第五話 旅立ちは誰がために
俺はずっと望んでいた。
ラノベやゲームの様なファンタジー世界を、磨き上げた剣術でもって自分自身で旅する事を。
そんな厨二病もいいところな望みだが、現実に今は叶ってしまっている。
俺の命と引き換えに。
全ては夢でした、なんて事もこの際ありそうだが。
そんな現実に内心浮かれて忘れかけていたが、今回の旅の目的は、この体の主、アルベールに体を返す方法を探るためでもある。
つまりこの旅が完遂し、その方法も見つかれば俺はこの体から消える事となる。
セオリー通りであれば、その後俺の魂は現実世界に送り返されるだろう。
しかし俺の体は当に存在しない可能性が高い。とっくに火葬されているだろうから。
というか、あの状況ではバイクが炎上してセルフ火葬になっててもおかしくはない。
この場合、まず間違いなく体を返した瞬間、俺は再び死ぬのだろう。
以前俺はミリアに、死後に少しでも願いが叶ったのならば本望と語ったが、ここで数日過ごす内にその決心が揺らいでいる。
ここに住む多くの人と触れ合う事で、もっとここで過ごしたい、この世界の人々と共に生きていたい、と思う自分が生まれてしまった。
だが、俺がここで生きると言う事、それはこの体をアルベールに返さず、俺が占有する事に他ならない。
それでは今日までなんだかんだ言いつつも、面倒を見てくれているミリアを裏切る事になる。
理性は俺は死ぬべきだと言う。
しかし、心の底では死にたくない、もっとこの世界に居たいという想いがある。
俺はどうすればいいのか。
いったいどうすれば……。
選べる筈が無い。
いや、選ぶ余地など無い。
俺がどう思おうと、俺は再びあるべき場所へと還らねばならない。
たとえそれが俺の消滅という結末であろうとも。
「あが!?」
突然体を揺すられ、俺は目を覚ました。
何者かと思ったが、まだぼやけている視界に映る顔はよく見知った顔だ。
「ミリア……?」
「大丈夫?うなされてたわよ?」
徐々にはっきりしてきた視界と思考で、改めてミリアの顔を認識する。
その表情は心底心配そうだ。
「少し、嫌な夢を見ていたみたいだ」
「どんなの?」
どんな内容か、思い出そうとしたが思い出せない。
まぁ、元来夢とはそういうものである。
「解らない、嫌な内容だったのは覚えてるが、中身は今の一瞬で忘れたみたいだ」
「そう。朝御飯ならできてるから、落ち着いたら食べに来て」
気を利かせてミリアは一人で立ち去ろうと立ち上がる。
「いや、大丈夫だ、俺も今行くよ」
内容を覚えていないのにあれこれ考えようが無い。
完全に覚醒した頭でそう結論付け、俺もミリアに続いて立ち上がる。
しかし、確か昨日別れ際に殺人予告を受けた気がしたが、寝坊した俺に対しての対応がソフトすぎる気がする。
「そういや、寝坊したら殺すんじゃなかったのか」
「ふん。あんなうなされてる人間、どうこうできる訳無いじゃない」
「そうか、案外優しいんだな」
「朝御飯を作ってくれた人間に対して、随分とご挨拶だと思わない?」
振り向いたミリアの顔は笑っていたが、目からは怒りの炎が滲み出している。
「すまん」
考えるよりも早く、謝罪の言葉を投げる。
実際今のはミリアの言うとおりである。
一瞬悩んだミリアも、すぐさま怒りモードを解いた。
「まぁ、ツンデレだもんな。優しくて当たり前だよな、うん。優しさの無いツンデレとか、ただのツンツンだもんな」
「それ、褒めてるのかしら?」
「褒めてるよ」
「そういう事にしてあげるわ」
なんだか、ミリアの態度が昨日より若干柔らかい気がする。
もしかしてこいつ、人見知りだったんだろうか。
「さっさと食べて、食べ終わったらすぐに出るわよ」
ミリアが先に食卓に座る。
食卓の上には昨日同様、中々豪勢な……現代食が並んでいる。
「いや、ホント凄いと思うわ。マジ」
「な、なによ突然?」
「料理の腕もそうだけど、俺の世界とまったく料理の見た目も味も変わらないんだからな」
「ふぅん?不思議なものね」
「ああ、まったくな」
言いながら、俺はトーストを頬張り、次いでハムエッグを食べる。
何が凄いって、味付けも現世となんら変わらないところだろう。
ケチャップや醤油みたいな味のする調味料もしっかりあるなど、もはや違った意味でカルチャーショックを受けそうだ。
「なに食べながら微妙な表情してるのよ」
「超ファンタジーな世界で現代食を食べてる現状に、少なからずカルチャーショックを受けてるんだよ」
「本当に?」
「本当だ。馴染みある料理のおかげで変な気分にもならないし、なにより俺はこの味好きだ。ミリアは料理が上手いな」
「なっ!?褒めたって何もでないわよ!」
とか言いながら空になりかけていた俺のグラスに牛乳を注いでくれるミリア。
……解りやすい。
「このポテトサラダも超美味いな、俺昔からポテサラ好きなんだよ」
「…………」
返事が無いと思い顔を上げると、ミリアは顔を真っ赤にしてフリーズしていた。
なるほど、褒め殺せば万事オッケーと言う事か、覚えておこう。
朝食の後、フリーズが解けたと思った瞬間なにやらブツブツ言い出したミリアに、俺は台所から追い出されてしまった。
手持ち無沙汰で暇を持て余すのも、と言う事で昨日貰った剣を片手に、色々と練習をする事にした。
まず、剣にはめた共鳴石を用いて魔法を使えないかと思い、意識を集中して火でも出してみようかと試行錯誤するが、火どころか火の粉すら出なかった。
根本的なやり方が間違っている気がするので、今度ミリアにでも聞いてみようかと思う。
魔法の練習は早々に諦め、今度はバスタードソードの扱いに慣れるために一通りの素振りを行う。
ちょっと長さや大きさが竹刀と似ている程度で、特性が全然違うのでやはり慣れる為に練習は必須。
元々剣術をやっていたおかげで、何回か素振りをする内に重量のバランスを把握し、今度はその為に自分自身の重心移動などを調整していく。
さらに何度か素振りをしていると、後ろに人の気配を感じた。
振り向くと、そこにはミリアが立っていた。
「ミリアか、もう良いのか?」
俺を追い出した後、一人で皿洗いをしていたミリアだが、ここに居ると言う事は終わったのだろう。
「終わったわよ。ところであんたは何やってんの?」
「練習だよ。新しい武器だから、慣れておこうと思ってな。実戦でバランス崩してそのまま死にましたじゃいくらなんでも笑えないだろ」
「意外と真面目なのね」
「失礼だな、こう見えても戦う事に関してはいつも真面目だ」
「そうだった?盗賊退治の時は詠唱に集中してて全然見て無かったわ」
「別に良いさ、これから戦う機会なんて嫌でもたくさんあるだろ」
「そうね」
初陣がモンスターではなく、まさかの対人だったが、これからはモンスターと戦う事も沢山あるだろう。
無論、治安次第だが、この後も人間と戦う事はあるだろうが。
「それで?もう行けるのか?」
「ええ、大丈夫よ」
「そうか、それじゃ出発するか」
「荷物は玄関に纏めてあるわ、あんたの分も分けておいたから、そっちはあんたが運んでね」
「わかったよ」
俺は剣を背中に納め、ミリアと共に家の玄関へと向かう。
玄関には綺麗に分けられた荷物が二人分しっかり並んでいた。
「お前、女子力高くないか?料理といい、整理といい、現代女子でここまで出来る奴って希少だぞ」
「女子力?なにそれ?」
ふむ、女子力はこの世界では存在しない概念のようだ。
「そういや、神父には挨拶しなくていいのか?」
「平気よ、朝こっちに来る前に挨拶しといたもの」
「手際が良いな。ならそのまま行くとするか」
俺とミリアはそれぞれの荷物を担ぎ、外へ出る。
ミリアが家の戸口をしっかり施錠するのを確認して、共に街の出口へと向かう。
途中、すれ違う人たちが俺とミリアの格好に驚き何事かと聞いてくるが、ミリアがこれから旅に出る旨を説明すると、皆一様に俺とミリアを応援してくれた。
「良い街だな」
「当然でしょ?私の故郷なのよ?」
「はっ」
なんでこんな良い街で、こんなひねくれた性格の少女が育つのかは謎だな。
と思いはしたが、さすがに口にはしなかった。
「やっと出口だな…」
「挨拶回りなんてしないつもりだったけど、今ので殆どそれが終わった気がするわ…」
最初こそ街の人たちの応援を喜んではいたが、さすがに五回目くらいからは説明するミリアに疲れが見えた。
しかも個別に時間を割かれてしまったので、ここまで来るのに予想の三倍は時間が掛かった気がする。
「急ごう、思ったより時間が掛かった」
「そうね。隣街までの間に一夜はキャンプになるけど、場所くらいゆっくり選びたいもの」
賑やかな街とは正反対に、静かな街道を進んでいく。
「静かだな。普通こういう道って、魔物とか出たりするんじゃないのか」
「出ないわよ。そんなんじゃ行商達が寄り付かないでしょ」
「それもそうか」
くだらない話を振ってみたが、すぐに会話が途絶えてしまった。
何だかんだと面倒を見てくれるので打ち解けたと思ったが、そうでもないらしい。
これから旅の間は一緒に居るのだから、どうにかして打ち解けたい所ではあるが、特に話す事も浮かばない。
ベタに今日はいい天気ですねとか言い出せる雰囲気でもないし。
背負った荷物が立てる騒音と、二人分の足音のみが響く。
周りが静かなせいで、騒音が大きく響くせいか、先程より荷物が重く感じられる。
「なあ、荷物ってこんな風に運ぶのか?」
「は?他にどうやって運ぶのよ」
「いや、魔法のかばんで、どんな物でも全部入っちゃう上に、全く重くない的なの無いの?」
「はぁ~……」
まるで馬鹿を見る目でミリアがこちら見て、さらに盛大なため息をついた。
もう完全にこいつ俺の事を馬鹿にしている。
「え?無いの?魔法の世界なのに?」
「あのねー、そんなのある訳――」
「ありますよ?」
「ぬうあ!?」
「ちょ、誰よあんた!?」
突然背後から割って入ってきた声に驚き、二人して後ろを振り向いた。
そこには見る感じかなり怪しい、けれども一応商人に見えなくも無い初老の男性が立っていた。
いやしかし、仮に商人だとしてもおかしい。
この男はウェストポーチ一つを携行しているだけで荷物の類を殆ど持っていない。
「私ですか?通りすがりの行商って所にしといてください」
「胡散臭いな……」
「ええ、怪しいわ」
「そう言わないでくださいよ。見た所お二人とも遠出するんでしょう?なら良い物があるんですよ」
にっこりと笑う目の前の男。
もはや見るからに怪しい。
「やっぱり胡散臭いな」
「ええ、この上なく怪しいわ」
ここぞとばかりに俺とミリアの意見が合う。
「ややっ、参りましたね……。まぁ良いでしょう、先程そちらの男性が申し上げられた魔法のかばん、実はあるんですよ、丁度ここに」
「え?マジ?」
「嘘に決まってるでしょ、簡単に騙されるんじゃないわよ馬鹿」
「いえいえ、嘘ではありませんよ。とりあえず言うより見せたほうが良いでしょうね」
そう言うと男はウェストポーチに手を突っ込み、無雑作に中の物を引っ張り出した。
「え?嘘だろ……?」
「そんなのがそんな小さなポーチに収まる訳…ないわ…」
男が取り出したのはポーチより二周り大きな箱だった。
「ええ、ですから魔法のかばんです」
「おいミリア、何がそんなの無いだよ、あるじゃんか」
「こんなのあったなんて、私知らないわよ」
「そりゃそうでしょう、最近都で作られたばかりの新製品ですからねえ」
と言うと男は取り出した箱を開き、中身をこちらに見せてきた。
「同じような魔法のかばんです。あなた方二人の大荷物も、これ一つで全て纏められますよ」
「ふむ、願ったりだが…」
「新製品って言ったわよね?そんなの買える程私たちがお金を持っているように見えるの?」
「ご安心を、こちらは差し上げます」
男は俺の手を取り、箱から取り出したポーチを握らせてきた。
「冗談だろ?何処の世の中に売り物をタダで引き渡す行商が居るんだよ」
「行商のようなものと申し上げただけで、行商とは言ってませんよ」
「だからってこんなの……」
男は一瞬困ったような顔をしたが、すぐに名案が浮かんだとばかりに両手をたたいた。
「ではお近づきの印という事で。いずれまた会った時には、何か頼み事をするかもしれません」
「おいおい、後でとんでもない事要求するんじゃないだろうな?」
「きっとそうよ、怪しすぎるわ」
「そんな事しませんよ、それは試供品ですから、あなた方が行く先々で宣伝してくれれば、私の利益にも繋がるという物です」
要するに、広告塔代わりにするから宣伝しろ、という事か。
「そういう事なら納得しとこう」
「え?ちょっとあんた、こんな男の言う事信じるの?」
「宣伝させる代わりに物品提供するってのはそう珍しい事じゃない、俺の世界ではな」
「この際ですから、お嬢さんにもお一つ差し上げましょう」
俺たちの話を全く聞いてないのか、あえて無視しているのか、男はもう一つ箱を取り出し、箱の中から取り出した同じようなポーチをミリアに渡す。
「では私はこれで」
男はその言葉を最後に、そそくさと姿を消してしまった。
手に握ぎらされたポーチを改めて見つめ、それから隣のミリアに視線を移す。
「なんだよ……」
めちゃくちゃこちらを睨んでいる、と言うよりこれはうわさのジト目だ。
だがしかし、俺はジト目は御褒美勢ではない。
「後であの男が無理難題要求したら、あんた一人にやらせるから」
「へいへい」
思いっきり俺一人に責任を押し付けつつ、自分はそそくさと貰ったポーチを身につけ、荷物の整理を始めていた。
「ったく、お前って都合いいよな」
「何か言った?」
「いいやなんでも」
内心ではやれやれと思うが、俺も貰ったポーチを腰に巻き、背中の大荷物をポーチに押し込んだ。
「うわ、マジで入った」
「ほんとね、しかもそれでいて全然重くないわ」
「まぁ、原理や思惑はどうであれ、これで戦いやすくもなったし、歩くのも大分楽だろ。さっさと次の街目指そうぜ」
二人とも、ポーチを腰に巻き、背中に武器を背負うだけという大変身軽な格好になった。
これなら出発が少し遅れた分どころか、隣街までの予想時間を大幅に上回れる気がする。
「しかし、本当に貰っちゃって大丈夫だったのかしら?」
「今更何言ってるんだ?もうどうしようもないだろ?」
未だに疑惑を捨てきらないミリア。
確かに俺も怪しいとは思うが、もはや今更すぎる話だ。
今は旅が楽になったと言う事実があれば十分だ。
この先あの男がどうするのかなど、今考えたところでどうしようもない。
「まあいいわ、何かあったら本当にあんたに押し付けるから」
「まだ言ってるのか…」
自分だって受け取った上に、俺より早くポーチを使った癖によく言う。
まあ、言ってもしょうがないので言わないが。
「んで?この先どう進むんだ?」
足取りが軽くなったからか、いつの間にか俺とミリアは一つの分かれ道に着いていた。
「隣街へは右の道よ」
「地図も見てないけどほんとかよ?」
「本当よ。隣街へは何度かアルと行ってるもの」
実際に行ったのなら確かだろう。
俺はこれ以上特に何も言わず、ミリアの後に続く。
「なあ、隣街まであとどれくらいだ?行った事あるなら解るだろ?」
「最初に言ったでしょ?一夜はキャンプ必須だって。そんなすぐ着かないわよ」
「ふーん。キャンプって事は俺とお前の二人で一緒に寝るって事だよな?」
「あんた殺されたいの?別々のテントに決まってるでしょ?何の為に二つ用意したのよ」
そういえば、俺の荷物だけでなく、ミリアの荷物にもテントがあったような気がする。
「そうか、それもそうだな。いや良かった、安心した」
「どういう意味かしら?それ」
「そのままの意味だ、理不尽な理由で安眠を妨害される心配が無い」
無言のままミリアの鋭い右ストレートが飛んでくる。
しかし甘い、毎度のパターン故にもはやお見通し。
俺は見事に身を翻し、その一撃を避ける。
「ほんっとうにムカつくわねあんた!一発魔法でもぶち込んでやろうかしら!?」
「いや、さすがにそれはカンベン!」
本当に背中から杖を取り出すミリア。
あわてて静止すると一応杖を背にしまったが、蹴りを俺に入れるのは忘れない。
「ったく、どうしてそう俺に辛く当たるかね」
「なによ?」
「いいや、なんでも」
本当は理由など想像つく。
別にこいつはツンデレなどではない。いや、ツンデレの素養はあったのかもしれないが。
こいつにとって俺は大事なパートナーの肉体を奪った男だ。
二人の思い出の場所とやらで語り明かし、一応の和解はしたものの、やはりどうしても納得できない部分があるのだろう。それは仕方が無い。
かと言って、俺は俺で自分の意思とは無関係に現在の状況に置かれているのだ。これを負い目に卑屈になる気など毛頭無い。
どうにかしたい所はあるが、この二人の溝は、自分で理解出来てはいても中々埋まらないだろう。
とりあえず普通に接してくれているだけ、俺はミリアに感謝すべきかもしれない。
「ありがとうな、ミリア」
「はぁっ!?死ねっ!!」
「ぐああああ!?」
ミリアが俺の反応速度を上回る見事な居合いを杖で繰り出し、反応する間もなく俺の鳩尾にクリーンヒットする。
悶絶する俺を他所に、ミリアは一人先へと進んでいく。
……俺はミリアに感謝すべきではないかもしれない。
「ミリア。そっち終わったか?」
「当然よ、あんたこそ終わったの?」
「ああ、俺もキャンプくらいした事あるんでね」
あれから日が傾きだすまでひたすら歩いたが、特になにか起きる訳でもなく、今こうして適当な場所を見つけて今夜のキャンプを設営している。
中々意外な事に、ミリアは俺に勝る見事な手際でテントを張り、おまけに魔法でキャンプファイアまで熾してくれた。
「お前、案外逞しいよな」
「これくらい普通よ、あんた達の世界が腑抜けすぎなんじゃないの?」
「ははっ、間違いないな」
ミリアの言葉は全く否定できない。
俺が自分の体を伴ってこの世界に送られていたとしたら、まず間違いなく今日の旅路では途中で音を上げていただろう。
とかく、現代人は動かなすぎる。例えスポーツをやっていたとしても、この世界の一般人レベルの体力が精々と言った所だろう。
この世界と現代とでは、生き抜くのは大変でも大変のベクトルが違う。
こちらの世界では体力が無ければ生き抜いていけないのだ。
「さてと、寝床の確保も済んだし、飯にするか」
「するか、とか言ったって私が用意するんでしょ?」
「まぁそうなんだが、よろしく頼む」
「あんた、本当に何も出来ないの?」
「んー、できるできないと言うより、やった事がないからな」
何しろずっと親元で暮らしていたのだ、自分で調理せずとも親が料理をしてくれていたし、自分から特に料理をしようとも思った事がない。
「ならそこで見てなさい。これからずっと誰かに作ってもらう訳にもいかないでしょう」
「あ、ああ。そうだな」
そうは言うが、解っているんだろうか?
俺はこの旅が終われば消える可能性が高い事を。
そして、俺が残ると言う事は、アルベールが戻ってこないという事を。
「ほら、さっさと鍋だしてよ、あんたの荷物に入ってるでしょ?」
「悪い、今出すよ」
あわてて鍋を取り出し、それをミリアに手渡す。
ミリアはテキパキとキャンプファイアの上に即席のかまどを作り上げ、鍋をそこにセットする。
その後、ミリアは特に何も話さず、淡々と料理を始めた。
俺はその様子を黙って見ている。
たまに水汲みだとかを任せられはしたが、必要以上にミリアが話す事はなく、また俺も話しかける事はない。
ミリアがこうしてくれているのは、俺の為でない事は重々理解している。
だが、それがミリア自身の為なのか、アルベールの為なのかは解らない。
俺が旅をする目的も、いったい誰の為なのか。
目を伏せて色々考え出し、どれくらいたったのか、いつの間にか良い匂いが辺りを満たしている。
「できたわよ」
その言葉に思案を完全に断ち切られ、意識は現実に完全に引き戻される。
「そうか、良い匂いだな」
「あんた、料理の作り方ちゃんと見てた?」
見ていない。
完全に物思いに耽っていたせいで、手元はおろか、鍋すら見てなかった。
「一度で覚えられるモンでもないだろ」
適当にごまかし、見ていないとは答えなかった。
「それもそうね。まあいいわ、食べましょう」
「座ってろ、俺がよそるから」
ミリアとポジションを入れ替わり、俺が二人分に分けて鍋の中身をよそっていく。
まったく見ていなかったので解らなかったが、どうやらミリアが作ったのはスープのようだ。
このスープとパン一つ、これが今日の夕食だった。
ふと見上げた空は、現代では見た事もない満天の星空という奴だった。
「こんな星空で飯を食うのは初めてだ」
「あんたの世界には星が無いの?」
「いいや、有るさ。星座ってのができる程山ほどある」
「じゃあなんで?」
「見えないんだよ」
そう、都会暮らしの性、明るすぎる夜故に、夜空は闇夜に閉ざされているのだ。
「俺の居た世界、住んでいた場所は、夜でもとても明るくてな。空から地上を見下ろしても、むしろ地上が星空の様に輝いてるくらいだ。そうなると星の光なんて届かずに消える、だから見えない」
「へえ…。そういえば、星座って何よ?」
「は?ああ、星座?あんまり詳しくないっていうか、殆ど知らないんだけど、空の星と星を結んで、絵を連想したのが星座だよ。神話の英雄とか神様とか、そういうのを夜空に想像したのさ」
「ふぅん?どんなのがあったの?ここから見える?」
知っている星座などオリオン座と北斗七星くらいだが、空をくまなく探してもそれらしい物は見当たらなかった。
世界が違うのだから当然といえば当然だが。
「この世界じゃ見える星が全然違うからな、どこにも見当たらない。少なくともここから見える範囲に俺の知ってる星座はない」
「なによ、つまらないわね」
「俺に言うなよ」
何だかんだ、星の話をしながら俺もミリアも夕飯を食べ終えていた。
思いがけず良い雰囲気っぽい夕食だったが、残念ながら目の前に居るのがミリアだ。
シチュエーション的に「君の方が綺麗だよ」、などと馬鹿馬鹿しい台詞が頭に浮かんだが、そんな事を言う様な相手ではない。
というかそもそも、あんな台詞実際に使う奴は居るのか?
仮にミリアが恋人だったとしても、まず殴られる事は間違いない。
アホな事を考えてないで、さっさと片づけをしよう。
「片付けは俺がやるから、お前は他の事をしてろよ」
俺はミリアより一足先に立ち上がり、鍋と器を回収する。
「そう?じゃあ頼むわ、私は寝る準備をするから」
そう言ってミリアはどこかへ消えた。
こんなキャンプで、一体どんな寝る準備をするのか気にはなるが、聞いたら間違いなくこの身が危なそうなので黙って片付けを続けた。
水源の近くを選んでキャンプを張ったので、特に労せず鍋や食器を洗う事ができた。
一瞬洗物で水源を汚さないかと考えはしたが、洗剤を使う訳でもないので特に問題はないだろう。
「さて、帰るか」
洗い終わった鍋と器を抱えて水源に背を向けた時、ぱちゃりと言う水音が響いた。
最初こそ特に気にはしなかったが、水音は徐々に激しくなってくる。
「クソっ!敵か!?」
俺は鍋と器を置き、背中に吊るしたままの剣を抜き音の方へ振り返る。
「え!?ちょ!?あんた何してんのよ!?」
「……は?」
視線の先にあったのは、ミリアの姿だった。
いや、正確には暗くてまったく解らないのだが、声と話し方からしてミリアだろう。
「なんだ、そこに居たのか。お前そんな所で何してるんだ?」
「――――!」
「ん?」
ボソボソとミリアが何かを呟いた、と思った次の瞬間、雷光が俺目掛けて飛んでくる。
「ぐあっは!?」
俺は何事か理解できる前にその雷光の直撃を受け、激しい痛みと痺れが体中を走り抜ける。
抗う術すらなく俺の体は地に伏した。
「覗きは死ね!!」
今度ははっきりと聞こえたミリアの声。
薄れ行く意識でもはっきりと理解できた。
ミリアは水浴びをしていたのだろう……と。
その後は水の流れる音すら聞こえなくなり、俺の意識は深層へと落ちていった。