第九話 二人揃えば
「アオイ、ミリアよ。入っても良い?」
「ああ!ミリアさん!どうぞ」
許可を確認し、部屋の中に入る。
窓際のベッドに横たわる黒髪の少女、アオイは、こちらをまっすぐ見ている。
「また窓の外を見てたの?」
「ええ、兄さんと明人さんは今日も?」
「そうよ、毎日やってるわよ」
アオイはカタギリの妹で、カタギリ曰く謎の病を患ってからずっとこのベッドの上だという。
それを聞いてから、アキトと別行動を取る時はこうしてアオイに会いに来ている。
「はいこれ。頼まれてた本よ」
「ありがとうミリアさん!どうしてもこの手の本は兄さんに頼みづらくて…」
「いいわよ、別に。確かに恋愛物は男には頼みづらいものね。で、本題だけど何か思い出した?」
こうしてちょくちょくアオイを尋ねるのはお使いや同情という訳ではなく、しっかりと目的があった。
アオイの病状は医者によると新種の難病という事になっているが、実際の所アオイを蝕んでいるのは呪いだった。呪いの証拠として、アオイからは異様な魔力が発せられているが、医者は無論の事、魔法を扱わないタマガネ出身のカタギリでは感知できなくとも無理は無い。
なのでアオイには呪いの原因を探る為に、色々と心当たりについて訊いていた。
「倒れたのは川の上流にある山で間違いないのよね。そこで何があったのかは?」
「確か……三つの光る目が……」
「目が三つ?片目の魔物と二体居たの?」
「いえ、三つ目の魔物……だったかと」
「三つ目……ね。少し調べてみるわ」
恐らくその姿を見た直後に倒れたのだろう。となればこれ以上の情報は引き出せない。
幸い三つ目の魔物で呪いとくれば心当たりがある。後は目撃情報を洗って居場所を突き止め、その魔物を討ち取ればアオイの呪いは解けるはず。
アキトが訓練を終えるにはまだ時間がある。それまでにいくらか情報を集めよう。
こういう時は酒場、とアキトがいつか言っていたし、女一人では気乗りがしないが行くだけ行って見る事にした。
「え?俺の剣できたの?」
いつも通り鍛冶屋に着いた途端、入り口で俺を待っていた片桐に剣ができたと告げられた。
てっきり一日で完成する物と思ってたのに、佐々木はちょくちょく鍛冶屋を留守にするし、剣を打ってるような音はしなかったしで、毎日気が気じゃなかったがこれは朗報だ。
「うむ、隆曰く会心の出来だそうだ」
「ほほう、そりゃ楽しみだ」
どんな風に仕上がったのか、居ても立ってもいられない。
年甲斐も無くそわそわしていると鍛冶屋の扉が開き佐々木が現れた。
「待たせたな。こいつがお前の剣だ」
差し出された剣は心なしか鞘の時点で幅が広がった気がする。
しかし手に取った感じは重さが増えてない。どういう事かよくわからない。が、鞘から抜いた瞬間、思わず目が点になった。
「な、な……何でフランベルジュ!?」
「ほう、知ってるのか」
「知ってるさ。フランベルジュとはこの揺らめく炎の如く波打つ刀身を持つ刀剣の総称で、この刀身で付けられた傷口は複雑な裂傷となって治療が困難となる。故に斬り合いで生き延びてもその後感染症や失血などで死ぬ事もあるはっきり言ってかなりエグい剣だ」
俺の説明に佐々木と片桐は目を丸くして互いに見合ったが、佐々木が咳払いを一つしてこちらに向き直った。
「まあ、その通りだが。といっても治癒魔法が当たり前に普及してる昨今ではそこまでの効果は見込めん」
「じゃあ何でフランベルジュにしたんだ?」
「獣相手には有効だからさ」
答えたのは佐々木ではなく片桐だった。
「お前さんの戦闘技術はまあそれなりに実戦でも役立つが、致命的なまでに真剣の扱いがなってない。はっきり言って刃をつけた棒を振り回してるのと同義だ」
「むう」
「そこで普通に斬りつけただけでも大ダメージを与えるフランベルジュを選んだ訳さ。獣や下級の魔物程度なら治癒魔法も使わんしな」
「なるほど」
改めて、手に握られた剣を見る。
現代でも美術品として需要があるだけあって、この剣も同じく美しい。だが一つ気になる事がある。
「刀身の形に関してはわかったが、何で銀色じゃなくて薄っすら虹色に輝いてるんだ?」
一見普通の剣に見えるが、この剣は光の当たり具合で刀身が七色に輝く。鉄や鋼で鍛えてこうなる訳が無い。
「そりゃ刀身に使った鋼にある触媒を混ぜたからな」
「触媒?」
「お前、魔法を剣に纏わせて攻撃した事があるな?」
確かにある。が、何故それを佐々木が知っているのだろう。俺はその事を佐々木に話していないし、片桐にも話していない。
「何で知ってる?」
「大方雷撃辺りを受けて纏わせたんだろう、刀身がちょっとばかり変形してたのさ」
「はあ、すげえな」
「なんで、魔法と親和性の高い金属にする為に触媒を練り込んだ。七色に光るのは全属性に対応する為に調合した触媒の色だ」
そういえば、柄頭についている共鳴石も七色だ。全属性=虹色とは、つくづくRPGの世界みたいだ。
「ちなみにこの特殊鋼は、魔法を纏わせた際の刀身へのダメージを無くすだけじゃなく、纏わせた魔法を増幅させる効果もある。お前の戦闘スタイルの助けになるだろう」
「おお、それはありがたい」
ぶっちゃけ俺は魔法が使えないので、その効果が生きるかどうかはミリアに掛かっている訳だがそれについては触れなかった。
ベストは俺が魔法を使える事だが、あんな意味不明な言語を覚えてペラペラ喋れる訳がない。
「ところでさ。最近ミリアの奴ちょくちょく居なくなるんだ。片桐何か知ってるか?」
着いて来る日もあるが、俺に同行せず一人でどっかに行ってしまう事も多い。
今日も朝からミリアとは別行動だ。
「なんだ?お前さん、ミリア嬢の動向が気になるのか?」
「ばっ!違うわ!あいつ、一人でふらふら何やってんだろうなって思っただけだよ!それに着いて来なくなったの片桐と一緒にどっか行ってからだから、片桐なら何か知ってるかと思っただけだよ!」
「ふむ、饒舌だな。実にわかりやすい」
わかるわかるって感じの表情で頷く佐々木。
「おい佐々木、いくら剣の恩があるとはいえ変な事言ってると容赦しないぞ!」
「ハハハ、お前さんでは隆には勝てんよ。こいつは案外私と同等の技量だからな」
「マジかよ……」
大物傭兵本人に同等の強さと言わしめる鍛冶師なんて聞いた事が無い。
「それはない。俺はあくまでただの鍛冶師。試し斬り程度ならするが実戦となれば刀真には遠く及ばない」
「まったく、いつもそれだな、隆は」
「事実だ」
「まあいい。んで明人、お前さんの質問だが、ミリア嬢は恐らく私の妹に会ってるんだろう」
「ああ、病気で寝込んでるんだったか」
言ってくれれば俺も一緒に見舞いに行ったのに。
一応片桐には世話になってる訳だし、それくらいするのは当然だ。
それに少し片桐の妹ってのにも興味がある。やっぱり日本人みたいな見た目をしてるんだろうか。
「それが、ミリア嬢曰く、病気ではなく呪いの類らしい」
「呪い?」
「うむ、私は魔法に関しては門外漢なんでな、ミリア嬢に任せっきりにしてしまっているが。どうやら彼女は何か掴んでくれているらしい」
「あいつ、いつの間に……」
部屋が別になったとは言えパートナーだ。顔を合わせる機会なんてしょっちゅうある。
だが、そんな事一言も言われなかった。
「さて、では新しい剣ができた事だし、一つ私と模擬戦をしようではないか」
「え?この剣使って?怪我するだろ」
「問題ないさ、私が使うのは刃が通っていない模擬戦用の刀だからな」
そう言って片桐は刀を抜いてみせる。
まあ、それだけじゃ刃が通ってるかどうかなんてわからないんだが。
「いやいや、そうじゃなくて、俺が片桐に――」
「ハッ。要らぬ心配だな。お前さんの剣が私に傷を負わせる事などないよ」
「ほーう?」
片桐の実力も己の実力も良く知っている。
恐らく片桐との模擬戦、俺に勝機は無い。
だがしかし、かといってこんな余裕をかまされて、黙っていられるだろうか。いや無理だ。
「良いだろう。絶対当ててやる!」
「ハハッ、その意気だ。さあ、行くぞ!」
「うおぉらっ!!」
正直、片桐がどんな戦い方をするのかは知らない。
だが防戦に徹する気など毛頭無い。
大きく踏み込み彼我の距離を詰める。片桐は刀を携えたまま微動だにしない。
「はぁっ!!」
間合いに入った瞬間、俺は剣を左下から右上に掛けて切り上げる。が、手応えは無い。
流れる様に片桐が刀身を避けたのだ。
「チッ!!」
舌打ちしつつ、今度は右から左に掛けて横薙ぎの一撃。
跳ぶか屈むかしなければ避けられない。筈だった。
片桐はこれまた風の様に一瞬にして間合いを空けてこれを避け、剣を振り抜いた姿勢の俺に目掛けて鋭い踏み込みと共に切り上げを叩き込んできた。
「ぐっ」
無理矢理身体を動かして何とか避けたが、大きく体勢を崩して尻餅をついてしまった。
追い討ちとばかりに上段から真下に刀が振られる。
無様な事この上ないが、俺は地面を転がってこれもなんとか避ける。
「ふむ、案外避けるな」
「うるせっ!」
片桐は完全に余裕の表情、対する俺は早くもピンチ。
何とか追撃を避けて体勢を立て直し、片桐と対峙する。
しかし今度は迂闊に手出しをせず、距離をとってしばらく様子を見る。だが片桐も動こうとはしなかった。
「どうした?来ないのか?」
「どうするか考えてんだよ」
「そうか、なら――」
言い切らぬ前に片桐の身体が前に傾く。次の瞬間片桐が殆ど目の前に迫っていた。
「――私から行こう」
「なっ!?」
まるで瞬間移動だ。
完全に意表を突かれたが、繰り出された横薙ぎを何とか剣で弾く。
片桐の腕は振りぬかれ、反撃のチャンスではあるが、俺の両手もガードごと上に弾き飛ばされてしまっている。
だがこのまま何もしなければ返しで逆方向からの斬撃が来るのは自明。となれば残す手立ては一つ。
「ぬっ!」
右足で片桐の胴に蹴りをぶち込む。それによって片桐は若干体勢を崩して後ろによろめく。
その間にも弾かれた俺の両腕は上段の構えを取っている。空かさず上段から剣を振り下ろし追撃を加える。
「むうっ!」
金属と金属がぶつかる甲高い音が鳴り響く。
結論から言うと剣は当らなかった。片桐が刀で防いだのだ。
「クソ、折角のチャンスが」
「いや、今の蹴りは良い判断だ。剣の稽古に固執してそういった手は取らないと思っていたよ」
「生憎、闘いに禁じ手なんて無いと思ってる派なんでね!」
「なるほど、戦に赴く心構えは出来ている訳だ」
回避ではなく防御を行わせたというのは大きいが、未だ片桐から余裕のオーラは消えていない。
この後も何度も斬り込みを入れるが全て避けられるか防がれ、逆に片桐の一撃はどれもこれも俺の胆を冷やすには十分だった。唯一、被弾していない事だけが救いだ。
そんな状況がどれだけ続いたか、視界の端にミリアの姿が見えた気がした。
「ミリア?」
「おいおい、いくらパートナーだからと余所見はよくないぞ」
「あっぶね!」
見る人によっては大人気ない不意打ちの一撃に危うく打ちのめされそうになるが、ぎりぎり防御が間に合った。
改めて見ると、いつの間にかミリアは見学していたようだ。
「なあ、片桐っ!実戦形式で良いんだよなぁっ!?」
「何を今更ッ」
お互い手は止めずに言葉を交わす。
一発一発が鋭く中々意識を他に回せないが、何とかミリアの方を見やる。
幸いミリアも何故か装備を持っている。実に好都合だった。
「そうかいっ!なら――ミリア!手を貸してくれ!」
傍から見ればプライドも何も無い、情けない姿かもしれない。
だが実戦で俺一人で戦う事などほぼ無い。俺の後ろにはミリアが居るのだから。
実戦形式で戦うなら、そのパートナーと共に戦う事のどこに問題があるのか。
「はぁ?何で私が?」
今とてもミリアにそれを伝えたい。というか察して欲しい。
少しでも意識を割けた事のが奇跡とも言えるこの状況で、説明できる余裕などない。
「いいから!俺一人でやれなくとも、お前とならやれる!」
「ほう、中々大胆な台詞だな」
俺の叫びを聞いた片桐は手を休め、ちょっとした茶々を入れてきた。
片桐は茶化したが、実際ミリアと手を組めば何とか倒せる気がした。
「当たり前だ。ミリアの居る居ないはでかいぞ」
今までの戦闘を通して、ミリアに背中を預ければ大抵何とかなる様な、不思議な信頼が俺の中にはあった。
「ふむ、しっかりパートナーを信頼しているみたい――だなっ!!」
「くっ!」
言い終わらぬ内に片桐が攻撃を再開する。
俺も何とか応じて再び拮抗状態へ持ち込むが、相変わらず俺の方がやや旗色が悪い。このまま続ければいずれ攻撃を貰うだろう。その前に何とかミリアの協力を得たい。
して、そのミリアだが、攻防を繰り広げつつちらりと見やると何やら顔を赤くしてブツブツ呟いている。
「――お前とならとか突然何言ってんのよあいつ、私に依存しすぎじゃないの?それにあいつ――」
来るのか来ないのかはっきりして欲しい。切実に。
できれば来て欲しい。マジで。
「気が散りすぎだぞ明人」
「うわっ、しまっ!」
片桐の言うとおり、ミリアの方に意識を向け過ぎた。片桐の一撃を受け止め損ね、俺は剣を叩き落されてしまった。
「くっ!まだだっ!」
こうなったら素手でも。と意気込んだ瞬間ミリアの声が俺の思考を遮った。
「明人!動かないで!」
「は!?」
指示通り慌ててその場で止まる。すると、次の瞬間には目の前に雷撃が落ちた。
「仕方ないから手を貸してあげるわ」
「お、おう」
できればもっと早くその結論を出して欲しかったが、本人には黙っておく。
とりあえず今の一撃で片桐は後方に退き、俺は無事剣を拾う事が出来た。
「助かったぜミリア」
「ふん、当然でしょ?」
物凄く機嫌が良さそうだ。リアルツンデレだけあって、褒めると扱いやすくなるらしい。
「よし、背中任せたぜミリア!」
「ええ、任せなさい」
「ふむ。丁度お前さん達のコンビネーションを実際に見てみたかった所だからな、丁度良い」
コンビを組んだ俺達を前に、尚も余裕の片桐。それを見てミリアも多少癪に障ったようだ。
「いい?私が手を貸すんだから負けたら承知しないわよ」
「当然。お前が居れば負ける事は無いだろ」
言った後でとんでもなく恥ずかしい事を言ったと気付いたが、今は考えない事にした。
たぶんミリアも恥ずかしがってるだろうし、後で何とか言っておこう。
「その意気は良し。さあ、見せて貰おう、お前さん達の力を」
なんか片桐もテンションが上がり始めた。
意図的にそのギャップから目を逸らし、最初と同じ様に突っ込む。
「ふ、さっきの事を忘れたのか?」
最初の打ち合いの事を思い出したのであろう片桐は余裕の表情を崩さない。
「さっきと違う事を忘れたのか?」
だが最初と違って今回はミリアが居る。
先ほどとは違い、俺は突撃の途中で身体をやや右に傾ける。
その瞬間、俺の左側面を雷撃が通り過ぎ、前方の片桐目掛けて飛んでいく。
「雷撃!?」
流石の反応速度で片桐は雷撃を避けたが、空かさず俺が切り上げを叩き込む。
これまた流石としか言い様の無い反応で防がれたが、俺はそのまま後ろへ飛び退く。
間を空けず片桐の頭上から雷が落ちる。
「むう!!」
これまた横っ飛びで回避する片桐だが、先程までと違って動きに余裕が無い。
横っ飛びで崩れたバランスを取り戻そうとしている所に今度は横薙ぎの一撃を叩き込む。
残念ながらこれもまた刀で防がれたが、俺は横薙ぎの勢いに乗せて片桐の前を通り過ぎる。
「終わりよ!loki elm baris us!」
ミリアが放った雷撃は、青白い軌跡を描きながら片桐目掛けて飛んでいく。
片桐もそれを視認していたが、限界まで崩された体勢でこれ以上の回避は不可能だった。
しかも雷撃を金属製の刀で防ぐのは不可能。こうして片桐は初めて直撃を受けた。
「ぐぅっ!」
雷撃を受けた片桐は、身体を一瞬仰け反らせてその場に倒れ込んだ。
つまり、俺とミリアの勝利だ。
「よっしゃあ!勝ったぞミリア!」
「当然よ!」
「いやまったく……予想以上のコンビネーションだったよ……」
雷撃をもろに受けたせいで麻痺があるのか、仰向けになった状態で片桐が俺とミリアを称えた。
それから、俺に肩を借りて鍛冶屋のベンチに移動した片桐を、麻痺が解けるまで待つ事になったが、その間ミリアは未だかつて見たことも無い程上機嫌だった。
「いや、大した物だ。強い絆で結ばれているんだな、お前さん達は。さしずめ愛の力か」
「「それはない」」
「そうか……」
見事にハモった俺とミリアの否定を受けて、片桐は何とも言えない表情になった。
「それで?ミリア嬢が帰ってきたという事は?」
「想像の通りよ、アオイに呪いを掛けた魔物の種類と位置がわかったわ」
「マジか」
曰く、その魔物はゲーラと呼ばれる希少種で、輝く金眼の三つ目の獣で、魔法を扱える知能を持っているらしい。
そうそう出会える物でも無いらしく、片桐は名前を聞いてもどんな魔物かわからない様だった。
「でも何でミリアはそんな魔物知ってるんだ?」
「昔読んだ本に出てきたのよ」
「はあ、なるほど」
「何であれありがたい。早速この魔物を討伐しに……行きたいのだが、ふむ、この場所までは往復で一日は掛かるな」
ミリアの言うゲーラの巣はここから大分離れた山の中腹辺りであり、片桐が言う様に歩きでは往復一日は掛かる距離だ。
「すまないが、流石に一日も葵を置いてはいけない。私は――」
「行って来い」
「隆?」
三人一斉に声の方へ向く。視線の先には片桐の言うとおり佐々木が立っていた。
それもそのはず、ここは先程まで居た鍛冶屋の中。つまり佐々木の家だからだ。
「葵の面倒は俺に任せて、お前は行って来い」
「隆…お前、仕事は?」
「一日中空ける訳じゃない、問題ないさ」
「ふむ、告白もできない男に面倒を任せて良い物か…」
「そこは良いだろう!というかなんだお前は、妹を俺に取られても良いのか?」
「お前なら問題ないとは思っていたんだが、告白に踏み切れぬ臆病者だからなぁ」
「黙れ!まだその時じゃないだけだ!」
「問題はその時とやらがいつ来るのかだな」
目の前のタマガネ出身コンビのやり取りに呆然としていると、ミリアは何故かこちらを見ていた。
「どうした?ミリア」
依然としてあーだこーだ言い合っている片桐、佐々木の両名を無視し、ミリアの近くへ移動する。
「何でもないわよ。って言うか何でさり気なくこっち来てるのよ」
「いや、目の前でギャーギャー言い合ってるから、近くないと話しにくいだろ」
「確かに、それなら仕方ないわね」
片桐が余りにも佐々木を弄りすぎて、もはや関係ない話に発展しているが気にしない。
というか、片桐の妹に佐々木が惚れていたとは、また何とも面白い話だろう。
「で、そのゲーラって魔物は強いのか?」
「わからないわ。希少すぎて実際に戦ったなんて話が殆ど無いから、わかっている事の方が少ないわ」
「なるほど」
となると、何が必要になるかもわからないという事になる。準備が大変そうだ。
「しかし、そんな希少生物に呪われるとか、ついてるんだかついてないんだかわからねぇな」
「茶化してる余裕なんて無いわよ。相手の事がわからない以上、対策の仕方もわからないんだから」
「わかってるよ。ただまあ、わからない事をああだこうだと考える必要も無いだろう。結局はいつもどおりベストを尽くすしかないんだ」
「わかってるならいいわ」
それだけ言うとミリアは素っ気無く俺の前から消えた。
なんか気に障る物言いでもしたか?
離れていくミリアの背中を見つめながら言動を振り返っていると、いつの間にか言い争いを終えた片桐がこちらに寄ってきた。
「話は聞いたな。私も同行する事にした」
「話は聞いてないが同行するのか、理解した」
あの親友同士のくだらない言い争いは一切聞いてなかったのでそのまま答えた。
俺の皮肉は華麗にスルーし、そのまま片桐は続けた。
「葵の為にありがとう、妹に代わって礼を言わせてくれ」
「俺はまだ何もしてない。礼ならここまで調査を進めたミリアに言えよ」
「そうだな、そうかもしれん。だがお前は何も言わずに魔物討伐を引き受けてくれた、その好意に礼を言いたかったんだ」
「それこそよしてくれ。俺はあんたに師事して腕を磨いたんだ。恩があるのは俺の方だし、ここは絶好の恩返しのチャンスだろ」
「そうか、ではその恩返しに甘えるとしよう」
「ああ、任せとけ。俺とミリアならあんたと張れるってのもわかったしな、まあ何とかなるだろ」
「当然だ。葵の呪いは確実に解く」
「よし、それじゃ俺は帰る。出発は明日からだろ?ゆっくり休んで備えないとな」
「では、明日は頼んだ」
「ああ、またな片桐」
片桐と別れ、自室の前まで戻った俺はある異常に気が付いた。
「鍵が開いてる…」
何度か思い返したが、決して掛け忘れた訳ではない。となれば賊か。
俺は無言のまま背中の剣を抜き、物音を立てぬよう細心の注意を払って中に進入する。
驚いた事に部屋は明るかった。なんて堂々とした空き巣だ。
人の気配を探るべく息を潜めているとベッドルームの方からこちらへ足音が近づいてきた。
剣を握る手に力が入る。目線はベッドルームに続く扉に固定したまま、足音を殺して扉との距離を詰める。
足音が目前まで迫り、扉のノブがガチャガチャと音を立てる。
次の瞬間扉が開いたが、中から出てきた人物を見て度肝を抜かれた。
「ミリア!?」
「きゃっ!?ちょっと何よ!?何してんのよ!?何で剣なんか構えてるのよ!!」
同じくミリアも俺の様子に驚いた様で大きく後ずさる。しかし何とはこちらの台詞だぞミリアよ。
「お前こそここで何してる。部屋別だろ。寝ぼけたのか?」
「馬鹿にしてるの?あんたに話があったから待ってたのよ、悪い?」
「いや、それにしてもお前、鍵は?」
「宿屋の主人に借りたわ」
チャラチャラと鍵を見せるミリア。
確かに主人は俺とミリアがパートナーなのを知っているので借りれてもおかしくはない。
「だったらせめて鍵を閉めろ、鍵が開いてるから空き巣かと思っただろ」
「何処の世の中に堂々と明かりを点けて盗みに入るバカがいるのよ」
「そういった思い込みに漬け込もうとする奴」
「まあ確かに居そうよね」
うんうんと納得するミリア。
いやちがう、そうじゃない。
「納得してる場合か、お前は何しに来たんだよ」
「そうそれよ!あんたの剣、詳しく見てなかったからそれについて話に来たの」
「ああ、そういう」
俺はてっきり、手を貸せの件でうっかり誤解を招きそうな発言をした事について咎められるのかと思った。
安堵を顔に出さない様に装いつつ、抜きっぱなしだった剣をミリアに見せる。
「ほらよ」
「何これ?何でこんな虹色に光ってるの?」
「なんでも魔法との親和性を高める特殊鋼だそうだ」
「へえ。んじゃあんたが洞窟でやって見せた魔法を纏った攻撃なんかも強くなる訳ね」
「その通りだ。という訳で、頼んだ」
「仕方ないわね」
珍しく素直にOKを出した事に若干の驚きを禁じえないが表には出さない。
なんか少し機嫌が良いんだろう。
「んで?それで用は終わりか?」
「そうね……そうよ、終わり」
一瞬変な間が空いたが、深く追求はしないでおく。
この間に釣られて踏み込んだら最後、地雷を踏んで電撃送りだろう。
「んじゃさっさと帰れ。俺は風呂入って寝るからな」
「言われなくても帰るわよ。って言うかあんたの風呂なんてどうでもいいわ。それより明日寝過ごしたら殺すから」
「殺すってお前…。自分の目的忘れてないか?」
「心配ないわ。身体を傷つけずに殺して遺体は腐らないよう魔法で保護すればいいんだもの」
「恐ろしい事考えるなー。ま、まだ死にたくないんで善処しますよっと」
「そうしなさい」
えらく物騒な恫喝を終えたミリアはさっさと自室へと帰っていった。
それから俺は宣言どおり風呂を済ませて床に就いた。
寝過ごしたのが原因で永眠とはまた笑えない。
まだ見ぬ葵のため、明日からはまた忙しくなる。だがまあ、悪い気はしなかった。




