第十五話 エルフの国
神殿を発って早三日、今日も今日とて馬車に揺られるだけの時が続く。正確には揺れてはいないのだが。長距離移動に際し、あまりにも酷過ぎる振動に俺が苦言を呈し、レオと協力して馬車にサスペンションの様な機構を取り付けたので、驚くほど揺れはなくなった。その恩恵を一番享受しているのは目の前のミリアに違いないだろう。
「次はこれとこれね。揺れない馬車って便利よねー」
ミリアは一人呟きながらせっせと錬金術とやらに励んでいる。様々な物質を混ぜ合わせ、新しい薬や物質を生み出すという点では俺の世界で聞いた錬金術とそう違いはないが、その手法はどう見ても科学のそれだ。今ミリアは複数の乾燥した薬草や結晶をすり鉢で混ぜ合わせ、よくわからない粉末を作っている。それが終われば本来は火を使って炙ったり、煮込んだりと色々するのだが、さすがに揺れないとはいえ木製の馬車の中で火を扱う訳にもいかず、その手前まで加工した材料をいくつか作るにとどまっている。
「錬金術っていうと、なんか錬成陣とか言い出すんじゃないのか」
「はあ?何よそれ」
そんなものはないらしい。
後一人のレオはというと王だというのに結局馬車入手から今日に至るまで、殆ど御者に専念している。俺は暇を持て余した時にレオの横に座ったり、馬車の上に登ったりとするくらいで、殆どやる事も無い。
「暇だなあ」
投げやり気味に体を横にして馬車の景色を見る。その際に若干揺れたらしく、ミリアに軽く小突かれた。軽く謝りつつ外の景色から目を放さずに居ると、ふと違和感に気付いた。
「あれ?街道から外れてないか?」
揺れないせいで気付かなかったが、馬車が進んでいるのは舗装された石畳の街道ではなく、うっすら雑草が生えるただの平野である。
「ほんとね、道間違えてるのかしら?」
「おい、レオ?道間違えてないか?」
同じ様に外を気にしだしたミリアと入れ替わり、俺は前のレオの近くまで行き状況を確認する。
「間違えてはいない。この先の森にエルフの国がある。そこを抜ければ4日は時間を節約できよう」
エルフと言えば、外見こそ人間と変わらないが長寿を誇る亜人族である。昔は人との交流もあった様だが、寿命の違いは思ったより大きな溝を生み、今ではエルフたちは森の奥に引き籠り、同族以外には排他的な種族として知られている。
「エルフの国って、そんな所通してもらえるのか?」
「心配要らん、そこの女王は余の茶飲み仲間よ。それももう数千年前の話だがな」
流石は王。エルフの女王と茶飲み友達などスケールが違う事を平然と言いのける。ミリアはというと、エルフに会える事が楽しみな様子で落ち着きがない。まあ、人より遥かに長寿なエルフはその特性上、魔法を始めとした様々な技術を高いレベルで修めている者が多いらしいので、ミリアが浮足立つのも無理はない。
「そら、森に入るぞ。一応警戒はしておけ。昔と違い随分排他的になったらしいからな、手厚い歓迎を受けるやもしれん」
「は?知り合いじゃないのか?」
「馬鹿者、只人の余が今も生きているなど普通は思わぬわ」
確かにその通り、と頷いた所でレオの予感が当たったらしい。馬車は急停車し、俺とミリアは慣性の法則に則り前へと転がりそうになる。
「早速エスコートの様だ」
「止まれ!この先は我らエルフの領域だ!それ以上進むのであれば次は外さん!」
レオの言葉をかき消すようにエルフの兵士の声が森に響く。よく見れば進路上にはその兵士が放ったと見える矢が突き刺さっている。なるほど、次は外さないとは弓の事であるらしい。
「さて」
レオは一言呟くと、馬車から飛び降りる。何をするのかと慌てて飛び降りレオの姿を捉えると、同じ様にエルフの兵士も櫓代わりの樹の枝から飛び降りてきた。
「美女だ…」
「は?」
思わず呟いた言葉に後に続いたミリアが不機嫌そうに俺を睨みつける。その呟きの対象であるエルフの兵士は長く伸ばした金色の髪を風になびかせながら、真っすぐにそのエメラルドの様な瞳でこちらを見据えていた。人間の顔における黄金比率を体現した様な完璧に整った顔立ちはまさに美女というより他はないが、いまその表情は敵意を隠す事も無く鋭く、美しさよりも威圧感を感じさせられた。
レオは一歩前へ進み出ると、鞘に納めたままの剣を掲げ名乗りを上げた。
「余はガンダリア王国第8代国王!レオネス・デ・ガンダリアなり!そなたらの女王に取次願いたい!」
「馬鹿な!ガンダリア王国だと!?その様な滅んで久しい名を出すなど嘘にしても間抜けに過ぎるぞ!本当の名を名乗れ!」
兵士の反応はもっともだ。ガンダリアはエルフの国ではなく人の国、数千年も前に滅んだ国の名である上に、滅んだ当時の王を語るものが本人であるなど、信じるはずもなかった。のだが、何やら一人で兵士は突如黙り、まるで携帯で電話する人の様に頷いたりお辞儀したりしはじめる。その兵士はしばらくするとこちらにやってきてレオの前で跪いた。
「失礼いたしました、レオネス王。陛下がお会いになれるとの事です、ご同行を」
どうやらテレパシーめいた何かで女王と話をしていたらしい。代わりの兵がやって来るのを待って、俺達はエルフの国へと通される事となった。
「久しいな、アリー」
「その呼び方、まさにレオネス、お前本人なのだな」
「ああ、故あって今日まで生き延びている」
疑っていた訳では無いが、本当にエルフの女王と知り合いだったらしく、二人は親しげに話し合った後、レオが現状の身の上を簡単に説明した。
「なるほど、鎧のみになって生きながらえている…とな」
「うむ、この身になってエルフ族の苦悩が見えた気がするわ」
苦悩とは、親しい人間が先に老い死んでいく事を指すのであろうと、すぐに理解できた。
「ふっ、それはそれは。してそちらの二人は初対面であるな、我はアリュミエール・フォンテウマ・ローミタイア、この国の女王を務めている」
「風見明人です」
「ミリアです、女王陛下」
「やれやれ、余の時とは態度が違うではないか」
レオの言葉にアリュミエールは盛大に笑い、レオもそれに呼応して豪快に笑った。こほん、と咳ばらいをして女王は話を続けた。
「して邪竜が復活したと、そう申したか、レオネスよ」
「ああ、女神より賜った天啓だ。間違いはあるまい」
「そうか…それは一大事よな…」
女王は細長い美しい手指を顎に添え、軽く考え込んだ末にレオを見つめて話を切り出した。
「良かろう、森の通行は自由にするとよい。それと我々エルフから一人、戦力を派遣しよう」
「え?マジ?」
戦力を一人、という所に思わず素で反応してしまう。女王の背後に仕える衛士に睨まれるが女王がそれを片手で制すると、そのままその衛士にお使いを言い渡す。
「マジ、である。そち、イシェネをここに」
俺の物言いを咎めもせず、同じ言葉で返す辺り、この女王のやさしさを感じた気がする。よく考えればレオの態度も中々に王と王のフォーマルな関係という感じではなかったし、意外にも気さくな女王の様だ。と、そこで一人の女性が新たにここに現れた。
「イシェネ・アリュエル・マーティア、ただいま参りました」
先程女王が口にしたイシェネという女性、つまりは今後俺達に同行するエルフである。しかしよく見ると先程森の入口で相対した美女兵士だった。これからこの美女兵士様が同行するのかと思うと何故か無性にテンションが上がった。
「イシェネよ、そなたは此度の事変が終わるまで、この者らと共に同行せよ」
「御命令とあらば」
顔色一つ変えず、快諾するイシェネ。女王に一礼した後、こちらに向きを直して改めて自己紹介を始めた。
「イシェネよ、これからよろしくね」
初対面時の威圧的な態度は全くなく、優しく微笑みかけるイシェネ。あまりの美しさに呆然としかけた所で慌ててこちらも自己紹介をする。
「明人だ、こちらこそよろしく」
「私はミリアよ、私からもよろしく頼むわね」
俺が握手をするべく手を差し出すと、一瞬悩んだイシェネだが、すぐに意図を理解して手を握り返してくれる。
「これが握手という物ね」
「ああ」
互いに握手をした後、次にミリアと握手をするイシェネ。
俺はというと、イシェネの手の感触が否応なく頭に浮かんでいる。なんとも滑らかで柔らかい手をしていた、率直に言って素晴らしい。不埒な事を考えながら顔を上げるとイシェネと目線が合う。彼女はにっこりと優しく微笑んで返す。ドクンと、心臓が跳ねる音が聞こえた気がした。
「ちょっと、アキト?」
「な、なんだ」
「何鼻の下伸ばしてるのよ」
ミリアに見透かされていたらしく、当人に代わってミリアにお仕置きを受ける羽目になったが、数発殴られた所でイシェネがミリアを止めてくれたので、深手を負わずに済んだ。
新たな仲間であるイシェネを含む三人がこの場を離れて後も、自身はこの場に残っていた。
「さてレオネスよ、詳しく聞かせて貰おうか?」
「そう来ると思っていた」
アリーは我が身の状況について、言外に問うていた。
「まあ、先ほど話した以上の事は余自身あまりわからん。何分気付けばこの身体であったからな」
「では、その前は何をしていた?」
当時を必死に思い返す。余はあの時に何をしていたか。
「魔神との戦闘に行く最中…いや、前夜だったか…?どうにも朧気で掴めんな」
「ふむ、どうやら貴国が滅んだ理由と関連が高い様だな」
「そういえば、余はガンダリアの地がどうして滅んだかは知らぬな」
これまで漠然と、余という王を失くし後継者争いの果てに滅んだと思っていたが。言われてみればそれだけで旧ガンダリア領が立ち入るのも憚られる魔の土地などとは呼ばれまい。
「教えてやろうレオネスよ。貴国は魔神によって滅ぼされた。今やガンダリアの地は石に閉ざされた地だ」
「石に閉ざされている…?どういうことか」
「魔神によって、ガンダリアは全てを石に替えられた。人も、動物も、植物も、生ける物は全て。後にはそれらの形をした石造のみが残る無人都市が残されているらしい。我も実際に見た訳では無いのでな、そこは曖昧でも許せ」
合点が行った。確かにアリーの言う様にこれは余の状況と無関係ではあるまい。そもそも余はその邪神と戦う為に準備をしていたはずなのだから、間違いないだろう。
「感謝する、アリー…、いやアリュミエール女王よ」
「それで、どうするつもりだ?戻るのか?」
「今は戻らん、この事態を片付ける前に戻る訳にはいくまい」
自分の言葉ながら、邪竜を片付ければ戻ると宣言した様な物だが、アリーは特に気にせず頷いた。
「それもよかろう。さて、久しぶりに茶でも付き合わぬか?」
「ふむ、飲み食いはできぬが、積もる話もある。良かろう」
恐ろしい事だ。イシェネが旅に同行するメンバーに抜擢された理由について、彼女の考えを聞くとなんとも恐ろしい事実が隠されていた。
彼女はなんと、この美しさで400歳を超えるらしい。いくら寿命が異なるとはいえ、とても綺麗な大学生のお姉さんくらいにしか見えないだけに、エルフ族の恐ろしさを垣間見た。思えば女王もその十倍の年齢でありながら三十路にすら到達していないような外見だった…。これは人との間に確執があったといわれてもさもありなんという感じである。
「アキトとミリアはそれぞれ剣と魔法を使うのね?弓は使った事ある?」
「あー、いや、ないな」
「私も、魔法があれば必要無いもの」
俺は前世も含めて弓の類は一切触ったことが無かった。ミリアはミリアで飛び道具は魔法があるので確かに不要だろう。そんな二人の反応に特に気を悪くする事も無く優しく微笑むイシェネはまさに優しくて美しいお姉ちゃん、といった風だ。
「そうね、ミリアは必要ないかもしれないわね。でもアキトは魔法が使えないのでしょう?遠距離攻撃の手段として、弓を扱えても良いかもしれないわよ?」
「そうだなあ、一応そう思って投げナイフは買ったんだけど、これ中距離が精々だもんな」
装備を整えてから恐ろしく順調な旅路のせいか、実戦では使っていないが、練習の感じでは精々7メートくらいが射程の限界だった。
「レオネス王と女王陛下はまだお話に時間が掛かりそうだし、少し練習してみない?私が教えてあげるわよ?」
「マジか、やる」
二つ返事で即答した俺にミリアは相変わらず不機嫌そうなジト目を向けてくるがやましい気持ちはない。断じて。これは戦力充実のためのただの修練である。
「ふふっ、良いわ。じゃあまずお手本ね」
そう言うと、的に向かい弓を構え矢を番えるイシェネ。一度大きく息を吸い、そのまま矢を発射する。放たれた矢は風の影響などを受けながらも的の中心を正確に射抜いた。続けて2射、3射とするが、どれも中心を射抜いてみせた。
「すげえ」
「ま、長年扱ってるからね。もう手足の一部みたいになってるわ」
照れくさそうな表情で頬を掻きながら笑うイシェネ。そっと手渡された弓矢を今度は俺が構える。
「そう、構えは良いわ。まずは何も考えなくても良いから撃ってみて」
見様見真似だが、フォームは良いらしい。しかし思った以上に引くのに力が要り、右腕がぷるぷると震えだす。たしか弓の引く強さは弓自体の大きさに反比例するのだったか。この弓は樹上でも扱えるようかなり短めなので、その分引き絞るにも多大な力が要る様だった。
「くっ…今だ!」
何とか限界まで引き絞り、矢を放つ。矢は真っすぐに飛んでいくものの、的のほぼ端っこに着弾した。中心からは程遠い。
「初めてにしては上出来よ。次はここを…こうして…」
もう一度矢を番えた俺の背中に被さる様にイシェネが後ろから俺の手と自らの手を重ねて動きを指導する。革鎧越しにも伝わる柔らかな感触や鼻をくすぐる優しい香り、更には呼吸や手に伝わる体温に思わず顔が赤くなり心臓は早馬の足音の様なペースで鼓動を刻む。もはや的の事など頭になく、意識は別のどこかへとシフトしかけていた。
「ちょっと!何やってんのよ!あんたも何てだらしない顔してるの!」
ミリアの金切り声が俺を現実に引き戻し、その腕でイシェネと俺は引き剥がされる。慌ててミリアに目線を送るとその右手は今にも殴りかからんとしていた。
「うぉおおちょっと待て!!今のは俺がしたわけじゃないというか何故お前が怒る!!」
何とか振り上げられた拳を抑えなだめていると、イシェネが火に焼夷弾を投下していった。
「あらあら、ミリアは嫉妬しているのね」
「悪い!?」
更に燃え上がるミリアを抑えつつ、ふと妙な事に気になりつい疑問を口走る。
「あれ?それって嫉妬してるって認めた様な物じゃ…」
ターゲットをイシェネに変えていたミリアはすさまじい速度でこちらに視線を戻すと、見る見るうちに赤く染まっていく。
「……ぁぁぁぁぁあああああああああああ!!!!」
まるでジェットエンジンの様な見事にクレシェンドの悲鳴を残してミリアはその場から立ち去った。アフターバーナーでも起動したのかという今までにない速度で急速離脱するミリアの背中を半ば呆然としながら俺は見送る事しかできなかった。
「悪いことしちゃったかしらね」
「ああ、たぶんな」
「でもやっぱり、というべきか、ミリアはアキトのことが好きなのね」
「ハッ」
ありえん。とまでは口にしなかったが思わず乾いた笑いが漏れた。
「この身体の持ち主がミリアのパートナーだぞ。いくら今は死んでるからといっても、ちょっと旅した程度の俺に気が移るなんて、そんなチャラい奴じゃないだろ、ミリアは」
「あら?その身体とミリアって…ああ、まあいいわ、知らないならそれはそれで」
「はあ?」
俺が常識的な根拠を基に否定するとイシェネは若干思わせぶりな事を呟き、一人納得して先程と同じように俺の背に回った。
「さ、続きよ」
「ああ…」
まさかとは思うが、余計な事を考えなくて済むならと短く返事をして俺も弓を構える。
余計な思考と背後に迫る誘惑を押し流すために集中した功か、しばらく文字通り手取り足取り教わった後、一人でもかなりの精度を誇れるようになってきた。
「結構上達早いわね」
「そうか?まあ、自分でも意外と当たって驚いてるけど」
「――!!」
「ん?イシェネ?」
突然、賛辞を送っていたイシェネが表情を変えた。何事かと問う俺を片手で制した彼女は、俯きながら残る手で耳を澄ませる仕草をする。しばらくして顔を上げた彼女は焦燥感を微塵も隠そうとはしていない。
「まずいわ、森に襲撃者よ」
「なんだって?」
きっと初対面時の様にテレパシーか何かで知らせを受け取ったのだろう。そう告げたイシェネは手早く準備を整えると状況を語る。
「ミリアが走っていった方よ。よくわからない人間属の一味が複数、破壊活動を伴って入って来たの」
「まずいぞ、ミリアが危ない」
規模はわからないが、基本前衛のミリアが一人で複数を相手どれるとは思えない。仮にできたとてミリアも無事では済まないだろう。そう思うと自然、自分も体に手を回し、無意識に装備を確認するのもそこそこに、ミリアの向かった方へ駆け出していた。
「待って!」
それを制したイシェネは両手に弓と矢筒を持ってこちらに差し出していた。彼女の背にはもう1セット、自分の物が背負われているので、俺に使えという事だろう。
「実践で練習、ってか…」
俺は剣の邪魔にならない様、矢筒を腰に据え、弓を片手に今度こそミリアの向かった方角へと走り出す。隣にはイシェネも付いてきている。
何度も木の根に足を取られそうになるがその度になんとか踏ん張りつつひた走る。流石森の民とあってイシェネはそんな俺よりかなり差をつけて前方を走っている。だが不意に彼女が足を止め、あわててこちらも走るのをやめる。慣性で崩れそうになるバランスを抑えつつ、イシェネの隣に並ぶ。
「見えたわ。あれよ」
よく見るとミリアは交戦していない様だ。だが既に戦闘が終わった後の可能性も…と考えた所で戦闘音が聞こえなかった事を思い出し、わずかばかり気持ちを落ち着かせる。そして腰の矢筒から一本の矢を取り出して番える。全力疾走の反動か、それとも別の要因か、未だ忙しなく跳ねる心臓の音で照準がぶれるのではと思ったが、意外にも狙いははっきりしていた。俺はまず、先頭の男に向けて矢を放った。それを見たイシェネも続け様に二連射して俺とは別の男を二人射貫いた。俺の矢はというと辛うじて逸れ、先頭の男は無傷だ。
「な!?どこから!」
「前だ!あそこにいるぞ!!」
耳をかすめた矢の音と、後ろで血を吹きだして倒れた味方に気付き、矢の軌道からすぐさまこちらの位置が露見した。俺は弓をその場に置き、背中から剣を抜き放つ。目線でイシェネに前衛を引き受ける旨を伝えると、伝わったのか彼女は俺に軽く頷き返す。その間に距離を詰めてきていた男がロングソード片手に怒鳴り散らしてきた。
「よくも、マーロとデニルをやりやがったな!」
「そんな事はどうでも良い!お前ら、ここに来るまでに他に誰かと戦ったか?」
「安心しろ!お前が今日最初の死体だ!」
まさかまともに答えられるとは思っていなかったが、こいつらの話によればミリアは無事だ。ならばこんな連中に構ってる時間はない。
「間違ってるな、最初の死体はそこのお前らの仲間…そしてっ―――お前で三人目だ」
一気に距離を詰めて袈裟斬りにする。賊の持つ安っぽいロングソードは半ばから砕け散り、俺の剣はその刃を賊の肉体へと滑り込ませる。
振り払った剣の勢いを殺しつつ、血を避ける様に左に一歩分飛び退く。血を吹きだしながら倒れる死体を尻目に残る敵の数をカウントする。七人…、と数えた所で先程と同じく続け様に飛んできた二本の矢にまた二人の敵が斃れる。残り五人。
「素晴らしい腕だな、イシェネ」
届いているとは思えない称賛を口にしつつ、後続の敵へと再び駆け出す。あっという間に5人も失った敵はあまりの出来事に混乱し、残る5人が口々に指示とも取れぬ雑言を喚きながらこちらと相対する。
「ぐああ!」
「あああ!!」
手近な所でパニックになっている一人を一太刀の下に切り伏せる。咄嗟に小剣でガードした敵は致命傷ではあるが即死は免れた様で足元で大声で喚きながらのたうち回っている。俺はそれを無視してイシェネの射線を通す意味でも右に移動しつつ短剣を一本、手頃な敵に投げ付ける。ここでもタイミングを見計らったように二本の矢が飛来し二人がそのまま絶命、俺の短剣を右肩に受けた敵は崩れ落ちる。残された最後の一人は腰を抜かしへたり込む。俺が右手だけで剣を振りかぶり、今にも振り下ろさんと力を加えた所で、男はゴムで弾けた様な勢いで頭を地面に擦り付け命乞いを始めた。
「あわ…あああああ…頼む!たす…助けてくれ!何でもする!俺の持ってる物なら何でもやる!」
必死に命乞いをする男を見下しつつ、剣を降ろす。イシェネが抜け目なく頭を狙う中、俺は短剣を貰い崩れた男と、命乞いした男を縛り上げた。拘束がしっかり完了し、他に生き残りが残存していない事を確認してやっとイシェネは弓を降ろしこちらにやってきた。
「イシェネ、他に敵は?」
「抜けた分はこれだけ。後は私の仲間が全員仕留めたそうよ」
「そうか」
ひとまず安全だが、ミリアの事が気掛かりではある。とりあえず目の前の捕虜に簡単に質問をしてみる。
「お前ら、女を見なかったか?」
「エルフの女か?」
「違う。俺と同じ人間だ」
「なら知らねぇ!」
二人の捕虜は同様に首を横に振る。イシェネはと言うと仲間に連絡を取って所在を確認してくれいているらしい。
「入り口でも見てないそうよ」
「どこ行ったんだあいつは…」
交戦したのは入り口とここ。こいつらは知らないと言っているので信じるのであればミリアは無事な事になるが、だったらそれはそれで何処に居るのかという話になる。
とりあえず問題はなさそうなので、俺とイシェネは一旦この捕虜を連れてエルフの都市へと戻る事にした。
「あ、アキト」
戻った俺とイシェネを迎えたのは他でもない、ミリアだった。
「お前…」
なんとミリアは女王やレオと共にまったり茶を楽しんでいた。
「どうしたのよ?」
「どうもこうもあるか!お前が走ってった方で襲撃があったから心配してたんだぞ!それがテメェ!何暢気に茶なんか飲んでんだ!」
同じく何事か知らないレオと女王が面食らっているが、襲撃の件は届いていたようですぐに納得した様子で頷いた。
「そうか、そなたはアレの討伐に力添えしてくれたのだな。見た様子ではイシェネも一緒だったか。どうだ?そやつの腕は?」
「ああ、凄いな。ミリアみたいにこっちの動きに合わせて確実に敵を葬ってくれるからすげえ助かる。というか助かった」
「一応、私も居るのよ?照れるからそこまでべた褒めするのはやめなさい」
女王の問に率直な意見で返すと後ろのイシェネが顔を赤くして照れていた。対照的に目の前で怒鳴られたばかりのミリアはどんどん表情を暗くする。
「じゃあイシェネとパートナーになればいいんじゃない?」
「何不貞腐れてんだお前、元はと言えばお前が突っ走ってどっか行くからいけないんだろ。心配かけさせやがってよ」
「ふーん、あんたでも心配するんだ」
怒鳴られてへそを曲げているのか、どこかトゲのある口調で返すミリアだが、女王に茶を勧められ一口飲むと少し表情が和らいだようだ。
「さて、今日はもう遅い、泊まると良い。アキトには賊の討伐の礼もある。ささやかだが歓迎の宴を開こう」
「宴か、エルフの開く宴は久方ぶりよ。実に楽しみという物だ」
何故か俺ではなくレオが答える。女王もそんな様子は気にせずレオとの話に花を咲かせ始める。
ふと外を見れば日も傾き、森の木々は黄金色の色彩を帯びていた。なんだかミリアとイシェネの仲(といってもミリアからの一方的な物)が心配になる一日であったが、この景色と、後の宴への期待で多少陰鬱とした気が晴れた気がした。




