刀
主人公が異世界に転生した小説とかではゴブリンを平気で殺していくシーンが良くあるが、あれは結構すごい事だと思う。強大な力をいきなり手に入れたとしても、そんなに簡単に生き物を殺せるようになる人は少ないだろう。
個人差があると思うけど、生き物を傷つけるのに少なからず抵抗がある人が殆どだろうし、俺なんかは血を見ただけで吐きそうになるくらいだ。
考えてみれば俺が戦ってきたモンスターは昆虫系のみだった。最初に人型モンスターに出会わなくて本当に良かった。巨大な昆虫は気持ち悪かったけど、倒すことにそこまで戸惑いは無くてすんだのは幸運だった。
贅沢を言えば最初はスライムとかで慣れていきたかったけどね。
そんなヘタレな俺の目の前で人が死んでいるわけだ。当然吐きそうになる。なんとか我慢したけど、足は震えるし涙も出てきた。
自衛隊の隊長さんはもう動かない。周りにいた他の隊員達も顔に絶望が張り付いていて、動く気配はない。
ガブリ
オオカミは続けて左腕が無い隊員の頭を租借する。バタリ、と隊員の体が地面に倒れた。残った2人の隊員が小さい悲鳴を上げて逃げようとした。
だけど、オオカミは隊員達を逃がさない。1人を前足で押さえ込み、もう1人を口で捉えた。彼らはもう助からないだろう。呆然としていると、前足で押さえ込まれている隊員と目が合った。
彼はこっちを見て何かを言おうとした。だけど声を出す前に彼は死んでしまった。本当にあっという間だった。彼は何を言いたかったんだろうか? 助けて? それとも逃げろ、だろうか? どっちにしても知る術はない。だってもう何かを言おうとした自衛隊員は死んでしまったから。
幸いな事にオオカミは満腹になったのか、それとも俺に気付かなかったのか、俺を襲うことなくどこかに行ってしまった。助かった。あのままオオカミに襲われていたら俺は戦えただろうか? 多分無理だったと思う。
結構強くなってきて、モンスターとも戦える自信があったけど勘違いだった。避難地である学校周辺によく出るというゴブリンに襲われた時,俺は戦えるだろうか? 戦えると断言できる自信が今の俺にはなかった。
自衛隊の死体は残念ながら放置だ。周りはアスファルトだから埋めることもできないし、なにより死体の近くに行きたくない。手を合わせて黙祷だけして先に進むことにした。
・・・
鍛冶屋に向かうにつれて家が少なくなってくる。その代わりに畑が多くなってきた。畑はモンスターに荒らされたのかグチャグチャだ。
建物が少なくなって俺が隠れられる場所もなくなってきているのが不安だけど、幸いな事にここら辺にモンスターの気配はない。
俺はブーストを使い両足を強化して走る。この辺りまで来ると人の避難は完全に済んでいるのか自衛隊や警察の姿はなくなっていた。人の目を気にしなくてもいいのは好都合だ。
途中でゴブリンに襲われたけどブーストで強化した俺の速さには付いてこれないらしく、気付いたらどこかにいなくなっていた。
ブーストで強化すればゴブリンからは逃げられると分かったのはラッキーだ。これで無駄な戦いをしなくても済む。オオカミからは逃げられる気がしないけど。
畑を抜けると山の近くに来たためか坂道がきつくなってくる。ここまで来ると小さな食事処がポツポツとあるだけだ。どこの店も人気は無く、ガラスも割られていて廃墟のようだった。
坂を上りきると少し先に鍛冶屋が見える。鍛冶屋の周囲には建物が見えず木々に囲まれていた。何となく隠れた名店みたいな感じで期待感が高まってきた。
鍛冶屋は例外なく荒らされていて、外のケースに展示されていた日本刀は1本残らず奪われていた。俺は残った刀が無いか調べるために中に入る。残念ながら刀は残っていなかった。残っていても折れていたり刃こぼれが酷かったりで使い物にはなりそうもない物ばかりだ。
工房の方も見てみる事にする。工房は店の裏手に隣接しているみたいだ。鍛冶で使用するだろう大きな炉が設置されている以外は特質して興味を引くものはない。 鍛冶道具が床に散らばっているが、武器にできそうなものは無かった。材料だと思われる鉄もあったけど刀を打つ技術なんかないので持って行っても邪魔にしかなりそうもない。
(刀は諦めるしかないかな。)
俺はそう思ったが、最後の希望として店の2階、店主の居住スペースに向かう。知らない人の生活スペースに無断で上がるのは泥棒みたいで少し抵抗があるけど今は非常事態だから仕方がないと自分に言い訳をして階段を上がる。
(そもそも既にやってる事は泥棒だしな。)
残念ながら2階もモンスターに荒らされたようで見るも無残な感じになっていたが、それでも1階よりはまだマシな感じだ。タンスやクローゼットの中も念のため調べていく。残念ながら武器になりそうなものは見つからない。諦めようと奥の部屋の扉を開いたとき、それはあった。
鍵のかかった大きな箱が部屋の隅に置いてあったのだ。床に固定されていて持ち出せそうな感じじゃない。もしかしなくても貴重な物が入っているに違いない感じの金庫がそこにあった。
何が入っているのだろうか? お金? それとも重要書類? いやいや有名な刀匠の店だし、きっと刀匠の秘蔵品に違いない。国宝級の刀とか。
箱自体は金属で頑丈だが、幸いな事に鍵の部分は簡単な作りになっていた。3か所を南京錠で施錠されているだけだ。俺は下の作業場から鍛冶用の金槌を持ってきて力任せに南京錠を壊す。ブーストを使えば南京錠は簡単に壊れた。
箱の中には土地の権利書とかの重要そうな書類と、白い小太刀が入っていた。
小太刀の見た目はシンプルだ。柄と鞘は白木で作られており、余分な装飾は一切ない。鞘から抜いてみると刃の色に驚いた。特殊な技法を使っているのか、そもそも材料から違うのか、刃の色は漆黒といっていいほど黒かったのだ。柄や鞘が白い分、余計に黒さが引き立っている。切れ味も凄そうだ。
俺は小太刀を持ってきたカバンの中に入れて学校に戻ることにした。早く戻らないと陽が昇ってしまう。電気が失われた日常は夜も早いが朝もまた早いのだ。小太刀も隠さないと不味いだろうし、皆が起きる前に急いで帰らないといけない。
モンスターに見つからないように警戒をしながら俺は避難所である学校に向かって走り出した。