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ファンタジーライフ・アフター・デッド  作者: ゼナード
第四章 暗躍する教団
23/24

第二十二話 教団の凶行

ミリア救出の為に出立して数日後、街道でちょっとした事件に遭遇していた。


「んで、あんたらは逃げてきたのか」


村を竜教団に襲われ逃げてきたという難民たちと遭遇したのだ。

構成は成人男女二人に女児が一人、家族だが、村にまだ一人、長女が取り残されているらしく、救助を懇願されたのだ。


「救助ねぇ…俺らも仲間の救助に向かってる途中なんだが…」

「お願いします!私らの裁量で出来る範囲であれば何でもしますから!娘を!娘を助けてください!」

「どうする、アキト」

「んーー…」


ミリアの事もあるし気持ちは痛いほどわかる。というかミリアと違い普通の村娘ともなればもっと心配もあろう。助けてやりたいのは山々だが、ミリアを一刻も早く助けてやりたい気持ちもつよい。


「片桐、その村まで何日くらいで行けそうなんだ?」

「ここからだと往復で半日だな」

「半日かぁ…」


あんまり遠ければミリアを助けてからと言えるのだが、半日ともなると無下にもしづらい。


「あーもー!わかったよ!助けてやるよ!んで敵はどれくらいいるんだよ」

「その、10人くらいとしか…」

「武器や鎧は?」

「全員鎧を着て、斧や剣で武装しておりました」

「そこそこ良い装備の山賊みたいなもんか」


半日のロスならそこまで痛手では無い。1時間程度で済ませば何とか巻き返せるだろう。


「そうと決まったらあんたら、馬車に乗りな」

「ええ!?私達も行くんですか!?」


俺の言葉に男は驚き女児は泣き喚き、女が必死になだめる。それだけトラウマなのだろう。


「あのな、怖いのはわかるけど取り返したらお前達帰るんだろ?だったら一緒に行った方が早いだろ」

「そ、そうですね…」


渋々ながらも二台目の馬車に乗り込む家族。それを見て葵が心配そうな声をあげる。


「大丈夫でしょうか?」

「問題ないだろう、一緒に中に入る訳でもない」


俺の前に片桐が答え、葵は納得した様だ。家族が乗り込み終わった所で二台目の御者をしている隆が合図を出す。それを確認したレオが一台目(山賊から回収し、改装したもの)を走らせる。

それから半日、特に言葉も無く馬車は走り続け、ついに目的の村にたどり着く。


「見張りは二人か、他に出入り口は無さそうだな」


村とはいえ魔物や山賊対策の壁に囲まれており、出入り口は一つしかない。櫓こそ無いが、壁を乗り越えるのは不可能だろう。取り返した後の事を考えると破壊する訳にもいかない。


「イシェネ、一人頼めるか」


レオの言葉に静かにうなずくイシェネ。


「レオ?何か考えが?」


俺の問に任せろと短く答える。

一呼吸の後、レオは魔法で氷の槍を作り出し、投槍の要領で敵の一人を貫いた。同時に息を合わせたイシェネの矢がもう一人の額に突き刺さり、見張りは静かに退場した。


「やるな」

「まあな」

「あんな連中、許せないもの」


イシェネの言葉はもっともだ。俺も山賊やらのアウトローは好きではない、というか嫌いだ。

見張りを片付けた後、身軽なイシェネが素早く内部の偵察に出る。残された俺達は馬車から離れ、入口で待機する。馬車には念のため、葵と隆が残っている。


「残りは九人。人質は村の集会所に集められてるみたい、どうする?」

「見つかるまでは暗殺スタイルで行こうか」

「良いだろう」


戻ったイシェネの報告に俺が方針を示すと、片桐も納得した様で頷いた。

それから手早く村内部に侵入し、手近な敵から始末していく。俺も短剣を片手に背後からこっそり近づく。気付かずに無防備な背後から、左手で口を押え、瞬時に顎下から短剣を突き刺す。一瞬小さな呻き声を上げた所で身体は力を失くし、驚いて俺の手を払いのけようとしていた腕はだらりと垂れる。倒れる音が響かない様、ゆっくり地面に横たえさせ、顎から短剣を抜いて付着した血液を拭う。

手早くやったつもりだが、その間他の仲間は合計で四人始末したようだ。誰かが示し合わせた訳でもなく、全員が俺の元に集う。


「残りの四人は集会所を囲っているな。お互い見える位置に居るし、こっからは正面からやるしかないだろう」


片桐の言う通り、建物の四隅を覆う様に四人の男が立っている。

だがふと妙な点を覚え、イシェネに確認する。


「なあ、イシェネ。あの状態であの建物の中は確認したのか?」

「いいえ、あそこは無理だったわ」

「なら残りがあの中に居る可能性は?」

「それは否定できないわね」

「そうなると、正面からは危険が付きまとうな」


俺とイシェネのやり取りにレオが横やりを出す。レオの言う通り、中に仲間が残っていた場合、人質に被害が及ぶ可能性が高い。


「どうしたものか」


レオの言葉と同様に、皆頭を悩ませる。だが始めてしまった以上もう引き返せない。

その時かつてプレイしたゲームを思い出し、一つの案を思い浮かべた。


「一人誘いだして、どうにか他も誘導しよう」

「誘い出す?どうやって?」

「何か物音でも何でもいいから注意を引き、やってきた奴を取り押さえる。一人だと良いが、複数だったら一人を残して殺しちまおう」

「それはバレやしないのか」

「警戒はされるだろうが、気付かれずに行くのが無理なら仕方ない。それに正面から行くよりはまだマシだろう?」

「そうだな、それしかないか」


俺とやり取りをしていた片桐の他二人もゆっくり頷き賛成の意思を示す。


「念のためイシェネはここで待機していつでも射貫けるようにしてくれ」

「わかったわ」

「二人はこっちだ」


敵の死体を一つ引きずって残った二人を先導し、見張りの一人だけが見える位置に移動する。


「準備は良いか?」

「ああ、任せるが何をする気だ?」

「こうするのさ」


俺は死体を見張りに見える様に設置する。勿論死体だとは思われない様に。

案の定数秒後に死体に気付いた見張りが一人で確認にやって来る。


「無能だな。ホウレンソウは基本なんだけどな」


俺の呟きに一瞬片桐が意味がわからいといった表情をするが、すぐに敵に視線を戻し機を待つ。

建物の陰に隠れる俺達のすぐ至近まで敵が来たところで一気に組み伏せ、首筋に短剣を当てて声を出すなと脅す。


「良いか、コイツみたいになりたくなかったら言う事を聞け」

「んん!」


口を塞がれ声が出ない男は壊れた首振り人形の様に首を振って肯定を示す。


「いいぞ。まずは応援を呼べ、余計な事をしゃべろうとしたらぶっ殺す」


首筋に短剣を当てたまま、ゆっくり左手を離す。レオと片桐は再び物陰に身を潜めている。


「おい、ちょっと手を貸してくれないか」


男は努めて冷静な声で、きわめて自然に仲間を呼ぶ。

幸いなことにやって来たのは二人。レオと片桐だけで対処可能な数だ。


「おいどうし――」


組み伏せられた男が視界に入るや否や、二人にレオと片桐がそれぞれ襲い掛かる。全くの不意打ちで二人の上級者に襲われたのだから、烏合の衆の山賊崩れなど他愛も無かった。叫び声一つ上げる間もなく斬り捨てられ、目の前の光景に人質の男は身体を震わせた。


「何だお前、同じ事一般人にしといて、自分は怖くて震えるのか」


身体の下で震える男に静かに耳打ちする。男は血走った目で俺を真っすぐ見つめて懇願した。


「頼む、許してくれ、命だけは。何でもする。村だって返す。だから頼む」


必死の形相とは裏腹に、声は小さかったが、騒げば殺されると理解しての行動だろう。

だが俺は命を助ける気など更々無かった。山賊の様な他人の努力や生活にタダ乗りする様な輩は嫌いだからだ。


「それはできない相談だな」


そう告げると、喉に突き付けた短剣に力を籠める。肉を断ち切る感触の後に、噴き出した血液の温かい感触が伝わってくる。

しかし顔を上げると、残りの一人がこちらを見て慌てて屋内に向けて逃げ出す所だった。俺も片桐も、レオですら反応が遅れ、まずいと思った瞬間に、仰向けに男がひっくり返る。男の額には矢が生え、同時に赤い鮮血の花が咲いていた。


「イシェネか、ナイスフォローだ」


聞こえたのか、イシェネはこちらに向けてVサインで答えた。

得物をそれぞれ拭いながら合流し、一応当初の九人は始末したものの、念には念を押して足跡を殺しながら集会所の扉に取り付いた。


「俺が開ける、一気に突入してくれ」

「わかった、何かあったら魔法でどうにかしよう」


念のためイシェネは外で待機することになった。中では弓は間合いの上で不利であるし、増援が来た時に遠距離から対処するという上での判断だ。突入する他二人と頷き合い、指先でスリーカウント取った後勢いよく扉を開け放つ。それと同じくして流れる様に二人が先に乗り込み、俺も最後に部屋へと足を運んだ。


「来客か、こんな辺鄙な村には誰も来ないと思ったが、案外早く見つかったものだ」


幹部クラスと思しき黒鎧に前垂れを付けた男が中で陣取っていた。人質達は奥の部屋にまとめて寝かされていた。他に教団の残りは居なそうだ。


「外の連中はどうした?」

「始末した、一人残らずな」

「ふむ、さっきの助けはお前達の偽装か」


尚も座り込んだまま、悠然と話し続ける男。片桐が一応形式的に降伏を勧めた。


「一応言うが、お前さん一人を除いて全て排除した。投降した方が良いと思うぞ」

「甘い事を言う。俺は元々戦いたくて教団に入ったんだ。投降などするかよ」

「安心しろ、お前さんの様な奴は素直に投降すなんて思っちゃいないよ」


片桐の言葉など届いていないのか、ゆっくり立ち上がる男。脇に置いてあった無骨な大剣を片手で抱え上げるその巨体は、俺達の中で一番体格のいいレオよりもさらに一回り巨大だった。


「でけえ」

「ほほお、余よりも大きいのか。中々新鮮だな」

「二人共、来るぞ!」


俺はともかく珍しく感嘆するレオは片桐の言葉で咄嗟に距離を取った。刹那、数刻前に立っていた場所には振り下ろされた大剣が居座り、床は木片へと姿を変えていた。衝撃の余波で生身の俺は軽く倒れそうになるが、なんとか踏ん張り耐えた。


「見かけ倒しでは無いな。気を付けろよ、二人共」

「余の事なら心配無用よ」

「俺は少し不安だな」


若干緊張感に欠ける三人だが、いつもの調子だ。というか、膂力だけで言えばもっととんでもない相手を倒してきている。あくまで人間にしては怪力というだけだ。厄介な点で言えば一応人間であるから、戦術などを駆使してくる可能性がある事だろうか。発言内容を聞く限り、知能は低そうだが。


「おい、避けるなよ。振り回すのも楽じゃないんだから」

「無茶言うなデカブツが、受けるのはもっと楽じゃねぇわ」


言いながら体は懐へと飛び込んでいる。デカブツのパワーファイターは腕よりも内側が安置であることは魔物討伐の実体験からわかっている。しかしその判断はあくまで魔物の話だと身を持って知る事になった。


「――ガハッ!!」


インに潜り込んだ瞬間、蹴りで迎撃されたのだ。巨体を支える足は当然高い破壊力を持っており、俺は壁に強かに叩きつけられる。一瞬呼吸が止まったかのようになり、激しくむせる。鎧は刃には強くとも、基本的に打撃に弱いのだ。更にロクな防御魔法も使えない現状では鎧が絶えられない攻撃はすべて自身に降りかかる。軋む身体をなんとか奮い立たせようとするが、デカブツがその隙を見逃すはずもなく、巨大な大剣は俺を目標に今まさに振り下ろされんとしている。

失敗したという気持ちと、死んだなという気持ちが同時に沸き起こる不思議な感覚を面白いと感じる第三の自分、余にも明確な死の確信に心は平静を保ちつつ乱れていた。

だが剣は振り下ろされず、激しい火花が代わりに俺に降り注いだ。


「立て!アキト!」


見ればレオが剣で大剣を受け止めていた。体格差があるが、強化魔法でも使っているのか、見事互角の鍔迫り合いに持ち込んでいる。

立ち上がるのは無理だと判断した俺は咄嗟に転がる様にして距離を取る。その時頭が何か柔らかいものにぶつかり、慌てて振り返る。


「何だ?ってお前らは……」

「ひっ!?」


転がっていった先はデカブツが座っていた椅子の後ろ、衝立のまた後ろの、入口からは隠れたスペースだった。そこに数人の人質が集められていた。ぶつかったのはその人質だった。


「誰か魔法使えないか、できれば治癒魔法」

「わ、私出来ます!」

「マジか、ちょっと頼むわ」


渾身の力で蹴り飛ばされ、恐らく肋骨辺りが折れているのか、呼吸する度に痛む胸部を指で指し示して魔法をかけてもらう。ミリアに掛けてもらった時と同様、光に包まれた体はみるみる痛みが引いていく。


「素晴らしい、助かったぜ!」

「あの、助けに来て下さった方ですよね?」

「ああ、まあな。まだボスが残ってるから大人しくしててくれ」


パッと見七人いる人質を背に立ち上がり、レオと片桐が戦っている広間へと戻る。見れば巨大な得物のみならず、繰り出される格闘攻撃に苦戦して二人共攻めあぐねていた。

とりあえずせっかくの機会なので背後から忍び寄り、鎧の隙間を縫って本日大活躍の短剣を差し込んだ。


「ぐっ!お前いつのまに!?」


言いながらも反射的に繰り出された拳を屈んで避けて股下をくぐる。俺を見失った一瞬の隙に左足のかかと部分をまたしても短剣で刺し貫く。可動部故に隙間があった事ですんなり刃はアキレス腱を切り裂いた。


「ぬあああああ!!」


突然の痛みとダメージでデカブツが前のめりに倒れ込んで来る。真下に居た俺は慌てて横に転がって下敷きを回避する。


「えげつない事をするな、お前さん」


賛辞とも悪態とも取れそうな片桐の言葉に不敵に笑って答えた。まあ、狼とかも体格差を覆すために群れで狩りを行い、その際に同じように腱や動脈を狙うそうだし、デカい相手を効率よく倒すための最善のやり方であることは間違いない。汚いと言われようが知った事ではない。


「お前らア!許さねえぞオ!!!」


語気を荒げるデカブツ。力が入らないであろう左足から鮮血を流しながら、大剣を杖に使いつつ立ち上がる。既に移動力は無く、遠距離から嬲り殺せば良いだけだ。


「レオ、頼んだ」

「任せておけ」


意図を理解したレオはすぐさま魔法攻撃にシフトし、攻撃範囲外から一方的に攻め立てる。苦し紛れに大剣を投げつけてきたが、片桐が危なげもなく刀で迎撃した事で、全く別の方向の壁を突き破って大剣は行方不明になった。


「やっとか、中々耐えるな」


しばらく一方的な暴力が続いた後、ようやくデカブツは膝を折り倒れ伏した。


「お前ら、俺以上にきたねえ…じゃねえか…」

「人質取っといてよく言うぜ」


満身創痍なはずのデカブツが、俺の言葉に奇妙な笑顔を浮かべてこちらを見た。


「人質?お前ら勘違いしてるぞ。あいつらは贄だ」

「贄?どういう意味だ?」


片桐が問い詰める。だが俺はすぐさま言葉の意味を理解した。ゲームやアニメではお決まりのパターン。悪魔召喚の贄。慌てて人質達の所に戻ると足元には魔法陣が描かれていた。


「お前達!そこから逃げろ!」


俺の言葉に訳も分からず人質は立ち上がり逃げ惑う。だがそれと同時に魔法陣が光り、陣の上から逃げ遅れた二人の老人が飲み込まれた。


「明人!?」

「これは……召喚魔法……」


逃げる人質と入れ替わりにやってきた片桐とレオが目の前の惨状に固唾を飲んだ。このような現象に慣れていそうな二人でも、人間を生贄にした召喚など異例なのだろう。固まる二人に俺は務めて冷静な声で指示を出した。


「二人とも頼む、たぶんもうじきヤバイのが出る。人質をイシェネ達と協力して安全圏に逃がしてくれ」

「お前さんはどうするんだ?」

「うむ、魔法が使えん貴公では荷が重いように思うが?」


二人は揃って反対するが、俺も死にたくて言ってる訳では無い。


「わかってる、別に倒しはしない。隙があったらぶっ殺すが、基本は足止めだ。外の連中も含めて戻ってきてくれ」

「何故私達なんだ?」

「魔法も使えなきゃ人質護衛なんてやった事も無い、二人に任せた方が良いだろ?囮くらいなら今の俺でも務まるしな」


二人共逡巡したが、一刻を争う状況ではどうしようもないと渋々承知して外へと出て行った。


「おいおい、またキモイのが出てきたな」


魔法陣から徐々に姿を現す魔物は完全に虫。それも大きな蜘蛛の足が魔法陣の中心に開いた穴から一本二本と徐々に増えている。次の瞬間には完全に這い出したその姿は、やはり悪魔と言うにはふさわしい姿だった。蜘蛛の下半身に人の上半身、手には血濡れた戦斧を握った悪魔だ。


「うげえ気持ちわる」


正直蜘蛛は苦手だ。というか虫全般だが。

しかもそれに人の上半身が付いているのだからなお気味が悪い。しかも頭は骸骨だときている。悪趣味極まりない。


「うおぅ!?」


俺の暴言に気を悪くしたのか、突然蜘蛛の尻から糸が発射された。慌ててかわすと糸はどうやら俺ではなく、後ろで倒れる瀕死のデカ男を標的にしていたらしい。


「なんだ!?なんで俺を!?呼び出した魔物は教団に従うんじゃなかったのか!?」


事態を飲み込めず喚くデカブツだが、満身創痍の身体では満足に抗う事敵わずズルズルと引きずられ、魔物の前に引っ張り出された。


「おいやめろ!俺はお前を呼びだ――アアッ!うああやめっ!あが…!ゲホッゴボァッ!がっ…あ……う……」


魔物はその蜘蛛の頭部で、喚くデカブツの胴体に食らい付いた。喚き声は悲鳴に代わり、その後すぐに血を詰まらせ咳き込み、間を置かずしてそれすらも消えた。肉を咀嚼する音と、血がこぼれ落ちる音、更には骨を砕く音のみが集会所の中に響く。幸い、はらわたを味わうのに夢中な魔物はこちらに意識は向いていないが、目の前の光景から目を反らす訳にも行かなかった。吐き気を催す様な有様に加え形容しがたい臭いで逃げ出したい気持ちがわき上がるが、目を背けた瞬間に襲われる恐怖の方が勝った。

こんな奴を相手に足止めするなんて言ったのか、俺は。自分の軽薄さを呪った。一人くらい残ってもらえばよかった。というか俺が撤退を補助すればよかった。


「うっ……」


耐えがたい吐き気で慌てて口を覆った所で魔物の動きが止まった。蜘蛛は食らい付いたまま人の上半身がこちらを振り向き、俺の姿を捉えた。


「まずい」


本能的に察した。殆ど考えるよりも先に、集会所を飛び出した。新たな糸が飛んできたが、間一髪扉から転がりだす方が先だった。慌てて振り向き扉を見据えて剣を構えるが、すぐには追撃がない。

待った時間は一分足らずだろうが、体感で五分経ったかと錯覚する程の間の後、不安で一歩足を踏み出そうかという所で集会所の扉が突き破られ、魔物が外に姿を現した。

すぐに追撃が無かった理由はすぐに理解した。デカ男の死体が人の上半身に、蜘蛛の糸ぐるぐる巻きにされた上でリュックの様に背負われていたからだ。


「それ、持ち歩くのかよ……」


背筋が寒くなった。同情はしないが、あまりの惨さに魔物の危険性を改めて思い知る。逃げ腰ではすぐに奴の死体に並ぶことになる。俺は深く一呼吸して剣を握る手に力を込めた。


「来るなら来いよ」


俺の言葉を理解したのか、それまでこちらをうかがっていた魔物が突如動いた。八脚による素早い移動で俺の眼前に迫ると、人の上半身が手に持った戦斧を振り下ろす。俺は剣で受ける事はせずに横っ飛びで斧を避け、左の前足に勢いを乗せた斬撃をお見舞いする。だが、甲殻に阻まれ刃は通らず、体表面に軽い傷を残したのみにとどまった。


「硬すぎだろお前!」


魔法の一つでも放ってくれれば剣で受けて、反撃の糸口とするのだが、残念ながらこの魔物はパワータイプの様で魔法など撃ってこない。糸が魔法の可能性もあるが、違った場合のリスクが高すぎるので受けずに避けるしかない。


「やはり関節を」


狙うしかない。続きを口にすることなく実行に移す。半ばまで地にめり込んでいた戦斧を抜くのに手間取る魔物の足関節に、バスタードソードの波形の刃を滑らせる。今度は確かな手ごたえと同時に気色悪い音が発生し、蜘蛛の左前脚が斬り落とされた。


「うえぇ…虫って斬るときもキモイんだな……」


手に伝わる気色悪い感触に背筋が寒くなるが、魔物は青黒い液体を垂れ流しながら怒りをあらわにする。人型上半身の顔が怒りの形相を浮かべ斧を振り上げるのが目に入り、咄嗟に飛び退いた。空を斬った斧は先程よりも深く地にその刃を埋める。力の入り様が先程とは比べ物にならない事は明らかだ。


「まずい、要らん挑発だったか」


先程とは比べ物もならない速度で、斧を地面を抉る様に引っこ抜いた魔物の腕は筋肉が膨張し一回り以上太くなった様にも見える。いつしか切断した蜘蛛の脚からは流血が収まり、傷口は早くも塞がっている様だ。


「くそまずいぞ、これはまずい」


暑い。心拍数の上昇に伴い体温が増加し、激しい発汗が伴う。剣を握る掌は汗で湿っている。気を抜けば死ぬ、第六感がそう告げている。増加する血圧で心音に似た脈の音が聞こえる気すらする。そんな音すらも五月蠅いと感じる程に魔物の挙動に目を凝らす。

次の瞬間、尻が持ち上げられ、糸がこちらを目掛けて飛来する。咄嗟に横に飛び退けると同時に渾身の左フックが飛んできた。


「があっ!」


凄まじい膂力。飛び上がっていた所で若干威力は減衰しただろうが、激しい横ベクトルを加えられ、家屋の壁まで吹き飛ばされる。


「ッ――ハッァ!!ゲホッ!!ゴホアッ!!」


叩きつけられた衝撃で呼吸器にもダメージが入り激しくむせる。痛みに耐え、乱れた呼吸をどうにか整えようとしている間にも無慈悲な斧の追撃が迫る。吹き飛ばされながらも手放さなかった剣を掲げ、如何にか斧を逸らすが、受けた手は衝撃で痺れた。剣の状態が心配だったが、隆の鍛えた剣は無事健在だった。


(クソ、本気で死ぬ。頼むレオ、片桐…急いでくれ)


痺れた腕で剣を握りしめ、杖代わりに何とか立ち上がる。幾分呼吸は整い、通常時ほどの素早さでは無いが何とか剣を構える事も出来た。そんな俺をあざ笑うかの如く魔物は手出しもせずにただ見ていた。


「んだよクソが…、人間が無様にもがく様は…楽しいってか?」


途切れ途切れで質問を投げかけると答えとばかりに攻撃が再開された。繰り出された蜘蛛脚をなんとか掻い潜り、振り下ろされた斧を無様に膝を付きながらも転がって回避。その崩れた姿勢に体全体を使った蜘蛛の尻による回転攻撃を受けて、再び俺はふっ飛ばされた。


「ぐっ……この……くそったれが……!ずりぃだろテメエ……どんだけ攻撃パターンあるんだよ…」


まともに直撃を受けた左腕が上がらない。力を籠めると左肩に激痛が走る事から脱臼した様だ。右足首も着地、もとい接地の際に捻ったようで立つこともままならない。もはやストレス発散とばかりに嬲り殺しだ。無茶をせずにそこそこの所で切り上げるべきだったと後悔するがもはや遅い。満身創痍の今の俺では退避などできようはずもない。

脳裏にミリアの事が過る。俺が死ねば、どうなるのか。レオ達が遺志を継いで助けてはくれるだろう。だが短期的には俺の死に責任を感じて自らを責めるかもしれないし、長期的に見れば黒龍の脅威に立ち向かえる俺が居なくなった事で確実に悪い事になる。それは許容しがたい。


「俺の人生、死んだ後だが予定が詰まってんだ。テメエみたいなクソ気持ち悪いゴミに散らされてる場合じゃねぇんだよ!!」


罵声と気合と共に魔力を巡らせる。使うなとは言われたが、このままでは確実に死ぬ。何もしないで死ぬくらいなら賭けに出るのは悪い選択でもないように思える。なにより、黙って死ぬのは趣味じゃない。一度事故死した身で言うのもアレだが。

魔力を巡らせた事で疑似的に身体能力が強化される。脱臼までは治らないが、筋力の増加で片手で軽々とバスタードソードを振り回す事ができる。足首の痛みも、魔力の奔流に流されるように引いている。


「さあて、この状態をキープするのは自殺みたいなもんだからな、サクッと死んでくれや蜘蛛男」


左腕をだらりと下げたまま、右腕だけで剣を掲げて宣言する。魔物は不機嫌そうな表情を浮かべて再び斧を振り回す。しかし軽くなった体のおかげで暴風の様な斧の合間を縫って接近する事ができた。


「とりあえず、そのキモイ顔潰してやるよ!」


下半身の蜘蛛の頭に剣を突き刺す。飛び出した血しぶきを軽く避けてそのまま剣を引き抜く。多量の血しぶきを噴き出しながら後ずさる魔物。追撃しようとした所で俺も膝を付いた。

巡らせていた魔力が途絶え、各所の痛みが復活したことに加え、ボロボロだった身体を酷使した反動も一気に押し寄せ立っていられなくなった。


「くそ、マジかよ……。もう魔力が……」


それに加え、魔力不足の症状である激しい眩暈まで現れ、戦闘続行は困難になった。倒れ込む様に地面に倒れ伏した俺の、激しくゆがむ視界には、体勢を整えつつある魔物の姿が映った。


「死ぬのか……」

「そうはさせんよ」


俺の言葉を否定したその声は、レオの物だった。ゆっくり頭を上げると、そこにはレオと片桐が並んでいるのがぼやけた視界でも理解できた。


「本当にお前さんは無茶が好きだな」

「貴公、無茶をするなと言ったのを忘れたようだな」

「はは……悪い、後は任せた」


各々お小言を言い終え、俺は一言だけ返すと上げていた頭を降ろす。ぐったりと横たわる俺の前に立ちはだかる様に二人が回り込み、魔物と対峙する。それぞれが一人で完結した最上級の強者。二人並べば大型の魔物とはいえ敵ではない。それを証明するかのように圧倒的な展開だった。

振り下ろされた斧は片桐の刀に両断され、その隙を狙ったレオの剣により上半身と下半身が分かたれた。既に頭を潰されていた蜘蛛の下半身はそのまま活動を停止し、残された上半身はというと、慌てて腕の力で這う様に逃げる。その先には戦闘の衝撃で脱落していた大男の死骸がある。


「遺骸を貪って力を取り戻すつもりか」

「愚かだな、私達が居ながらそんな暇が貰えると思っているのか」


レオと片桐の口調には若干の怒りが込められていたように感じる。ズルズルと這う事しかできない魔物と、二足でしっかり歩く二人との差はすぐに縮まった。目だけでコンタクトを取るレオと片桐。片桐が刀を納める中、レオがゆっくりとした動作で魔物の上半身を踏みつける。背中を押さえられた魔物はじたばたと暴れているが、首筋に押し付けられた剣に体重が加わった事でその動きを止めた。鈍い音と共に、魔物の首が撥ねられた。


「終わったな」


片桐が誰に向けるでもなく呟いた。レオは無言で剣を拭ってから鞘に納める。俺はそんな二人の様子を見届け、目を閉じた。




「相変わらず、無茶をする奴だ」

「ああ、まったく同感だよレオネス王。時間さえ稼いでいてくれれば良い物を」


魔物の死亡を確認しているレオネス王とぼやき合いながら、倒れ伏している明人のもとへ向かう。魔力の残り香とも思える、魔法行使後に現れる独特な気配がその身体から発せられている。


「使うなと言ったのに、本当にお前さんは…」


脈は安定している。左半身を中心にかなりのダメージが見受けられるが、幸い致命傷は無い様だ。

安どのため息を漏らすと、すぐ後ろにレオネス王が着いた。


「一人でよくぞ耐えた物よ。しかし、あわよくば倒そうという欲が出た故の顛末だろうな」

「さすがは王、慧眼だな」

「その王と呼ぶのはやめんか。余は確かに王であったが、治めるべき国も民もとうに無い。貴公もアキトの様にレオと呼ぶが良い」

「ふむ、気は引けるがそういうなら仕方ない。レオ、私はこの無鉄砲を担いで行く。一応無いとは思うが、残党に注意してくれるか?」

「良かろう」


倒れている明人を担ぎ上げる。だらりと垂れた左腕が痛々しいが、戻れば葵の治療が受けられる。急いで馬車の元に戻ると、すぐさま葵が駆けつけた。


「兄さん!?明人さんは一体どうしたんですか!?」

「見ての通り重症に加え、魔力を使った事による反動の両方だ。治療を頼めるか」

「当たり前です!すぐに取り掛かります!」


葵は、慣れた手つきで魔法薬を飲ませ、魔力の回復を待つ間に手早く外傷の治療を進めていく。その手腕は、こちらの大陸では見ない医師を思い出させる。師も居ないというのに、独学で勉強したのだろう。

しばらくして後、重苦しかった明人の呼吸が落ち着きを取り戻した頃、レオが戻って来た。


「使い魔を放ち周囲を警戒した。結果的に教団の人間は彼奴らのみであったようだ。今は村人達を村に戻し終わった所よ」

「そうか、無事解放できたんだな」

「うむ、後はそこの無鉄砲が目覚めれば万事解決よ。それが一番長引きそうではあるがな」


見れば傷の手当は順調に進み、出血も収まった様だ。だが悪化した顔色は依然として良くはならない。


「魔力不足の反動か。こちらの方が長引きそうだな」

「魔力は補給させたが、アキトの身体は通常とは違う。一筋縄ではいかんだろうな」


女神のもとに戻ればすぐにでも対処はできるだろうが、それではミリアの救出が遅れる。

実に悩ましい問題だった。二手に分けて、ミリア救出班と明人の搬送班で行動する事も考えないでもないが、戦力の低下は免れない。敵地に赴くのだ、戦力はできるだけあった方が良い。

決めあぐねていると、突如響いた葵の驚く声に思考を中断させられた。


「明人さん!?」

「なに!?」


レオと二人で驚き振り向くと、依然良くない顔色のまま明人がしっかりこちらを見据えていた。


「目が覚めたのか、無理をするな…今どうするか検討中で――」

「行くぞ……ミリアの所に。俺も当然、一緒だ」


頭を動かすのがやっとな状態で、なおもそんなことを言いだす明人に他の全員が反対の姿勢を見せていたが、明人はなおも譲らなかった。


「ミリアは俺のパートナーだ…。俺が身体を取り戻し、もはやついてくる必要すらないのに、それでも着いて来てくれたんだ…。だからこれは…誰かに任せていい話じゃ無い…」

「わかった、もう寝てろ。だが道中貴公は何があっても絶対安静だ。目的地に着くまでは治療に専念せよ」


最初に折れたのはレオだった。王の決断はまさしく鶴の一声で、私を含め全員を納得させた。数日間の絶対安静でどの程度回復するかは誰にもわからないが、こうする事が最もベストな妥協点だろう。


「レオの判断に従おう。だが進行ペースは少し落ちるだろう、すぐさま出発するぞ」

「ああ、了解したぜ」


私の言葉に答えたのは隆だけだったが、他の各自も各々手早く撤収準備を済ませて馬車に乗り込んだ。行きとはかなりスピードが下がった馬車で、ゆっくりと解放した村を離れ、元のルートへと戻っていった。

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