異変
テレビを付けてみると集団行方不明事件が最近多いとアナウンサーがニュースの原稿を読み上げていた。
俺は知らなかったが、1か月ほど前から定期的に行方不明者が出ているそうだ。分かっているだけでも行方不明者は20人を超えていて、その行方不明者はまだ1人も見つかっていないらしい。まったく物騒な世の中になったものだ。
今なんか「緑色の化物が棍棒を振り回している所をみた。」みたいな事を叫びながら交番に駆け込んだ男が、覚せい剤所持の疑いで逮捕されたなんてニュースも流れていた。
こんなんで大丈夫か日本。
少し前までの俺だったらそんな事を考えながらニュースを見て鼻で笑っていただろう。だけど今は違う。俺だって一歩間違えれば行方不明者になっていたかもしれないからだ。
もしかしたらだけど、集団行方不明事件は俺みたいに異世界に行って死んでしまった人達なんじゃないだろうか?
ニュースでやっていた「緑色の化け物」ってやつはあの異世界のモンスターがこっちに来たのかもしれない。俺が異世界に行けるんだから、向こうのモンスターだってこっちに来れるはずだ。
そんな事を考えていると急に怖くなってきた。平和な世界が急にあの異世界になったみたいな気がしたからだ。学校の通学路を歩きながら曲がり角を曲がった先に巨大なカマキリがいたと想像しただけで少し足が震えてくる。
もし、異世界のモンスターがこの世界に来たらどうなるだろう? 数匹のダンゴムシくらいなら自衛隊や軍隊で対処出来ると思う。
だけど、巨大カマキリやドラゴンが出てきたらどうなるだろう? ミサイルや銃でドラゴンは倒せるだろうか? 俺はカマキリの鋭い鎌が大岩を切り裂くのをみた事がある。あのカマキリを倒すのに何人の兵士が必要になるだろうか?
もしそんな事になった場合、俺はまだ恵まれたほうだろう。俺はまだ弱いけど自信を強化するスキルがある。少しだけどモンスターと戦った経験もある。レベルを上げてスキルを強化すればもっと強くなることも可能なはずだ。
何もできずにただ殺されるって事にはならないはずだ。逃げることに集中すれば自分だけなら多分なんとかなると思う。
そう考えると、異世界に飛ばされてキツイ思いをする事になって不幸だと思っていたけれど、そうでもないかも知れない。
危険だけど普通に暮らしていたら絶対にできないような冒険もできているし、その危険に対処するための力も身に付けることができた。結構ラッキーだったといえるだろう。
・・・
どんなに物騒な世の中になろうとも、会社や学校はなくならない。今日も学校は通常運転だ。人間ってやつは本当に自分が危ない目に会わないと危険なことを危険と認識できないんだろう。
通学中も忙しそうなサラリーマンが通勤していたし、スーパーも普通に開店していた。殺人事件も行方不明事件も今に始まった事じゃないからしょうがないとは思うけど、あんなニュースが流れている今、能天気だと思わずにはいられない。
その日の夕方、学校から帰ってきたあとの事だ。何気なく付けたテレビのニュースでは特番が放送されていた。
――本日、日本各地で新種生物が大量に発見されました。
テレビには緑色の小人が動物園の猿山を占領しているのが映し出されていた。その姿はゲームでよく見るゴブリンに似ていた。武器は持っていないけど緑色の肌と凶暴な眼光は、まさにゲームのゴブリンだ。
ゴブリンは裸で、その下半身はモザイクで覆われていたのが少し可笑しかった。
次に映し出されたのは狼だ。
熊のように大きな体躯の、真っ黒な毛皮の狼が自衛隊に囲まれて唸り声を上げている。黒い狼の周りには倒れてピクリとも動かなくなった自衛隊員が転がっている。あれはもしかして死んでいるんだろうか? すぐに映像が切り替わってしまったので分からなかったが、地面の赤いシミはやっぱり自衛隊員の血だったのかな……俺は少し気分が悪くなった。
その後は犬くらいの大きさのネズミが商店街を走っていく映像でニュースが終わる。
どれも現実離れしていて信じられないが、全部本当の映像らしい。動物園の猿が消えていたことからゴブリンみたいな動物は猿が進化した動物じゃないか、と生物学者の先生が語り、巨大な黒狼はニホンオオカミの生き残りではないか?と騒がれていた。
巨大ネズミはどこかに消えてしまった為情報が少ないらしいが、あの大きさのネズミは発見されていないようで突然変異だろうと言われている。ネットでは世界の終わりが近づいているだの新世紀の始まりだと大騒ぎだった。
俺はテレビを消して外を見てみる。テレビでの大騒ぎは嘘のような静けさだ、いつも通りの平和な日常がそこにはあった。
動物園の猿がゴブリンに進化しようがニホンオオカミの生き残りが巨大化して発見されようが、自分に火の粉が掛かるような事件にならなければそこまで気にする人もいないんだろう。テレビの映像は何処か現実味が無くて、遠くの出来事のように思えた。
少しずつ変わっていく世界に俺は少しの胸騒ぎを感じながらカーテンを閉めた。次のクエストまでにやることは多い。しっかりと休んでおこう。