第二十一話 思わぬ強敵
目を覚ますと、そこは見た事のない場所だった。
ただひたすらに真っ白な空間。青空も、タイルの継ぎ目も無い、ひたすらに白い空間。窓の一つもないのに何故か明るく輝いて、まるで光の中に居る様だ。
「何だここは」
「ここは天界の入口、貴方に火急の話があったのでここに意識だけを呼びました」
声と同時に目の前に光が集まり始めた。呆気にとられていると見る見るうちに光は女神の姿を模し、最終的には女神そのものとなった。慣れない女神降臨に少し怯んだが、取りあえず疑問をぶつける。
「意識だけ?」
意識だけで謎空間、という事はつまり半ば天に召される感じでここに居るという事なのだろうか。
「俺は死んだって事か?」
「違います、しかし危うい所には居ます。未だに貴方の意識は戻っていない。だからこの場所に意識だけを呼んだのです」
「なるほど」
魔力の使い過ぎで倒れ、そのまま現実の俺は気を失ったままという事か。何日経ったかまではわからないが、急いでミリアを助けに行きたい所でこの体たらく、己に怒りが湧いてくる。
「いいですか、今回の件は貴方が肉体を構成する魔力にまで手を付け、その上限界を上回る消費をした事で起きた事なのです。仮初の肉体とはいえ、失えば貴方は魂だけでさまよう事になる。そうなれば死んだも同然なのです。その所を肝に銘じなさい」
「わかったよ、わざわざ呼び出して説教かよ」
泉で見た時も思ったが、この女神もかなりの美人だ。というか絶世の美女という奴だ。神々しさも相まってその美貌だけで敬謙な信徒が生まれそうな具合。それなのにまるでオカンの様な説教が繰り出され、大きなギャップを生んでいる。
しかも神殿の時より近い分、変なところに目が行ってしまう。何故かこの女神の服装は薄布一枚。露出が激しく正直目のやり場に困る。
「おや、女神である私に興奮しているのですか?」
「なに!?」
慌てて女神の視線を追う。何故か一糸纏わぬ自分の身体は高らかに昂ぶりを主張していた。
「ち、違う!これは不可抗力だ!というかなんで裸で呼んだ!!」
「慌てなくても気にはしませんよ。それに貴方には心に決めた女性が居るのでしょう?」
「おい、それって――」
もったいぶる女神が手で促す先に目線を向けると、白い空間が切り取られ、現世の様子がテレビの様に映された。
「これは…現世の様子か」
「さすがに異界の子、理解が早いですね。そうです、そしてこれは貴方が無茶を働いた理由でしょう?」
見れば映っているのはミリアだ。どこか薄暗い部屋に監禁されている。特に拘束されている訳ではなさそうだが、見張りが部屋の扉に張り付いていて脱出は困難な事が伺える。
「だがミリアは魔法使いだぞ、魔法を使えば脱出できそうじゃないか」
そう、それはあくまで普通の人間レベルでの話。魔法使いのミリアに対してこの警備はざるだと言わざるを得ない。無詠唱で魔法を放てばこの程度の警備なら気付かれずに突破できるはずだ。
「それは浅知恵ですね。この建物には結界が敷かれ魔力の励起が妨害されています。さらにここは廃村で隣の町までろくな物資も無く徒歩で移動すれば命に関わります」
「そういう事かよ……」
「場所を教えましょう。貴方も彼女を助け出さねば邪竜討伐に身など入らないでしょう?」
「当然だ」
世界を救う事も大事だが、それにはミリアも含まれている。身近な人間一人救えない様では世界など到底救えない。持論だが正義の味方はそうあるべきだと俺は思う。
「神殿より南方、山を越え街を過ぎた場所にこの廃村は有ります。邪竜は世界各地を飛び回っているのでこの地に居る事は少ないでしょう。それでも警戒はしなさい」
「わかった」
「それと、今の貴方は極端に魔力が低下しています。しばらく魔法は使わない様に。使えば死ぬと思いなさい」
「しばらくって、どれくらいだよ」
その基準がわからねば次は死ぬと言われても対処できない。
「三日三晩は使わぬ様に。その後も一週間は慣らし程度に留めておきなさい。それでは行きなさい」
その言葉を皮切りに、俺はその空間から退去させられた。
連れ去られてから何日が経ったのだろうか。暗い部屋では時間の感覚が曖昧で、思考力すらも削がれていく気がする。
不思議な事に、監禁されているこの部屋はそこそこ良い環境で、ベッドもあれば食事も三度提供される。しかも攫われてから一度も尋問などを受けた事も無い。かといってここにいつまでも捕らわれているのも釈然としない。しかし脱出しようと魔法を使おうとした事もあったが、魔力は励起されずに霧散してしまった。アキトやレオと違って肉体派ではない私にとって、魔法が無ければこの環境からの脱出は難しいだろう。念のためとアキトとレオの二人から渡されたナイフはあれども、相手の数もわからないのにこんな武装で飛び出す勇気はない。
少なくとも、現状危害を加える様子もない。しばらくは様子を見るしかない。そう結論付けた所で一つしかない部屋の扉が開いた。
「女、話がある。外に出ろ」
黒い兜に黒い甲冑。例の黒騎士だ。
「私に?アキトじゃなくて?」
「お前にだ」
久々に外の空気を吸いたい気持ちもあり、促されるままに外に出た。それに多少なりとも現在地と敵の勢力を知る手掛かりにはなるだろう。
「変な気を起こすなよ。お前は明人を釣るための餌だ。痛めつける理由は無いが、五体満足である必要もない」
その言葉の意味する所は簡単に理解できた。ここは大人しく従うフリをしていた方が身のためだろう。
「ついたぞ、座るが良い」
階段をいくつか上がり、最上階と思しき場所に通された。見れば村を一望できるこのスペースは、何らかの集会スペースだった様で、大きな机にいくつもの椅子が備え付けられていた。促されるまま手頃な椅子に座ると、黒騎士もそれに倣って反対側の椅子に腰かけた。
「この村はな、人同士の争いで滅んだのだそうだ。そしてここは元々村長の邸宅で、この部屋は会議所だったらしい。興味は無いがな」
「そんな事を話すためにわざわざ拉致したの?」
「ふん、ただの世間話だ。本題だ。お前は何故明人と旅をする?」
唐突過ぎて意味を理解するのに時間を要した。何故この男は私とアキトの関係を尋ねるのだろうか。
「意味がわからないわ。それがあんたと何の関係があるのよ」
「特には無い、ただの興味だ。人の人生を滅茶苦茶にしておいて仲間に囲まれるアイツに、どんなカリスマがあったのかと、一応組織のトップだけに気になってな」
「人生を滅茶苦茶にされた?」
にわかには信じがたいワードだった。短くない時間をアキトと過ごし、多少スケベな所はあれどアキトが人を貶める性格でない事は理解できている。アキトがこの男に一体何をしたというのだろうか。
「あの男は、俺を貶めたのさ。おかげで俺は地位を失い、周囲からは後ろ指をさされ、親からは出来損ないのクズみたいな扱いを受けた。全てを呪った。明人を、俺を笑ったクズどもを。そうしたら俺はこの世界に飛ばされていた。偶然だったがこの世界は随分と憂さ晴らしに丁度良かった」
「アキトはあんたに一体何をしたの?」
「あいつは、神聖な試合を汚したんだ!実力の上で俺を圧倒していながら、勝利の目前で勝負を投げた。屈辱だったよ、実力では遠く及ばないのに、アイツからおこぼれの様に勝利を与えられたのがな!」
この男の話を聞く限りでは、アキトはこの男を卑下していたようにも見える。ただ、アキトがそんな行動で他人を侮辱するなどとは考えづらい。というか、私の知ってるアキトがそんな事をするはずがなかった。
「それは単に被害妄想じゃないの?アキトがそんな事するようには思えないわ」
「だまされているんだよ、お前はな!」
「ならどうして、アキトは私を助けに来ると思うのよ」
黒騎士は押し黙った。兜で見えないが、雰囲気や視線から怒りをぶつけられているのを感じた。黒騎士が突然立ち上がり、咄嗟に身構えそうになったが、言葉も無く黒騎士は去っていった。
「何だったの、アイツ」
凄まじい怒気を放つ男から解放され、額に流れる冷や汗を掌で拭う。しばらく茫然と廃村を眺めるしかなかった。
目が覚めたのは、俺が倒れてから一週間後の事だった。
神殿は苦手だと語っていたレオが俺の隣に居てくれていたらしく、すぐに他のみんなを集めて戻って来た。
「その……心配かけてすまなかったな」
一同が揃った所で今回の無茶に対して謝罪する。ミリアが攫われて冷静さを欠いていた、というのは言い訳だろう。女神にも怒られてしまった訳だし。
「もう少ししっかり考えて行動するべきだな」
真っ先に口を開いたのは片桐だった。その語調はやや強く、初めて見る片桐の様子に罪悪感が募る。
「お前さんがここで倒れてしまえば誰がミリア嬢を助けに行くんだ?我々も当然救出には向かうが、いざ助かった時、お前さんが死んだと知ってミリア嬢はどう思う?しかも自分が攫われた事がトリガーだとなれば、ミリア嬢は己を責めるのではないか?」
片桐の語調は依然強いままだが、一言も返せない程に全て正論だった。急ぎ過ぎた、冷静を欠き過ぎた、その真実が冷たく突き付けられる。レオや隆はもちろん、イシェネまで俺を擁護しようとはしない。一人だけ葵は何かを言いかけた気がしないでもないが、場の空気に気圧され言葉を飲んだ。だが仕方ない。というかこの状況で俺を擁護するのは不可能だろう。されたくもない。全て片桐の言うとおりだ。俺は目の前しか見ておらず、ミリアの事など考えが遠く及んでいなかった。
「本当に悪かった」
そう絞り出すのがやっとだった。それ以上は片桐も追及せず、皆連れ立って部屋を後にした。ただ一人、レオを除いて。
「なんだよ」
「アキト、貴公にはペナルティを課す」
「ペナルティ?」
意外な発言だった。何らかの謝罪を要求されるのは予測していたがペナルティとは。それもレオから。普段のレオからは想像できない事態だ。
「貴公の体調が回復次第、トレーニングを受けてもらう」
「トレーニングだって?」
「魔力のコントロールのトレーニングだ。貴公は魔力を上手く扱えておらん故に、あんな無茶に走るのだ。ポテンシャルは高いのだからそれを引き出す特訓をすれば、この前の技も上手く扱えよう」
この前の技とは雷化の事だろうか。正直無我夢中でやった事だから再現性があるのかどうかも定かでは無いが、拒否権はなさそうだ。それに、上手く魔力をコントロールできるようになればそれはそれで俺の大きな助けになるはずだ。ペナルティとは言うが、受けて損は無いだろう。
「わかった」
「うむ、また後日トレーニングの内容は伝える。それまで休んで体調を戻せ」
「それで、トレーニングってのはスライムの討伐?」
「ああ、そうだ。魔法は使わずにな」
魔法禁止と言われても、そもそも今は控えよと女神にも言われている。禁止されずとも積極的には使おうとは思わないが、果たして魔法を使わずにどう魔力のコントロールを学べというのか。
「この裏手の森にスライムの群生地がる。見事魔法を使わずに討伐して戻って見せよ」
「あいよ」
スライムといえば、RPGのド定番弱小モンスターだ。アメーバのような粘液の身体を持った魔物。そんなもの魔法が無くとも簡単に倒せる。筈だった。
「クソ!なんだコイツは!」
森に入って数分後、最初のスライムと遭遇したのだが、それが予想外の事態を生んだ。
あろう事か物理攻撃が一切通らないのだ。
「これでどうやって魔法無しで倒せってんだよ!」
剣は粘液の身体をすり抜け、刀身が濡れるのみ。かと思えばスライムは身体を変形させ刃や棘を生み出して攻撃してくる。そのどちらも普通に人間なら殺せるような硬度だ。俺が避けた事で攻撃を受けた木々がそれを物語っている。
「最弱どころか最強生物じゃねぇか…」
刃はともかく棘はまずい。革鎧の下はチェインメイルだ、あまりにも細い棘はすり抜けてしまう。通常刃くらいなら阻む目の粗さだが、細さが自在に変わるスライムの棘では話が変わる。
攻撃は通らず、相手の攻撃は致命的、万事休すだ。
「クソ!取りあえずこれでも食らえ!」
手頃な石を投げると条件反射的にスライムはそれを受け止める、その際に足が止まり一気に後方へと距離を離した。ダメ押しに落ちていた枝も投げ込み木の陰に隠れる。
「げげ、マジかよ」
見れば石と同じく飲み込まれた枝はすさまじい速度で溶解されている。石の方はというと吸収できないからか、外に排出された様だ。服だけ溶かすスライムなんてのが日本では一部で流行していたが、冗談ではない。奴は有機体なら何でも溶かせる様だ。何かの本で読んだが、木や植物に含まれるセルロース、所謂食物繊維は硬く溶解が困難らしい、それを容易く溶解し、跡形もなく消し去るなどどんな消化液で出来てるのかわかった物では無い。
「何かないのか」
剣なら溶かされる事は無いが、うっかり手が触れれば手が骨になりかねない。そんな事を考えていると妙な風切り音が背後から響く。咄嗟に身体を屈ませそのまま飛び前転の要領で離れると、背を付けていた木が上下真っ二つになっていた。
「冗談きついぜ……」
スライムは先程の位置のまま、伸ばされた触手が木を切断していた。触手が伸びた分身体は少し小さくなった気もするが、射程がこんなに長いのではどうしようもない。
もう一本伸びてきた触手を剣で受け止める。だが剣を包み込んだ触手はさらに伸び、俺の首目掛けて新たに形成した刃で斬りかかる。
「うぉっ!?」
間一髪上体を逸らして避ける。慌てて剣を払って距離を取る。剣を飲み込んでいた部分が断ち切られた関係で、俺を襲った触手は切断されて地に転がる。まさか襲っては来ないだろうと思ったが、形を失いすぐに地面の染みになったのを見て安堵する。
「しかし参ったな」
近づけば棘と刃の高密度攻撃、離れれば超射程からの一方的な攻撃。やぶれかぶれで手当たり次第の枝や石を投げつけ時間を稼ぐ。
「このまま泥団子にでもなって消滅してくれればいいんだけどな」
口にしたのは冗談だったが、目の前では不思議な事が起きていた。投げ付けた枝の多くはスライムの中心に集まり、そこでようやく溶解が始まり、石は中心に集まる事無く排出される。
「中心と外部では材質が違うのか?」
更にその溶解プロセスを実行中は完全に動きが止まる事がわかった。ならばそれを利用しない手は無い。
手近な所にあった枝を更に放り込み、その隙に極至近距離に接近する。万が一攻撃を受けたり粘液に触れても中心部でなければ溶けはしない。そしてよく観察してみると、中心部だけ薄っすら色が違う核の様になっている事がわかった。
「そこが弱点か?」
試しに、と剣を振り抜きその核を切断してみる。何の抵抗も無く刃は粘液層に侵入し、溶けてグズグズになった木の枝だったものが存在する核に到達する。そこで思いもよらぬ手応えに、一度刃は押し止められた。
「これはもしや当たりか!うぉおおらあっ!!」
引っ掛りを乗り越えるべく腕に力を込めて核を切断する。濡れそぼった刀身がスライムを突き抜け、スライムは一瞬粘液を痙攣させたようにも見えた。次の瞬間、ばしゃりと音を立ててスライムは水たまりになった、その中心に断ち切られた核を残して。
「なるほど、核がこいつの弱点か。にしても見つけ辛いなこれ」
色は透き通るような透明色、色味も一切ない。ほぼ粘液と同化しているだけに戦いながら探すのは苦労があるだろう。やはり適当に枝でもなんでも投げて探すのが一番楽だろう。
枝を投げて核を見つけてぶっ壊す。攻略法を見付けさえすれば楽だった。幸い森というロケーションも俺に味方し、投げる枝には事欠かない。その後2体を新たに倒してからレオの待つ聖堂へと引き返した。
「その顔は、見事倒したようだな」
戻った俺は満足げなレオに出迎えられた。後ろには心配そうな葵や、付き添って来たらしい隆もいた。
「まあな、意外に強敵だったけどな」
「戦いで生計を立てている者であれば常識ではあるが…やはりスライムの特性は知らなかった様だな。しかし己自身で特性を看破し、見事討伐してのけるとはやはり貴公は大した男よ」
あまりレオに褒められた経験がないので少しむず痒い。がすぐにある事に気付いた。
「褒められるのはうれしいけどよ、これのどこが魔力のコントロールと関係あるんだよ」
「ふむ」
もったいぶる様に唸り、しばし沈黙ののちにレオは答えた。
「特に関係は無い」
「ないのかよ!」
レオってこういうキャラだったか。こういう関係ないけどやっちゃいましたみたいな事する奴だったのか。
困惑を禁じ得ない俺に気付いてか、レオが言葉を続けた。
「関係は無いが意味はある。貴公は魔法に頼り過ぎている様だったのでな、原点に立ち返って己の身体のみで戦うという事を見返す狙いがあった。我ら剣士にとって、魔法は確かに強力だがあくまでも補助。貴公にとってのミリアの様に、パートナーが担う役割をあえて貴公が演じる必要はないのだ。魔法という力を手にして浮かれる気持ちもわかるが、そこを理解すべきだ」
レオにしては珍しく長い話だったが、言いたいことはわかった。レオの言う通り、確かに魔法が解禁されてからという物、俺は魔法でごり押す事が増えていたかもしれない。レオの目の前で魔法を使ったのはこっちに帰って来たあの日のみだったのに、すっかり見抜かれていたらしい。
「確かに、魔法に傾倒しつつあったかもな。わかった、レオの言う様にバランスを考えるよ」
「うむ、そうするといい。だがもしもの時は遠慮はするな、戦いの目標は常に勝つ事ではない、生き残る事だ。持てる手札は適切に切る物だ、その切り方を誤るなという話よ」
いい話風に締めくくろうとするレオ。だが待ってほしい。これは根本解決にはなっていないと。
「待て、魔力のコントロールとかの話は結局嘘なのか?どうにもならないのか?」
「ああ、それに関しては慣れだ。練習する他ない。飲み込みが早い貴公なら一カ月くらいで物にはなるだろう」
「ああ…そう…」
まあ根っからの出まかせでどうにもならないという話では無いだけマシだったと考えよう。
こうして、レオ発案のよくわからない特訓は幕を閉じた。明日からはミリアの捕らわれている廃村に向けて出発することになっているので、今日はこのまま飯を食って床に就く事にした。
ミリアの安否が気になり、寝付くのにたっぷり3時間以上かかり、結局普段と変わらない時間だったのは恥ずかしいので誰にも言わなかった。




