第二話 パートナー
目の前にいる少女はそれは大変美しい。
綺麗に伸びた透き通るような薄い紫色の髪、そしてアルビノを思わせる様な色白な肌に赤い瞳。
現世では見た事も無い様な美しい容姿の少女。
「あんたね、何であんなに呼んでるのに無視するのよ!しかも一度こっち見てたでしょ!?その上無視して進むってどう言う事よ!」
凶行の犯人はこの少女だ。
先程から人を呼んでいたのもこの少女だろう。
しかし何故、この少女が俺にこんな凶行を行ったのかが不明だ。
「黙ってないで釈明しなさいよ、アル!」
すぐに合点がいった。
アルとはアルベールの事だろう。
この少女はこの体の持ち主、アルベールの知人なのだ。
「あーいや、その何と言うか…」
「何よ?言い分次第では殴るわよ?」
もう既に殴られたのだが、なんと凶暴な少女だろうか。
見た目こそ端麗なのに、性格がこうも荒々しいと男など寄り付かないだろう。
「ちょっと!黙ってないで続きを言いなさいよ!」
そうだった、ツッコミを入れている場合ではなかった。
しかしこの状況をどう説明すべきか。
頭を悩ませていると少女が再び拳を握り締め、ゆっくり構えを取りつつある。
このままでは追撃を受ける事は必至だ。
俺は追撃を避けるべく、一つの決断を下す。
「この訳は全て神父が話す!!」
少女は怪訝な顔と共に構えを解き、俺に一時の安らぎが訪れた。
全責任を神父に負って貰う事が代償だが。
「おーい、神父ー」
俺はアルベールの知り合いである暴力少女と共に協会へと入り、神父を呼びつけた。
「何事かと思ったがアキト君か…。ぬっ!?と、隣に居るのは…」
神父が驚きの表情で隣の暴力少女を見やる。
俺もこんな凶暴な少女は始めてで驚きました。
「ミリア君か…」
「ええ、久しぶりですね、神父様」
この女、神父の前で突然猫被りやがった。
俺の顔面にあろう痣の説明を神父にしてやるべきではないだろうか。
まぁ、そんな事より今は解決すべき問題が出来た訳だが。
「神父よ、この暴力少女に事態の説明を頼む。俺の安息のために」
「ちょ!?何よ暴力少女って!!あんたが悪いんでしょ!?」
「やかましいぞ暴力少女、ここは神聖な教会なんだぞ?」
俺の一言に悔しそうに言葉を飲み込み、代わりに目から呪詛を垂れ流し始めたミリアという少女。
神父はそんなミリアと俺を交互に見やり、薄く微笑んだ。
「やれやれ、魂が変わっても仲が良いのだな、君らは」
「仲が良い様に見えるのか、素晴らしいぞ神父さん、眼科に行くと良い」
「別に特別仲良しじゃありません!」
何だこの女、ツンデレか。
生ツンデレがこうも残念なものだったとは…。
「ってそれより、魂が変わったってどういう事なの?」
「ミリア君、実は…」
神父は俺が目覚めた時に俺に話した内容とほぼ同じ事を、この怪獣ミリアに説明した。
驚くべき事に怪獣ミリアは涙を流し始めたではないか。
ただのテンプレ暴力ツンデレだと思っていたが、意外と可愛らしい一面もあるかもしれない、などと不謹慎ながらに思ってしまった。
が、突然涙を浮かべたまま、ミリアは此方を睨み付けて来た。
「な、なんだよ…」
「あんたなんて…、あんたなんて死んじゃえば良いのよ!」
「なっ!?」
前言撤回、こんな奴可愛くなどない。
「ミリア君!待ちたまえ!」
ミリアは扉を乱暴に開け放ち、そのまま協会から走り去っていった。
「アキト君!ミリア君を追いたまえ!」
神父はかなり慌てている様だが、正直まったく興味がないし気も乗らない。
「何でだよ、放って置けば良いだろ。突然殴りかかる女の子は好みじゃないんだが」
「ミリア君は君の…、アルベールのパートナーなのだ」
「パートナー?」
疑問を口にするが神父は時間が惜しいと言わんばかりに俺の肩を掴んで扉の方へと押す。
「説明は後でする!とにかく今は探しに行くのだ!」
「仕方ないな…」
とりあえず、この体は奴にとって大事な人間の物だったのだろう。
それならあの暴言も仕方ないといえる。
俺は渋々協会を後にし、日もすっかり暮れた町へ、ミリアを探しに向かった。
広場で町人に聞き込みをしようとしたが、この町の人間はさっさと家に撤収するらしく、もはや誰も居なかった。
已む無く俺は、しらみ潰しにあちこち回る事にしたのだが、今日初めて訪れた町では何処が何処だかまるで解らない。
少しでも入り組んだ道や、町の人しか知らない様な穴場の様な場所に行かれてしまえば、俺に見つけ出す手立てはない。
頭を悩ませながら歩き続けていると、進行方向から一人、手を振りながら老婆が近づいてきた。
「おやアルベールちゃん、ミリアちゃんの所へ行くのかい?」
「おばあさん、ミリアの居場所を知ってるのか?」
「ミリアちゃんなら、アルベールちゃんといつも遊んでたあの場所に居たよ」
貴重な情報なのだが、あの場所と言われても俺はアルベールではない。
そんな場所に心当たりなど当然無い。
しかし、町の人は俺の事情など知らないので、あくまでど忘れを装って場所を尋ねることにした。
「えっと、その場所って何処だっけ?」
「アルベールちゃん、この年寄りだって覚えてるんだよ?当事者のあんたが忘れちゃミリアちゃんが可愛そうでしょう?」
「はいまあ、これには深い訳があって…、とりあえず、その場所を教えてくれないか?」
「協会の広場から北西の道を行って、リンゴの樹が二本ある所を入っていった場所でしょう?お婆ちゃんだって、ちゃぁんと覚えてるんですよ」
「おお、そこにミリアが居たんだな!」
「ああ、待ちなさいアルベールちゃん」
「ありがとう!」
まだ老婆は話したい事がありそうだったが、ミリアがその場所から移動されては困る。
少し心苦しいが、俺は強引に礼を言って足早に老婆の前から立ち去った。
広場にはすぐに戻れたが、問題はその後である。
北西の道もまだ良い。
しかし日も暮れ始めたこの時間では、リンゴの樹を探すのも中々一苦労である。
日本と違って街灯など皆無、民家から漏れる光が辺りを照らすのみで、近づかねば何の樹なのかまるで解らない。
しばしば道行く人から奇異の目で見られたが、今はなりふりなど構っていられない。
そんなこんなでやっとリンゴの樹を発見し、その間に一本続く道へと入っていった。
薄暗い道を抜けたその先には、辺りを木々に囲まれた草地があった。
「見つけたぞ、ミリア」
ミリアはその草地の真ん中に、へたり込む様に座っていた。
「なによ…あんた何しに来たのよ…」
月明かり以外照らす物が無いせいで、ミリアの表情は詳しく解らないが、声からして恐らく泣いていたのだろう。
「苦労して探し出したのに、その言い草は無いだろ」
「何であんたが苦労してまで私を追いかけるのよ」
「それは…」
何でだろうか。
神父に頼まれたにしても、何故ここまで必死に探したのか解らない。
適当に時間を潰して、見つからなかったと報告しても良かった筈だ。
この少女の知り合いの肉体を奪ってしまった罪悪感からだろうか?
考えれば考えるほど、よく解らなかった。
なので、俺は率直にそのまま答える事にした。
「解らないな」
「何よそれ、バカじゃないの?」
「そうかもな」
「ふん…」
ミリアは俺に背を向けて座りなおした、俗に言う体育座りという奴で。
なので、俺はその隣に…行くと殴られそうなので、その背中に背中を向ける形で座り込んだ。
顔を見られたくないであろうという配慮と、ここなら手も届かないだろうという打算からである。
「俺が何で死んだか、知りたいか?」
「知りたくないわよ…」
くそ、なんて奴だ。
場を和らげようと話しかけてやったのに!
だがかまわず続ける事にした。
「俺さ、崖から落ちたんだよ、バイクで」
「バイク?何よそれ、馬車じゃないの?」
「んー、馬車みたいに車輪はあるんだけどさ、金属製で、馬の代わりにエンジンっていう動力装置が乗っかってるんだよ」
「へえ。あんた、本当に異世界から来たのね…」
「ああ、正確には死んでるから、来たと言えるか解らないけどな」
「というか、何で勝手に話してるのよ!?知りたくないって言ったじゃない!」
「お前だって普通に話聞いてたじゃんか…」
全く、ツンデレというのはこれだから困る。
まぁラノベのお陰であしらい方は心得てはいるのだが、やはりリアルだとイラッと来るのは禁じえない。
「そんな死に方したし、夢も叶えられてないし、お前の言うとおり、俺はバカかなって思ってさ」
「あたしだって、まだ…夢なんて叶えてないわよ…」
「ほう、どんな夢なんだ?」
「言わないわよ!なんであんたに話さなきゃいけないのよ!あんたが言いなさいよ!」
「良いけど、笑うなよ?」
「さあ?あんたの夢次第じゃない?」
「俺さ、剣で本当の戦いをしてみたかったんだよ」
そう、平和な日本では叶わなかった願い。
乱世の世ならともかく、現世の日本では剣を持つ事すらできなかった。
「何それ」
「俺の居た国じゃな、剣なんて持ってちゃいけなかったんだよ」
「ふぅん、でも魔物が現れたらどうするの?魔法?」
「魔法も魔物も無いよ、話としては存在するけど、現実では存在しない」
「魔物が居ないのは良いけど、魔法が無いのは嫌だわ」
「まだどっちも俺は見てないけどな」
「でも剣で戦いたいなんて、お手軽な夢ね。町から出てちょっと歩けばすぐ叶うわよ?」
「そりゃ良いな、夢が一つ叶う訳だ」
そう、この体の持ち主には悪いが、俺はこの世界にこれた事で、願いの一つは叶うのだ。
剣と魔法の世界。
まさに俺が望んだような状況だ。
「でも、その体を傷つけたら許さないから。その体はアルベールの物なんだから」
「ああ、そうだな。だから体の返し方を調べに、俺は神の泉に行くんだ」
「返す?あんたその体アルベールに返せるの?」
「いや、わからない」
「あんた返す気あるの?」
「あるさ。俺は死んでるんだ、生き返った上に、夢が一つ叶うなら、その後に再び死のうがかまわないさ」
そう、例えもう一つの夢、今際の際に叫んだ願いが叶う事が無くとも、今ここで生きている、望んだ世界に居る。
それだけで、十分な幸運だと言える。
「解ったわ…、私、あんたに協力してあげる」
「は?」
「あんた一人神の泉に行かせるのは心配なの!体が無事じゃなきゃ困るの!」
「つまりお前も一緒に旅に来ると?」
「そうよ!それにパートナーが一人で旅に行ったら私はどうすれば良いのよ!」
そういえば、神父もパートナーがどうとか言っていたが、一体どういう存在なんだろうか。
「なぁ、そのパートナーって一体何なんだ?」
「あんたそんな事も知らないの!?」
無茶を言う奴だ。
「知る訳無いだろ…」
「全く、無知なあんたに説明してやるからよぉく聞きなさい!」
「そら結構な事で」
「パートナーってのはね、一蓮托生の存在なの。
魔法を使う人間と、それを護る人間の二人で共に戦うのよ。
お互いの命を預けあう訳だから当然信頼が無くちゃダメなの。
あんたみたいに突然現れた人間信用なんて出来ないけど、その体を壊されちゃ私が困るのよ!」
「つまり、俺を助けるんだろ?」
「ばっかじゃないの!誰があんたのためなんて言ったのよ!」
うむ、やはりこいつは真正のツンデレだな。
予想通りな反応に思わず笑みを零したが、目ざとく俺の口元が緩んでいるのにミリアは気付いたようだ。
「ちょっとあんた。何で笑ってるの?今の話の何処が面白かったって言うのよ?」
「いや、俺の世界にお前みたいなタイプを形容する言葉があってな、まさにそのまんまだと」
「どんな言葉か言ってみなさいよ」
「ツンデレ」
「……意味は解らないけど、なんか馬鹿にされたように感じるわ…」
あながち間違いではないので否定できない。
「そうだ、自己紹介してなかったな。俺は明人、風見明人だ」
「ミリア・アンティスゲールよ」
突然の名乗りに一瞬ミリアは怪訝な表情をしたが、すぐに理解した様でミリアもぶっきらぼうに自己紹介をはじめた。
「よろしくな、ミリア」
手を差し出し、握手の一つでも交わそうかと思ったが、ミリアはその手を一瞬見つめたものの手を取る事は無かった。
突然現れた俺を信用しろと言うのも無理な話しだし、そもそもツンデレっぽいこいつが素直に手を取る方がありえなそうだ。
俺はそう納得して、そのまま手を引っ込めた。
「まぁ、辺りも暗いし帰ろうぜ」
「一人で帰りなさいよ、私はもう少しここに居るわ」
まだここに居たいとぬかすのか、このツンデレは。
目的は果たした事だし、さっさとさよならしても良いのだが、一つ困った事がある。
「俺さ、家の場所知らないんだよ」
「はぁ!?」
「あたりまえだろ!いいか!俺は別人なんだぞ!」
「はー。解った、連れて行ってあげるわ…」
「助かる、ありがとな」
「勘違いしないでよね!」
何をどう勘違いしろというんだ。
思わず口に出しそうになったが、ここでこのツンデレを怒らせ、路頭に迷うのは御免だ。
俺は大人しくミリアの後に続いて、この場所を後にした。