃんが言ってから数秒の間があった。何か言う事を躊躇っているように聞こえる。僕はさっちゃんが言うまで待とうと受け身の体勢だったが、時間が経っても彼女から言葉は出てこない。流石に僕はさっちゃんの方に視線を向ける。


「えぐっ……ひっく……」

 そこで僕の目に映ったのはさっちゃんが泣きじゃくる姿だった。これは僕でも不意をつかれて、


「さっちゃん!? 何で!? 何で泣いているの?」

 驚きのあまり頭がついていかない。何か僕は傷つけるようなことを言ったのか。そうだとしたらそれは何だ。何だ。何だ。いや、考えるより先に行動だ。


「ご、ごめん、さっちゃん。僕が何か変なこと言ったせいだよね。本当にごめん!」


「うっ……違うよ、敏君。違うの」

 さっちゃんは涙声を交えながら必死に首を振る。


「私、敏君に何もしてあげられない。それが堪らなく悔しいの」


「さっちゃん? 何を言ってるんだよ」


「敏君の両親が亡くなったときも敏君に何も言葉をかけてあげれなかった。私は敏君のお姉ちゃん代わりなのに……。敏君が医学部を目指しているのに私は浪人しているぐらい馬鹿だから勉強も見てあげられない。結局、私はお姉ちゃんを演じているだけのただの自己満足。だから私は……」


「さっちゃん」

 僕はさっちゃんを痛くないように優しく小動物を扱うように抱きしめる。さっちゃんは僕の予期せぬ行動に動揺したのか顔を赤くした。


「と、敏君!?」


「大丈夫だから」

 と僕は静かに語りかけた。僕はさっちゃんは離さぬようにぎゅっと抱きしめてあげる。彼女の温かさが服を介してわかった。さっちゃんは特に抵抗する様子もなく、静かに僕の胸で泣く。

 さっちゃんはもう十分お姉ちゃんをやっているよ。僕はその事を伝えたかった。

 両親が亡くなったあの日。葬式を行ったあの日。

 僕は涙を一滴も溢さなかった。もう僕は一人だから涙を見せてはいけないと思った。

 だが、さっちゃんは違った。彼女は物凄く泣いた。喉が枯れるまで泣き続けた。

 まるで本当の家族、本当のお姉ちゃんみたいに僕の両親のために泣いた。その中で僕は幾分か救われていたのだ。とにかく、そんな彼女の泣き顔が見たくなくって、だから僕は泣き止んで欲しかった。

 彼女の耳に聞こえるぐらいの小声で、


「僕はもう平気だから。だから、もう泣かないで」

 さっちゃんに対して言ったが、僕自身も泣きそうになる。

 僕は自分が強がって言っていることに気づいてしまった。

 本当は一人では寂しい。

 その本音を隠しながら、僕は黙ってさっちゃんの震える身体を抱きしめていた。

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