異世界メール
書いてたら面白いかどうか分らなくなったので投稿します。
――異世界メールって知ってる?
何時の日からか、そんな噂話が俺の通っている学校で広まり始めていた。都市伝説みたいなソレは誰かの創作だとは思うけど、退屈な日常に飽き飽きしている俺達にとってソレは良い退屈しのぎであり、そして辛い勉強から逃げる為の現実逃避の道具として広がっていった。
異世界メールは何の前触れもなくスマホに送られてくるらしい。メールの文章は【異世界に行ってみませんか?】っていう一文とサイトのURLだけ。そこからサイトに飛ぶと30問の質問が書かれていて、最後の質問の【本当に異世界に行きたいですか?】にyesと答えると異世界に連れてかれる。そんなくだらない、どこにでもありそうなただの噂話だ。
最初にこの噂を聞いた時の俺の感想は「何だそれ」「ライトノベルかなんか?」だった。
だって異世界に連れてかれるんだったら、その事をどうやってほかの人に知らせるというのか。そんな神隠しみたいな事があったら行方不明とかでニュースになっていると思う。何でみんながこれを本当にあった事みたいに話すのか俺には疑問で仕方がなかった。
・・・
俺の名前は山神 聡。富士見高校という高校の1年生だ。
受験に成功して高校生という新生活が始まったばかりな訳なんだが、俺は早くもクラスの会話に付いていく自信が無くなってしまっていた。
何故ならこのクラスのブームは今、異世界メールで埋まってしまっているからだ。男も女も先生も皆が皆、異世界メールの噂で盛り上がっている。
これは異常な事だと思う。このクラスだけじゃない。この学校の1年生から3年生まで異世界電話の噂を知らない奴はいないだろう。
噂を咎めるべき存在のはずの先生達まで異世界メールの噂を楽しそうに喋っている。明らかな異常事態がこの学校では起こっていた。
俺みたいな1年生や2年生はまだいいとして3年生は受験生だろ? 先生達も注意しろよ! とかツッコミを入れたくなる。……まぁ本人達がそれでいいなら別にいいんだけどさ。俺の知ったことじゃないし。
「おーい山神。今日は杉原の家で異世界メールの噂を集めるんだけどお前も来ない?」
「いや、今日は塾があるんだわ。本当に残念だけど俺塾あるわ。」
クラスの男子(名前は知らない)が数名で集まって異世界メールの情報を探すらしい。それに俺も誘われたわけだが、そんなバカみたいなことに時間を使いたくないので適当に嘘をついて参加を拒否した。
今日は徹夜で新作ゲームをやらないといけないのだ。噂集めなんてやってられるか。俺はミッドガルド王国を救う使命があるからお前らは異世界メールでも何でも探してればいいと思うよ。
クラスの男子が残念そうに離れていくのを申し訳なさそうに見送って、俺は小説を読み始める。クラスの皆は口を開ける度に異世界メールの話を始めるので小説を読む事で話しかけるなオーラを出しているのだ。決して話し相手がいなくて寂しい気持ちを紛らわすためじゃない。ないったらない。名付けて【俺は本を読んでいます。話しかけないでね!アピール作戦】である。
今俺が読んでいる小説は異世界トリップ系なので、異世界メールの噂が聞こえる度に何とも言えない気持ちになるけれど。
・・・
家に帰ってきた俺は勉強や晩ご飯を終えた後、徐ろにテレビを付ける。1週間前に発売されたゲーム【ラグナロックマスターズ】というアクションRPGをやるためだ。
ゲーム機に電源を入れてしばらくしたらゲームのOPが流れ始めた。
一般兵が剣を抜いて戦場を駆けていき、魔法使いが炎をゴブリンに向けて放つ。王様っぽいのが演説をしている場面に移ったかと思えばドラゴンの大群が空を黒く染めた。最後に傭兵みたいなのがドラゴンに斬りかかっていってタイトルが表示される。
このゲームは何をしてもOKというマルチエンディング形式のアクションRPGで、主人公はレベルを上げながらスキルを取得して自由に世界を冒険していく。魔王を倒して英雄になるもよし、ダンジョンを全て制覇してダンジョンの王になるのもよし。知識を極めて賢者になるもよし。
はたまた農業スキルを取って世界を麦で覆い尽くしてもいいという、結構破天荒なゲームだと思う。
一応メインシナリオの流れはあるし、クエストみたいなやつも所々で自動的に入ってくるのでそこまで破天荒なゲームではないと思いたいが【レベルを上げて王城を攻めたら周囲のNPCに魔王扱いされたんだけど、どうしようか?】というスレが既にネットに上がっている以上、このゲームはやっぱり破天荒なゲームなのは確定かもしれない。
俺は取り敢えずメインストーリーに沿って進めていくが、少し油断すると【山の老婆と純愛ルート】とか【山賊の仲間になって奴隷王ルート】に進んで強制的にエンディングを迎えてしまう。こんな悪ふざけが過ぎるゲームだというのに評判がよく神ゲー扱いされている訳は、その絶妙なゲームバランスのおかげだろう。
シナリオもどのルートでも満足できる程に作りこまれている所が憎い。まさか老婆と純愛ルートで号泣してしまうとは思ってなかった。あの時は本気で老婆フェチになるところだったと思う。危ない危ない。
しばらくしてひと段落したので俺はコントローラーを床に置いて大きく伸びをする。時計を見ると深夜1時を回っていた。グゥと腹が鳴った。
「そういえば腹が減ったな。」
俺は気分転換がてらコンビニに買い物に行くことにした。俺の住んでいるマンションは1階がマンションのオーナーが経営しているコンビニになっている。
マンション住民の殆どが利用するだろうこのコンビニは、中々に繁盛しているようだ。そりゃ、15階建の高層マンションの住民のほとんどが利用していると考えれば、それだけで儲けは莫大だというのはバカでもわかるだろう。
品揃えも良く、ちょっとした買い物だったら遠くのスーパーなんて使う気にはならない。そもそも最近は野菜やら手作り惣菜まで置きだしたので、マンション住民はもうスーパーなんて使ってないんじゃないだろうか。
まぁ、そんな事はどうでもいいか。
俺はエレベーターで1階に降りてコンビニに向かう。その時、俺のスマホからメールの着信音が鳴った。
「なんのメールだろ?」
メールには【異世界に行きませんか?】という題名のメールが1件入っていた。