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彩なき青春

高校生活二度目の夏が終ろうとしている。

日に日に増え行くツクツクボウシの数が、それを明確に告げている。


俺くらいの年であれば、同い年の女子と海へ行ったり、プールへ行ったりでお楽しみな夏休みを過ごした奴も多かろう。

しかし残念な事に、その様な”お楽しみ青春サマーバケーション”の様な要素は一切無く、あるのは汗だくになった後に風呂で汗を流し、ひと時の幸せに浸るという年甲斐も無く爺臭い日々の思い出だけである。


一般的な青春のイメージで言えば、ここらで俺の質素な夏休みを気に掛けた同級生女子が、俺を遊びに誘ったりしても良さそうではあるが、現実とは辛くも非情である。

大変残念な事に、俺の通う高校は男子校なのである。


青春とは如何なる物か。

今の俺ならば夏休みの課題として、このテーマで哲学的内容の作文を仕上げる事が出来そうである。

つまり、病んできている。


昨年までの俺であれば、稽古に明け暮れ、この様な事を考えずに済んだだろう。

実を言うと俺はかつて剣道や居合いなど、剣術関係を習っていた。

そう、かつて。

純粋に戦いとして剣術を極めたかった俺は、これらにお遊びのような感覚を感じられずには居られなくなり、昨年の同時期くらいに辞めたのだ。


しかし、ルール無用、実戦形式の剣術訓練など、今の時世で存在する筈は無く、ただただ無気力に毎日を過ごす日々である。


そんなある日、俺は一人の美少女に出会い、大きく運命を変えた。

彼女は俺に助けを求め、俺もまた、待ち望んだ剣での戦いの日々に身を投じる…。

なんて事があれば良いなと思う今日この頃である。


暇で買い漁ったラノベにすっかり毒されている気がしないでもないが、こうでもしていないと正気を保てまい。

いや、これが正気と呼べるかどうかは別として。


うだる暑さの中、ラノベの新刊を求めて本屋へと寄った帰り、俺はついつい意味もなく近所の山道へとバイクを走らせた。あまりの暇さ加減と打ち込む物の無さからこの夏休みに免許を取ったばかりだが、何となく峠を走りに来る程度には気に入っていた。

フルフェイスヘルメットの首側から回り込んだ風が頬を撫でる。今日もまた、走り慣れた山道の曲がりくねった道を快調に抜けていく。初心者の癖に調子に乗った俺は、ついアクセルを吹かし過ぎていた。そんな俺の事情など全くお構い無しに、あろう事か一匹の猿が道のど真ん中に座り込んでいるのが目に飛び込んできた。

カーブを曲がった直後、バイクはまだ完全に起き上がってはいないが、ブレーキは間に合わない。無理矢理にでも進路を変えるしかなかった。

結果として、猿を避ける事には成功したが、バイクは無理な機動でバランスを崩して転倒し、俺を引き連れて山道を滑る。崖に目掛けて。勿論離れようとしたが、下になっている左足がバイクに引っ掛って抜けない。左半身は今も擦れて削られているが、そんな事よりも目前に迫る崖に全ての意識は向いていた。

すべてがスローモーション、スポーツ界で言うところのゾーンとはこういう状態なのかもしれないと思うほどに崖にゆっくりと近づいていく。

脱出せんと必死にもがくが皮肉にも、ゆっくりと流れる全てが、俺に避けられない死を明確に感じ取らせた。

求める物も得られぬ現世に未練など無いつもりだったが、死を確信した今、今まで知覚できなかった魂の欲求が、強く俺の心の中で木霊した。


――ああ!人生で一度も彼女が居た事が無いのに死ぬのか!!


そして俺の身体はバイクと共に崖に飲み込まれ、見上げた空が最後の光景となった。

スローの世界が再び等速で動き出す事は、無かった。

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