第十四話 女神との謁見
この世界に来て2週間目くらいだろうか、ついに俺達は神の泉とやらに到着した。旅の前半が嘘だったかのように、前の街からここまでは特に何もなかった。
しかし神父の話では徒歩5日だったのだが、そもそも片桐との特訓の日々だけで数日費やしてしまったのでこれだけ遅れてしまったのだ。
とはいえ、俺もミリアも旅立った当初より実力は向上し、更にはレオという心強い仲間が出来、おまけに馬車まで手に入れたので無為に時を過ごした訳では無い。
「もう旅立ってから結構経つんだよな」
「そうね」
俺の呟きにミリアが同意するが、時間を掛けまくった事についてはミリアも同一の見解なのか、怒る様な事は無い。
「神の泉か、余が生きていた頃は本当にただの泉だったのだが、よもやこんな立派な神殿が立とうとはな」
レオが金属音を響かせながら神殿を見上げる。俺とミリアも釣られて見上げるが、本当に立派な神殿だ。まるでサグラダ・ファミリアのような立派な建物に、俺は息をのんだ。
「こんなデカい教会なんて現物見るのは初めてで、なんか緊張するな」
「私も初めてだけど、なんかわかるわね。気が引き締まるというか」
ミリアは同意するがレオを見ると兜を下に向けて何やら考え込んでいるようにも見えた。
「レオ?」
どうしたのか気になったので声をかけるとすぐに顔をこちらに向けてきた。
「すまんな、いざ見知った景色が変わっているのを見ると、どうも過ぎ去った年月を実感してしまってな」
どこか哀愁を感じさせる声音で答えるレオ。
「そういえば、さっきも気になったんだがこの辺りは来たことがあるのか?」
「うむ、生前はもちろん、お前のおかげで目覚める前にも一度来たが、その時は小さな教会があった程度だな」
「て事は、築数百年くらいか」
割かし新しいらしいが、荘厳な雰囲気は地球の世界遺産に劣らない。
一体中はどうなっているのか、などと考えながら歩を進めていると正面の大扉が内側から開き、立派なローブに身を包んだ白髪の司祭が数人の従者を連れて現れた。
「ようこそ、アキトさん。それとレオネスさんにミリアさんも、遠い所御足労でした」
「あんたは?」
従者を侍らせた白髪の司祭は俺達を招き入れると自己紹介を始めた。
「私は当大聖堂の司教、ケーリングです。女神の神託を受け、そなた達を待っていました」
軽いお辞儀と共に名乗ったケーリング司教だが、俺にはわからない事があった。
「ミリア、司教と司祭はどう違うんだ?」
「はぁ?あんたねぇ…、司教は司祭の上の役職よ、司祭の任命もこの司教様が行うの」
小声で訪ねると、ミリアは的確かつ簡潔に教えてくれた。心底馬鹿にした表情をしたが。
「それではお三方、奥へ。女神さまがお待ちです」
司教の案内で聖堂内を進んでいく。
恐らくこの聖堂内で一番偉い人物が直接出迎え案内をするなど、かなりのVIP待遇だが、まさかそれ程俺の存在はイレギュラーだったのかと心配になる。
そんな俺の心配など関係なしに、やがて立派な装飾の扉の前に着き、司教が足を止めた。
「この先に、神の泉があります。女神様はそこでそなた達に道を示してくださるでしょう」
そう言うと、司教の従者が扉を開け、奥に進むよう手振りで促した司教の後に続いて部屋へと入る。
従者たちは扉の外で待機する様で、扉を開けたのと同じ従者が扉を閉め、それを確認した司教が奥の泉の前で膝をつき、泉に向かって語りかけた。
「女神よ、彼の者たちが到着いたしました」
すると、泉から光の柱が数本か現れ、次第に女神の姿がそこに現れた。
流石に魔法のある世界といえど、こんな物を見るのは初めてで、呆然としてしまう。
「御苦労様、ケーリング。もう下がってよいですよ」
「はっ、失礼いたします」
ここで一番偉い司教の筈だが、席を外すよう言われてそそくさと扉を叩き退室していった。
俺はもちろん、ミリアどころか古強者かつ王者であるレオですらその一連の出来事を無言で立ち尽くして見て居るしかなかった。
女神は神々しいだけでなく、欠点など無いのではないかと思えるほどの美女だった。
流れる様な長髪は、極限まで細く加工した金細工の様な美しさで、端正な顔立ちはもはや人工物なのではないかというほど非の打ち所がない。透き通った蒼い瞳は、見る者全てを虜にしてしまいそうな魔力を感じる。
「さて、あなたがアキトですね」
「あ、はい」
突然話しかけられ、無意識に、恐らくこの世界で初めて敬語を使って返事をし、これまた無意識に背筋を伸ばしてしまう。
「あなたの事は理解しています、というより、あなたをこちらに呼んだのは私です」
「女神さまが?」
情報を得るためにここに来たはずが、まさか女神本人がこの異変の張本人だったらしい。
ある意味被害者ともいえるミリアを、さぞ複雑な心境だろうと見やるが、表情からは何も読み取れなかった。
「ミリア、あなたの気持ちはわかります、なので何故こんなことをしたのか、それまずお話ししましょう」
女神は俺とミリアの関係などをしっかり理解している様で、まずはその事について話し始めた。
「古い時代、天界と魔界の抗争がありました、それは後にこの人界をも巻き込み三界戦争と呼ばれるものにまで発展したのは、アキト以外は知っていますね?」
レオとミリアが無言で頷くのを見て、女神は先を続けた。
「その折、魔界に住む竜の内一体が、力を付ける為に人界へと進出しました。その竜は人の魂を食らい糧とする術を心得ていました。この大陸で猛威を振るったその竜は、その当時の英雄達によって封印されました。その封印されていた場所が、ミリア、あなたの住む町のすぐそばの山です」
「山…もしかして…アルの…?」
そういえば、神父曰く、アルベールの身体があったのは近くの山だったらしい。
ミリアの反応通り、アルベールの件とその竜の封印は無関係ではないだろう。
「その通り、アルベールはその竜によって、魂を奪われました」
確かに、それならば外傷もなく、かといって天寿を全うした訳でもなく死んでいた事の説明が付く。
だがそれはつまり…。
「その竜は、封印を解いたという事か」
その時、居合わせたアルベールが、不運にも餌食となってしまったのだろう。
「その通り、かの竜は封印を破り、復活しました」
その言葉を聞いてミリアが叫んだ。
「それじゃあ、町が危ないじゃない!」
取り乱すミリアに対し、女神はゆっくりと頭を振った。
「その心配はありません、封印を解いた竜は山を飛び去り消えました。あの町は今の所は安全です」
「良かった…」
安堵したミリアはその場にへたり込んでしまった。
だが、ここまででわかったのはアルベールの死因と今のこの大陸の危機だけだ。俺の事に関しては何もわからない。
「待て、俺の事は?何で俺はここにいるんだ?」
「あなたはその竜に対抗するために、この世界に呼びました。彼の竜の持つ魂を食らう能力は、あなたの様な異邦の魂に対しては効果が薄い。なので魂を失ったアルベールの肉体を依り代に、あなたの魂をこの世界に呼び寄せたのです」
何か危機の為に呼ばれたのでは、などと考えないでもなかったが、あくまでそれは妄想の類だった。
まさか現実にそうだったとは思いもよらなかったし、いざそうであると知ると、とんでもないものを押し付けられてしまった事への不安が強く、浮いた気持ちは何一つ湧いてこない。
「まさか、俺がそんな、この大陸の命運を握ると?」
「そうなりますが、少し違いますね。事態はこの大陸にとどまらず、人界その物の危機です。この大陸で力を付ければ次は別の大陸、地域で人の魂を狩るでしょう」
「馬鹿な、世界の危機に対するのが俺だけ?ただの学生だったんだぞ!今までここまでやって来たけど、それだって仲間の力ありきだ!なのに対抗できるのは俺だけなんて無理に決まってるだろ!相手は人類史に名を遺す邪竜なんだろう!?」
今までの浮かれ気分はもう何も残ってない。
まさか自分が、今日まで見てきたこの世界の命運を握っていたなど、悪質な冗談だと思いたい。
「落ち着け、アキト」
「レオ…これが落ち着けるかよ!レオやミリアの命だって俺に掛かってるんだぜ?どうだ?落ち着けるか?」
「そうだな、だが貴公になら命を預けてもいいだろう」
「は?本気で言ってるのかレオ」
「うむ、貴公は動機こそ浮ついていたが、強くなる事への努力は惜しまず、余や他の多くから積極的に学んで力を磨いて来た。ならば余はそんなお前を信じ、できるかぎり支えてやる。それが先駆者としての余の義務だろう」
「レオ…」
「それに、何も言わぬがミリアも恐らく同じ気持ちだろう」
「え…?」
ミリアの方を見ると、すぐに目を反らしたが、特に反論はなかった。
「ミリアが?そんなに俺の評価高かったか?」
「あんたがカタギリと特訓してたのは見てたもの、今はまだ全然だけど、頑張ればなんとかなるんじゃないの?」
「お前達、自分の命が俺に掛かってるんだぞ?」
「だから、あんたに賭けるって言ってるのよ。というか、そうでもしないと何もしないで終わるだけじゃない」
ミリアの言葉はごもっともだった。俺が逃げてもどの道変わらない。でもだったら、確かにやれることはするべきだ。
「何もしないで終わる…か、確かにごめんだな。けどお前達、失敗しても俺に恨み言言うなよ」
「言うものか。その時は力添えが足りなかった余の責任よ」
「私は言うわ」
「ミリア、お前な」
結局、仲間のおかげで何とか自暴自棄にならずに済んだ。
そこで、今後の話を女神とする必要があった。
「それで、女神さんよ。一つ大きな問題がある」
「魔法の件ですね」
「知ってるなら話は早い。使える物は何でも使いたい、如何にかできるか?」
「あなたの魂と肉体との不和、それは私にはどうしようもありません。不可能ではないですが、それをすると本来の持ち主に戻せなくなるでしょう」
結局、この身体ではどうしようもないという事か。
落胆を禁じ得ず、思わずため息がこぼれた。ミリアは複雑な表情でこちらを見てから視線を下に落とし、レオは女神から視線を外して何かを考えているのか、遠くを見ていた。
「ですが」
間を開けて続いた女神の言葉に全員の視線が女神に集中した。
「仮の器ではありますが、あなたの魂に同調した身体を用意する事は出来ます。そうすれば魔法も問題なく行使できるでしょう」
「何?なら今すぐ頼む、ミリアも肉体の事で内心穏やかじゃないだろうしな」
「それは無理です」
「なんでだ?」
思わぬ掌返しについ語気が荒くなる。
「この聖堂を中心に、東西南北に聖堂が配置されていますが、北と東の聖堂が何者かに荒らされ、この地における私の影響力が落ちています。まずは、その聖堂を奪還せねば器の構築はできません」
「なら場所を教えろ、俺達が何とかする」
「心配ありません、司教にこの件は伝えてあります。後で司教に聞くとよいでしょう」
「なら話は終わりだ。それを片付けたらまたここに来る」
俺は身を翻し、扉に向かって歩を進める。
「お待ちなさい、まだ話は終わっていませんよ」
「なんだ?」
足を止め、振り返る。女神は変わらぬ調子で話を続けた。
「私の作る器は一時的な偽物、人の肉体ではなく、妖精の様な魔力で構成された偽物です。それは心しておきなさい」
「気が早いな」
何かと思えば、まだ作れもしない器の話だった。そんなもの、取らぬ狸の皮算用という奴だ。
それとも、それを聞いて俺が取りやめるとでも思ったのだろうか。
「その手の話は、あんたが力を取り戻してからだ。他に今重要な話がないなら、終わりにしたいんだが?」
「そうですね、あなたの言う事が正しいでしょう。では、お行きなさい。無事戻れるよう、微弱ながら加護を与えます」
「そら助かるよ」
女神の加護なんてものがどこまで当てになるかは知らないが、適当に礼を言って扉をたたく。
程なくして外の従者が扉を開け、司教の待つ部屋へと案内される。
「あんた、女神さまになんて態度取ってるのよ」
「ああ?」
移動中、ミリアが従者に聞こえない声量で話しかけてきた。
「当たり前だろ、平凡な人生を全うしただけの中二病少年に、全世界の命運を託す奴にヘコヘコする訳ないだろ」
「まあ、確かに私も思う所はあるけど、それでも相手は女神さまなんだからちゃんと敬いなさいよ」
「諸悪の根源みたいなものを敬えと言われてもな」
見た目こそ神々しく、そして美しいが、まるでギリシャ神話の女神の如く、俺にとっては災厄の種だった。
案外、あの神話も本当の話だったのではというくらい、神は厄介ごとの種だと本気で思う。
しかし、それとは関係ないがレオがいつにもまして随分と寡黙なのが気になった。
「レオ、どうしたんだ?」
「うむ、やはりこのような神聖な場所は幽体の余にはつらいものがあってな…」
「そ、そうか」
遠くを見ているような、顔をあげている仕草は、単につらかったのを耐えていただけらしい。
頼れる兄貴分の様な存在とのギャップが、意外にもコミカルに思え、笑いそうになった。
「こちらでお待ちです」
俺が笑いを堪えるのに必死になっていると、程なくして司教の待つ部屋へ到着し、中へ通される。
「おお、どうでしたかな?女神さまとの謁見は」
「北と東の聖堂の問題を片付ける手筈になった、案内を頼む」
司教に促されたソファに座る前に本題を告げる。
少し意外そうな顔をした司教は、俺達全員がソファに着席するのを待ってから言葉を続けた。
「それは僥倖ですな。聖堂の問題は我々にとっても悩みの種、すでに東の聖堂については凄腕の傭兵を雇いましたが、北方の聖堂に関しては未だ当てが無くて困っていたのです」
司教の話は俺たちにとっても僥倖だった。正直北から東に移動して回るのは馬車があるとはいえ大仕事だ、報酬はともかくできれば避けたかった。
「東は傭兵を雇ったって言ったわよね?という事は当然私達も相応の報酬が貰えると見て良いのかしら?」
ミリアが物怖じせずにサラッといいにくい事を聞き始めた。
「勿論、状況から考えて戦闘は必至でしょう。ちょっとしたお使いならともかく、討伐任務に無料奉仕させるなど、いくら女神様の天啓であっても酷という物でしょう。適正な価格で報酬も支払いますよ」
「そう、なら良いわ」
司教の言葉に満足げに頷くミリア。こいつは確か地元の神父相手に俺が路銀を要求した時暴力行為に及んだはずだが、それより遥かに偉い相手のはずの司教にこの対応、意味がわからない。
顔見知りだから猫をかぶっていたのか、それとも旅の中で割り切ったのか、まあどちらでも良いか。
「さて、御三方はすぐにでも出発したいかもしれませんが、そろそろ日も沈む。こちらで部屋を手配しますので明日出発なさるのが良いでしょう」
「余に気遣いは要らぬ、馬車内で十分だ」
平静を装った声でレオが告げると、若干司教は訝しんだ。当たり前だ、馬車よりいい部屋を手配するというのに拒む理由が普通は無いだろう。しかし、レオにとってはこの空間に満ちている神の加護だか何かがキツイらしいので、事情を知る俺からすれば当然の反応ではある。
「そうですか、ではお食事は――」
「それも、余の分は不要だ」
「はあ、では二人分、部屋と食事を用意させましょう」
流石に食事まで断っては色々怪しまれそうなものだが、レオは肉体を持たないので食事ができない。いざ食事時で正体が露見する危険を冒すより、多少怪しまれてもここは断った方が得策だと判断したのだろう。
「お前達、この方たちをお部屋にご案内なさい」
司教が指示を出すと、室内に待機していた修道女がこちらへ寄って来る。
「どうぞ、こちらへ」
促されるまま俺達は司教の部屋を後にし、レオは途中で別れて馬車へと向かって行った。
ミリアと俺はそれぞれ別の部屋に通されて、俺はとりあえずベッドに体を投げ出した。
「ふぅ…」
ここ数日ずっと馬車に揺られ、寝るときはテントで寝袋だったので柔らかい布団の心地よさが沁みる。思わずこのまま寝てしまいそうになった所で控えめなノックが聞こえた。
「ミリア?入っていいぞ」
名残惜しさを感じつつベッドから身体を起こし、扉を見据えると覚えのない修道女が入って来た。
「ん?誰だ?」
入って来た修道女は何やらうつむき加減で心なしか落ち着きがない。
「なんだ?どうしたんだ?」
俺の問いかけでやっと顔を上げ、こちらを見つめる修道女。
フードでわからなかったが、思ったより年齢が若く、ミリアや俺より若干上くらいの様だ。
若干幼さを感じる顔立ちだが、衣装もあってかかなり清楚なイメージを感じた。
「あ、あの!」
「んん!?」
やっと口を開いたと思ったら予想以上の大声で、思わずこちらも変な声を上げてしまった。
「申し訳ありません、驚かすつもりは」
「いや、それは良いんだけど、どうしたんだ?」
「はい!私、修道女見習いのセシリアと申します」
セシリアと名乗った女性はよく見ると、何故か目が若干潤んでいる様で、咄嗟に自身の今日ここに来てからの行いについて振り返った。
が、せいぜい女神に不遜な態度を取った気がする程度で泣かれる事は無かった気がする。
「私!貴方様を心待ちにしていました!!」
「――は?」
本当に、本当に一瞬、世界が真っ白になった気がした。
次いで言葉の意味を理解する為に心の中でセシリアの言葉を反芻し、やっとそれを飲み込んで言葉の意味が理解できたが真意はわからなかった。
「俺、待たれるような事したのか?」
「貴方様の活躍、聞き及んでおります!サイクロプスの巣を壊滅させ、邪眼の獣と名高いゲーラまでも倒したとか!素晴らしいですわ!しかも今度は神殿の解放を受け持ってくださるとか!」
「は、はあ…」
マシンガンの様に矢継ぎ早にまくし立てたセシリアは恍惚とした表情で天井を見上げている。あまりの出来事にもはや返す言葉も浮かばず、気の抜けた返事しかできなかった。
「全部正しいんだが、どれも俺一人でやった訳じゃないぞ…。むしろ協力なくしてできた事じゃない。というか、何でそこまで詳しく知ってるんだ…」
「それは勿論!天啓を受けてから徹底的に調査致しましたから!!」
「マジかよ…」
聖堂の調査力侮りがたし。片桐ほどの有名な傭兵であれば噂の広まりは早いだろうが、無名も無名の俺の情報をここまで正確に調べ上げるなど、中々簡単では無いだろう。というか、どちらも片桐と一緒だった訳で、普通はそちらの方に注目されて俺の様な無名など「あれ?居たっけ」程度の認識だと思うのだが。
「それで…、熱意溢れるストーカーシスター様は俺にその犯罪歴を告白する為にここに来たのか?」
「ストーカー…?何でしょうそれは。私が此処に参ったのは貴方様へ私の愛を捧げる為ですわ!」
「はぁっ!?」
いよいよもって危険人物確定。今にも抱き付いて来かねない勢いの暴走シスターから逃れるべく、手早く荷物を回収して部屋を飛び出る。
「待ってください!アキト様!」
「来るな変態!シスターならもっと欲望を抑えろ!!」
廊下を駆け抜けセシリーから逃れようとするも、シスターらしからぬ恐ろしい脚力を見せ猛追するセシリーを中々引き剥がせない。なればと廊下のT字路を右折し、手近な部屋へと飛び込む作戦に切り替える。曲がってすぐ選んだ部屋は運良く鍵が開いており、飛び込んですぐさま鍵を閉める。鍵を掛けた事で安堵しかけるが、念のため扉に耳を付け、外の様子を伺う事にした。
「あらぁ…、見失ってしまいました…。こちらに来たのは間違いないのですが…、仕方ありませんね。また出直すとしましょう……」
セシリーの至極残念そうな独白が扉越しに聞き取れ、次いで離れていく足音が聞こえた。フェイントの可能性を考慮し、十分に警戒をした上で、ようやく安全を確信して扉に背中を預ける様にしてへたり込む。
「はああ…助かった…」
が、目の前の光景が安堵などまだ早かったという後悔をもたらすのと、物理的な衝撃を俺に与えたのはほぼ同時だった。
「つまり、変態から逃げる為に飛び込んできたと?」
「はい……」
まだ若干痺れが残る身体でもって正座する俺の正面に居るのは部屋の主、ミリアである。
飛び込んだ部屋はミリアにあてがわれた物だった。そこまではまだ良い。状況を生み出したのはその突入タイミング、ミリアが着替え中に乱入したからだ。
「まあ確かに、覗きに来た割に全然こっちに気付いてない様子だったものね」
「そう思うなら少しは容赦をしてくれても良くないか」
俺がミリアに気付いたと同時に、ミリアの放った雷撃が俺の身体を駆け抜けたのである。なお、部屋に飛び込んでから一連の騒動に俺が警戒している間にミリアは冷静に着替えを済ませており、俺が見たミリアは普段の衣装であったので完全に撃たれ損である。
「まあ、あんたも災難ね」
「あえて伝えるが、その災難の一部にお前も含まれてるからな」
「理由が理由とは言え、突然部屋に押しかけて来た事と手打ちにしてあげたんだから良いでしょ?」
「釣り合ってねぇだろ…」
ミリアの超理論に思わずボソッと突っ込みを入れるが、まあ実際助かったのは事実だ。死にかけた事実をもってすれば自室にいた方が命は安全だったかもしれないが。
「ああでも、詠唱聞こえなかったし、だいぶ無詠唱に慣れてきたみたいだな」
「まあね」
「良いよなあ、俺も魔法使ってみたいな…」
折角ゲームの様なファンタジー世界にやって来たというのに、魔法まであるというのに、あろう事か俺は魔法が使えない。その事実はある程度割り切ってはいるが、やはり自分でも使ってみたいという思いは根強い。
「でも身体を取り戻したら使えるんじゃないの?」
「まあ、そうだけどな。早く使いたいな」
「ふふん、あんたにはきっと無理ね」
「どうかな?お前より使えるかもしれないぞ」
お互いに挑発しあい、すぐにお互いクスリと笑い合う。不思議な物だ。会ったその日は死ねとまで言われた俺が、今ではこんな風に軽口を交わしながら笑い合っているのだから。
感傷に浸りかけた所で、ふと気づいたことがあった。
「そういえば、俺が身体を手に入れたら、お前はどうする?」
「え?」
突然の疑問にミリアはきょとんとした顔でこちらを見る。
「だって、元々お前が付いてきたのは俺の…アルベールの身体を守るためだろ?パートナー制度だって、今のお前なら前衛無しでも戦闘くらい軽くこなせるだろうし、正直危険を冒してまで俺についてくる必要は何もないんだぞ」
俺にそう告げられたミリアは、言葉こそ発しなかったが、表情は短時間で複雑にいくつも変化した。全ては読み取れなかったが、喜びや怒りの表情など、相反する様々な感情がミリアの心を渦巻いているのだと理解できた。だが最終的にミリアの表情として決定されたのは、悲哀だった。
「そうね、あんたは私が居なくても戦えるようになるものね…。私が邪魔なのよね…」
「待て、何もそうは――」
「行って。出て行って。一人にさせて」
顔を背け、力なく震える指で扉を指し示すミリア。珍しすぎる態度に、俺は何も言えずただ黙って部屋を後にする事しかできなかった。
「それで余の所に来た訳か」
目の前の甲冑は金属音を響かせながら思い切り肩を竦めた。
「それは貴公が悪かろう、いくらなんでもデリカシーに欠けるわ」
「だから…、何がいけなかったんだよ…」
俺は不貞腐れながらも馬車に戻り、レオに事のあらまし話して助言を乞うた。神殿に居てはいつまた変態に襲われるかわからなかったのもあるが、何よりミリアの態度がとても気掛かりだったので、どうにかしたかったのが一番だ。
「今日までの旅をミリアが共にしたのは、本当にその身体の為だけだと思うか?」
「……違うのか?」
「違うわ戯け」
レオは金属製の拳で俺の頭を叩きつける。痛みに頭を抱える俺を他所に、構わず続けた。
「貴公はミリアをどう思っているのだ」
「ああ?どうって……」
言いかけた所で言葉に詰まる。痛む頭を抱えながら改めて考える。俺にとってミリアとは?
最初こそ成り行きのパートナーであったが、うまく連携を取り今日までやって来た、頼れる後衛、仲間ではないか。それこそ、二人であればかの片桐とでさえも互角に渡り合える。ミリアと一緒ならこの先も大丈夫だ、そう確信を持てる気がする。よく戦闘中でもないのにフレンドリーファイヤを撃ち込んで来る事だけは欠点だと思うが。
「表情を見ればわかる。ミリアも、貴公と同じだと余は思うが?」
「そうだな、言い方が悪かったな…」
「うむ。今はそっとしておいた方が良いだろうが、いずれその時が来た時、今思った事を素直に伝えれば良いだろう」
「ああ、そうする」
満足げに頷くレオに短く答える。そう、素直に頼めばよかったのだ。俺と一緒に来てくれと……。




