第十二話 闇の片鱗
野営地にて、この世界で何度目かの夜が訪れる。
まだ一週間そこらしか経っていない筈だが、日本に居たのが随分前の事の様に思える。
現代学生の身としては、この世界での暮らしは異常極まりないが、俺にとってはそれでも日本での生活よりは充実しているだろう。
「どうした、アキト。故郷を懐かしんでいるのか?」
「レオか……。思い出してはいたが、懐かしんではないな。懐かしめるほど向こうには何もなかった」
「それでも家族くらいは居ろう」
「まあ、な。ただ、部活を投げ出して以降は仲が随分険悪だったからな。寂しくはない」
他に比べられるような兄妹が居た訳では無かったが、何も言わずに成功していた剣道を放り出した俺を親は快く思っていなかった。
しかもその後、ただのオタクに成り下がったのだから無理もないが。
「永遠の離別となれば親御さんも心配はしよう」
「どうかな。仮にしてたとしても、どうしようもない」
「ふむ、確かにそうさな」
唯一心残りがあるとすれば、あの部屋を親に見られるのが確定と言う事だ。
まあ、これもどうしようもない事だが。
「さてと、話は終わりだ。ミリアの手伝いをして来ないと」
「夕餉か。飲食しなくなって久しい身だからな、ついその辺の事を失念する」
「それは仕方ないだろ」
そう言って、俺はレオと別れる。
ミリアはと言えば、いつもながら慣れた手つきで夕食の支度を進めている。
「ミリア、手伝うぞ」
「殊勝ね、じゃあこれを皿に並べて」
「ああ」
こんな風に、家の食事の準備を手伝ったのはいつが最後だったか。
少なくとも、中学に入った時には既に手伝いなどしなかった気がする。
そんな俺が、異世界で気が付けば食事の支度や片付けを手伝っているのだから滑稽で少し笑いそうになる。
「どうしたのよ?」
「いや、何でもない」
こっちへ来てから気が付けばミリアの手伝いはしているが、レオとの話で少しばかり感傷的になっていたのか、つい過去を振り返ってしまった。
なんとか表情を取り繕って誤魔化す。
別段、隠し立てする様な事でもないが、話す様な事でもない。
「相変わらず変ね」
「異世界人って時点で大分変ってるからな」
「それもそうね」
ソフトな切り返しをしたからか、珍しく言い争いにならなかった。
レオとの会話で無意識にセンチメンタルにでもなっているのだろうか。
「そういえばアキト、レオはどうしたのよ?」
「ああ、あいつはその辺うろついてるんじゃないのか。飲食は必要ないしな」
「そう」
ミリアは口を動かしながらも手早く準備を進め、あっという間に夕食の準備ができる。
俺とミリアは適当な場所に腰を下ろして食事を始めた。
「ところでミリア、無詠唱魔法の方はどうなんだ?」
「まだまだダメね。咄嗟にイメージして使える物じゃないわ」
解ってはいた事だが、やはり一日軽く練習した程度ではどうにもならないらしい。
できれば、明日からは別の標的を見つけてくれると良いが。
「アキトはさっきレオと何を話してたのよ」
「ああ、あれか?故郷を恋しく思わないかとか、親と会えなくて寂しくないのかって」
「ふぅん。で、どうなの?」
「どうって?」
察しろといった具合でミリアがため息をつく。
「ああ、そういう。別に恋しくも寂しくもないぞ」
「どうして?私は別の世界なんて飛ばされた事もないから解らないけど、多少は恋しくならない訳?」
「そうだなあ、普通は恋しく思うんじゃないか。俺が変ってだけだと思う」
「自分で言うのね。私は物心着いたときから、親っていうのがどういう物かわからないけど。それでも普通は恋しく思うわよね」
ミリアは若干呆れ気味だ。
「親は……俺を半ば諦めて、見捨てていた」
「どうして?」
「将来有望視されてたのに、理解できない理由で剣を棄てた俺を憎んでたんじゃないか」
「親子にもいろいろあるのね」
そう呟いたミリアの声音には、湿っぽさが含まれいてた。
両親が居ないというのは初耳だったが、夢を壊してしまったのだろうか。
ここは少し、空気を戻すためにもと、努めて明るく話を付け足した。
「それに前にも言ったろ、この状況を夢に見ていたって。それはデカい」
「やっぱ、あんたって変ね」
「お前そればっかりだな」
一瞬湿っぽくなった空気はすぐに晴れ、その後も色々とミリアと二人きりで話した。
珍しい事に、今日は一度も言い合いになる事も、殴られる事もなかった。
まあ、あえて両親や家族の事について触れる訳にもいかず、ミリアの私生活に関する話題というのはそう無かったが。
平和な食事が終わり、片づけを始める所でレオも徘徊から帰還し、そのまま一夜を明かす事になった。
近くに水場が無かったので、風呂の類は入れなかったのが一番つらい所だ。
現世に未練はないとは言った物の、風呂とトイレだけは未練になるかもしれない。
翌日も、そのまた翌日も、目的地を目指してひたすら歩き続けた。
地図を見る限り、このペースであれば今日中には町に着きそうだ。
相変わらずミリアの雷撃が不定期で俺を襲う事を除けば、中々順調な旅路であると言えるだろう。
「ミリア、もうそろそろ実際に魔法を撃つのは良いだろう。貴女の場合は想像力を鍛えた方が良かろう」
「そいつはいい、俺も身の危険が減って大助かりだ」
後ろで今日も元気に魔法の特訓を続けるミリアとレオの二人。
ありがたい事に、雷撃を気にするのはこれで最後になるらしい。
「そう?でも想像力なんてどう鍛えればいいのよ?」
俺の発言を完全に無視してミリアはレオと話を続ける。
レオは一瞬こっちを見た気がしたが、ミリアへのレクチャーを続けた。
「やれやれ」
一言呟いて俺は抜き身だった剣を背中の鞘に納める。
いつ飛んでくるとも知れぬ雷撃の所為で、ここ数日移動中は常に剣を抜いたままだった。
肩にかかる剣の重みがえらく久しぶりに感じられ、一瞬重みでよろめきそうになった。
「ふむ、臭うな」
「ん?」
振り返るとレオが足を止め、辺りを見回していた。
「何?まさか私が臭いって言うの?」
「いや、それ以前にレオって肉体無いのに臭い感じるのか?」
俺とミリアの勝手な発言は意にも介さずレオは辺りへの警戒を強め、ついには剣を抜いた。
「こっちだな」
「あの、レオさん?こっちって何が?」
「とりあえず、行くわよ」
「やれやれ」
突然剣を片手に脇道の茂みへと進みだしたレオを追いかけ、俺とミリアは慌てて追従する。
茂みをかき分けある程度進んだ所で開けた場所に出た。
道と並行してこの様な場所がある事にも驚いたが、何よりも先に目に入って来たのは目の前に倒れる数人の男たちだ。
「これは一体…、酔いつぶれてる…訳じゃないよな」
男たちはどれも血を流して倒れている、どう見てもきな臭さしかない。
「死んでるな。気を付けろ、まだ新しい。どこかに犯人がいるやもしれん」
「どうやら、そうみたいだな」
レオの忠告とほぼ同時に、奥の木陰から一つの人影が出てきた。
その体は漆黒の鎧に覆われ、竜の頭を模したであろう兜からは鋭い視線を感じる。右手に握られた剣からは血が滴り、また黒い色で目立ちにくいが、鎧にも返り血の跡が見て取れる。
「貴様がこれを?」
「愚問だな」
「奴さんの言うとおりだな。アキト、剣を抜け」
無言でレオに頷き返し、背中の剣を抜き放つ。
目の前の黒鎧は俺の名を聞いた途端こちらへ進む歩を止めた。
「アキト…明人?いや、偶然か」
「何だ?俺を知っているのか?」
「すぐに肉塊となる貴様には――関係のない事だッ!!」
言い終わる前に、黒鎧は大きく踏み込み先制攻撃を仕掛ける。
その攻撃の先にいるのは俺だ。だが後ろにミリアが居る状況で躱すことは出来ず、あえてその突進を受け止め、鍔迫り合いの形になる。
「ふ、そこらの凡夫どもよりはやる様だ」
「そうか…よっ!」
黒鎧の腹目掛けて蹴りを一発。
身体が離れた所で剣で横薙ぎを放つが、重装に似合わず機敏な動きで躱される。
だが空かさずレオが追撃を仕掛け、その斬撃を黒鎧は剣で受け止め、ここでもまた鍔迫り合いになる。
「今だ、アキト!」
「勿論だ!」
レオの剣で抑え込まれている黒鎧の腹に、今度こそ横薙ぎを叩き込む。
流石と言うべきか、やはりと言うべきか、深手を負わせる事は出来ず、鎧表面に浅い傷跡を付けるに止まった。
だが衝撃は内部の肉体にも届いた様で、レオの剣に耐えられず、黒鎧は鍔迫り合いのまま膝を屈した。
「ぬぐぅ…おのれ、この私に膝を…」
「口ほどにも無いな、賊よ」
「アキト!レオ!」
ミリアの叫びで俺とレオは同時にその場から飛び退く。刹那、雷光が駆け抜け、黒鎧の身を直撃する。
この間詠唱は無く、ミリアは見事無詠唱で雷撃を放つ事ができたらしい。
「貴様ら…よくも…」
その言葉残し、黒鎧は全身から黒煙を噴き出して倒れ込んだ。
如何にフルプレートと言えど、雷撃が相手では防げない。それを如実に表した結果となった。
「何だったんだ、コイツ」
「さあな、周りで死んでる奴らはどうやら傭兵崩れの盗賊の様だ」
「盗賊退治?ならなんで俺らを襲うんだ」
「何にせよ、奴さんは斃れた。今更どうにもできんな」
レオの言うとおりだ。真相はどうあれ、黒鎧の襲撃者は死んだ。どの様な意図があろうとも、今更どうしようもない。
それよりも問題は一つある。
「ミリア、よく無詠唱を使えたな」
「まあね、私に掛かればこれくらい」
「だがな、あんな未知の相手に対していきなり不確かな技を使うなよ。成功したから良いものの、失敗してたらどうするんだ」
「何よそれ!」
ミリアは師匠たるレオに加勢を乞うかの様に視線を向けたが、レオから掛けられた言葉は俺と同様の物だった。
「いいや、これはアキトの言に一理ある。実戦で練習を積む事は確かに重要だが、未知の相手に対してする物では無い」
「レオまで…」
「だがまあ、一発で成功させたのは見事だった」
「そうだな、確かに土壇場で成功させるのは才能だな」
「ちょっ、突然何ベタ褒めしてんのよ!」
落として上げる、初歩的な会話テクニックだったがミリアには効果が抜群だった様だ。
「ガハッ…、貴さ…ま…ら…ヌゥアアアァ…」
突然倒した筈の黒鎧が喋りだし、慌てて黒鎧を見るとさらに驚きの事態が起きていた。
ゆっくりとだが、剣を杖代わりに立ち上がり、こちらを見据えているばかりか、次の瞬間にはしっかりした足取りで構えをとったのだ。
「貴公、確かに死んでいた筈だが」
「おいおい、奴は不死身か?」
「それはないわ。どんなアンデットだって、魔法攻撃でトドメを差せば死ぬはずよ」
俺だけでなく、この世界の住人たる他の二人も驚いているという事は、目の前の黒鎧はこの世界でも異常だという事だ。
誰もが長期戦を覚悟した時、黒鎧は構えを解いた。
「良いだろう、貴様ら三人を同時に相手にするのは分が悪い。その命しばらくは預けよう」
「なんだ?逃げると?」
「屈辱の極みだが否定はしない。だが忘れるな、俺は貴様らを殺す力を手に入れ、遠からず貴様ら全員の命を貰い受ける」
「そりゃいい、俺達もお前を殺す方法を探る良い時間稼ぎになる」
「何とでも言うが良い。忘れるな、貴様たちは必ず殺す」
それだけ言い残すと、黒鎧は何者も存在しなかったかの様に一瞬で跡形も無く消えた。
「ほう、瞬間移動の心得があるとは。存外厄介な相手に目を付けられたやもしれん」
「やもしれんじゃねえよ、元はと言えば臭うとか言って突っ走ったのレオだろ」
「起きた事をとやかく言ってもしょうがないでしょ、とりあえず私達の目的に戻るわよ」
ミリアの言う通り、今はそれがベストだ。
黒鎧の秘密を探るにしても、こんな草木と死体しかない場所では情報など集めようがない。
「少し待て、奴の痕跡を調べる」
「レオ?」
「奴にやられた遺体、魔法の痕跡その他色々、この場所には跡がある、それらを調べれば手掛かりになるやもしれん」
「そうか、俺とミリアはその辺りわからないからな、レオに任せる」
「任されよう」
邪魔をしないように離れようとした所で、ミリアはレオの方へと歩んでいく。
現場の保存の為に関係無い人間は離れているべきだ。事件調査の基本だと思うが、こっちはそういうのがないのだろうか。
「おいミリア。邪魔しないように離れるぞ」
「残念ね、魔法の痕跡なら私にもわかるの。レオ、手伝うわ」
「うむ、助かる」
「あっそ、んじゃ俺ひとりで待ってるよ」
別にミリアと二人で何かする訳では無かったが、俺一人だけ役立たずの様になってしまったのが気に食わない。
確かに魔法関係では役立たずなのだが、それは俺の所為では無い。
「レオ、これって…」
「む?これは…そうだな…」
当然だが二人は俺を全く気にせず調査を続けている。
いつまで掛かるともわからないし、このまま手持無沙汰でぷらぷらしているのも居心地が悪い。
少しでも働くべく、俺は俺で魔法とは別側面で調査をする事にする。
二人の邪魔にならない範囲で、足跡等の痕跡を辿る。
幸い黒鎧の物と思しき足跡は、その重量故に判別は容易だったが、やはりと言うべきかある程度の距離で完璧に途切れていた。
「消えた時同様に現れた時もテレポートか…。面倒くさいな」
俺は仕方なく広場方面に戻り、今度は盗賊達の痕跡を辿る。
仮に場当たり的な犯行で無いとするなら、盗賊側を探れば黒鎧の素性に繋がるヒントが得られるかもしれない。
とはいえ、足跡があまりにも遠くまで続く様なら一度戻って二人を待たねばならないが。
しかしそんな心配は杞憂に終わった。
それほど遠くない位置に馬車を発見、ちらりと中を見たが盗賊の物で間違いなさそうだ。
となれば当然、乗り込んで調査だ。
「金貨の山に、食料、これは…酒か。なんだこれ?下着?女物…か?」
前三つはまあわかる、いかにも盗賊といったラインナップだ。
しかし最後のは何だ?襲った女から剥ぎ取ったと?その様な外道、死体が野に晒されるのも止む無しだ。
「ん、こいつは手紙だな。どれどれ」
肉体のおかげか、まるっきり現世とは違う文字でもバッチリ読めるのはこういう時に便利だ。
肝心の中身の方だが、盗賊仲間からの行商達のルート等のリーク、果てはラブレターまであった。
盗賊相手にラブレターとは酔狂だが、おかげで下着の謎は解けた。
「しかして、黒鎧に繋がる情報は無し、か」
色々と隅々まで見たが、他に見つかる物と言えば思い出したくもない物体と、ゴミばかりだった。
刺客を差し向けられるようなヤバイ物を盗んだとも思えず、やはり場当たり的に黒鎧に襲われたと考えるのが自然かもしれない。
「戻るか…」
ミリアとレオの居る広場に戻るべく、馬車から降りた所でふと気が付き馬車を見る。
「この金貨、どうするか」
「それは貰っても問題なかろう」
「そうね、行商の物なら問題だけど、盗賊の物なら何も遠慮はいらないわ」
馬車内の金貨の山を前に、あっさりとネコババを肯定する二人。
もちろん俺も頂くつもりでいたのだが、こうも快諾されると逆に不安になるという物だ。
「いやでも、元をただせば行商の物だろう?」
「そうだけど、誰の物かなんてわからないし、全員分あるとも限らないでしょう?」
「それはそうだが」
「我が国の法では盗品の扱いは、盗賊を撃滅した者に一任していた。故に余達の判断で扱いを決めても問題なかろう」
「まあ、なら良いか」
レオの論理はおかしい気がするが、どの道頂戴する気だったのだ。今更四の五の言っても仕方がない。
そもゲームでも発見した財宝は発見した人間の物だ、何も間違ってないのだ。うむ。
「それはそうと、何かわかったのか?」
金貨を数えながら先ほどの調査の結果を尋ねる。
ちなみに、金貨のカウントはそれ用の魔法があるらしく、金貨が勝手に100枚1セットの塔に積まれていくので話ながらでも簡単にできる。素晴らしい世界だ。
「全員魂を抜かれていた」
「魂を?それって…」
「うむ、貴公らの状況と無関係と言う訳ではなさそうだ」
思わぬ所で旅のヒントとも言える存在と遭遇した訳か。
だがしかし、一つ腑に落ちない事がある。
「仮に奴がアルベール殺害の犯人だとするなら、俺の姿を見て何か反応を示すはずじゃ?」
「考えられるのは二つ、他にも多数殺害していて覚えていない、もう一つは奴と同じく魂狩りを行う者が別で居る…だな」
「なるほど、詳しくは奴を見つけ出して締め上げてみないとわからん、と」
「そういう事だ」
進展と言えば進展だが、微々たる物だ。
魂を狩る者が居る、と言う事がわかった程度で、目的もその能力の出所もまるでわからない。
「まてよ?魂はどうやって奪ってるんだ?」
「魔法、だろうな。しかし皆一様に傷を受けていた事から、無傷では狩れぬ様だ」
「ならアルベールを殺った奴じゃないな」
「どいうことよ?」
レオとミリアはカウントをやめてこちらを見る。俺は自身の身体を指さしながら続けた。
「身体だよ。神父はアルベールは無傷だったと言っていた」
「なるほど、確かにそうね…」
「うむ、考えてみれば無傷で魂を吸い出せるならば、余達は皆今頃は肉塊だ。その推論は正しいだろう」
「レオの場合は鉄塊だろ」
「言うではないか、小僧」
俺とレオのやり取りにミリアが大笑いする。俺でも会心の突っ込みだったと思う。
しかしとなると、黒鎧は旅の始まりとなった一件とは直接の繋がりがある言う訳では無い。
「めんどくせぇ奴が他にもいるって事か…」
「そう気を落とすな。むしろアルベールを襲った本人でなくて僥倖と考えるべきだ」
「そうね、犯人だったら私達もアルと同じ運命だったものね…」
空気が沈んだ所で丁度全ての金貨が整列し、カウントが終わる。
馬車にあった金貨の総数は4816枚、額にするとそのまま4816ゴールド。そう考えるとやや少ない気もしないでもないが…。
「まあ、盗賊がいちいち貯金をしているとも思えん。妥当な所だろう」
「そうね、すぐ遊んで使い果たしちゃう様な連中だものね」
「そういうもんか」
言われてみれば盗賊ならそうしかねないと、妙に納得する。
と言う事は、現世で騒がれていた海賊の財宝だのなんだのは、もしかしたら同様の理由で存在しないのだろうか。
「んで、どうする?」
「どうする、とは?」
「この馬車、ここに捨ててくのか?」
馬車はどこも壊れていないし、馬もしっかり居る。俺らは全員徒歩な訳で、こいつを再利用すれば丁度良い足になる。
「なるほど、アキトの言いたい事はわかった」
「そうね、どうせなら使える物はとことん使わないとね」
「なら早速…」
俺は立ち上がり、周りを見回してから続けた。
「掃除の時間だ」
ぶっちゃけ、ゴミだのなんだのが多すぎる。
馬車を使うのなら、まずそれらを片付けねばならない。
「よし、紙くずとかそういった物は外だ。んで空き瓶とかは捨ててく訳にもいかんし、こっちの木箱に。まだ空いてない酒はここ、空いてるのはこっち。食料は手付かずはこっち、直に齧ってある様な物は外!行動開始!」
「なんであんたが仕切ってんのよ」
「うるせえ、さっさと動け」
ミリアが不満を漏らすが、結局レオと一緒に俺の指示通り作業をこなす。
俺もそそくさとゴミを外につまみ出す。
まあ、ゴミと言っても現世ほど色々ある訳では無い。ぶっちゃけ殆どが紙くずで、その他にボロボロの布切れだの、折れた刃物だのが少々。
例の物体Xは、レオはともかくミリアに任せるのはかわいそうなので俺がゴミ置き場に放り出した。後で入念にその場所を水拭きする必要はあるだろう。
そんなこんなで作業を続ける事30分(体感)。無事馬車内の整理は終了し、綺麗に片付いた。
後は外に放り出した可燃ゴミをミリアに頼んで燃やしてもらう。
金属ゴミと空き瓶はミリア曰く町で買い取りがあると言う事で一先ず馬車内で纏め、町に着いてから始末する。
「で、酒なんて取っといてどうするのよ?」
「どうするも何も、飲むだろ?」
「誰が?」
「レオ」
ミリアと二人でレオを見るが、レオは軽く肩をすくめる。
「余は飲めん、飲食できんと言っただろう?」
「あ、そうだった。まー、これも町で処分できるだろ」
「適当ね…」
ミリアは文句を言いながら、ゴミが完全に燃えたのを確認して火を消した。
火が消えたのを見て、俺とレオは馬車に乗り込み、続いてミリアが入ってくる。
「何をしている。御者が居なければ馬車は動かんぞ」
「しょうがないじゃない、私馬車どころか馬すら乗った事ないもの」
「俺もないぞ、現代人舐めるなよ」
俺とミリアの視線は必然的にレオに集中する。
ガチャガチャと音を立てながらレオはゆっくり頭を振った。
「やれやれ、よもや王たる余が御者をするとは」
「すまん、頼むレオ」
「さすがレオ、頼りになるわね」
「まったく、調子の良い連中よ」
言葉とは裏腹に、レオはそこまで気を悪くはしていない様だ。
王はもっと傲慢で狭量だと思っていたが、レオは全く違う。在りし日は良き王だったのだろう。
「そら、それでは出発するぞ」
「サンキュー、レオ。任せた」
「なに、いずれ二人にも馬車の走らせ方は覚えてもらう」
「マジかよ…」
「ちょっと待って、私も?」
レオネス王は優しいが、甘やかしてはくれない様だ。
「安心しろ、休養が必要だったり荒天の時は余がやってやるとも」
「さすが、話がわかる」
「まあ、余は幽霊で身体を持たぬからな、適材適所と言う物だ」
「にしても私もなんて、納得いかないわね…」
幽霊のレオがキツい時はやってくれるというのだ、それだけでも十分優しいと思うが、ミリアは気に入らないらしい。
その後、町に着くまでの間ミリアはずっとレオに抗議を続けていたが、俺の方は黒鎧の事で考えを巡らせていた。
黒鎧が俺の名前に一瞬反応した、その事がどうにも気掛かりで仕方がない。
俺の名はミリアやレオの発音からもわかる様に、この大陸では珍しい名だ。その名前に興味を示し、その上発音は片桐や佐々木と同じく完璧な物だった。
単に片桐達と同じくタマガネ出身者というだけな気もするが、何かが引っ掛る。
その引っ掛りが何なのか、確信が持てないまま、流れる風景を眺めていた。




