第十七話 王の証、因縁の相手
雪山で危うく死にかける状態から救出された後、俺とミリアは雪山を抜けた場所の野営地に連れられた。あの後馬車をイシェネが退避させてこの場所に設営、レオが生命探知の魔法を使用しつつ俺とミリアを捜索したらしい。雪山に入ったのは朝だったが今はがっつり日も落ちているので、俺とミリアは半日近く雪山で遭難していた事になる。
「二人とも、無事でよかったわ。ミリアが落ちた上にアキトまで飛び出して行っちゃったから、ほんとどうなるのかと思ったわ」
「ミリアにはあのような状況でどうにかなるような魔法は教えておらんかったからな…。少々無茶とはいえアキトよ、貴公はよくやった」
助け出されてからというもの、二人はこの調子だ。最初は体中を調べられたりもしたので今の方がマシではあるが。とはいえ心配をかけたのは事実なので仕方ない事だ。ミリアはというと、何故か毛布に包まれたままやや離れた場所で押し黙っている。
「イシェネ、ミリアは大丈夫なのか?」
ミリアには気付かれないよう、小声で話しかける。イシェネは少し怪訝な顔をするが意図を察してやや身を寄せて同じく小声で返してくれた。
「大丈夫っていうと?」
「ずっとあの調子じゃないか。ミリアの身体も調べたんだろう?怪我とかは?」
「ある訳ないでしょう?あなたはよく守ったわ。それにあったとしてもミリアなら自分で治せるわよ」
「そうか」
ならどうして、と訊きそうになるがやめておく。そんな事、尋ねられた所でイシェネも困るだろう。などと思っているとイシェネは少々性格の悪そうな笑みを浮かべてこちらを見る。
「なんだよ」
「心配でしょうがないのね?」
「当たり前だろ、あんな事あったんだし」
「ふぅん?それだけ?」
「それ以外に何だっていうんだよ…」
妙に勘繰るイシェネから逃げる様にミリアの隣に移動する。ミリアはそんな俺に一瞬顔を向けたがすぐに視線を落とす。何も言われない事に酷く違和感を感じつつもそのまま座る。黙ったままのミリアと、話を切り出すべきか悩む俺との間で沈黙が続く。いい加減耐えきれなくなり俺が先に話しかけた。
「今日は大変だったよな」
「そうね」
素っ気ない返答に早くも会話が終了した。立ち去るべきかと思いつつも洞窟内のミリアの行動を思い出し、無謀にも俺はミリアの顔を覗き込む。
「何よ」
滅茶苦茶不機嫌そうに睨まれる。いつもとそこまで変わらないようで少し安心した。
「怪我とかじゃないみたいだな、安心した」
「どういう意味よ」
「そのままの意味だ。明日はいよいよ神殿だろ、ぼーっとしてないでさっさと寝ろよ」
ただ何か考え事をしていただけなのだろう。邪魔しない様に俺はミリアの元から立ち去り、自分のテントに向かう。明日はいよいよ本命の仕事だ。治癒魔法のおかげで怪我はないが、万全を期してしっかり寝ておくに越した事は無い。
剣を寝袋の横に置き、ゆっくりと横になる。昼間かなりの時間気絶していた筈だが、目を閉じるとすんなりと眠りにつく事ができた。
「やー、これはあれだな、数えるのが馬鹿らしい数敵がいるな」
「神殿の異常とはこの事か。よもや賊が徒党を組んで占拠していようとはな」
俺の言葉に続く形で呟いたレオの言う通り、神殿は盗賊らしき集団に占拠されている。だが気になる点が二つある。そもそも賊が占拠した程度で女神の力が失われるような影響が出るだろうか?そしてもう一つ、盗賊などにしてはえらく統率の取れた様子で、ただの盗賊とは思えなかった。それらの疑問は他の三人も感じたらしく、口々に語った。
「つまり、ただの盗賊じゃ無いな。儀式的な何かを行っている…一種のカルトか、この場合典型的なのは悪魔崇拝とかか。こっちの世界でもその手の崇拝はあるのか?」
「ある。余の国もそうした愚か者の呼び起こした邪神により滅ぼされた。いつの世もその手の愚か者は尽きぬという事か」
「悪魔を崇拝なんて、気持ち悪いわ」
レオはかつての事件を思い出してか声に若干の怒りが込められていた。イシェネは難色を示すと自分の身体を両手で抱きしめてさすった。
「さて、どうしようか」
「私とミリアが先制攻撃で数を減らしましょう。レオも、敵が近づくまでは魔法で援護を」
「承知した」
イシェネがてきぱきと戦術を立てると指示に従って三人それぞれに配置についた。俺を残して。
「あの、俺は?」
「好きにしてて良いわよ、弓でもナイフでも、隠れて近づくのを待ってても」
「はあ」
つまり、遠距離戦では当てにしてないと、そういう事だった。悲しいが確かに弓はヘボいの一言に尽きるし、ナイフは中距離で精々といった所、遠距離戦は俺の出る幕が無かった。大人しく伏兵として物陰に隠れると、一斉に三人が攻撃を開始する。
まず派手に爆炎を撒き散らすレオとミリアの雷撃で敵が騒然とする。イシェネは増援を呼ぼうとする敵を積極的に射抜いて敵の連携を阻止する。そうして大きく数を減らした敵は破れかぶれになってこちらへと走り込む。それでも元が元だけにかなりの数がこちらに駆け込んで来る。レオの魔法はこちらを巻き込む可能性がある為ある程度の距離より内側では使えず、剣を抜いて迎撃の構えを見せる。ミリアとイシェネは未だに正確に少しずつだが敵の数を削っていく。そうして近距離戦の間合いに敵が入ってきた所で俺も飛び出し一息先に交戦していたレオに加勢する形で敵を叩き切る。
敵はまだかなり残っていたが、盗賊以上の戦闘力は無く、一人、また一人と確実に葬る事ができた。まるで農村を襲っているかの様な一方的な展開に、生々しく手に伝わる肉を断ち切る感覚が合わさって戦闘とは違った物を想起させられる。心底嫌気がさしてきた所でついに敵集団は完全に討ち取られ、その場には俺達4人以外は誰もいなくなっていた。
「なんだ、数の割に大した事のない」
「やっぱただの狂信者だったのかしらね」
「なんか、ちょっと嫌な気分ね」
レオはもちろん、イシェネも特に気にした様子はないが、ミリアは俺と同じく一方的な殺戮にも似た戦いに嫌悪感を隠せないでいる。
無人になった神殿に向かって、全員で歩きだす。ただし警戒は解かず、陣形を組んだまま。一応開けた場所という事で、警戒はしやすいが、まだ隠れて機会をうかがう生き残りが居るとも限らない。
そんな警戒の真っただ中、神殿の入口から真っ黒い人影が一つ、悠然と現れる。
「貴様らか。よもや自らやって来ようとはな…手間が省けたわ」
その人影…否、真っ黒な鎧に身を包んだ男は数歩歩んだ先で足を止めた。その男はかつて、俺体が遭遇した黒鎧だった。
「丁度いい、新しい力を試すついでに、そのまま死んでもらおう」
「新しい力だと?」
俺の問には応えず、片手を上げて見せる黒鎧。その手が振り下ろされ、何事かと警戒を深める俺達の後ろで、ゆっくりと異変が起きた。
「ちょ、ちょっと!後ろ!」
ミリアの悲鳴にも似た声に振り返ると、先ほど倒した敵の集団が一人残らず起き上がっていた。爆炎で吹き飛ばされた者、雷撃で身を焦がした者、矢で頭を射抜かれた者、体を斬り飛ばされた者、全て分け隔てなく、立ち上がっていたのである。
「馬鹿な!」
「死霊術だと!?」
俺とレオの叫びはほぼ同時で、互いに忌々しさを隠しもせず声音を低くしていた。
つまりはゾンビだ。敵の死骸がゾンビとなって襲って来たのである。すぐさま隊列の前後を入れ替わるが、俺は黒鎧に警戒して背を他の三人に預ける形になる。だがその様を見て特に挟撃に移る訳でもなく黒鎧は背中のマントをなびかせてゆっくりと踵を返す。
「それを突破できたら、俺が手ずから相手をしてやろう」
出てきた時と同じく悠然と神殿内部へと黒鎧が消える。あまりの余裕に苛立ちを感じるが今はそれどころではない。俺もすぐさまレオの隣に並んでゾンビに斬りかかる。黒鎧の事は後回しだ。奴が今すぐ手を出さないというのなら、こいつらをまずしっかり倒す事が先決だ。
だが流石はゾンビ、イシェネの矢はもちろん、切っても焼いても効果が薄い。焼いて肉が炭化した者はスケルトンに近い何かとなってそのまま襲い掛かってくるのだからもはやどうしようもない。次第に追い詰められ俺達は神殿側へとじりじりと押されていく。俺とレオは何とか足を攻撃して少しでも足止めして時を稼ぐ。ミリアの雷撃は一応の効果があるらしく、しばらくは麻痺して動かなくなるので広範囲に電撃をばらまくチェインライトニング的な技で足止めしている。
「きりがないぞ!レオ!アンデットに対抗するにはどうしたらいい!」
「聖者が居れば祈りが有効だが…他は祝福された武器だな」
「どっちも無いだろう!」
言いながらついに背中側には壁が迫っている事に気付く。もはや後がない。
「良かろう、みだりに使う物では無いが、これならば不足あるまい」
レオは頷くと、剣を真っすぐ天に向けて構える。明らかに攻撃を意図しないその動作に誰しもが訝しんだ。だがレオは構わず大声で詠唱らしきことを始める。
「王の証たる聖剣、アラ=アルムよ!8代目ガンダリア王、レオネス・デ・ガンダリアの名に置いて、今此処に我らがガンダリアに連なる勇士達を呼び起せい!」
瞬間、眩い光が当たりを包む。光が収まりゆっくりと目を開けると、そこには7人の男達が立っていた。
「我らが子息たる8代目よ、その求めに応じ、我らここに馳せ参じた」
男達は皆似た様な意匠の鎧に身を包み、皆同じ紋章のマントを靡かせている。そのどれもが、レオと同じ模様であり、同じ意匠だった。つまり彼らは――
「余に連なりし各時代の王達よ、感謝する。敵は眼前の異形、我らガンダリアの力で持って、完全に粉砕してくれようぞ!」
「応ッ!!」
レオの呼びかけに7つの雄たけびが続く。そしてレオ以外の各々が剣をかざし、何やら叫ぶと彼らが現れた時と同じ様に軍団が現れた。
「なんだよそれ…」
「ガンダリアの王のみが代々受け継ぐアラ=アルムの能力、かつての所有者、歴代の王達を召還する能力。それに加え、諸王と共に戦った英雄達をもこの場に呼び寄せるのだ。まさにガンダリアの総力を結する秘奥よ」
「それは…すごいな…」
時代は違えど、同じ国に生きた戦士たちが一堂に会する。その数はゾンビの比にはならない。いくら無限に起き上がるゾンビと言えど、この数が相手では殲滅も不可能では無いだろう。
「よし、ここは我らガンダリア軍が引き受ける、貴公らはあの黒鎧を追え」
「わかった、レオも。気を付けてな」
レオの言葉に甘えて神殿内へと侵入する。とはいえ、イシェネは矢が半ば付き、ミリアは度重なる魔法攻撃で魔力を消耗していた。俺も息が上がっており、すぐに黒鎧と相対するのは不可能だ。
神殿内に入ってしばらく行った所で、俺達三人はひとまず休み、体制を整えることにした。
「さて諸王よ、戦の準備は整ったと見える。では、いざ参ろうか!」
ガンダリアの総力を前にして、生ける屍らも恐れ戦いたか、積極的に攻める所か、動きすらしなかった。諸王が戦力を結集している間にも攻撃を予想していただけに、拍子抜けではある。だが、油断は微塵もない、全戦力で速やかに排除し、一刻も早くアキトらと合流する必要がある。
目の前では既に諸王達が自分の配下を引き連れて屍らを蹴散らしている。さすがは王が率いるだけあり、むやみやたらに功を急いて乱戦に持ち込んだりせず、各軍団が順繰りに屍を責め立て、反撃をする暇も休む暇も与えない。さしもの生ける屍も、確実に動ける者が減っていきその数を減らしている。
「では、余も行くとするか」
配下こそこの場にあらずとも、余も武人である。他の諸王に任せて高みの見物を決め込む気など毛頭ない。波状攻撃を掛ける軍団とは違い、身一つである事、肉体を持たぬ事を活かして敵の只中に留まりひたすら剣を振るう。その内に首を斬り落とせば完全に機能を停止すると理解し、確実に一つ、また一つと首を切り落とす。千年以上に渡り鍛え上げたこの腕、仕損じる事など無い。程なくして他の軍団も同様の理解に至り、処理の速度は飛躍的に向上する。
交戦開始より数分も持たずして、屍たちはここに掃討された。
「我が父祖たる諸王並びに配下の勇者たちよ、加勢に感謝する」
あっけなく終わりはしたが、この手を使わねば苦戦どころか被害も出ていただろう。そう思えば、この手段を取って良かったと改めて思わされた。
戦いを終えた諸王とその勇者たちは勝鬨を上げて、消えていく。
休息を終え、立て直しを終えた俺達は黒鎧の元へと急ぐ。イシェネの矢に関しては、以前分けられた俺の分を返上する事で問題を解決した。ミリアもいくつかの魔法薬を飲むことで消耗を回復し、ついでに俺とイシェネに回復魔法を掛ける事で酷使された肉体に幾らかの活力を取り戻させた。
そして今、黒鎧の前へとたどり着き、対峙する。
「ほう、予想より早かったな。特別に拵えたゾンビどもだったが、所詮は死体、役には立たないか」
玉座の代わりにしていた祭壇から立ち上がると、言葉ほどは意外さを感じていない様な態度で剣を抜き構える。
「お前たちは、俺が自分の手で殺してやろうと思っていた。そうでなくてはな」
一人呟く黒鎧に、俺は疑問をぶつける。
「お前は何者だ、何故神殿を占拠し、女神の力を奪う?」
「我が主の為、とでも言っておこう」
「黒龍…か?」
鎌かけのつもりだったが、黒鎧の肩がピクリと震える。表情は解らないが、当たりだったらしい。
「そうだとも、偉大なる黒龍の為の組織、それが竜教団だ」
「竜教団だと?あの外の死体達か」
「あれはその一部にすぎん。さて、気は済んだだろう?そのまま…死ね」
言い終わると同時に黒鎧が駆ける。狙いは俺、真っすぐ突っ込んできている。俺はすぐさま剣で応戦し、振り抜かれた剣を弾き返す。黒鎧は弾かれた勢いを利用して後ろに跳ね、間合いを開ける。空かさずイシェネが矢で追撃を図るが、鎧は丈夫で矢は弾かれただけに終わる。
「ダメ!貫通できない!ミリア!」
「任せて!」
ミリアが叫ぶと同時に雷撃が黒鎧目掛けて殺到する。光の速度で飛ぶそれは、黒鎧を確かに捉えた。筈だった。しかし黒鎧は常軌を逸した先読みで軌道を読み、危なげもなく回避したのである。
「うそっ!?」
驚くミリアに一瞬の隙が生まれる。それを目聡く発見した黒鎧がミリアに向けて致命的な速度で斬りかかる。間一髪の所で俺の投げたナイフが黒鎧の膝裏を貫き、バランスを崩した黒鎧が膝を付く。その隙にイシェネに庇われながらミリアが距離を取る。
「小癪な」
恨めしそうにつぶやくと黒鎧は再び俺をターゲットに捉えて剣を構えた。右膝を抜かれた黒鎧は当初程の動きではなくなったものの、それでも関節を怪我しているとは思えぬ速さで間合いを詰める。繰り出される連撃に思わず防戦寄りになる。
「くっ!」
「貴様が真にあの男だというのなら!この程度凌いで見せろ!あの時の様になあッ!!」
「何を…言ってんだッ!!」
僅かな隙を見つけて右足で黒鎧の右膝を蹴る。怯んだ隙に今度はこちらが連撃を叩き込む。初段は剣に捉えられ軌道を逸らされる。続く二段目は兜を捉えるが僅かに兜が動く程度。最後の三段目、下から切り上げる様に振り上げた剣が、胴を掠り顎から再び兜を捉える。今度も鎧に守られ本体に目立ったダメージは与えられなかったが、三段目の攻撃を受けて兜がはじけ飛んだ。
「貴様ッ!よくも!!」
距離を取った黒鎧の顔は、完璧に日本人のそれだった。しかも、どこか見覚えのある風貌である。
「お前、どこかで…?」
「俺の顔を知っている…か、やはり貴様は風見明人!!理由は知らんが見た目は違えど、魂はあの男に違いあるまい!!」
「お前は誰だ!」
黒鎧は俺の名を(それもコイツの前で一度も呼ばれていないフルネームで)口にするが、俺には精々見覚えがある程度の男だ。名前どころか、何の接点があったのかすら思い出せない。
「覚えていないというのか!この俺を!貴様が!貴様のせいで!」
俺のそんな反応を見た黒鎧はあからさまに取り乱す。そんな隙を見逃すはずはなく、イシェネが兜を失った頭目掛けて弓を射る。
「矢を手で…!?」
「チッ!邪魔な!」
黒鎧は腕を一払いしてガントレットでその矢を弾くと驚くイシェネを余所に憎々しげに吐き捨てる。そのままイシェネ達を睨みつけていたが、ふと剣を鞘に納めた。
「俺を忘れたままのお前を殺した所で意味はない。この場は退いてやる、既に目的は果たした」
「目的だと?」
「そんな物を教えると思うか?それより俺の正体に関してヒントをやろう。俺の名だ。俺は松本啓吾、お前と同じ市の出身だ」
「松本…啓吾…?」
確かに聞いた気がするが、それ以上は思い出せない。一体この松本は俺の何だったというのか。
「次に会う時までに思い出せ。それがお前を殺す男だ」
松本はそう台詞を残すと、前回と同じように姿を消した。それを初めて見たイシェネは一瞬驚いたが、すぐに意識を戻すとミリアと一緒にこちらに寄って来る。
「アキト、あのマツモトとかいうのは知り合いなの?」
「いいやわからない」
イシェネの問に、首を振って答える。
「でも、アイツ、アキトの事知ってる風だったけど?」
「わからないだけで、俺とアイツはあった事があるんだろう」
ミリアの問は事実を含んでいる。奴は俺を知っている。確実に。
「確かな事は、少なくともアイツは俺に、何か因縁があるらしい」
その因縁の正体がまるで思い出せぬまま、レオと合流した俺達は当初の予定通り神殿を解放した。そのまま帰りの馬車の中に場所を移しても、俺はまったく松本という男を思い出せずにいた。




