第十八話 己の姿と戦う理由
北方の神殿開放より5日、俺達は再び神の泉近郊へと戻っていた。
途中、行きと同じくエルフの国へと寄ったが、イシェネは別れずそのまま同行する事になり、今も馬車で一緒に揺られている。まあ、揺られているとは比喩で、魔法のおかげでこの馬車に揺れは一切ないのだが。
「ミリア、ここ間違ってるわ」
「え?あっ、本当だ。ありがとうイシェネ」
目の前の女性陣は相変わらず錬金術に勤しんでいる…と思ったが何か違う。
「何してるんだ?」
「ああ、これ?矢に魔法を付与してるんだけど、ミリアにも手伝って貰ってるのよ」
「魔法の付与?」
イシェネは答えながら矢を一本取るとこちらにかざして見せる。よく違いが分からない。
「そ。魔力を込めた触媒を仕込んで魔法効果を付与するのよ」
「アキトもやる?魔法使えないアンタでも、加工ならできるでしょ?」
ミリアの誘いに乗って俺も工作を手伝う。聞けば黒鎧…松本との戦いで矢が通らない鎧対策に、火炎の魔法を仕込んで溶断する矢を作っているらしい。思いがけず出来た暇つぶしでしばらくは退屈しなそうだ。
そうしてどれくらい作業に集中していたのか、唐突に響いたレオの声が作業に埋没していた俺の意識を叩き起こした。
「レオ?どうした?」
「何かあったの?」
作業に集中していた三人は手を止め馬車の前側に移動して声の主、レオの元へ身体を寄せる。
「少しまずい事になっている様だ。神殿より煙が上がっている」
慌てて後ろ側に回り、身を乗り出して前を確認すると黒々とした煙が空高く昇っているのが確かに見て取れた。
「あれ、そうとう規模がデカいわよ」
「ミリア、アキト、手伝って。矢の加工を終わらせましょう」
「あ?ああ…」
俺とミリアは顔を見合わせる。がすぐに意図を理解した。
焦った所で今最も速度が出る移動手段に乗っているのだからどうしようもない。ならば万全を期す為にもイシェネの装備を整えるのは大切な事だ。急ピッチで作業を進めるのと同じくらい、レオは馬車を加速して神殿への道を急いだ。
「こりゃ酷いな…」
既に襲撃は収まっていたらしく、煙は現在消火中の物だったらしい。だが壮麗だった神殿は所々が崩れ、あちらこちらに聖堂騎士や修道士たちが倒れ、無事な者たちがその隙間を行き交い救助や消火に明け暮れている。
「一体何が襲ったらこうなるんだ?」
「神殿には結界があるはずよ、こんな――」
俺に続いたミリアの言葉を遮る様に、レオが首を振った。
「結界がない。前回来た時の結界による干渉が全くない。つまり結界は破壊されている」
「そんな…」
つまりは何者かが結界を破壊し、その隙をついて襲撃したという事か。
全員が立ち尽くしていると、一人の修道士が俺たちに気付き駆け寄って来た。
「良かった!お戻りになられたのですね!首尾の方は?」
「ああ、依頼は成功した」
俺が手短に答えると修道士はホッと安堵の表情を浮かべて頷いた。
「女神様の元へお連れします。どうぞこちらへ」
何故か司教ではなくそのまま女神の元へと案内される事になったが、4人全員でついて行く。
扉を抜け、屋内に入るとそこでも衝撃を受けた。外も凄惨な有様であったが、中も中々に酷い有様で、視線のやり場に困る。あちこちに人が倒れたままで、建物の内壁や天井には黒く焼けた跡が残っている。明らかに手が足りぬ状況に、ミリアやイシェネが手助けを申し出たが、頑として女神への謁見が最優先だと受け入れられなかった。そうして、惨状をたっぷりと目に焼き付けた所で、ここだけは変わらぬ女神の間にやって来た。
「待っていました、カザミアキトとその仲間達よ。約束は果たしたようですね」
「そんな事はいい、この有様は何だ!」
散々見せつけられた有様とは打って変わって、女神の態度は以前と何も変わらない。そこに八つ当たりにも近い若干の苛立ちを覚えてつい語調が荒いまま問い詰める。
「黒龍と、愚かにもその配下に付いた人間たちの襲撃がありました」
「黒龍が!?」
聞けば俺達が発って数日後、黒龍が攻めてきたらしい。その時結界を打ち破られ、つい先ほど二次攻撃があったと。黒龍は結界を破壊した時に多くの人々の魂を攫っていったものの、そのまま飛び去り、今回の襲撃自体は竜教団を名乗る集団のみで起こされた物という事だった。
「竜教団…」
松本の姿を思い出す。奴もまた、ここの襲撃に加わっていたのだろうか。
「ともあれ、貴方達は約束を果たしました。私も約束を果たしましょう。カザミアキト、貴方の真の身体をここに」
女神が手をかざすと、ぼんやりとした光が浮かぶ。それは徐々に人型を取っていき、最終的に黒髪の男の身体になった。その特徴はこの辺りの人間ではなく、片桐や隆に似た容姿…日本人の物だ。
「俺の身体…」
「さあ、魂を移します」
その言葉を最後に、俺の意識は途切れた。正確には五感の全てがシャットアウトされ、全くの虚無に居る。
次の瞬間、目の前には俺の…いや、アルベールの身体があり、その後ろにはミリア、イシェネ、レオの三人が立っている。つまりは、女神が生み出した、俺の身体の中に、俺は居た。
「アキト…?」
ミリアが心配そうに覗き込むが、俺はというと言葉が出なかった。喋れないのではなく、何と言って良いのかわからなかった。そんな俺たちの様子を気にも留めず女神が問う。
「アキトよ、不調はありますか?」
「ああ…ない。と、思う」
歯切れ悪いが仕方ない。まだ状態を把握しきれていないのだから。
「アキト、まずは魔法を試しに使ってみたらどうだ?」
レオの意見にハッとする。そうだ、身体を取り戻したという事は魔法が使えるはずなのだ。
魔法を唱えようと思い目を閉じるが、肝心の呪文を覚えていない。ミリアがよく唱えていた呪文の内容は微かに覚えているが、全ては覚えてない。仕方なくいきなり無茶だと思いながらも無詠唱魔法を使うべくイメージを強める。手の平をかざして、その手から炎が弾となって発射され、5m程度先で小爆発する。よくあるファイヤーボール的な魔法を強くイメージし、次の瞬間には確かに俺の手から火は飛び出した。
「ちっさ!」
飛び出たのは親指ほども無い小さな火炎球、爆発はというと隣町から見た花火かというくらい小さな爆発をしたのみ。これには場の誰もが複雑な表情を隠せずにいる。兜しかないレオを除いて。なんと女神までも。
しかしさすがは女神、再起動も早く、真っ先に口を開いた。
「これは…久しぶりの正しい肉体故か、それとも魔力の存在しない世界からの渡り人故か、魔力の放出が上手くできていないようですね」
「うむ、魔法その物は初めての無詠唱魔法にしては無駄のない物だった。その規模故に存在自体が無駄である点を除けばな」
冷静な女神の分析に続けてレオの容赦ない言葉が突き刺さる。
「存在が無駄とか酷すぎるだろ!」
「あれでは魔力の無駄遣い、どころか時間の無駄だ」
「いいんだよ!俺は前衛だろ!」
レオの言葉に俺がへそを曲げ、顔を背ける。レオはそんな俺を見て軽く肩を竦める。イシェネとミリアは互いに顔を見合わせ笑っている。そこに女神が助け舟を出した。
「いずれの理由にしろ、時を置けば問題なく魔力が放出できるようになるでしょう」
「それならいいんだけど」
女神の優しい言葉に少し前向きな気持ちになった俺は話を先に進める。
「それで?装備は?」
折角買った鎧類は残念な事にアルベールの体系に合わせて買ってあるので、俺には合わない。買い直そうにもここは街では無いので同じような鎧は無いだろう。つまり、防具が無いのだ。
「それに関しては私が」
思わぬ所から答えが帰って来て振り返ると、案内してきた修道士が控えめに手を上げており、注目を集めると話を続けた。
「鎧の備えはありませんが聖堂騎士の装備を手入れするのに鍛冶師は居ます、そちらで調整致しましょう」
「なるほど、なら問題ない」
ミリアがコソコソと修道士に資金などについて確認しているがそこはあえて見なかった事にする。
「で、次は?黒龍を倒すのか?」
「いいえ、まずは結界を何とかしなければなりません。此度も前回同様、既に依頼の手筈は整えています。神殿の者に詳細を聞くと良いでしょう」
それだけ告げると他に何かあるか、と態度で訊ねる女神を前に、誰もが沈黙で応じた。それを見た女神は軽く挨拶と労いの言葉を告げると姿を消した。
その後、崩壊していない一角に通されて、今日は休んで話は明日という事になった。状態が状態なので部屋は二つ、男女で別れる事になり、修道士は個別の部屋を用意できない事をしきりに誤っていたが皆でそれを制止した。
休むとは言ってもまだ日は頭の真上だ。ミリアとイシェネは救助の手助けへと向かい、俺はレオに頼んで身体の感覚を掴むべく模擬戦をする事にした。
「悪いね、付き合わせて」
「構わん。余は治癒の類は慣れん。この身になってからは特にな」
軽く笑って見せるレオだが、後半の言葉は冗談になってない。
突っ込むだけ野暮だと剣を抜くと、レオも剣を抜いて応じる。
「来るがよい」
「おうよ!」
俺は鎧を着ていないのでレオは受けメインで時折武器を弾く動きで俺を翻弄する。対する俺は全身が鎧のレオ相手に手加減はせず全力で当たる。
まず手始めに間合いがやや開いた状態から突きを繰り出す。当然レオは容易く小手の上を滑らすように刃先を退けた後、まったく隙も無く構えなおす。俺は逸らされた刃を返す要領で走り込みながら横薙ぎにするが、あっさりとレオの剣にその軌道は阻まれる。構わず俺はそのまま肉薄して鍔迫り合いに持ち込む。
「いきなり力比べとは、身体を労わる気は無いのか」
「良いだろ別にッ!」
ギシギシと腕が軋む音が聞こえてくるくらいの力で押し返しておいてレオの声は極めて平常通り。肉体を持つ者と持たざる者の差が如実に出ている。つまりこうして真っ向勝負などするだけ損、そう判断するや否や、俺は剣を傾けるとレオの剣を流す。反発を失った力は行き場を失い迷走し、わずかにレオの身体がこちらに倒れる。空かさず剣の腹でレオの足を力の限り叩き、バランスを崩させ巻き込まれない様に自分は横に逸れる。
「貰ったぜ」
身体が前のめりになり、傾き行くレオの姿に勝利を確信した。
だがレオは熟練の古強者だ、それしきの事で致命的な隙は晒さなかった。前に転がりそうになるレオだがそれにあえて逆らわず、その重厚な鎧姿からは想像できない身軽さで宙返りを披露するとそのままの勢いで流れる様に姿勢を低くし漫画の様な姿勢で足払いをしてくる。
直前の動作に目を奪われていた俺は反応が遅れ、完全に足を取られて側面から倒れる。受け身を取りつつ立て直そうとした所で、首筋にレオの剣が突き付けられた。
「余の勝ちだな」
「よ、容赦ねえな…」
ふん、と勝ち誇ったように鼻を鳴らしながら剣を納めたレオは、その手を俺に差し出す。俺は素直にその手に掴まり立ち上がる。そして握ったままだった剣を背中に収めて溜息と共にレオへと視線を移す。
「慣らしだって言ってんのに…」
「何を言う、余を本気にさせたのは貴公だ。それだけ貴公の腕が立つという事よ」
「褒めりゃ良いってもんじゃねぇよ」
力量差を思い知らされ、褒められた所で嬉しくはなかった。だが不貞腐れるかと言われればそうでもない。敗北は即ち成長の機会、思い付いた事がいくつかあり、無駄では無いのだから。
結局この日はそのまま模擬戦をしては反省を繰り返し、気付く頃には日が暮れてしまったのである。
翌日、俺は早朝のトレーニングの為に外に出た。相変わらず襲撃跡が生々しいが、その合間に見知った顔が居た事に気付き、足を止めた。相手もこちらに気付いた様で、同じく足を止めている。俺は足早に近づくとその相手に話しかける。
「片桐…久しぶりだな。どうしてここに?」
「んん?すまない、君とは初対面の様に思うが。しかし見た所同郷の士の様だな、かつて国許で会ったかな?」
首をかしげる片桐に対し、なにすっとボケてんだコイツと口に出そうになった所で気付いた。俺の姿に。
「あっそうか。俺だよ俺、明人だ。元の身体に戻ったんだ」
「ほう、久しぶりだな明人。ってなる訳ないだろう!?本当に明人なのか!?」
「そうだよ。言ったじゃないか、タマガネ…だっけ?そことほぼ同じ文化、人種の日本人だよって」
「ふむ…、なるほど、確かに私達とよく似ているな…。ああ、それにその剣。まさしく明人か」
俺の身体を神妙な顔で見まわしていた片桐が、俺の背に背負われた剣に気付いてようやく俺=明人だと納得した。
「しかし、目的地はここだと聞いていたから、もしやと思っていたが、まさか本当に会えるとは」
「そうそう、それで最初の質問だよ。ここで何してるんだ?」
「依頼でな、直接神殿に報告して欲しいとの事で、ここまで来たのさ」
ふうんと適当な挨拶を返しつつ、辺りに目を向けていると片桐は俺の意図を察した様で先回りして答えた。
「隆も一緒だ、葵もな。今は馬車の所だろう」
「葵も来たのか?」
「ああ。丁度いい、馬車まで戻って再会といこう。その姿にきっと驚くだろう」
「おいおい、依頼の報告は?」
「少しくらい遅れても問題ないだろう?それにこんな早朝に尋ねるのも気が引ける」
確かに、時間帯としては早すぎる。軽くうなずくと片桐に連れられ彼らの馬車へと案内される。
そこには以前よりもはるかに健康的に見える葵と、相変わらずモジモジとした態度で葵と話す隆の姿があった。驚いた事に葵の背中には薙刀があり、装いも戦国時代の鎧に似た意匠の軽装鎧になっている。
「葵って戦えたのか?」
俺の言葉に葵と隆は同時にこちらを見て、少し驚いた様子を見せたが片桐は気にせず問いに答えた。
「当然だ。薬師とはいえ材料は自分で集める事もある。それに何より私の妹だ、弱い筈がない」
「兄さん、それは言い過ぎです。私はまだまだ戦いには不慣れです」
「問題ないぞ、葵。俺が…俺が…んんッ…良い武器を作ってやるからな!」
謙遜する葵に対して隆が何を言おうとしたのか大よそ理解はできたが、相変わらず見た目に反して奥手な男だ。というかヘタレだ。
「ところで兄さん、そちらの方は?私の事を知っているようですけど」
「聞いて驚け、こいつは明人だ」
「はあ!?」
素っ頓狂な声を上げたのは隆だ。先ほどの片桐とまるで同じプロセスを経て同じ理由で俺だと納得し、その様子を眺めていた葵も二人が俺だと認めた事で同じく認めたらしい。
「それより、明人。久しぶりだな。俺の打った剣はどうだ?少し見せてみろ」
葵に対する態度とは打って変わって横柄な物言いで俺の背中から剣をひったくる隆に、心の中で呆れていると葵がそそくさとやってきて必死にフォローしてきた。
「ごめんなさい明人さん。隆さん、久しぶりに会ったというのにあんな感じで。きっと照れてるのです。あの人素直じゃないから…」
「あー、知ってる。気にするな」
そこまで理解されているのに好意に気付いてもらえない隆が少し不憫ではあるが、普段はこんな態度の癖に肝心な所はへたれているアイツが悪いという結論で落ち着いた。
隆に対して失礼極まりない判決を心の中で下した俺の元に、不機嫌さを隠しもせずに隆がやって来るなり、胸倉を掴まん勢いで怒鳴られた。
「おいテメェ!どういう使い方したらこんな刃こぼれするんだ!ちゃんと手入れしてんのか!?ああ!?」
「あーそれな、フルプレートのクソ野郎と戦ったり、ゾンビ相手にひたすら斬り込んだりと中々ここ数日だけとってもハードだったんだよ。許してくれ」
「はあ?どうなってんだそりゃ?」
「ん、まあここの三人は俺の事情も知ってるし、話しても良いか」
俺はここまでの事のあらましをかいつまんで説明すると、三人は表情を曇らせながら唸った。
「という事は、今この国は未曽有の危機に直面している訳か」
「そうなるな、どうする片桐?」
言葉を失っている葵と異なり、片桐と隆は驚きは隠せないままだが、前向きに話を進めている。
「どうもこうも無いだろう、我々も手を貸そう。受けた依頼も無関係ではないしな」
「受けた依頼?」
気になる単語を見つけてすぐさま俺は聞き直す。すると片桐は視線をこちらに向けて説明を始めた。
「そうだ。今回の依頼はここより東にある神殿の開放だった。それはつまり明人の語った女神の力を取り戻すための物で、司教の言う心当たりとは我らの事だろう」
「なるほどな。まあ片桐達が付いてきてくれるなら心強いし、誰も反対はしないだろう」
「そうか、ありがたい。だが葵。お前は引き返せ」
片桐は葵の前に行くと、務めて無表情で告げた。それは葵にとって予想外の言葉だったらしく、葵の表情は驚きに満ちた。
「そんな!兄さん達だけ行くなんて!私も連れて行ってください!」
「ダメだ。相手は伝説の邪竜だ。お前は先に自分で言った通り戦闘には不慣れだ。むざむざ死にに行く様な真似を許すわけにはいかん」
「いやです!絶対について行きます!私には私のやり方で、皆をサポートできるはずです!」
葵に抱いていた勝手なイメージからは想像できない程決意に満ちた表情できっぱりと言い切り、さしもの片桐もどうしたものかと目を反らしつつ黙り込んでいる。その沈黙を破ったのは、二人の幼馴染、隆だった。
「おい、刀真。連れてってやれ。葵はこう見えても危機回避能力は高い。前の時だって呪いこそ受けたが、何とか無傷で帰って来たんだろう?」
あの時、とはゲーラの事だろう。思わぬ助け舟に葵が隆に感謝の視線を向けるが、隆はいつも通り照れくさそうにそっぽを向いて誤魔化している。
唯一片桐だけが頭を抱えていたが、やがて深いため息とともに声を絞り出した。
「良いだろう。だがこれ以上は危険だと判断したらお前だけでも引き返させる。いいな?」
「はい、兄さん。それで良いです!」
一件落着…という所で隆が俺の方にやって来て、ひったくったままの剣を片手に話題を変えた。
「明人。この剣を手入れしてやる。少しこのまま借りるぞ」
「おお?それはありがたい」
「気にするな。ちと刀身が特殊だからな。俺以外には中々扱いづらいだろうしな」
それもそうだ。俺のこの剣は刀身に共鳴石の粉末が練り込んであるので普通の鋼とは性質が異なる。それを一番上手く扱えるのは生みの親である隆を除いて居ないだろう。
「ところで、なんで明人は鎧着てないんだ?前着てただろう?」
続く隆の質問に、ある事を思いついた。にっこりと笑う俺に、隆は少し嫌な予感を感じたらしく身を引いた。
「隆、察しの良い君なら解るだろう?俺の身体について…」
「なるほど……。はーっ、わかったわかった。持って来い、調整してやる」
「恩に着るぜ隆!やっぱ腕の良い鍛冶師にやってもらった方が安心できるからな!」
「そう褒めんなよ、照れるだろうが」
俺は急いで部屋に戻り、鎧を取りに行く。片桐は当初の予定通り依頼の報告に、葵はミリアの元へとそれぞれ分かれて行った。
隆の所に戻った俺は、つまり隆と二人きりな訳だ。となればする話など一つしかない。
「いつ告るんだ?」
「ッ!?イテェ!!」
動揺した隆は盛大にハンマーの落着点をずらし、左手を叩き叫び声をあげた。
「何やってんだお前…大丈夫か?」
「お前の所為だろが!!何突然言ってやがるんだこの馬鹿が!!」
「馬鹿ってお前な。聞いただろ?さっきの話。世界の危機だぞ、思ってた事、言えなくなる前に言っとけよ」
最大限の怒りを込めたまなざしでこちらを睨んでいた隆だが、俺の声のトーンに真剣さを感じ取ったのか、表情を和らげた。
「それこそ馬鹿言え、縁起でもねえ。俺らで何とかするんだからそんな事起きねぇよ」
「甘い、甘いな隆。いつ二度と会えなくなるかなんて、わからないんだよ、本当に」
俺の実体験に基づく教訓に、隆は黙り込んだ。隆は俺がここに居る経緯を知っている。だからこそ、この言葉に込められた意味に気付いたのだろう。
「そうはいってもな…」
照れくさそうに頬を掻く隆。だが、と俺は言葉を続ける。
「照れくさい、で俺みたいになったら後悔しないのか?片桐だって反対してないし、葵も無下にするような奴じゃないだろ」
「わかった!わかったよ!腹据えてやるよ!葵呼んで来い!」
「ふふん。その言葉、忘れるなよ」
俺はすぐさまミリアの部屋に飛んでいき、葵を連れ出す。怪訝そうなミリアも付いてきたが、葵に聞こえない様に事の次第を教えると、上機嫌で俺に協力してくれることになった。
二人に背中を押され、困惑しながらも隆の前に連れ出された葵を残し、俺とミリアはその場を離れた。俺らの姿が消えたのを確認した隆は、真っ赤に顔を染めながら、咳払いをすると何とか言葉を絞り出した。
ちなみに俺とミリアは立ち去ってなどおらず、陰から様子を伺っている。
「あー、その…葵…。えっと…」
「隆さん?どうかしたんですか?」
「その…元気になって良かったな!」
あまりのダメさ加減に頭が痛くなった。腹括るんじゃなかったのかテメェ。
「ダメだアイツ」
「アキトも人の事言えないと思うわよ」
「え」
謎の風評被害に絶句していると、そんな事情などお構いなしに隆は何とか先を続けた。
「前からずっと…思ってたんだけど…あのその…なんだ…」
「なんでしょう?」
「前からずっと好きだったんだよ!俺と付き合ってくれないか!」
「ええ!?」
見事、言い切った。たまにはヘタレでもやるじゃないかと感心していると、ミリアも同じように無言で頷いている。
だが肝心なのはここから先だ。葵の返事がまだだ。
「えっと…その…私も…隆さんの事は好きですよ」
「おお?ムグッ!?」
思わず声が出てしまいミリアに慌てて口を塞がれる。ジェスチャーで誤ると渋い表情のままミリアは手を放した。とりあえず成功したので俺はこれ以上リスクを冒す前にミリアを連れてこの場から離脱した。
「アキトも、たまには良い事するじゃない」
「たまにって、俺悪い事してなくないか?」
急に態度が軟化したと思ったら、今日はなぜか手厳しいミリアに困惑を禁じ得ない。一体俺が何をしたというのだ。
「それで、アキトは居ないの?」
「何の話だ?」
「好きな人よ」
「はっ!?」
短くはない時間を共に過ごしたが、ミリアからこんな俗に言う恋バナを振られたことなど未だかつてなかった。困惑に思わず声が裏返ったがミリアは気にせず目で先を促す。仕方なく軽く咳ばらいをして先を続ける。
「居ねぇよ。知り合いの女なんてお前と葵とイシェネだけだし」
「あっそう」
「おい、どこ行くんだよ」
何故か不機嫌そうに歩を速めて立ち去ったミリアの背中に向けて肩を竦めるしかなったが、そんな動作を別の声が遮った。
「それで、実の所どうなんだ?」
「片桐…いつの間に」
「お前さんの悪だくみで見事隆が成果を収めた辺りから、だな。それで?」
先を促されても困る。片桐は俺に実際好きな人が居ると言いたいのだろうが、生憎そんな事は無い。はずだ。
「そう言われてもな」
「私の見立てではお前さんは随分ミリア嬢に入れ込んでいる様だが?」
「んな馬鹿な――」
馬鹿な事ある訳がない。と続けかけて言葉に詰まる。ミリアに対して特別な感情を抱いた事は記憶に新しい。吊り橋効果という物だろうとは思うのだが、意識した事が無い訳では無いのだ。
「やはりな。それでお前さんは自己の境遇から無意識化で一線引いてる、といった所か」
「無意識?」
「ああそうだ。大方、戦いが終わった後の己の処遇であったり、前の身体の持ち主、アルベール氏の事も関係しているだろう」
前者はともかく、後者は確実にありそうだ。片桐の見立ては中々に鋭い。
「そうだな、後者はあるだろう。略奪愛なんて、ドロドロしたのはちょっとな…」
「詳しくは知らないが、ミリア嬢の反応を見るに、もう手遅れな感は否めんぞ?」
「それこそ馬鹿な」
「心当たりの一つ二つはあるだろう?再開してからのミリア嬢の明人に対する態度は目に見えて違うぞ」
「マジか」
思えば確かにそうかもしれない。某日にトチ狂った事を口走ってから、ミリアの態度に違和感を感じたのは事実だ。まさにそれが片桐の言わんとしている事なのだろう。
「しかしなあ、仮に相思相愛だとして、死んでる間にパートナー略奪って、中々酷い話じゃないか?」
「人の気持ちは時と場所を選ばないからな、仕方ない事だ」
「ロマンチックな様で中々ドライな事言うな」
「ふっ。それこそお前さんが隆を焚き付けた言葉に繋がる。どうなるかわからないからこそ、後悔しない選択をするべきだと」
つまり、片桐曰く俺は隆に特大ブーメランを投げたという事だ。発言当初は無自覚だったが、いざ気付いてみれば若干気恥ずかしい。
「それで?焚き付けておいて自分はどうもしないのか?」
「それは……」
確かに自分は高みの見物だけで己の事はできずでは格好がつかないが、事はそう単純でもない。仮にアルベールには苦汁をなめて貰うにしても、やはり俺の将来は約束されていないし、何よりミリアをこれ以上戦いに巻き込みたくもない。仮に俺とミリアが葵と隆の様な関係に進展したとしたら、確実にミリアは戦闘についてくるだろう。それだけは避けたい。
「ダメだ。理由は片桐が葵の同行に反対したのと同じだ」
「……なるほど」
「俺は…最初は浮かれてゲーム感覚で旅をしてたが、今は違う。この世界が…何よりミリアを始めとした仲間達が好きだ。死んでほしくない。だから戦う事にした。それなのにそのミリアを巻き込んでどうする。ミリアだけじゃない、ほんとは片桐や、イシェネ達にも着いて来て欲しくはない。レオはまあ、一度死んでるしそれは良いんだけど」
最後のレオの扱いに若干苦笑いしつつも片桐は俺の決意を認めてくれたらしく、軽くうなずくと俺のの背を軽く叩く。
「それがお前さんの戦う理由だというならそれも良いだろう。その為に後悔しないというなら私はその選択を尊重するさ」
それだけ告げると片桐は葵達の居る方へと消えてゆく。
そう、これが俺の戦う理由なのだ。戦ってみたかったからじゃない。女神に頼まれたからでもない。好きになった人や、その人達が生きる世界を壊されたくない。ただそれだけ。
決意を新たに、俺は出発の日に向けて再び鍛錬を再開した。




