第六話 魔物強襲
爽やかな気分だ。
川のせせらぎと小鳥たちの鳴き声が、実に耳に心地よい。
「俺、どうしてこんな所で寝てるんだ?」
そう、解せないのはそれだ。
昨日張ったテントではなく、何故か川の岸辺で寝そべっていたのだ。
しかもなんか焦げ臭い。
っていうか実際服が少し焦げてるし火傷もしている。
「っ!!思い出したぞ!!」
そうだ、俺はミリアの奇襲を受け地に伏したのだ。
ご丁寧に俺が洗っていた鍋や器は回収済みだった。
しかし俺はここに放置、しかも上に毛布を被せるなどという気遣いの一つすらない。
俺はミリアが居るであろうキャンプへとダッシュで戻る。
雷撃を浴びた後遺症か、まだすこしピリピリするが、走れないほどではない。
「おいミリア!!」
キャンプに着くなり、ミリアのテントの前で叫ぶ。
「うっさいわね」
超不機嫌そうに現れるミリア。
だが実際不機嫌になるべきは俺の方だ。
「昨日はよくも昏睡させてくれたな!」
「あんたがっ!私のはっ…は……裸を見るからいけないんでしょ!!」
「見てねぇよ!!!」
実際あんな暗闇で見える訳が無い。
てか見えないからこそミリアだって俺に気づかなかったんだろうに。
「嘘よ!このケダモノ!!」
「あんな真っ暗な中で見える訳ねーだろ!!てか覗き犯が自分から声掛けるかっての!!!」
「確かに……言われてみればそうね」
「そうね、じゃねえよ!挙句あんな所に人を放置しやがって!」
風邪引いたらどうするつもりなんだこいつは。
本当にミリアはこの体を大事に思ってるんだろうか。
「覗き犯にそんな慈悲掛ける訳ないでしょ?」
「実際覗き犯じゃなかった訳だが、そういう場合に掛ける言葉はないのか?」
「ふん、悪かったわね」
「…………」
いや、我慢だ。
こいつの性格を考慮するに、これは最大限の謝辞だろう。
「もういい、解ったから朝食食って進もうぜ」
結局張るだけ無駄に終わったテントに戻り、荷物の中から朝食用のパンを取り出す。
ミリアにもパンを一個手渡し、そのまま自分のパンを齧る。
「もし見えたら嬉しかったの?」
ボソッとミリアが訊ねる。
「ふむ、まぁ若い女の子の裸が見れたとなれば普通は喜ぶんじゃないのか」
「このケダモノ!loki elm baris us!」
「ぐああああああああああ!!」
質問に真面目に答えただけでこの仕打ち、理不尽とはこの事を指すのではないだろうか。
今度は意識こそ落ちなかったものの、一時的な麻痺状態となってしまった。
数分後に喋る事は可能になったので、理不尽なこの仕打ちに対して抗議をすると、一応自分の非を認めたのか、謝罪の後に俺にパンを食べさせてくれた。
まぁ、所謂あーんって奴だが、ミリアには何も言わなかった。
当然痺れは食後も治らず、仕方が無い……というより全面的にミリアが悪いので、俺の分のテントも含め、キャンプの撤収作業はミリアが一人で行った。
俺の麻痺が治り、旅を続行したのはそれから一時間が経った頃である。
「ったく、凶暴イナズマ女のせいでとんだ時間の浪費しちまったぜ」
「悪かったわね!!」
「悪いと思ってないよな、思ってないだろ。無理して誤らなくても良いんだぜ、気味悪いから」
「本当に悪かったわよ、二度とやらないから機嫌直しなさいよ」
「本当かよ……」
さすがに二度も容赦ない雷撃攻撃を浴びせられ、その凶行の犯人を信頼するという方が無理な話だ。
これ、普通にパートナー契約の危機だよな、こんな奴に背中預けられる気がしないし。
「アルベールも変わり者だったんだな、こんな奴とパートナー組んでたなんて」
「何よ?アルは変じゃないわよ!」
「変だろ、こんな命の危機を感じる奴と組んでなんていけねえよ」
その瞬間、珍しくミリアは表情を曇らせ、弱弱しく反論した。
「変なんかじゃ……無いわよ」
そのミリアの姿に驚かされ、一瞬どう返すべきか浮かばなかった。
「いや、その……悪かった。知りもしないアルベールの事を悪く言うのは良くなかったよ」
薄っすらと涙が滲んでいそうな表情のミリアを見て、さすがに心が痛んだので素直に謝る。
普段なら殴りかかってきそうな物だが、こんな反応をされてはこれ以上何も言えないではないか。
「……」
「すまん、本当に悪かったよ。どんな奴だったのかは知らないが、アルベールを貶めるような事はもう言わない」
「いいわ、許す」
「はぁ……。ったく、泣くなよな」
「泣いてないわよ!」
こいつがこんな反応をするなんて、やはりそれだけアルベールという男は、ミリアにとって大事な人間だったのだろう。
「さて、所で隣町まであとどれくらいだ?」
「そうね、あそこに見える森林を越えたらすぐよ」
「ほほう、森林ねぇ」
全く見えない。
北海道で、遥か遠くの山を指して「あそこだからもうすぐ」と言われた事があるが、それより酷い。
こいつはマサイかなにかなのか。
心の中で悪態をつきながら歩く事およそ3時間(俺の体内時計より)、ようやく件の森林が間近に迫ってきた所でミリアが足を止めた。
「待って、なにかおかしいわ」
「ああ、そうだな。凄く遠いぞあの森」
「そうじゃないわよ馬鹿、あの森の雰囲気がおかしいのよ」
「雰囲気?」
俺には全くわからない。
と言うより、この森ってこんなんじゃないんだろうか。
「前に来たときはもっと明るかったわ、今はなんだか……異質よ。あんたも少し気をつけて、何が起きるか解らないわ」
「それは魔物でも出そうって事か?」
「そう言う事よ」
「ほほう」
この世界での初陣はまさかの人間だった。
ここにきて初の魔物戦となれば、いっきにRPGの様になる。
不謹慎だろうが、心なしかテンションが上がってくる。
「行くわよ、準備は良い?」
「大丈夫だ」
俺の事は気にせず、ミリアが中へと進んで行く。
俺もミリアのすぐ後ろを歩いて着いて行く。
森に入ってしばらくした所で、ミリアが言わんとしていた事が理解できた。
「何だ?空気が……重いな」
「言ったでしょ、雰囲気が異質だって」
「魔物が居る場所っていつもこんななのか?」
「そんな訳ないでしょ?ただ、こんな状態って事は、かなり力のある魔物が居る筈よ」
「中ボス、みたいなもんか」
「何よそれ」
「中ボスは中ボスだ」
「はぁ」
ミリアが呆れてため息をつくが、俺は気にしない。
そのまま二人で歩み続けてしばらくした所でミリアが足を止める。
遠くの方から巨大な足音が近づいてきていた。
「何か来るわ!」
ミリアのその言葉と殆ど同時に、一つ目の3m程の全長の巨人が現れた。
「げげ、あれってサイクロプス!?」
「良く知ってるじゃない!戦闘準備!前衛!任せたわよ!」
「おいおい、正真正銘中ボスクラスじゃねぇか!ったく俺そんな経験値ねぇんだぞ!」
「訳解らない事言ってない!正面来るわよ!!」
「よっと!」
サイクロプスは右手に持った棍棒を強かに地面に叩き付ける。
大振りな攻撃ゆえに回避は容易かったが、その怪力からか、並々ならぬ暴風が俺を追撃してきた。
「うぉ!?」
「グゥオオ!!」
風に襲われ体勢を崩した所で、サイクロプスの左ストレートがこちら目掛けて飛んでくる。
間一髪上体を反らして回避するが、無理矢理の回避行動に体が悲鳴を上げ、なおかつこれまた強力な風によって、パンチの方向へと引っ張られる。
「クソ!防戦じゃ埒が明かないか!」
回避し続けるだけではリスクが大きいだけだ。
ミリアの詠唱完了を待つのも手だが、それまでに一発貰えば耐えられる自身が無い。
「ここは攻める!」
幸い、サイクロプスの動きは基本鈍重だ。
攻撃自体は速い物の、攻撃行動に移るまでや、移動の時間が長い。
ひたすら背後に回りこみ、攻撃態勢に移る前に攻撃し続ければ勝機はある!
「うおおおお!!」
俺はすぐさま作戦を実行に移す。
まず、サイクロプスの背後に回りこむ。
すぐさまサイクロプスは正面に捕らえるべく軸合わせをするが、鈍重な回転では俺の動きに追いつかない。
俺はひたすらサイクロプスの背中に斬撃を加え続ける。
「グオォォオオオオオ!!!」
一際大きな手応えがした後、サイクロプス体が大きく仰け反った。
その後間髪入れずに、サイクロプスが上体を回転させ棍棒を振り回すが、動きが先程よりもっと鈍い。
おそらく先程の手応えはサイクロプスの背中の筋を断ち切った感覚なのだろう。
「チャンス!!」
俺はサイクロプスの棍棒に飛び乗り、その一つ目目掛けて突きを繰り出す。
「ゴアアアアアアアアアァァァァ!!!!!!」
大量の血を噴出しながら一際大きな悲鳴を上げるサイクロプス。
俺はすぐさま剣を引き抜き飛び退く。
サイクロプスは左手で顔を抑えながらしばらくぐらぐらと揺れた後、突然糸が切れた人形の様に崩れ落ちた。大きな地響きと共に。
「え?嘘。倒したの?あんた一人で?」
「意外とチョロかったな、見掛け倒しって奴か」
「でも待って、まだ森の雰囲気は治ってないわ」
「ん、確かに」
その時、先程と同じ様な巨大な足音がいくつも近づいてきた。
「おいおいまさか……」
「まずいわね、今の戦闘を聞きつけた他の固体がこっちに向かってるのよ」
「冷静に分析してる場合か?二体以上は無理だ!逃げるぞ!」
「賛成ね」
俺とミリアは道なりに走る。
後ろも振り返らず、ひたすらに走った。
大きな足音が近づくにつれ、サイクロプスが迫って来ているのが解る。
「げげ!」
なんと、走っていた方向にサイクロプスが一体待ち伏せていた。
「おいおい、他に道は!?」
「無いわよ!」
「冗談じゃねぇ!」
後ろを振り返ると見えるだけで2体のサイクロプスが迫ってきている。
今すぐ目の前のを倒せたとしても、後ろの二体に追いつかれてしまう。
「クソッ!どうする!どうすればいい!!」
ミリアは黙って考えている様だ。
俺も現状を打破する方法を何度も頭でシミュレートする。
目の前の固体に先程と同じく飛び掛って顔面に突きを入れて走り抜ける。
しかし目の前の固体は万全な固体、正面からの攻撃など容易く迎撃されてしまう。
では横をすり抜ける?
無理だ、前の固体は一際太っているせいで道を殆ど塞いでいる。
他にもあれはだめ、これもだめと考えを巡らせるが、一つも名案が出ぬまま絶望的状況になりつつある。
ミリアの方を見やるが、ミリアも答えは出ていないようだ。
「クソ!こんな所で!!」
その時、今朝の出来事が一瞬頭をよぎった。
そうだ、そうすればいいのだ。
「ミリア!朝俺にやった魔法をあいつに撃て!」
「え?」
「良いから速く!奴を麻痺らせるんだ!」
「わ、解ったわ!loki elm baris us!」
今朝俺が味わった雷光、それが目の前の肥満サイクロプスの脳天を直撃する。
サイクロプスは一瞬ビクリと体を強張らせ、そのまま倒れた。
「今だ!ミリア!!」
俺はミリアの手を引き、大急ぎで駆け出す。
人生でこんな速く走った事は無い、と言うくらい全力で走った。
体が違うおかげで、こんなにすっ飛ばしてもそこまできつくならないが救いだ。
「はっ、はっ、おいミリアっ!出口だっ!!」
「え、ええっ!」
「うおおおおおあああああ!!!!」
俺とミリアはラストスパートを掛け、物凄い勢いで森を抜けた。
「はぁ…はぁ…はぁっ…。追って来ない…か…はぁ…」
「ええ、逃げ切ったわ」
「お前っ…はぁ…どうして…っ…息切れて…はぁっ…ねぇんだよっ!」
「こんな事、よくあるもの。というか、あんたの体の方が体力あるはずよ?」
「え?嘘?」
言われてみればそんなに苦しくない。
むしろそれを意識したら嘘の様に呼吸が楽だ。
「あれ、本当だ?」
「魂の影響ね。あなたどんだけ堕落してるのかしら」
「うっせ!現代人は走らないんだよ!」
しかし、本当にサイクロプスが追ってくる気配は無い。
「なんだあいつら、どうして追ってこないんだ?」
「さぁ?それよりあんた、一人でサイクロプス倒すなんて、やるじゃない」
「あんな奴に防戦に徹したらジリ貧だろうが、それにあの動きならケツ狙い続ければ勝てる」
「ふぅん、中々良い判断じゃない?少し見直したわ」
「えっ」
見直した?ミリアが俺を?
突拍子の無い発言に一瞬思考が完全に停止してしまった。
「それに、最後のあの判断も見事よ。まぁ確実に麻痺できるかどうかは解らなかったけど、確かにあれが最適な戦術だったと私も思う」
「な、なんだよ、お前どうしたんだ?」
突然のベタ褒めに気持ちの悪さを覚える。
走ってる最中に頭でも打ったか、それとも生きるか死ぬかの瀬戸際で頭が変になったのか。
「そ、それに、私の、その……を引いて……た所、すこしかっこ良かったわよ」
「え?なんだって?」
マジで聞き取れなかった。
全体の声の音量が小さい上に、一部極端に声が小さくまったく聞こえない。
「だから!私の手を引いて必死に逃げてた時!少しかっこよかったって言ってるの!!」
「お、おう……ありがとうございます……」
え、なんで怒鳴られてるの?
あまりの出来事に思わずありがとうございますなんて変な返答をしてしまったが、そもそもミリアがテンパっているので、そんな変な俺の発言には一切気づいてないらしい。
「あれ、待てよ?もしかして手を引いて走ってるとき、お前は普通に走ってて俺だけ必死ではぁはぁ言いながら走ってたって事?」
「そうなるんじゃない?」
……実際想像したらかなりダサかった。
「くっ!これが現代人の性か!!」
なんとしまりの無いヒロイン救出シーンだろうか!
いやまあ、こいつヒロインって感じじゃないけど。
「まぁいいや、さっさと隣町行こうぜ。今のでどっと疲れたよ…」
「そうね、思わず走った事で時間短縮できたけど、確かに色々な意味で疲れたわ」
歩きながら、奇妙な感覚に気づいた。
以前より、ミリアの俺に対する態度が若干軟化したように感じる。
まあ以前といっても昨夜以前と、大分直近なんだが。
昨夜の雷撃事件(朝もあったが)から、少しだけミリアの凶行が減った気がする。
今もまったく俺に危害がなかった。
前までなら手を取った事に関してストレートの一発二発は飛んできてもおかしくない。
「いや。まさかな」
「ん?なによ?」
「独り言だ、気にするな」
「気持ち悪いわね」
「んだと!?お前!!」
「一人で笑ってるのが気持ち悪いって言ったのよ!!」
この後滅茶苦茶喧嘩した。
隣町…その名をフォレストサイドと言うらしい。っていうかまんま過ぎる。
ミリアの言うとおり、先程の森より少し行った所ですぐにこの町についた。
とは言え、森を抜けた後に盛大な喧嘩を一発かましたのでえらい時間が掛かったが。
「おいミリア、宿はどこだ?」
「こっちよ、着いて来なさい」
一応、魔法が炸裂するような喧嘩をした割には後腐れが無い点で安心している。
魔法を撃って来たのはミリアだけで、俺は剣を抜く訳にも、殴る訳にもいかないのでひたすらデコピンで対処したが。
ちなみに魔法の被弾はゼロ、デコピンの着弾は4と勝ち越しである。
「おお、良い感じの宿だな」
「言っておくけど、あんたと私は部屋別だから」
「当たり前だろ、昨夜みたいな理由で床に寝かされたら堪らん」
とは俺たちの都合。
実際は宿の都合も絡むので――。
「悪いな、今日は一室しか空いてないんだ」
と言う事にもなりえる。
「信じられない!!こいつと同じ部屋だなんて!!」
叫びたいのは俺の方だ。
「同じ部屋、同じベッドとか、このケダモノに何をされるか……」
「まて、ケダモノの件はお前の誤解という見解で落ち着いたはずだ」
「昨日と今朝のはね。でもこれからどうなるか解らないわ」
もう正直これ以上こいつに付き合うのも疲れた。
と言うより、疲れているのでこいつに付き合う元気が無い。
なので俺は早々に折れて、さっさと落ち着く事にした。
「もういい。お前一人でこの部屋使え、俺はテントで一夜を明かす」
そう一方的に告げると俺はミリアの返答を待たずに外に出る。
宿を出るまでミリアは着いてこなかったが、宿から出てしばらくした所でミリアが走って追いかけてきた。
「何だ?設営手伝ってくれるのか?」
「違うわよ!」
「じゃあ何しに来た」
「部屋……本当に良いの?」
「嫌なら仕方ないだろ。俺も落ち着きたいから一人で寝る。だったら俺がテントで寝るのが最適だろ」
そう告げるとミリアは一瞬足を止める。
「でも、折角屋内なのに良いの?」
「じゃあお前が外で寝るのか?」
「それは……嫌よ」
「なら俺がテントだろ」
手頃な場所を探すべく、俺はそのまま歩き続ける。
やはり町の外でなければテントを張る場所はないかもしれない。
ちらりと後ろを見やるとまだミリアが着いてくる。
「いつまで着いて来るんだ?」
「何…何怒ってるのよ」
「怒ってない、疲れたから早く休みたい。だからさっさと部屋を譲って設営場所探してるんだよ」
「怒ってるでしょ?」
「ならなんで怒ってると思うんだ?」
仕方がないので一時足を止め、ミリアに向き直る。
ミリアは珍しくしおらしい表情だ。
案外引き下がられるのに慣れてないんだろうか。
「だって、態度が冷たいじゃない」
「だから疲れてるんだって。まだまだ二回目で慣れない戦闘こなしたんだ、肉体は大丈夫でも精神的疲労って物があるんだ。今はそれを抜き去る為に休みたいって言ってるんだよ」
「そういえば、あんた今まで戦った事無いのよね?」
「そうだよ」
長くなりそうだな、と本能的に悟り、仕方がないので手近なベンチに腰をかける。
右手で隣を叩き、ミリアにも座るよう諭す。
それを受けてミリアは特に何も言わずに隣に腰掛けた。
「ならなんで、あんな普通に戦えるのよ?」
「それは死ぬかもしれないのに、って事か?」
「ええ」
「それなら簡単だ。今度は何もしないまま死にたくない。それだけだ」
「私を守ったのは?」
守った?
記憶に無い。俺がいつミリアを守っただろうか。
「守った事なんて無いだろ」
「さっき私の手を引いて逃げたじゃない」
「あれはお前普通に走れてただろ」
「私、正直言うと固まってたのよ」
「固まってた?怖くて?」
「そうよ」
珍しいミリアの態度に驚きはしたが、話の腰は折らず、そのまま話を聞く事にした。
「私の前にはいつもアルが居た。アルが敵を抑えてくれて、私はアルに合わせて魔法で敵を倒してた。でもあの時アルは居なかった。だからどうすれば良いのか解らなかった」
ミリアは思い出す様に目を閉じ、手を握り締めた。
「でもそんな時に、あんたが私に魔法を撃てと言った。私は現実に引き戻された。動く事ができた。でも足が動かなかったの。逃げないと駄目なのは解ってた、それでも走り出せなかった」
「そんで俺がたまたま手を引いた、と?」
「そうよ、あんたが手を引いたから動けた。アルの姿で、アルの様に私を導いてくれた」
「重ねるのは勝手だし、この姿で重ねるなと言う方が無理な話だが、俺はアルじゃない」
「解ってるわよ、あんたのせいでアルが消えたんだから」
「いや、そこは俺のせいじゃねぇよ」
あの神父のせいだろ、おおよそは。
運悪く殆ど同時に死んでたってだけで、俺はたまたまここに捕まっただけの話だ。
まぁ都合よく利用させてもらってる訳だが。
「最初は憎かったわ、あんたの存在が。アルの姿をしているのにアルじゃない。だまされた様な気がして、大切な人を奪われた気がして」
「だから俺のせいじゃねぇっての」
「解ってる、解ってるわ。あの場所で話した時、あんたは悪い人間じゃないって解った。でもそれでも、許しきれなかったのよ」
今更言われるまでも無く態度に出まくっていたが、これに関しては心の中でとどめておいた。
「でももう、許すわ。あんたは私を救ってくれた。ケダモノで馬鹿だけど、一時的にパートナーとして認めてあげる」
「ケダモノじゃねぇっつってんだろ!」
「馬鹿は否定しないのね」
「まぁ、頭が良い方ではないな。馬鹿かはおいといて」
「ふっ」
湿っぽかったミリアの表情が今の俺の発言で少し和らいだ。
不覚にもその様を見て、一瞬ミリアが可愛いと思ってしまった。
っていうか、一番最初に見た時は確かに美少女だったんだよ。
ただ中身補正でそんな意識は遥か彼方、銀河系を超えて銀河団の果てまで吹っ飛んだが。
「それで?今そんな話をした事と、俺のテントと何の関係が?」
「そ、それは……」
「無いのかよ」
やれやれ、と言った感じで大げさに首を振ってみせ、俺はベンチから立ち上がった。
さっさと設営場所を探さなければ。
と思ったら服の裾をミリアにつかまれた。
「なんだよ?」
「認めるって言ったでしょ」
「は?」
「いいわ、特別に」
「何がいいんだよ、主語を言え」
人の服の裾を掴んだまま俯くミリア。
ツンデレのデレでも発動しているのかもしれないが、まったくもって要領を得ない。
「同じ部屋でも良いって言ってるの!」
本当にデレ発動だったようだ。
「さっきまで嫌だって言ってたのに?変わり身早すぎるだろ?」
「うっさいわね!私が良いって言ってるんだから良いのよ!」
何なんだこいつ。優柔不断にも程があるだろ。
っていうか、ミリアが良くてもこっちが嫌なんだが。
朝起きたらまた麻痺とか、実は廊下でしたとか堪ったものじゃない。
「いいよ、感電のリスクより外で寝る方を取る」
「あんたがへんな事しなかったら雷撃なんてしないわよ!」
「いつ俺が原因で雷撃を撃ち込んだ?」
「うっ、それは…」
「だから俺はテントで寝るって」
「解った!雷撃撃たないわ!」
「ホントかよ?」
「本当よ!誓う!」
やれやれ、どうしてこんな必死なんだか。
「解った、テントはやめる。でもベッドはお前が使え。俺はソファーで寝る」
「それは当然よ。一緒のベッドなんて意味が解らないわ」
「やっとお前らしくなったな」
「どういう意味よ?」
「そういう意味だ。さて、戻るか」
本調子になったミリアが、なんでも今までの侘びと言う事で料理を作ってくれるらしい(といってもいつもミリアが料理してたが)ので、俺は先に風呂に入る事にした。
考えてみればサイクロプスの返り血を浴びたままだったので、宿の風呂が解禁になったのは助かったかもしれない。
だがしかし、ここで問題が発生した。
返り血を浴びた服は洗わなければならない。
だが予備の服はポーチに入れっ放しにしてしまったので、部屋の中にある。
つまり、裸に程近い格好でポーチを取りに戻らねばならない。
「ステルスミッション……という奴か」
まさかファンタジー世界で潜入任務を開始するとは思っても居なかった。
まずメインルームの状況を脱衣所から確認する。
現在ミリアは絶賛料理中だった。
ミリアの居る台所からポーチの置いてあるテーブルは死角。
問題はそこに辿り着く道程である。
その途中は一切の遮蔽物がない。
迅速かつ的確なタイミングで動く事が重要だ。
一歩間違えれば…死あるのみ。
「チャンスは一度。決めてみせる!」
気合を入れた所でミッションスタート。
まずはファーストフェイズ、気づかれぬ様に脱衣所の扉を開ける。
これは難無くクリア。
次いでタイミングを計って移動するセカンドフェイズだが、一度台所の直下まで移動する遠回りルートを取る事で、視界に入るリスクを抑える事にした。
「あれ?あの調味料はどこに行ったのかしら?」
ミリアが後ろを向いた今がチャンス!
チーターの様に素早く静かに台所の直下へ潜り込む。
セカンドフェイズ、クリア。
「あっ!」
ミリアの小さい悲鳴と共に、なんかの野菜がこっちに転がってきた。
つまり、ピンチである。
考えるのだ、このピンチを脱する方法を!
先のサイクロプス戦でも、最後には名案が浮かんだではないか!!
どうする!俺!!
「あんた、何してんの?」
考えても答えが出ない事はある。
人生では特に、そういった問題の方が多いものだ。
「いやなに、ちょっと着替えを取りに……な」
何事も無かったかのように立ち上がり、ポーチの元へ歩いていく。
大丈夫、大丈夫。ミリアは何も言って来ない。
「そ、そんな格好で私の足元で何やってんのよヘンタイ!!!」
「ひえっ!?」
あろう事かあの女!包丁投げやがった!!
間一髪避けた物の、反対側の壁に見事に突き刺さっている。
「何しやがる!俺をディナーに並べる気か!!」
「それはこっちの台詞よ!そんな格好で私の足元で何がしたいのよ!!」
「だから!着替えを取りに来たんだよ!!」
「それでなんで私の足元に隠れる必要があるのよ!いかがわしい事でもする気だったんじゃないの!?」
ぶっちゃけ、これは完全に俺の逆ギレである。
ミリアの怒りはもっともだ。包丁投げ意外に関しては。
俺は大人しく投降し、事の経緯を説明する事にした。
「あんた、馬鹿でしょ?」
説明を聞き終えたミリアの第一声がこれだった。
まぁ、否定は出来ない。
「私にポーチを取るよう頼めば良かったんじゃないの?」
「!?」
「何よその顔」
「お前……天才か!?その発想は無かった!!」
「……大丈夫かしらこいつ」
呆れられているがこれは全面的に仕方ない。
確かにそうだ、ポーチくらいならちょっと開けた扉の隙間から渡せてもらえるだろうし、最初からそうすれば捕虜にならずに済んだのだ。
「次回はこの手法で行くとしよう」
「いや、次はしっかり持っていきなさいよ」
珍しくミリアにマジな突込みをされてしまった。
「まぁいいわ、もうすぐご飯の用意できるから、待ってて」
珍しく激しい追及の無いまま無罪放免となった。
いや、まあ一瞬ヒヤッとした事件があったが。
「お前、なんか滅茶苦茶態度が軟化してないか?」
「やっぱ突き刺しといた方が良かったのかしら」
「いえ、結構です」
ただの気のせいだった。
ちょっと認めた分で普通…に近い扱いを受ける様になっただけだろう。
「ほら、できたわよ」
まぁ、こういった面は前からなんだが。
食料関係は俺の生死、つまりこの肉体の存亡に関わるからなのだろうか?
俺も食事を卓上に並べるのを手伝い、二人分が並べ終わった所でお互い椅子に座って食事を始めた。
「やっぱ料理上手いよなぁ……。ほんと、性格さえ良ければパーフェクトお嫁さんだったのに惜しいな」
「あんた、元の体に戻ったら覚えてなさいよ?」
さっきは包丁を投げて来たくせに、今度は俺の体がアルベールのだからと抑制したようだ。
この考えがずっとこいつの中にあれば俺は安泰になるんだが。
そもそも、この体の間に攻撃しないなら、ミリアに俺に報復する機会がない事になるし。
「ふ。残念だが元の体など、この世に存在しない。勿論現世にも…な」
「そういえばあんた死んでるんだったわね、なら放って置いても勝手に消えてくれる訳よね」
「改めて他者からその現実を突きつけられると悲しくなるな」
ほんと、なんで死んでるのに頑張ってるんだろうね。
頑張った結果が再び死ぬ事に繋がりそうだと言うのに。
「でもなんでわざわざ死にに行くような真似をする訳?」
「何が?」
「あんた、もしアルベールに体返したら死ぬんでしょ?普通生き返ったならこれ幸いと逃げない?」
ミリアもまた同じ事を考えていたのか。
「前に言っただろ、俺は死んでる。ファンタジー世界を冒険する、その願いが叶うだけで十分、もう一度死んでやるさ」
とは言うものの、俺自身この決心が大分揺らいではいるが。
「あんた、今日までこの世界で生きてきて、何の未練も無いの?」
見透かされていた、か。
こいつはこいつで、案外鋭い洞察力を持っているようだ。
「無い、とは言い切れないな。そもそも現世にも未練は有る、夢にまで見たファンタジー世界ともなれば、湧き上がる未練などそれこそ数多だろう」
「ならなんで?」
「それは俺の勝手な都合だからだ。俺がどれだけ未練があろうとも、それにすがれば他の人に迷惑を掛ける。お前とかな」
「つまり、生きたいのね?」
「そりゃ、折角生き返ったんだから、当たり前だろ。ただ俺にはその資格がないだけだ」
見事に誘導され、俺の内心を全て暴露してしまった気がする。
以前語った時と比べ、大分自分勝手な都合をミリアに話してしまった。
こんな自己中心的な話を聞いたミリアはどう思うのだろう?彼女は他の誰よりも俺の存在の被害者であるのだから。
「安心したわ」
「は?」
ミリアの口から発せられた言葉は、俺の予想を大きく裏切った。
叱責ではなく、まさかの安堵。
全く俺には理解出来ない。
「あんたは生に無欲なただの死にたがりかと思ってたわ。でも生きたいと思うなら、無茶はしない。ならアルの体が失われる様な真似はしないと思う。だから私は安心したの」
・・・・・・なるほど。
ミリアの言いたい事は解った。
「とは言ってもな、これからもさっきみたいな魔物と戦う機会だってあるだろ?そういう時に死ぬのどうこうなんて言ってられないぞ?」
「当たり前でしょ?そんな時まで無茶するなとは言わないわよ。無茶でもなんでもやって生き延びるのが先決なんだから」
「そらそうだな」
と、突然ミリアの表情が曇った。
「今一つ、大きな問題があるのよ」
ミリアの纏うただ事ではないオーラが俺の背筋に悪寒を走らせる。
「私達の旅の資金、ここの宿泊費で底を突いたのよ」
「え!?もう!?」
ありえない。
神父から結構な額貰ったと思ったが、一体何があったんだ。
「仕方ないでしょ!?私達の持ってるツール一式と、更に食料。こんなの全部用意してたら結構残り少なくなっちゃったのよ!」
「食料は…?」
「まだ数日分はあるけど、このままじゃまずいわ」
「ふむ……」
いつの間にか空になった食器を見つめつつ考える。
そういえばここはファンタジー世界だ。
となれば当然、あれが有っても良い筈だ。
「ミリア、この町にはギルドは無いのか?」
「ギルド?」
「んー、なんて言うかな、色んな人の仕事…ちょっとしたアイテム運搬から魔物討伐までの色んな依頼を片付けて、その対価としてお金を貰える場所がある筈なんだが」
そこでミリアは怪訝な顔をする。
「ある筈って、あんたこの町初めてでしょう?」
「そうだが、クエスト解決はRPGの基本。絶対どっかにあるって、そういうの」
「あのねぇ……」
その時、扉をノックする音が響いた。
「誰かしら?」
「解らん、俺が出るよ」
念の為、背中に武器を背負ってから扉へ向かう。
大げさかも知れないが、ここは現世ほど平和ではないだろう。
ミリアもそんな俺を見て特に変な顔をしなかったし、間違いではない様だ。
俺はノブに手を掛け、客を出迎える。
「こんにちは。あなた方がサイクロプスを倒した旅人で間違いありませんね?」
「は?なんだ突然?」
客は騎士の様な格好をしていた。
プレートメイルを身に纏い、その上にはサーコートを着用していて、腰には質素ながら美しい装飾が施された片手剣を帯びている。
「失礼、申し遅れました、私はこの町の警備隊長です。サイクロプスが一体倒されていたと報せが入り調べた所、今日この町に訪れた旅人はあなた方のみと言う事なのでこちらに来ました」
「確かにサイクロプスを倒したのは間違いなく俺らだな」
警備隊長は大きく頷くと腰から一つの袋を取り出し、こちらに差し出してきた。
「現在あの森のサイクロプスはこの町にとって脅威です。そのうちの一体を倒したあなた方には、少ないですが報奨金を渡すようにと町長からの指示です。どうぞ、お納めください」
「おお、どうも」
これは都合が良すぎる展開だ。
たまたま邪魔だから倒した魔物のおかげで臨時収入、しかもざっと見積もっただけで300Gは堅い。
「折り入って頼みがあるのですが、明日件のサイクロプスを対象とした大規模討伐がありまして、あなた方には是非そちらに参加して頂きたい」
「んー、と言ってもなぁ」
ちらりとミリアを見やる。
ミリアも若干難色を示している。
「金銭の面であればご安心を、必要な物資は支給しますし、宿泊費も当方で負担します。さらに当然報酬もご用意させて頂きます。どうでしょう?手を貸して頂けませんか?」
「ふむ」
悪い話ではないが、どうしよう。
この場で俺の一存だけで決定する訳にもいかない。
「悪いが、返事はまた――」
「受けるわ、任せて頂戴」
「えっ」
慌てて後ろを振り返るとミリアは一切こっちを見ていない。
「おお、良かった。では明日、昼前に町の正門に集合と言う事でお願いします。では、今日の所はこれで」
深くお辞儀をし警備隊長が去っていく。
完全に背中が見えなくなった所でミリアに向き直り、問い詰める。
「お前、何勝手に受けてるんだよ」
「良いじゃない、今金銭に困ってるのは事実なんだから」
「あのなぁ、相談とか色々あるだろう?」
「じゃあ、あんたはあの話受けなかったの?」
「いや、たぶん受けたけど」
「なら良いじゃない別に」
こいつには曲りなりにもパートナーであるという自覚は無いんだろうか。
「はぁー。まぁいいや、明日は運動会だろ?俺はそろそろ休むぞ。疲れたし」
「そうね、私もお風呂に入って休むわ」
「ほいほい、んじゃ、おやすみ」
ソファに向かって歩く俺をミリアは無言で見つめている。
「なんだよ?」
「覗いたら殺すから」
「覗かねぇよ!!」
いつになったらケダモノのレッテルが剥がれるのだろうか。
心の中でぼやきながら、俺は睡魔の訪れを待った。
しばらくして部屋に響きだした水の音が、嫌でもミリアが風呂に入っている事を意識させたが、少し後には俺の意識は眠りへと落ちて行った。